ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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本編
第38話 騎獣とティアとカトレア 女って怖い
こんにちは。ギルバートです。別荘の建設責任者になってしまいました。鍛冶や魔法の研究が、その所為で大きく遅れる事になります。まあ、別荘が出来ればカトレアを(治療の名目で)招待できるので、その辺で手を打っておきましょう。
良く考えたら、もう1年以上会っていないのです。しかも手紙のやり取りも、殆ど無しの状態です。今から会うのが、楽しみで仕方がありません。
でも、カトレアは……怒ってるかな? いや、考えない様にしましょう。
別荘の建築自体は、さほど時間がかかりません。しかし、建材を運ぶ為の道が無いのは、解決しようが無い問題です。街道の設置から始めたら、それだけで1年以上の時間と莫大な資金がかかってしまうのです。オースヘム・フラーケニッセ間の街道と違い、保養地目的ではまだ大きな予算……と言うか人手を割く訳には行きません。
かと言って魔法の道具袋を使うのも、機密の問題からとりたくない手段です。
私はこの問題に、頭を抱えてしまいました。そこで父上に相談すると……。
「シルフィア達の説得は任せた」
それは無いです。父上!!
私はすがるような思いで、他の人にも相談しました。
「奥様達の……」「母様の……」「お母様の……」「シルフィア様の……」等々。
全員が同じ反応をしてくれやがりました。一部の人はその後に「それに、何とか出来るでしょう」と、続けて言うので始末に負えません。本当に買いかぶらないで欲しいです。
一度母上を説得しようとしましたが、まるで私が“出来る”と断言したかの様に信じ切っているのです。この状況で私は、母上に何も言う事が出来ませんでした。
……やったろうじゃねーか!! この野郎!!(半ばヤケクソです)
私は開き直る事にしました。建築に必要なのは、主に木材・石材・ガラスです。木材は森からいくらでも伐採出来ますし、石材もブレス火山に行けば豊富にあるでしょう。問題のガラスは、……ブレス火山に花崗岩が大量に在るのを見たので、《錬金》があれば楽勝ですね。……全部現地調達可能と判断します。
後問題なのは、人材確保と食糧供給に亜人対策の騎獣ですね。
人材に関しては、守備軍内に募集をかけました。志願者と言う形でしたが、条件に“自由時間に温泉入り放題”と“特別手当”を付けたら、女性陣からの志願が殺到しました。そのあおりと受けて、女性陣目当ての男の志願が急増する始末です。仕方が無いので、余裕が無ければ志願を却下する様に上司に通達しました。しかし取り下げられたのは、ほんの数件のみで殆どが残ったのです。傭兵メイジや平民メイジの流入が多い所為で、領内の人材に余裕が出て来たという事でしょうか? (どのみち覗き対策は、万全にしないといけませんね)
……おかげ様で、選考するのが非常に大変です。
意外だったのが、ディーネとアナスタシアが「参加する」と宣言した事です。どうやら2人も、温泉が相当気に入った様です。この2人の参加で、覗き対策に更に気合が入ったのは私だけの秘密です。
ちなみにイネスも志願していましたが、問答無用で選考落ちにしました。あなたは父上の護衛と言う立場を、本当に分かっているのでしょうか? 気持ちは、分からんでもありませんが……。
食料は演習訓練も兼ねる為に、狩りや野草採取で現地調達する事にしました。船を使えば空輸は可能ですが、コストがかかり過ぎる為却下です。残念ながら空輸は、騎獣による少量運搬で我慢するしかありません。
騎獣は、騎獣訓練が終わったワイバーン2頭とマンティコア6頭を、乗り手込みで回してもらう事になりました。そして更に、私の(未来の)騎獣を連れて行く事を許可されたのです。(あくまで騎獣に慣れるための処置で、騎乗訓練は10歳になってからです)
と言う訳で、ドリュアス領に在る騎獣舎に行き、私の騎獣を選ぶごとになりました。現在乗り手が居ない騎獣は、マンティコアとワイバーンのみです。
注 ドリュアス家では、ある程度訓練すれば誰にでも乗れるフリーの騎獣と、専属で組ませる騎獣に分けています。前者は、人見知りしない騎獣でなければ務まりませんが、使い勝手は非常に良く重宝します。後者は人と騎獣の間に強い信頼関係を築き、極限状態(戦闘など)に強い個体にします。
先ずは、ワイバーンの居る騎獣舎に行きます。しかし、流石は元野生のワイバーン達です。威嚇するばかりで、触れさせてくれる子は居ませんでした。ようやく触っても平気な子が居たとかと思えば、既にパートナーが居たと言う落ちも付きました。世話係に聞くと「まだ人に馴染めない、気難しい子ばかりが残っている」との事です。
気を取り直して、次はマンティコアが居る騎獣舎です。ここもワイバーンの騎獣舎と同じで、残って居るのは、人に馴れない子ばかりで時間がかかるとの事です。ただ威嚇はされない子も居たので、このまま順調にいけばマンティコアを騎獣にする事になりそうです。
部屋に帰ると、ティアがじゃれついて来ました。残念ながら、騎獣達が怯えてしまうので、ティアは連れて行けないのです。
「寂しかったのですか?」
ティアは返事をせずに、私の足に顔をこすり付けるだけでした。私は黙ってティアを抱き上げると、背中を撫でてあげました。
(普段こんな反応しないのに、如何したんだろう?)
私は不思議に思いましたが、ティアが喋ってくれそうも無いので、放っておく事にしました。しかし私が騎獣舎に行った後は、必ず同じ様な態度を取るのでした。
それから、1週間と少しの時間が経ちました。毎日騎獣舎に通った所為か、ワイバーン達にも威嚇されなくなりました。マンティコアの中には、顔を舐めて来る子も出て来たのです。理由は分かりませんが、ティアの挙動不審振りも酷くなって行きました。
そして今日は、ガルム舎に行く事になったのです。ガルムの受け入れが終わり、舎の中が落ち着いたと報告があったからです。遠目に見る事はありましたが、ガルムを間近で見た事が無かったので、軽い気持ちで見物に行きました。
ガルムの世話係は、何故か草臥れた様子をしていました。
「ずいぶん疲れている様ですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。僕はガルムの世話係のロイクと言います。先ずは注意事項から……」
ロイクから「子供が居たら絶対に近づかない」「歯を見せない」等、最低限の注意事項を教えてもらいました。
「では、ガルム舎にご案内します」
「お願いします」
ロイクに案内されたガルム舎は、大きな入口(ガルムが出入り可能な物)が四方に在るだけで殺風景な佇まいをしていました。私はロイクを追って、そのまま中に入ります。中も殺風景で、丈夫そうな柱と藁の寝床がいくつかあるだけでした。
ガルムの大きさは、大体2.5~3メイル程度の様です。舎の中央に鎮座している銀色のガルムが一番大きく、4メイルと少しあります。子供も数匹いる様です。
(中央に居る銀色のガルムが、この群れのボスの様ですね)
取りあえず基本は、群れのボスに挨拶する事ですね。私はロイクに目で合図すると、舎の中央部に歩き始めました。ロイクも私に続きます。しかしその歩みは、半ばほどで中断させられました。
「子供には近づくなと言っていましたが、子供から近づいて来た場合は如何するのですか?」
私が聞くと、ロイクは「諦めてください」と言って、目を逸らしました。
子供達は無邪気に『遊んで 遊んで』と、擦り寄って来ます。一方大人達からは、何かプレッシャー込みの視線を向けられました。
(私に如何しろと言うのでしょうか?)
中型犬と大型犬の間位の大きさの子供達に囲まれ、完全に身動きが取れなくなってしまいました。子供達にあおられていると、不意に何かを踏みました。確認すると、壊れた寝床の様です。恐らく子供達が、悪戯で壊したのでしょう。
これ以上は堪らないと思っていた私は、寝床の残骸の藁を一掴み拾うと杖を抜き《錬金》で、フリスビーをでっち上げます。そして、思い切り投げてあげました。
「そら!! 取ってこ~い」
……外へ。
子供達は我先にと、フリスビーを追いかけて行きます。それを見ていた母親らしきガルムが、慌てて子供達を追いかけて行きました。一瞬不味いかと思い周りを見ましたが、ガルム達は私達から視線を外し、くつろいでいる様です。
「助かった」
私がホッとしていると、ロイクが突然私の手を握って来ました。
「ギルバート様!! さっきの円盤を、私に譲ってください!!」
何か物凄く必死です。訳はなんとなく分かりますが……。
「解りました。即興では無く、ちゃんとした物をいくつか贈ります」
物凄くお礼を言われました。あの子供達の相手をしていれば、仕方が無いのでしょう。内心でロイクに、深く同情しておきました。
さて、いよいよ群れのボスに挨拶です。と言っても、言葉が分からないなr……。
「人の子よ。先程の遊具は面白い趣向であったぞ」
「(……また、ですか)ありがとうございます」
「ほう……。驚かぬとは、なかなかに肝が据わっているな」
「いえ、十分に驚いていますよ」
私はそう言いながら、斜め後ろに居たロイクをチラッと確認しました。……驚き過ぎて、魂抜けてますね。御愁傷様です。
「なかなかにふてぶてしいな。面白いぞ」
(私は面白くありません)と、内心で突っ込みを入れながら、話を続けました。
「そうでしょうか? 老成した魔獣や幻獣は、知能が発達し人語だけでなく魔法さえも操ります。個体数は少ないかもしれませんが、けして存在しない訳ではありません」
私がそう返すと、何となくこのガルムが笑った様な気がします。そこで初めて、自分が名乗って居ない事に気付きました。
「おっと……、申し遅れました。私の名は、ギルバート・アストレア・ド・ドリュアスです」
私が慌てて名乗ると、ガルムが僅かに頷きました。
「我は仲間内からは、王もしくはフェンリルと呼ばれておる」
「フェンリル?」
私は反射的に、問い返してしまいました。幻獣・魔獣図鑑に、その名は載って居なかったのです。そしてマギの記憶では、フェンリルとは時にガルムと同一視される狼の怪物で、悪戯好きの神であるロキの長子と言われている者だったはずです。
「我が一族の中で、我の様に人語を口にする者の事だ」
私はその言葉を理解し頷きましたが、すぐに首を横にひねってしまいました。
「それは称号であり、個体名では無いのではないですか?」
私の問いに、ガルムのボスは一瞬動きを止め、すぐに答えを返して来ました。
「言われてみればその通りだな。我には名が無かったのか。ならばその事に気付いた貴様に、名を付けさせるのも一興か? 良い名を考えて見せよ」
口調こそ変わりませんが、ガルムからはかなりのプレッシャーを感じます。下手な名前を言って機嫌を損ねると、噛み殺される未来を幻視するほどでした。私は冷や汗を流しながら、このガルムに相応しい名を必死に考えます。しかし、なかなかこれだと言う名前が出て来ません。意見を貰えないか、ロイクの方を見ましたが、今度はプレッシャーに当てられて固まっていました。(これでは意見を貰うどころではありませんね)
……ここは、少し時間を稼いだ方が良いでしょう。ついでに命名のヒントも欲しいです。
「イメージは、どのような形が良いですか?」
「イメージだと?」
私は一度頷き、言葉を続けました。
「これは私見ですが、名前とは名付ける者がその者に『こう在って欲しい』と言う願いを込めて付けるモノと考えます。ならば、今後貴方が『どう在りたいか』が、名前には重要だと思います。過去を背負い、未来を歩みたいのなら、貴方の過去を聞かせて欲しいです。今後豊かに生きて行きたいのならば、豊かさを象徴する名前が良いでしょう。人間に舐められるのが我慢ならないのなら、あえて不吉な名前を付けるのも良いかもしれません。もちろんフィーリングも否定はしませんが……」
ちなみにティアは、過去を背負い未来を歩みたいと答えました。
「ほう。面白い意見だな。過去に興味は無いし、一族を豊かにしたいとは思うが、人間に舐められると言うのは面白くない。その中では、不吉な名前が良いな」
……不吉な名前ですか。まさか、そう来るとは思いませんでした。私は口元に手を当て、再び考え始めます。
…………体毛は美しい銀色。そして何より、死を臭わせる雰囲気。……死の銀か。
「オイルーンと言うのは如何でしょう?」
私は、思い当たった名を口にしました。
「ほう。それで、その名には如何いった意味があるのだ?」
予想通り聞き返してきました。
「別名“死を呼ぶ銀”と呼ばれる伝説の金属です。魔力を殺す事に特化していて、この金属で作った武器は、精霊・幻獣・魔獣・人を等しく殺し尽くします。そしてその力は、持主にさえ牙をむきます。持主の魔力や生命力さえも殺して行き、その寿命を削り取ってしまうのです」
ガルムの目が細まりました。気に入らなかったのでしょうか?
「オイルーンか……。気に入った。今この時より、我が名はオイルーンだ」
良かった。気に入ってくれたようです。そして、重苦しいプレッシャーからようやく解放されました。
「人の子……いや、ギルバートよ。恐れを抱きながらも、その堂々とした立ち振る舞いは見事だ。我は、貴様の事が気に入った」
やっぱり、取り繕っているのはバレバレでしたか。しかし、これは予想外の展開です。
「それは将来的に、オイルーンが背を許してくれる可能性がある。と言う事ですか?」
私がそう言うと、オイルーンは一瞬キョトンとしました。
「ギルバートよ。貴様は我の背を、相当高く買っている様だな。しかし、我が背は安くは無いが、そこまで厳格な物では無い。……まあ、気に入らぬ者は振り落とすがな」
オイルーンの機嫌の良さそうな声に、私はホッとしました。それからオイルーンと少し話をして、ガルム舎を後にしました。
この日の家族の雑談は、オイルーンの事で盛り上がりました。父上と母上も人語を口にする幻獣や魔獣は、数例しか聞いた事が無いそうです。アナスタシアが「あたしも会ってみたい」と言い出し、ディーネは終始ブスッとしていました。ペガサスもレア度で言えば、かなり高いので膨れないで欲しいです。
翌日にアナスタシアの願いを聞いて、オイルーンに会いに行く事になりました。しかし驚いた事に、ティアも付いて行くと言い出したのです。オイルーンが私の騎獣になってくれるなら、ティアとは早めに顔合わせしておいた方が良いので、私は気軽に了承しました。
一夜明けて、私はいつもより遅い時間に起きました。原因は夜なべして、フリスビーを作っていたからです。兵舎から廃棄予定の皮の鎧をいくつか貰って来て、《錬金》で形を加工し綺麗に色付けしました。黒色・灰色・茶色・緑色・青色と、5色各四つで20枚用意しました。ガルム用に少し大きめにして、《固定化》と《硬化》を確りかけて簡単に噛み砕けない様にしました。
ガルムの玩具作りをする私に不満を感じたのか、ティアの機嫌が朝からすこぶる悪かったです。仕方が無いので、鰹節を削った物をあげて機嫌をとっておきました。
先ずは朝食を取り、アナスタシアを連れてロイクの所に行きます。ティアはいつも通り、ウエストポーチの中です。フリスビーをロイクに渡すと、オイルーンと話している間の子供達の相手を頼みました。フリスビーの投げ方や遊び方を、説明しながらガルム舎へと移動します。フリスビードックの話をしたら、ロイクが異様に食いついて来ました。
いきなりやると失敗しそうなので、到着前に3人で少し練習をしました。アナスタシアが、なかなか上手かったです。こうなると、アナスタシアもやりたいと言い出し、オイルーンとの挨拶が終わったら一緒にやろうと約束しました。
「では、子供達の相手はよろしくお願いします」
「任せてください。世話係の意地を見せてやります」
気合十分なロイクが、嬉しそうに応えてくれました。
ロイクが舎内に声をかけフリスビーを振ると、子供たちが勢いよく出て来てロイクの周りに群がりました。子供達は『遊んで 遊んで』『昨日の? 投げて 投げて』『早く 早く』と、ロイクに催促します。
「取ってきたら、もう一回投げてやるぞー。……そらっ!!」
ロイクは掛け声と共に、フリスビーを思い切り投げます。子供たちが追いかけて行き、1匹が見事に空中キャッチしました。しかし良かったのもそこまでで、着地と同時にフリスビーの取り合いが始まってしまいます。《固定化》と《硬化》が掛けてありましたが、数匹で取り合うと流石に耐えられず壊れてしまいました。壊れたフリスビーを見た子供達は、耳と尻尾が垂れショボーンとしています。
「喧嘩するからだぞー。次投げるけど、もう壊すなよー。……そらっ!!」
ロイクが予備で持って来たフリスビーを投げると、子供達は嬉しそうに追いかけて行きました。そして今度は取り合いをせず、ロイクの所にフリスビーを持って来ました。
「よーし!! よくやった!! よしよし」
ロイクが、取って来た子を大げさに撫で褒めます。
(この分なら大丈夫そうですね)
「アナスタシア。行きますよ」
子供達にくぎ付けになっていたアナスタシアを正気に戻し、ガルム舎の中に移動します。オイルーンは昨日と同じ位置に居ました。私は近づき声をかけます。
「オイルーン。今日は……って、ティア?」
突然ティアが、ウエストポーチから飛び出しました。そして目の前のオイルーンと、睨み合いを開始します。野生の勘が働いたのか、猫相手にオイルーンも警戒心バリバリです。
「ティア」「ティアちゃん」
ティアは声をかける私とアナスタシアを無視して、オイルーンに話しかけました。
「犬っころが、ずいぶんと偉そうじゃの」「なっ……ティア!!」
私が止めようとする前に、オイルーンはティアに殺気を叩きつけます。私はその殺気に気おされて、止めに入るどころではありませんでした。
「……ほう。人語を口にするとは言え、猫ごときが無礼だな」
しかしティアは、その殺気を気にも留めずに続けます。
「吾の正体も察せれぬとは、しょせん犬っころじゃのう」
ティアの言葉に、周りのガルム達が殺気立ちます。しかし次の瞬間、ティアの雰囲気がガラリと変わりました。ティアから発せられているのは、オイルーンが可愛く見える位の殺気です。オイルーンは反射的に立ち上がりティアに最大限の警戒をし、周りのガルム達は静まり返りました。(いつものティアじゃない)
「猫……貴様何者だ?」
ティアはオイルーンの誰何に、誇らしげな声で謡う様に答えました。
「吾の名は……ティア。
全ての魔物の祖であり母とされる龍母ティアマトーより、その名の一部を継ぐ者。
漆黒の韻竜 ティアじゃ!!」
私は本能的に名乗りの途中から、アナスタシアを抱えてティアから離れました。そして、それは正解だったようです。ティアが《変化》の術を解き、真の姿を晒したのですから……。
尻尾を入れても50サント無いはずのティアが、7メイル近い巨体になっていました。その身体は漆黒の名を冠す通り、美しい黒で統一されています。顎の付け根には鰓の様な物があり、強靭な足には大きなかぎ爪が…… そして、何より目を引くのが折り畳まれてもなお巨大さに圧倒される翼です。この翼を広げるだけで、このガルム舎は脆くも壊れてしまうでしょう。
(私も初めて見ましたが、ただ圧巻の一言ですね)
そこで、ふと気付きました。ティアが正体を晒しても、その巨体で柱や建物に被害が及んでいないのです。良く見ると私達が居た位置も、大丈夫なように配慮されていました。そこで冷静に周りを見回すと、オイルーンはまだ立ち向かう気概を見せていますが、他のガルム達は震え上がり縮こまっていました。
「主達は耳を塞いでおれ」
そしてティアが、大きく息を吸い込みます。
「ッ!! ……アナスタシア!! 耳を塞ぎなさい!!」
「え……?」
「早く!!」
「は はい!!」
私達が耳を塞いだ次の瞬間、爆音が轟きました。
……龍の咆哮。
その凄まじいまでの音の波は、耳を塞いでなお体の芯まで響き、肌はビリビリと電気を流された様な感覚を受けます。尻餅をつかずに済んだのは、私達がティアの後方にいたからでしょう。もし正面に居れば、耳を塞いでなお気絶していたかもしれません。
そして、あのオイルーンの上体が後ろに泳ぎ、終には倒れてしまったのです。
後に残ったのは、必死に降参・服従のポーズをするオイルーンと、気絶してピクリとも動かないガルム達でした。いや、オイルーンはあの咆哮を真正面から受けて、気絶していないだけで十分に凄いのです。
ティアはそれを確認すると……。
「我をまといし風よ、我の姿を変えよ」
いつもの黒猫の姿になりました。
「格の違いが理解できたか? 犬っころ」
「くぅ……。何が望みだ漆黒の韻竜」
オイルーンが悔しそうに、言葉を吐き捨てます。
「多くは望まぬ。ただ……」
ティアはそこでわずかに逡巡した後、声を張り上げました。
「吾の主に気安く近づくな!!」
「なに?」「は?」「へ?」
その言葉を聞いて、私達はまともなリアクションがとれませんでした。やがてその意図を飲み込めたのか、オイルーンが余裕を取り戻し失笑を漏らしました。
「何が可笑しい!!」
格下のその態度に、ティアは怒りをあらわにします。
「我の事より、後ろにいる貴様の主の心配をしたらどうだ?」
ティアが振り返り、私と目が合いました。
「……あ 主?」
正直に言うと、私はこの時かなり怒っていたと思います。
「如何いう事ですか?」
龍の咆哮まで放ったとなれば、今頃外は大騒ぎになっているでしょう。これだけの事をしておいて、理由が嫉妬ですか? ふざけないで欲しいです。
「そ それは……その」「兄様……」
ティアの口調がしどろもどろになり、アナスタシアは私から距離をとります。
「くだらない嫉妬で、こんな騒ぎを起こしたのですか?」
「く くだらないじゃと。そもそも主が浮気などせねば……騎獣なら吾を使えば済むであろう!!」
(浮気……浮気ですか。何を言っているのでしょうか? このバカ猫は)
私の堪忍袋の緒が、ミシミシ音を立てているのが分かります。
「何が浮気ですか!! 《変化》する時は、人に見られる訳には行かないのですから、ティアはリスクが高すぎて騎獣に使えません。それとも、出先で騎獣舎に預けましょうか?」
「使えない!? ……獣舎など嫌に決まっておろう!!」
「落ち着け。ギルバート」「兄様」
オイルーンとアナスタシアが口を挟みましたが、完全にヒートアップした私とティアには届きません。私とティアの口汚い言い争いは、止まるどころか更に激しさを増して行きます。そこでオイルーンは、大きく息を吸い……。
「落ち着け!! ギルバート・アストレア・ド・ドリュアス!!」
龍の咆哮と比べれば、あまりに小さな声ですが、それは確実に人間が出せる音量を超えていました。私とティアの言い争いが、瞬間的に止まります。ティアは「邪魔だ!!」と言わんばかりに、オイルーンを睨みつけました。そしてこの時に私は、相当キていたんだと思います。
「アストレア?」
私がそう呟いたのが聞こえたのでしょう、アナスタシアはガルム舎から逃げ出します。
「そう言えば女名だったの。だから主は女々しいのじゃ」
この言葉で私の最後の良心は吹き飛びました。後はトリガーを引くだけで、文字通り大爆発を起こします。
外から「アナスタシア!! 中で何があった!!」と、父上の声が聞こえました。龍の咆哮を聞きつけ、駆けつけてくれたのでしょう。
それに対しアナスタシアは「兄様がキレた!!」と、短く返答します。
それを受けた父上は「ッ!! 総員退避!!」と、叫んでいました。部下達から困惑の声が上がっていましたが、父上はそれをねじ伏せ、建物の陰に隠れるよう指示する声が聞こえました。
「如何した? 言い返せぬのか? だから女々しいのじゃ。……アストレア!!」
はい。トリガーが引かれました。私は杖を抜き……。
ガルム舎が消し飛びました。トライアングルメイジが、全精神力を込めると洒落になりません。
キレると水素爆発ばかり使うのは、私はルイズと同類と言う事なのでしょうか? ……爆弾魔か、不名誉な渾名です。
その後青空の下で、私、ティア、オイルーンは座らされ(当然私は正座)5時間ほど説教されました。同じ内容がループする説教(しかも、説教する側は交代制)に、私は涙を禁じ得ませんでした。更にオイルーンからも、一族を代表して怒られました。この状況で、ティアやオイルーン達とすんなり和解出来たのは、僥倖と言えます。
突然ですが、今回の被害を発表します。
父上の機転のおかげで、奇跡的に人的被害はありませんでした。ロイクやガルムの子供達は、龍の咆哮で逃げ出していたので怪我は無かった様です。舎内にいた私達やガルム達も爆発をまともに受けましたが、奇跡的に死者や身体の部位が欠損した者は居ませんでした。一番の重症者も水の秘薬を使い、全治2日程度の怪我で済みました。運が良かったと言って良い……のかな?
その代わり、建物の被害が深刻でした。ガルム舎は完全に消失。近くにあった建物は、ガルム舎の破片で甚大な被害を受けました。《錬金》で補強して《固定化》や《硬化》をかければ、倒壊の心配は無く十分に使用出来ますが、見栄えは非常に悪くとても客を呼べる状態ではありません。被害が大きい建物は、見た目の手直しも含めると、新築と修理費はどちらが安いか悩むレベルです。
頭痛いです。何故こんな事に……。
こうなると出て来るのが、本拠の移転案です。元々侯爵家の邸宅としては、現状の家は小さすぎて将来移転する予定だったのです。それが今回の一件の所為で、前倒しする事になってしまいました。そして、その責任者を誰がやるかと言うと……。
はい。責任をとって、私がやる事になりました。
取りあえず現ドリュアス本拠地は、移転後に必要な建物だけキッチリ修理して、後は騙し騙し使ってもらいます。後に取り壊しですね。
建設予定地は、精霊の大樹がある湖から西側に伸びる川と、ブレス火山から延びる崖が交差する地点です。滝を館内にとりこむ様に、建設する予定です。コンセプトは「最小限の資金でヴァリエール公爵邸を超えろ」です。強化ガラスは風と火のメイジが居れば、風冷強化法で簡単に作れるので、ガラスを贅沢に使って現代建築と魔法の融合を目指します。場所によっては、ステンドグラスを入れても良いかもしれません。
家の設計をするにあたって、ガラスや窓などの規格を決めなくてはなりません。大人数で作業するなら、規格は如何しても必要です。特に見た目が重要視されるとなると、不揃いなのは不味いです。しかし、規格化はいきなり実行しようとしても、職人ならともかくメイジに精度を求めるのは酷です。それならば、型を作ってしまうのが一番ですね。
先ずは石材と花崗岩(ガラスの素)を確保する為の拠点を作る事ですね。取りあえず別荘を建てて、それを拠点代わりにすれば良いでしょう。後回しになりますが、貴族の保養地を目指すので、スパとしての大規模入浴施設やオペラ用の巨大劇場等を建設する予定です。幸いな事に湯量に関しては、精霊にお願いすれば増やしてくれるそうなので、平民用の温泉宿も建設します。……あっ、家族風呂も忘れていませんよ。
こうなると、街道の設置も急がなければいけませんね。死なば諸共で、家無き子になったガルムやロイクも巻き込んでやります。ガストンさん、ポールさん、サムソンさんも一家まとめて巻き込む予定です。(砂鉄がとれるか要確認)ついでに、別荘建設の選考も大幅にやり直しと言うか全員合格です。当然、ディーネとアナスタシアも巻き込みます。
必然的に必要な物資も増えるので、当然のごとく船も投入です。ドリュアス→別荘→塩田→ドリュアスの順番で、回ってもらいます。オースヘム・フラーケニッセ間の街道が出来ても、運航停止は暫くは延期してもらいます。
さあ、皆仲良く地獄へ行こうツアーです。過重労働と言う名のパラダイスが皆を待っています♪
……ちなみに、イネスにだけは逃げられました。残念です。
作業開始1週目
第一陣(私+護衛(クリフ、ドナ)、ディーネ、アナスタシア、ロイク&ガルム達、他騎獣と守備隊員20名)を現地に投入です。仮住まいのテントを立てて、物資搬入用の空港を建設しました。
作業開始4週目
砂鉄が取れる場所を無事発見したので、炭焼き小屋や鍛冶小屋を建設(前回の経験と使用者の意見を踏まえ、設備を高性能化)しました。石材・花崗岩(ガラスの素)・砂鉄等の原料を、切り出し・採掘・収集出来る様にしました。更に定員80名の仮屋建設も完了。人海戦術は素晴らしいです。
作業開始5週目
第二陣(ガストンさん、ポールさん、サムソンさん一家、他守備隊員20余名)を投入しました。それと同時に、炭焼き小屋と鍛冶小屋が動き出します。メイジ40人がかりで、木を次々に引っこ抜いて行く様は実に圧巻でした。ディーネとアナスタシアから弱音が出始めましたが「2人とも私の倍以上寝てるでしょう」と笑顔で言ったら、逆に睡眠をとる様に勧められました。前回の失敗もあるので、素直に聞いておきました。
作業開始6週目
いよいよ別荘の建設に入りました。守備隊員は建設班・石材班・ガラス班・木材街道班に10名ずつ分かれてもらい作業してもらいました。私とクリフは、ガラス班です。規格について理解してもらうのに、やはり苦労しました。「そんなの《錬金》で調整すれば良い」の一言は、やはりきつかったです。規格は大切ですよ。
作業開始10週目
別荘の窓やガラス部分以外が完成しました。貴族の賓客を招く為に、かなりの大きさになっているので大変でした。流石に4階建ては、やり過ぎだったかもしれません。窓ガラスが取り付け終わっていない上に、中がガラガラな所為で夜は廃墟みたいでかなり怖いです。引き続き建設班は、浴場の建設に入ります。
作業開始13週目
ようやく窓ガラスも全て取り付け終わりました。長い道のりでした。後は家具や照明がそろえば、本格的に別荘として使用可能です。しかし、問題が発生しました。照明は大丈夫なのですが、家具輸送費の見積もりが大変な事になってしまったのです。木はたくさんあるので、家具職人を拉致し……ゲフンゲフン。雇うか派遣してもらえるようにお願いしておきました。それと同時に、家具職人達の作業場を作る為の人員を一部割きました。それから《錬金》や《凝縮》による生木の乾燥作業が、私とクリフしか出来ないので辛いです。
作業開始15週目
家具職人達が到着しました。母上の話では、私のベッドを作った腕の良い職人達だそうです。作業場の方は、何とか間に合ったと言った感じです。職人達を別荘と作業場に案内し、部屋に合う家具を作ってもらうようお願いしました。……見学し終わった職人達は、ガラスを贅沢に使った建築様式に目を爛々と輝かせていました。ちょっと怖いと思ったのは、私だけの秘密です。次の日職人達が「内装も全て任せて欲しい」と、直談判して来ました。特に断る理由が無かったので、了承しておきます。
作業開始19週目
浴場が完成し、別荘の廊下と一部の部屋の内装が完成しました。驚いた事に職人達は、レイアウトが同じでも各部屋ごとに家具や装飾・壁紙のデザインの変え、全く別の部屋に仕上げて来ました。職人達のこだわりには脱帽です。それから、一部屋ごとに名前を付けるのは良いですが、命名権をかけた喧嘩はしないでほしいです。
何はともあれ、これでカトレアを療養目的で呼ぶ下準備が出来ました。浴場が完成したと聞いて入りに来ていた父上と母上に、温泉がカトレアの病の症状を抑えるのに、有効であると伝えます。そして療養の為に、カトレアを招待したいとお願いしました。
こうなると、ヴァリエール公爵家全員で突撃して来る可能性が大です。公爵家だけ呼んで(実際は呼んでないけど)、モンモランシ伯爵家を呼ばないのは角が立ちます。ならばいっそ「両家とも招待してしまいましょう」と言ったら、父上と母上は思い切り苦笑いをしてくれました。
少し時が流れて、11月に入りました。別荘の内装関連もほぼ終わり、必要な使用人も雇い入れました。まだまだ少ないですが、招待する人数が少ないので問題無いでしょう。
そして公爵家と伯爵家が、今日の午前中に別荘に到着する予定なのです。私は本邸の建設を午前中で切り上げ、騎獣に跨り別荘に戻って来ました。
「お疲れ様です。イル」
私が声をかけたのが、正式に私の騎獣になったオイルーンです。正式に騎獣になってもらうに当たって、お互いをイル、ギルと愛称で呼ぶ様になりました。ティアは内心で「面白くない」と思っている様ですが、仕方が無いと諦めた様です。
「我は戻る」
イルはそう言うと、ガルム舎の方に走って行きました。相変わらず早いです。
私はウエストポーチからティアを引っ張り出すと、抱きしめてもふもふしながら語りかけます。
「言い忘れていましたが、今日のお客様の中にエレオノール様と言う王立魔法研究所の人間が居ます」
エレオノール様は魔法学院卒業後、原作の通りにトリステイン王立魔法研究所に入りました。彼女にティアの事がばれるのは、避けたい事態です。
「エレオノール様の目的は、温泉水の採取と思われるので、大人しくしていれば問題無い筈ですよ」
私がそう言うと、ティアは少し考える様な動作をしました。
「いや、夜になってから主の部屋に戻る方が安全じゃろう。それまで適当に時間を潰しておる」
ティアはそう言って、私から跳び降りました。まあ、ルイズやモンモランシーにもみくちゃにされるより良いでしょう。
「分かりました。くれぐれもばれない様に注意してくださいね」
「解っておる」
私はティアと別れると、新人使用人の案内で父上達の所に向かいます。
カトレアは、16歳か……。原作開示時のルイズと同じ年齢ですね。しかし同じ姉妹で、何故あれほど圧倒的な差が……いや待て、今思い浮かべたカトレアは……止めよう。ひたすらルイズが不憫に思えて来ます。
しかし私の中で、ハッキリした公式が完成していました。
カトレア(14歳) > ルイズ(16歳)
何を指してこの公式が成り立つかは、ルイズの名誉のために明言を控えたいと思います。
そしていよいよ到着です。部屋に入り帰宅の挨拶をします。
「ただいま戻りまムグッ……」
誰かに正面から抱きつかれました。
「お帰りなさい。ギル」
この声はカトレアですね。家族の目の前だからと油断しました。しかし、顔に当たる感触が柔らかくて良いにお……って、違う!! このまま外堀を埋められるのは、非常に不味いです。
私はカトレアの腰を両手でつかみ、強引に押し剥がします。そして、完全にフラットな表情を作り(私は鉄面皮。私は鉄面皮。私は鉄面皮)と、自己暗示をかけました。
カトレアの横を素通りし、もう一度頭を下げ「ただいま戻りました」と、挨拶しました。この場にいる全員が、カトレアの奇行と私の対応について行けずポカンとしています。
「当家自慢の別荘へ、ようこそお越し下さいました。ヴァリエール公爵 モンモランシ伯爵。歓迎させて頂きます」
カトレアの存在は完全スルーです。と言うか、意識したら何かが終わります。生返事しか出ない公爵と伯爵もスルーして、説明を開始します。カトレアに後ろから抱きつかれている様な気がしますが、絶対に気のせいです。
「この別荘の自慢は、ブレス火山から取れた花崗岩から精製したガラスを贅沢に使っている所です。東方から伝わって来た特殊な処理と、《固定化》と《硬化》を重ねがけして強化してあります。もうご覧になりましたか?」
「あ ああ」
公爵が生返事をします。私はその返事に大きく頷いて説明を続けます。
「また、ブレス火山より湧き出している温泉を使った浴場も自慢です。温泉の泉質は炭酸泉と言って、浸かると体内の水の流れを良くする効能があります。これは血行促進と言って、カトレア様の病の症状を抑える事が出来るのです。他にも、疲労回復・肩こり・冷え性・美肌など多くの効能があります。また適量なら、飲んでも効能があります。主に、疲労回復・整腸作用・血行促進等です」
家以外の女性陣が、美肌と言う言葉に反応しました。女性のサガですね。
「浴場は男女に分かれた大浴場もありますが、夫婦や親子で湯浴みを楽しめる家族風呂もございます。是非お楽しみください。……東方には湯治(日本語)と言う言葉が在ります。湯で治すと言う意味です。当家の別荘で、心と体を癒していただければ幸いです」
挨拶が終わったので、逃げようとして……逃げられませんでした。カトレアに後ろからガッチリと拘束されていて、脱出不可能な状態です。力尽くと言う手が使えないので、本当に手詰まりです。完全スルー戦法が裏目に出ました。
「ギル。一緒に家族風呂に入りましょう」
「家族風呂ですから結婚しないと入れませんね」
……今度は言葉攻めですか。皆それぞれの反応をしています。
「それなら、結婚しましょう」
「病の完治と双方の両親の了解が必要です」
特に公爵の怒りっぷりが凄まじいです。
「それなら、早く治療して」
「準備が整うまで不可能です」
(何でカトレアは、外堀を埋めようとするのでしょうか? 準備が整えば、こっちから求婚すると解っているんだから必要無いのに)
……あれ? 何故か場の空気が一変しました。この場にいる全員が、私を物凄く怖い目で睨みつけて来ます。するとカトレアの拘束は不意に外れました。私が不思議に思い振り向くと。
(泣いてるうぅぅーーーー!!!! えっ? 何で? 如何して?)
私は訳が分からず混乱してしまいます。そして……。
「ギルバート!! 貴様ーーーー!!」
公爵の声に振り向くと、視界が黒く塗りつぶされました。
気がつくと私は倒れていて、正面にカトレアが居ました。公爵が「アズロック放せ!! 私は 私は」と、騒いでいます。バラバラになった意識を掻き集め、現状を把握しようとした所で、鼻先を貫くような痛みと後頭部を鈍い痛みが襲いました。口の中は血の味で満たされ、鼻で呼吸が出来ません。
……公爵に殴り飛ばされて、後頭部を強打したのか。
「ごめんなさい。ギル。私が感極まって泣いちゃったりしたから……」
カトレアが小さな声で、私に伝えて来ました。
(……そう言う事ですか。良かった)
それに風系統メイジには、今のカトレアの声が聞こえていた様です。私に向けられるプレッシャーが、一気に減りました。視線を向けると、風系統メイジが全員オロオロしています。特にカリーヌ様の挙動不審振りが酷いです。
(しかし、これで公爵に殴られたのは二度目ですね。私怨の次は、勘違いですか……。勘弁して欲しいです)
視線を戻しカトレアと目が合うと、……物凄く怖いです。
「私怨? 二度目?」
カトレアはそう呟くと、私の手をとりました。記憶を吸い出されましたね。
「……ギル」
(本気で怖いから、その目を止めてください。それと、公爵に仕返しするつもりですか?)
コクン。 カトレアが僅かに頷きました。
(たしかに少しぐらい痛い目に合わせたいですね)
フルフル。カトレアは何故か首を横に振ります。そしてカトレアの目は、手加減無く思い切りヤレと言っていました。……怖いです。物凄く怖いです。生半可な事をしたら、怒りがこちらを向きそうです。
まあ、公爵にはカトレア方面の恨みがありますから……丁度良い機会か?
意識が戻らない振りをして暫く考えると、良さそうな子芝居を思いつきました。
(……カトレア。悲劇のヒロインに興味はありますか?)
カトレアは皆から見えないのを良い事に、とても良い笑顔で頷きました。
「うぅ……いったい何が……」
今意識を取り戻した振りをして、立ち上がろうとします。しかし、公爵の一撃が足にきていて、上手く立ち上がれません。見かねたカトレアに手伝ってもらい、何とか立ち上がりました。
(ありがとうございます。少しの間支えて居てくれませんか?)
コクン。
「確か、カトレアと結婚の話をしていて……」
“朦朧とした意識の中で思い出す”を意識し、言葉を口にします。そして、その言葉を“許せない”と感じ、感情をあらわにする人は公爵のみです。
「誰が貴様などに!! 家の可愛い娘をやれるか!! ふざけるな!!」
激昂した公爵は、口汚い言葉を次々に発します。父上に羽交い絞めにされていなければ、もう一発殴られていますね。
「公爵は結婚や婚約に反対なのですか?」
私は念を押す様に公爵に語りかけました。
「当たり前だ!! 絶対に認めん!!」
はい。公爵の出番はここで終了です。後はカトレアと私の2人芝居です。カトレアに支えてもらうのを止め、一歩引いて向かい合います。
「カトレア。公爵にここまで反対されては、私達はもう……」
「そんな…… ギル」
カトレアが目に涙をためながら、僅かに首を左右に動かしました。迫真の演技です。(やりますね。カトレア)
「もう……無理です。領地を富ませ、精霊を説得し、広大な領地を得て、馬鹿共の謀略を覆し、カトレアと釣り合う身分を得て、塩田の設置まで成し遂げました。それでも公爵は、認めてくれませんでした」
私が言った物の中には、トリステイン王国の歴史に名を残す偉業が含まれています。
「公爵は初めから認める気など無かったのですよ」
私の言葉にカトレアは、再び首を横に振りました。
「……違うわ。お父さまは、2年ぶりにギルと会えた私の涙を勘違いして」
私はカトレア言葉を、ただ首を横に振って否定しました。重苦しい沈黙が、この場を支配します。公爵も自分の勘違いに気付いて、固まってしまいました。
「ギル。あの時の約束……」
「ッ!! ……しかし、それは」
「……お願い」
最後の爆弾を投入です♪
「私 ギルバート・アストレア・ド・ドリュアスは、カトレアの病の原因と治療法を、生涯誰にも語らないと誓います」
私が誓い終えると、間を置かずカトレアが誓いの声を上げます。
「私 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、真に自らの夫と認められる人が現れたら、私の病の原因と治療法を伝え、その人の治療を受けると誓います」
場がざわめきに包まれます。
「今日は、顔の治療をして休みます。失礼します」
私は呼び止める声を無視して、退出の挨拶をしました。歩き始める際、カトレアが手を未練がましく泳がせましたが、すぐに引っ込めてしまいました。(演技上手過ぎです)
「ギル。私はギル以外に人を、夫と絶対に認めない」
ドアノブに手をかけた時、カトレアの口からシナリオに無いセリフが出て来ました。私は動きを一瞬止めてしまいましたが、何も答えずそのまま退室しました。
部屋の前で待つと、カトレアがすぐに出て来ました。風系統メイジには聞こえてしまうかもしれないので、ここでは言葉を発する事が出来ません。
(お疲れ様。迫真の演技でしたよ)
カトレアは私と目が合うと、ニッコリと笑って頷きました。
(では、それぞれの部屋に戻りましょう)
フルフル。
(……私の部屋で少し話をしますか?)
コクン。
私が歩き始めると、カトレアは私の腕に抱きついて来ました。
「ギル。ごめんなさい」
私の部屋に着くと、カトレアに真っ先に謝られました。カトレアが杖を抜いたので、私は手で制しながら口を開きます。
「気にしないでください。カトレアの前で、迂闊な事を考えた私も悪いです」
私はそう返し、杖を抜き《癒し》の魔法で顔を治療します。
「せめて私が、《癒し》で治療出来れば……」
「カトレアの病の原因が原因ですから、魔法は絶対に厳禁です。そう言えば、カトレアの系統を知らないのですが、如何なっているのですか?」
明らかに話題を逸らそうとする私に、カトレアは一瞬不満そうな顔を浮かべましたが、すぐに答えてくれました。
「属性基準で言うと、水>土=風>火になるわ。一応、水のスクウェアメイジよ。土と風もトライアングルスペルまで行けるわ。でも、火はドットスペルが限界ね」
……は? 何ですか? その反則的なスペックは?
「いや、魔法を使えないのに何で……」
「感覚で、なんとなく分かるの。それに力が急に伸びたのは、ギルに出会ってからよ」
(つまり私の責任ですか? バグキャラの娘は、バグキャラと言う事ですか)
「あんまり失礼なこと考えない方が良いわよ」
「ごめんなさい」
カトレアの笑顔が怖いです。
その後、王都で公爵に的にされた原因を教えてもらいました。
その日のヴァリエール家の食卓に、珍しく全員が顔を出したそうです。そこで話題に上ったのは、ルイズが私を兄様と呼ぶ様になった事でした。それはルイズが私を、ある程度慕っている証拠と言って良いでしょう。
そこで公爵は、私をルイズの婚約者にしようと言い出したのです。この危険な話題にルイズは「ちいねえさまの好い人だから兄様なの」と言って、この危険を見事に回避します。……ルイズの危機回避能力の向上に、ちょっと感慨深い物がありました。しかしカトレアの次の言葉で、それもぶち壊されます。
「まあ、実際に義妹になるのなら兄様でも問題無いわよね♪ ルイズに認められて私は嬉しいわ」
……ルイズが私を兄様(この場合は義兄様か?)と呼ぶ様になったのは、ひょっとしてカトレアのご機嫌取りだったのでしょうか? そう思うと、ちょっと悲しくなりました。
本題に話を戻します。
当然、ルイズの言い訳で話は終わらず、話題は私とカトレアの関係に及びました。
公爵は私がドリュアス家嫡子である事から、カトレアの健康の問題を理由に諭しに入ります。事情を知らないエレオノール様が、公爵の意見に賛成しカリーヌ様とルイズが諦めモードで静観しました。
カトレアは私なら自分を治療出来ると、必死に訴えました。
注 病の原因と治療法は、異端扱いされるので秘密にすると約束していました。
エレオノール様は、カトレアの熱意に「生きる為の意欲になるなら」と言って折れました。しかし、ドリュアス家との関係を重視したい公爵は、折れずに諭し続けたのです。
そして終には、カトレアがキレてしまったのです。
その後の詳細は、教えてもらえませんでした。後日、他の人にも話を聞きましたが、全く教えてもらえませんでした。ルイズ曰く、家で怒ると一番怖いのはちいねえさまです。との事です。
……分かったのは、カトレアが父親を公爵様と呼び、敬語を使い続けたと言う事だけです。
聞かなかった事にしておこう。いろんな意味で……。
後書き
このままではカトレアが悪者すぎるので、次話か次々話あたりを大きく改定する予定です。
更新に時間がかかるかもしれませんが、その時はごめんなさい。
ご意見ご感想をお待ちしております。
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