季節の変わり目
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もや
「さっきの話は・・・」
緒方は襖の後ろに潜み、音をたてずに塔矢親子の会話を盗み聞きしていた。
「なあ、伊角さん。進藤、記憶は戻らないけど、棋戦にはちゃんど出るらしいぜ」
新年が明けて二人が会うのはこれで二回目だ。今日は和谷の部屋で勉強会をしている。伊角さん、和谷の他に越智と門脇も来ている。奈瀬や本田は用事があってここにはいない。
「大丈夫なのか、進藤。まだ安静にしていたほうが」
「本人の強い希望だってよ」
和谷は昨日のことを思い出す。外は雪が降っていた。ヒカルは窓を開けっ放しにして、冷たい風に吹かれながら折り畳み碁盤に棋譜を並べていた。ベッドに座って、たまに考える仕草を見せた。
「誰の棋譜を並べてるんだ?」
「分からないんだ」
和谷はその盤上を覗いた。盤面は終盤にさしかかっていた。これは・・・指導碁だ。和谷は思った。打ち手は、院生の時の進藤?似ている・・・。そして、相手は・・・。
「これが俺の記憶に関係ある気がする」
「進藤・・・」
「これ、片方が俺なんだ。でも、相手が思い出せない。靄がかかったように、全く思い出せないんだ」
「進藤・・・、誰に教えてもらったんだ?」
「藤原さん」
和谷のこめかみに冷や汗が垂れた。
「そういえば和谷!俺まだこんな状態だけど、打つのには問題ないんだ。だから棋戦!行くよ!」
進藤は日に日に元気になっている。確かに打つのには問題ないのかもしれない。
「おばさんには言ったのか?」
「うん、言った。棋院に行けば何か思い出すかもしれないって、OKしてくれたよ」
進藤は嬉しそうに笑顔を向けた。ここ最近見られなかった笑顔だった。
俺は帰りに、おばさんに確認した。
「佐為と進藤が出会ったのって、本当に8月なんですか?」
おばさんは「あの子の交友関係は私もよく分からないけれど、そうだと思うわ。急に佐為佐為っていうようになったのよ」と答えた。
「でも進藤、実際にはブランクがあるっていうことだよね」
越智は顎に手を添え考えた。
「確かに」
「大きいかもな」
一同はしばらくの間黙り込んだ。最初に声を出したのは門脇だった。
「いや、あいつは大丈夫な気がする」
みんな門脇を見たが、門脇は何もなかったように検討を続けようと言った。
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