早過ぎた名将
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1部分:第一章
第一章
早過ぎた名将
九五年、この年は神戸の市民にとって決して忘れることのできない年である。
阪神大震災。一月一七日早朝に襲ったこの震災で多くの人の命が失われた。
政府の対策は遅れに遅れた。不幸だったのはこの時の内閣が村山内閣であったということだ。
社会党は長い間非武装中立論を唱えてきた。憲法第九条を守っていれば平和は守れる、だから自衛隊は不要だと主張してきた。つまり国防を放棄していたのだ。
これは世界に例を見ない主張であった。今までこの様な主張をした政治家、政党は存在しない。何故か、政治家の主張ではないからだ。宗教家の主張である。
彼等は空念仏を唱えていただけであった。政治は何一つわかっていなかった。それが証明されたのがこの震災の時であったのだ。
政府の対応は遅れた。危機意識の欠如が致命的であった。自衛隊は動かさなかった。各国からの援助の申し出も全て断った。その結果多くの人が死んだのだ。
『馬脚を現わす』
この時の社会党に相応しい言葉であった。彼等はその実態を見事にまで見せてくれた。それを他の政党の責任に転嫁したり、関西人を中傷したりする者が今でもいる。愚劣極まるとしか言い様がない。
街には火事場泥棒まで出て来た。そうした事態にマスコミは優雅な報道を続けた。
「まるで温泉街のようです」
とある人権派ニュースキャスターのコメントだ。彼は取り巻きの体力づくりが趣味だという若いアナウンサー共々背広で震災地に降り立ち煙草をふかしながら言った。
よく神戸市民のリンチに遭わなかったものだと不思議にすら思える。だが神戸市民はそうした苦難を乗り越えようと立ち上がった。兵庫が地元の某政治家がカラオケではしゃいでいる間彼等は被災地から再び立ち上がったのだ。
これは神戸を地元とするオリックス=ブルーウェーブも同じであった。
「頑張ろう KOBE」
彼等はそれを合言葉にした。そして震災の傷跡の中再び起き上がった神戸市民の前にその雄姿を見せようと誓った。
「絶対に勝つ!」
「神戸市民の為に!」
彼等の目の色は違っていた。そしてペナントに立ち向かって行った。
「俺達も頑張ろう」
それを見た神戸市民は思った。被災地で救援活動に当たる自衛官達もそれは同じだった。彼等はオリックスの選手達に励まされたのであった。
オリックスにはこの時一人の天才がいた。イチローである。
彼は打撃だけではなかった。その守備も肩も足も超一流であった。将に非の打ち所のない存在であった。
こうした選手はそうそういない。阪急時代から外野手には恵まれていたオリックスでもだ。
例えば安打製造器張本勲にしろ打撃の神様と謳われた川上哲治にしろその守備はお粗末なものであった。特に張本は三千本安打の実績がありながら今だにコーチの声すらない。テレビの稚拙で人格を疑うコメントを聞いていればそれは大いに頷けるものである。
イチローは彼等とは全く違っていた。何時でもオリックスの柱となる存在であった。
彼を中心としてチームは勝利を収めていった。主砲ニールに守備の達人馬場敏史、本西厚博、バランスのとれた田口壮等がいた。投手陣は阪神から移籍してきた野田浩司、メジャーでも活躍した長谷川滋利、不惑ながらこのシーズンノーヒットノーランを達成した佐藤義則、ストッパーには剛速球を誇るルーキー平井正史がいた。バランスのとれた戦力であった。
そして率いるは知将仰木彬、近鉄の監督時代奇策で鳴らした男である。
オリックスはそのまま独走するかに思われた。多くの人の心が彼等を後押ししていた。だがそこに立ちはだかるチームもあった。
ロッテであった。千葉ロッテマリーンズ。万年Bクラスだったこのチームに太平洋を渡って一人の男がやって来たのだ。
ボビー=バレンタイン。彼はメジャーの風をこのチームに運んで来たのだ。
「私が監督を務めるチームでは一つのことを最優先させる」
彼はまず選手達に会うと言った。
「また勝つとかそんな決まり文句だろ」
選手達はそう思っていた。彼等は何処か諦めきったムードを持っていた。だがバレンタインは違っていた。
「怪我人は絶対に出さない。これは絶対に守る」
それを聞いた選手達は自分の耳を疑った。
「この人は違う」
彼等はその時わかった。
「これがメジャーなのか」
そう感じた。そしてそのメジャーの風を運んで来たもう一人の男がいた。
フリオ=フランコである。メジャーでそのシェアなバッティングで知られた男である。彼は開幕戦何とスーツで千葉マリンスタジアムに現われた。
「え、スーツでですか!?」
記者もファンもそれを見て驚いた。
「そうだよ。何かおかしいかい」
彼は平然と答えた。
「いえ、それは」
球場に何を着ていかなければならない、という規則はない。あるとすれば巨人位である。オーナー達の悪行でダーティーさを世の人々に知られているがそれには頬かむりし、球界の紳士を詐称する為にそうしているのだ。これに騙されるのは相当な愚か者だけであるが。
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