セファーラジエル―機巧少女は傷つかない
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『"Cannibal Candy"』
#5
翌朝。学院本棟の入口でライシンと落ち合ったクロスを迎えたのは、一人の男だった。
色素の薄いの金髪に、水色の瞳。右目の下には泣き黒子があり、甘いマスクは女子どもを虜にするであろうと思われる。そして、その左腕には学院の治安を守る《風紀委員》のバンド……加えて、両手にはガントレッドまでつけられている。書かれている文字は、《ヴァルキュリア》と読める。つまり彼は―――
「やぁ、ライシン・アカバネ君にクロス・スズガモリ君だね」
「……ラウンズの一角にして《風紀委員》主幹、登録コード《銀槍の乙女》フェリクス・キングスフォートさんが俺らに何の用だ?」
ライシンが男――――フェリクスに問うと、彼は笑顔で「君たちを誘いに来たんだよ」と言う。
「悪いがサークル勧誘なら間に合っている。引き込むのはこのバカだけにしておいてくれ」
「おい!?」
厄介ごとを押しつけられては困る。クロスはライシンだけを被害者にしようと、フェリクスの前にライシンを突き出した。
「いやいや。二人にとって有用な話だよ。……僕と取引をしないかい?」
「「断る」」
声をそろえるライシンとクロス。去ろうとする二人+夜々を、しかしなおフェリクスは引き留めようと、言葉を続ける。
「まぁ待ちたまえ。……僕の差し出す交換条件が、夜会の参加資格だとしても?」
「……!」
「……何が目的だ?」
ライシンとクロス、二人分の視線を受けても、フェリクスの笑顔はみじんも揺るがない。張り付いたようなその笑みで言う。
「僕と、話しをしようじゃないか」
***
「……」
クロスは1人、学院の大図書室で、本を漁っていた。《特待生》であるクロスは、全ての学費と、授業の一部を免除されている。そのため、空いた時間はこうして図書室で資料漁りに没頭しているわけだ。
世界最大と言われる魔術指導学院なだけあって、様々な興味深い資料を見ることができる。特にクロスは、《本》完成のために多くの魔術回路の情報を知る必要がある。最終的には実物を見る必要があるのだが、資料を眺めるだけでもページは埋まる。事実、《魔剣》の項目はシャルと出会う以前に、既に大半が完成していた。これは日本にいた時に読み漁った海外の資料によるものだ。
ちらり、と図書室の最奥部、その天井近くを見る。《立ち入り禁止》と書かれた赤と黒のテープで封じられた一角……そこにあるのは、一般学生どころか、教師すら閲覧することを許されない、《禁書》であった。
あの《禁書》の中には、封じられた古の秘術や、使用を禁止された魔術、さらにはもはや失われて久しい魔術回路の情報すら書かれているという。あれを見ることを許されているのは、《魔王》の称号を得た者のみ。
全ての魔術回路を『見る』ためには、あの《禁書》を閲覧する必要も出てくるだろう。クロスは《魔王》になること自体にさほど興味はないが、それによって得られる《禁書閲覧》の特権だけは欲しいものであった。
ちょうどその時、カーン、コーン、カーン……と、授業の終了を示すチャイムが鳴った。クロスは読んでいた資料を基の場所に戻す為に立ち上がる。それと同時に、ドアががちゃり、と開き、見覚えのある男が入ってくる。
「……フェリクス・キングスフォート」
「やぁ、クロス。ここにいると思っていたよ。さぁ、ライシンと交えて話を使用じゃないか。ここじゃ難だ。風紀委員長室まで案内するよ」
***
「……?」
次の授業のために、別の教室まで移動していたシャルは、ふと窓の向こうに見知った頭が三つあるのに気が付いた。
ひとりはフェリクス・キングスフォート。学院の治安を守る《風紀委員》総括で、時折シャルに声を掛けてくれる爽やかな美男子だ。
もう一人はライシン・アカバネ。馬鹿の中の馬鹿。本物の馬鹿。
そして最後の一人は――――クロス・スズガモリ。
「何であのバカたちがフェリクスと一緒に……?」
「気になるのか」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
からかうように問うたシグムントをしかりつける。階段の手すりに泊ったシグムントの表情は、どこか面白いものを見るような色を含んでいた。
「明日からグリーンピースを食べさせるわよ!!……確かに、フェリクスはいつも優しくて紳士的だけど……」
「いいや。フェリクスのことではない。彼ら……クロスとライシンの方だ。彼らは面白い人間だ……。昨日、私の傷に最初に気付いたのはライシンの方だった。そして……覚えているか。クロスは、今朝方で会った時、こういったのだ。『シグムント。昨日は災難だったな。……調子はどうだ』とな」
別に自動人形の調子を気遣うのはさほど珍しい事でもない。
「それが何なの?」
「彼は私を、一個の知性として扱ったのだ。本来ならば、あれはシャル、君に言うべき言葉だったのだ。『お前の人形、調子はどうだ』とな。……ライシンもだ。彼は自分の人形と、丸で一人の人間のように接している」
「……」
シグムントはなおも続ける。
「シャル。一つ聞きたい。彼らは君をかばった。もし彼らと戦うことになった時、君は戦えるか?」
「……私は、女王陛下から気高き一角獣の紋章と、北の領地を賜ったブリュー家の令嬢よ。邪魔者は誰であろうと叩き潰すわ。……誰であろうと」
***
「では、取引の話をしよう」
ソファに腰かけたフェリクスは、ライシンとクロスに向かって言った。
「俺達は何を差し出せばいいんだ?」
ライシンが当然の疑問を口にする。すると、フェリクスは何枚かの写真を取り出し、こちらに差し出してきた。そこに移されていたのは、胴体の中央部――――ちょうど、生命の源たる《イヴの心臓》が搭載されるあたりをくりぬかれた、自動人形たちだった。
「これは……」
「この学院で、去年の十月ごろから、行方不明になっている学生が26人いる。あわせて、破壊されたオートマトンが見つかったのが十二件。まるで切り裂きジャックのような手口だ……。この学院は厳しいから、夜逃げする生徒もいる。だが、しかしこのようにオートマトンが破壊されているのは不自然だ。なにせ《イヴの心臓》と魔術回路だけがなくなっているんだからね。彼らは全員が強かった……つまり、逃げ出す理由何てほとんどなかったんだよ」
写真を見せられたライシンと夜々が、悲しそうな表情をする。ライシンと夜々は、人形を一個の人格として扱う。もちろん、クロスもこんなものを見せられて気分はよくならない。
ライシンが呟く。
「……誰がこんなことを……」
「これらは全て、一人の人形遣い、《魔力喰い》の仕業と思われている君に奴を見つけて、倒してもらいたい」
なるほど。確かにオートマトンに開けられた穴は飴玉の様な球形だし、何よりもその《捕食》とでもいうべき光景は、《人食い》によく似ていた。
「……一つ聞こう。なぜ俺達なんだ?」
クロスは、フェリクスに疑問をぶつけてみる。フェリクスは今ばかりはあの張り付いたような笑みではなく、真剣な表情で答えた。
「理由は主に二つ。一つは、君達が《魔力喰い》ではないのが確実である事。君たちは学院に来たばかりだ。去年から活動している《カニバル・キャンディ》とは無関係だと推測される。もう一つは、君たちが十分に強いという事。――――昨日の戦い、見せてもらったよ」
あれを見ていたのか……クロスは、このフェリクスと言う男が、自分たちがやってきた時点で利用する腹積もりであった事を悟った。なるほど。確かに自分たちはこの学院に来たばかりで、《魔力喰い》である可能性は無いに等しい。この学院にいる人物は、全て《魔力喰い》である可能性を持った人物だ。その中にあって、自分たちは数少ない『その可能性が皆無な人物』だ。
となると、後は、上位の学院生すら倒せる恐るべき《魔力喰い》と戦えるだけの強さを持っているかを図らなくてはならない。だから、自分たちとシャルが戦うと聞いて、実力を見極めるのには好都合だと判断したのだろう。
クロスがそこまで考えた時だった。
「フェリクス!」
ドアを開いて、一人の女子生徒が入ってきた。メガネをかけた桜色の髪のその生徒は、ライシンとクロスに気付くと、「失礼しました」と頭を下げた。
「風紀委員主幹補佐、リゼット・ノルデンです」
「そんなに急いで、君らしくもないね、リズ。《カニバル・キャンディ》でも出たのかい?」
フェリクスは冗談で言ったのだろうが、しかしリゼットと名乗った少女は、真面目に首を縦に振った。
「技術科裏で、壊れた自動人形が発見されました」
***
クロス達が技術棟の裏に行くと、すでにそこには人だかりができていた。その中に、良く目立つ金髪の少女を発見し、クロスは声を掛ける。
「よう、シャル。シグムントも一緒か」
「君も来ていたのかい、シャル」
フェリクスの言葉に、シャルは少々頬を赤く染めながら答えた。
「騒ぎになってたから……」
なんと上目使いまで見せている。ほほーう、と思わずにはいられないクロス。
「なんだ、知り合いか?」
ライシンが問うと、フェリクスは苦笑しながら答えた。
「僕は彼女をずっとデートに誘ってるんだよ。断られ続けてるけどね」
「ほほう。ならば君は俺の恋敵だという事かな」
クロスはフェリクスをからかってみる。ついでにシャルも動揺している。面白い。
「事件のカタが付いたら、また誘わせてもらうよ……ライシン、クロス、こっちだ」
フェリクスとともに、立ち入り禁止のテープの向こうにわたる。自動人形は足から下を粉々に壊され、魔術回路を抜き取られているようだった。
「ひどいな、これは……」
ライシンと共に合掌。自動人形の冥福を祈る。後ろでシグムントが感心していたのには気が付かなかったが。
「……ライシン、こいつは昨日の鉄球使いだ。ほら、シャルに一番最初に攻撃した……」
「ああ……」
ライシンも納得したようにうなずく。破壊されていたオートマトンは、シャルとの対戦に乱入してきた自動人形のうちの一体だった。ふとシャルの方を見ると、彼女は足早に去って行くところだった。
「……事件現場を見て、じっとしてはいられなくなったんだろう。かく言う僕も、はらわたが煮えくり返る思いさ……力を貸してくれないか、ライシン、クロス」
「……いいだろう」
「わかった」
頷きながらも、しかしクロスはじっと去って行くシャルを見つめたままだった。
***
「シャル」
聞き覚えのある声に足を止め、振り返る。そこに立っていたのは、白い髪の東洋人……言うまでも無く、クロス・スズガモリだ。目の色は今日は黒。
「……何の用?」
「いや何。……デートのお誘いでもしようかと思ってね」
「んなっ!?」
ニヤリ、と笑って手を差し伸べてくるクロス。フェリクスのそれとは百八十度真逆な、どストレートな誘いに、シャルは柄にもなく狼狽してしまう。
「ななな、何言ってるのよ!」
「どうせ俺かライシンのあたりでも囮にして、カニバル・キャンディをおびき出そうとしてたんだろ。なら一石二鳥じゃないか」
「うっ……」
どうして考えていたことがばれているのだ……。そんなことを思いながら、黒い瞳を睨んでみる。
「……いいわよ。デートしてあげても」
「言ったな。前言撤回は無しとする……それじゃ、明日の放課後、校門の前に集合だ。街に出るぞ」
「はぁ!?」
ちょっとまて、と叫びたくなってしまう。《魔力喰い》は学院内にしか現れないのだ。ならば学院の外に出てしまっては無意味ではないか。それに……
「学院の外に出たら、シグムントが……」
肩の上に泊る銀色の小龍を見る。自動人形は、原則として学院街には持ち出せない。学院生の行内での問題沙汰を抑えるためだ。
「なんだ、デートなのにオートマトンはいらないだろう。俺のラジエルも置いて行くからな。……いいだろう?シグムント」
「うむ。良かろう……楽しんでくるがいい、シャル」
「ちょっと!何勝手に話進めてるのよ!!」
どことなく面白そうなシグムントに怒鳴ってしまう。「決まりだな」、と言うと、クロスは立ち去って行った。
「ちょっと……」
後には、呆然と立ちすくむシャルが残された。
後書き
お待たせしました。『セファーラジエル』、《カニバル・キャンディ編》第五話です。次回はシャルとのデートですね。原作よりも時間をかけようかと思っております(ニヤリ
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