早過ぎた名将
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6部分:第六章
第六章
「これはうちの勝ちパターンや」
山田はベンチに戻りながら自問自答していた。
「しかしそれでも駄目な時もある。これは時と場合による」
チラリと平井の方を見た。
「御前の責任やない。しかしな」
次に仰木を見た。
「責任はかかる。それもピッチャーの宿命やということはわかってくれ」
そしてベンチに引っ込んだ。彼は仰木とは反対のいつもの場所に控えた。
彼はいつもベンチでは監督と距離を置くようにしていた。それも投手への気配りからだった。
「近いと監督と何を話しているか不安になるからだ」
彼はそう考えていた。
「調子や交代のこととか考えてしまう。そうするとピッチングに集中できなくなる」
だからそうしていたのである。ここでも投手の側に立って考える山田の考えが出ていた。
だが仰木は違う。彼はセカンドだったのだから。だから投手の心理については山田程知らないもの無理はなかった。それが為にこの山田や権藤と衝突してもだ。
平井はもう球場の雰囲気に飲まれていた。いつものマウンド度胸は何処にもなかった。
「どう思う」
バレンタインは平井を見た後ナインに対しそう尋ねた。
「そうですね」
ナインは彼から目を離さなかった。じっくりと見ていた。
「いけます」
誰かが言った。
「何か助かったという気がします」
「助かったか」
バレンタインはそれを聞いて微笑んだ。
「ならいい。じゃあどうするべきかわかっているな」
「当然です」
彼等は答えた。
「ここで勝負をかけます」
「よし」
バレンタインの笑みは温かいものだった。その笑みこそ彼の魅力の秘密だった。
「じゃあここは君達に任せた。思う存分暴れてきたらいい」
「はい!」
ロッテナインの心に火が点いた。点くようにしたのはバレンタインだ。だがそれに乗ったのは彼等だった。
平井はまずはワンアウトを取った。神戸市民はそれを見て喝采を送る。
「ええぞ平井!」
「今日もその速球見せたらんかい!」
彼等は優勝がもう目の前にあることを感じていた。そしてそれを指折り数えて待っていたのだ。
もう勝ったものとばかり思っていた。平井の顔は見えていなかった。
それが彼にとってはさらにプレッシャーとなった。表情がさらに硬くなる。
「ここまでだな」
山田はその顔を見て呟いた。彼にはその時未来が見えた。
彼の予想は当たった。まずは諸積兼司がセンター前にヒットを放った。
「ヒットや、安心せんかい!」
神戸市民はそう言う。だが平井はこれで完全に崩れた。
そこからロッテの総攻撃がはじまった。平井はコントロールも定まらず続け様に打たれた。最早ピッチングになってはいなかった。
「さあ来い!早く来い!」
ロッテナインが仲間を迎える。そして今逆転、駄目押しの得点が入った。オリックスナインはそれを見てその場に崩れ落ちてしまった。
「まさかこんな・・・・・・」
特に平井の落胆は酷かった。もう涙まで流していた。
「残酷なようだがこれも野球だ」
バレンタインはマウンドを降りる平井を見てこう言った。
「こっちにとっては気持ちのいい攻撃も相手にとっては苦痛となる」
それは真理であった。スポーツとはそういうものだ。
「だがこれでこの試合は決まった。
彼は動いた。そして予定の投球を越えたヒルマンを降板させた。マウンドには河本が立った。これで勝負は決まった。
試合はロッテの勝利に終わった。オリックスはこうしてこの三連戦一勝もできず本拠地での胴上げは果せなかった。神戸市民にとっては断腸の三連戦であった。
「ここまできて戸惑うとはな」
仰木は顔を顰めさせていた。まさか敗れるとは思っていなかったのだ。
「神戸のお客さんには悪いことをした」
そしてベンチを後にする。そこを報道陣が取り囲む。
「負けるべくして負けた試合やな」
山田は一人ベンチに残り腕を組んでいた。ベンチにはもう誰も残ってはいない。
明らかな采配ミスであった。それは彼にはよくわかった。
「平井には悪いことをした」
まずそう思った。
「今日は流れに従うべきやったな。それに逆らったら碌なことはあらへん」
それは今までの現役時代の経験でよくわかっていた。だが仰木もそれは同じ筈であった。むしろ彼の方がそうした流れを読むことは遥かに上手い。
「その筈なのにな」
ふと仰木への疑念が湧いた。
「やっぱりわしの方がええかな、監督は」
彼もまたいずれは監督になりたいと考えていた。ましてやこのオリックスはかって阪急であった。自分の古巣だ。
「このチームのことやったら何でもわかる」
伊達にこのチームで現役時代の全てを過ごしてきたわけではなかった。彼は西本、梶本、上田の三代でエースとして活躍してきたのだ。
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