早過ぎた名将
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7部分:第七章
第七章
「だからこそ勝てる。それにわしにはその資格がある」
彼の性格はプライドが高いことである。そしてそれに相応しいものを求める傾向がある。
後に彼は星野の招きで中日に入ったがこれには取引があったとも噂される。この時自身の後継者を探していた星野はその後継者にかって同じNHKで解説者を務め気心の知れた彼を選んだというのだ。
そして山田はその下で辣腕を振るった。彼は投手コーチとして揺るぎない名声を得た。
星野が中日の監督を退く時彼は予定通り中日の監督に就任した。そしてスタッフには佐々木恭介や大橋譲等同じ西本の門下生達を入れた。やはり彼は西本の弟子であったのだ。
「西本さんの作り上げたチームみたいにしたる」
そういう思いはこの時からあった。
「このチームを作り上げたのは西本さんや。そしてわしがそのチームを受け継ぐんや」
彼はそう考えていた。そしてベンチを見回した。
「その時は近いな」
彼はベンチを去った。これ以降彼と仰木の対立は激化していく。
翌年にはそれが頂点に達した。そして遂に彼と仰木の対立は選手達はおろかフロントまで抱き込む騒動となった。
「オリックスで何か起こっているな」
マスコミはそれを察したが近寄ろうとはしなかった。巨人や阪神ならばすぐに漏れてくる類の騒動であるがオリックスはそれを外には漏らさないのだ。
だがそれで騒動が収まるわけではない。マスコミなぞ関係なかった。
「俺をとるか、あいつをとるかどっちかにしてくれ!」
仰木はフロントにそう言って詰め寄った。山田をとると言えばその時点で辞表を叩き付けるつもりであった。
山田は既に投手陣の心を捉えていた。そしてそれは看板であるイチローにも及ぼうとしていた。
「あいつまで巻き込まれては勝ち目がない」
仰木は山田の意図に気付いてすぐに手を打ったのだ。
イチかバチかの賭けだった。彼は腹をくくっていた。
だがその賭けに勝った。ここで彼のその勝負師、魔術師としての勘が勝ったのだ。
「・・・・・・わかった」
フロントは彼の考えを飲んだ。山田の解任を決定したのだ。
「君に監督をやってもらおう」
「わかりました」
仰木は心の中でニヤリと笑った。彼は政争に勝ったのだ。
こうした生臭い話も起こる程両者の対立は深刻であった。だがこれのはじまりはやはり投手と野手の対立が発端であった。
自分の率いたチームを幾度となく日本一に導いた野村克也も森祇晶もこう言っている。
「我が儘で身勝手で自己主張が強いのがピッチャーだ」
二人は共にキャッチャー出身である。だからこそこうした考えになるのだろう。当然の様に彼等は投手出身の指導者や評論家からは目の敵にされている。嫌悪感を露わにする者も多い。
だが彼等と同じ、若しくは近い考えを持つ者は野手出身者には多い。仰木もそれは大体同じである。だからこそことあるごとに対立したのだ。
「ピッチャーは確かに重要だ。だが野球はそれだけでは勝てない」
近代野球はそうである。ピッチャーだけで勝てる時代はもう終わったのだ。
まずピッチャーを支える守備。エラーが少ないだけではない。守備範囲の広さ、脚、肩、連携。そしてシフト。それだけに留まらない。
攻撃における機動や連打、打つポイント、近代野球は頭脳なのだ。
山田もそれはよくわかっていた。だからこそ監督になった時にそうした面を指導できるスタッフを集めたのだ。しかしこの時それを最もよくわかっていた男が一人いた。それがバレンタインであった。
「それだけでは駄目だ」
バレンタインはそこにプラスアルファを付け加えたのだ。
それは何か。バレンタインは答えた。
「モチベーションだよ。選手の気持ちを高めることが何よりも重要なんだ」
彼は言った。そしてロッテの選手達を見てこう言った。
「彼等は決して弱くはない。少し気持ちを切り替えたら凄く強くなることができる」
そしてその通りになった。
彼の采配は確かに見事だった。ロッテナインはそこに近代野球を見た。しかしそれに留まらなかったのだ。
彼はこう言った。
「このシーズンここまで気持ちよく野球ができたのは君達のおかげだ」
と。だがナインはそれに対してこう言った。
「いえ、それは俺達の台詞です」
彼等はバレンタインの言葉をそのまま彼自身に返したのだ。
「このシーズン、本当に最高の状態で最後まで戦えました。全部監督のおかげです」
「有り難う」
バレンタインはその言葉に感謝の言葉を述べた。
「来年も君達と一緒に野球がしたいな」
「はい」
それはロッテナイン全ての願いであった。
だがそれは適わなかった。バレンタインはこのシーズン限りで広岡ゼネラルマネージャーから解任された。
実は広岡は来年も彼に監督をやってもらうつもりであった。文句を言うつもりは一切なかった。
「私の仕事はまた別だ。総合的なことをやっていればいい」
そういう仕事がやりたかったこともあった。ゼネラルマネージャーという仕事が気に入っていた。日本ではじめてということも彼のプライドをくすぐっていた。
しかしここで問題が生じた。コーチ陣とバレンタインの軋轢を知ったのだ。
「それは本当か!?」
広岡は自分のところに直訴に及んだ彼等に対して問うた。
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