役のままに
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第六章
「だからね」
「それでか」
「早く何とかするんだよ」
こうグレイブに言う。
「君にとっていい筈がないから」
「盗撮がな」
彼を変えてしまったというのだ、自分で言った言葉だ。
「どうしてもな」
「やれやれだね」
クレーシーは忠告をしたが彼もお手上げだった、しかし探偵からの調査報告が遂に届いた、そこに書いてあったことは。
「業者か」
「はい、この前にお家に新しいテレビを入れられましたね」
「その時に出入りをした業者がか」
「悪戯でしたそうです」
盗撮器を仕掛けたというのだ。
「それでネットに流したのです」
「そうだったのか」
「どの会社の誰かもわかっています」
探偵は言いながらその名前を書いてある調査書を差し出す。
「ここに」
「よし、そいつは刑事告訴だ」
容赦しないというのだ。
「徹底的にやってやる」
「そうですか」
「全く、何かと思えば」
「こうした事件もあるんですよ」
有名人、グレイブの様な人間にはというのだ。
「著名人のプライベートは誰も興味を持ちますから」
「だからか」
「はい、そうです」
「特に俺はプライバシーは出さないからな」
「だから余計にです」
「検索されてか」
「そうです」
まさにそのせいでだというのだ。
「向こうも悪戯心といいますか」
「そんな理由でか」
「そうです、運が悪いと言えば悪いですね」
「まさか業者がそんなことをしてくるとはな」
「はじめて頼んだ業者さんだったんですね」
「ああ、たまたまな」
特に考えることなく選んだ業者だ、本当に。
「そうしたが」
「その中にそうしたことをする奴がいたんです」
「つまり俺は本当に運が悪かったんだな」
「今回ばかりは」
そうとしか言えないとだ、探偵も話す。
「そういうことになります」
「全く、嫌な事件だった」
「お気持ちはわかります」
「誰彼なしに疑って皆を不愉快にさせた」
そしてだった。
「俺自身もな」
「それでこれからのことですが」
「報酬は払う」
「いえいえ、そのことも大事ですが」
「俺自身のことか」
「そうです、どうされますか」
「これからは信頼出来る業者に頼むか」
信頼出来る、彼もよく知っている業者にだというのだ。
「そして後で部屋の中を綿密にチェックするか」
「そうされますか」
「全く、FBIに監視されている気分だ」
かつてFBIの長官だったフーバーのことだ、フーバーは盗聴を得意としていて歴代大統領やキング牧師のプライベートの情報まで手に入れていたらしい。
「これじゃあな、そしてな」
「そして?」
「疑った人達に謝らないとな」
嫌な気分にさせてしまったことにだ。
「本当に今回は馬鹿なことをした」
「多くの人を疑って」
「オセローになってたな」
自分でこう言うのだった。
「俺もな」
「オセロー、そういえばグレイブさんは」
「ああ、オセローが演じた中で一番好きだ」
そして得意だというのだ。
「まさか自分が本当にそうなるなんてな」
「因果なものですね」
「自分が実際にそうなるとは思わなかった」
オセロー、それにだというのだ。
「俺もな、それに」
「それに?」
「俺はオセローみたいな性格じゃないと思っていた」
自分ではだ、英雄でもなければあそこまで猜疑心が深く嫉妬の心が強いとは思っていなかったのだ。だがそれは。
「俺もオセローみたいなところがあるな」
「猜疑、嫉妬ですね」
「そのこともわかった」
「誰にもそうした感情がありますね」
「そのこともあらためてわかった、そういう意味でもシェークスピアは」
このイギリスの戯作家はというと。
「偉大だな」
「全くですね」
探偵もグレイブのその言葉に頷く、グレイブはあらためて自分自身がわかった。この不愉快な事件から。
役のままに 完
2013・10・22
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