アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第11話「私、話し合ってみる」
そこは「ラックモア」という名の、中継点の中でも評判の酒のうまい店だった。
よくある盛り場の喧騒が場を支配し、冒険者たちが依頼の内容を吟味したり、
或いは成果を誇りあったり、そして任務に失敗した理由を考察している。
勿論、ジョッキかグラスか…波々と注がれた酒を手に。
今はまだ遣いの森の『収穫期』ではないので、大した騒ぎにもなっていないが、
これが夏になり『収穫期』が訪れると、
下手な祭りではこうはならんというほどの混雑になる。
リックはそんな盛り場の様子を一瞥し、酒を飲みたい気分を我慢して、娘たちと共に
2階の借りた客室へと向かった。大丈夫。この店は確認した所、深夜半を過ぎても
酒はだしてくれるし、場合によっては厨房も貸してもらえるのだから。
部屋に入ると、グウェンが厳重に鍵を閉める。次いで荷物を適当に床に放り、
イダ、グウェン、リックが部屋の入口側のベッドに座る。
それを見たストランディンとフェーブルはその向かいのベッドに腰を下ろした。
…全員、イダが口を開くのを待っているかのようだった。
―――暫し、時間が停止したような感覚が襲う。
「…お父さん。話しても、大丈夫、だよね?」
イダが自信無さげに父にそう尋ねると、父は「…あの状況では使わなきゃ怪我してた。
仕方ないだろう。あの場所で出した『れいぞうこ』とか『たたみ』とかってのは
しまっちまったから、多分大々的にバレるってことはないだろう。
それにカストル男爵のこともある」と容認の姿勢を見せた。
「…わかった。それじゃ、一度しか話さないから、よく聞いててね…」
イダはストランディンとフェーブルの顔を交互に見やり、そう言ってハァ、と
一つため息をついた。
「待ってください。その前に…」
フェーブルはそう一言言うと、手に持った杖を振り、魔素に働きかける神代の言葉を
紡ぎ始めた。
「何をする気にゃ?」と聞いたグウェンだったが、その疑問にはストランディンが
呪文を唱える彼女の代わりに答えた。
「今、細工してる最中なの」と言って、申し訳なさそうに笑う彼女。
その時、フェーブルの呪文が完成した。
『音よ。我が音を明日奪え。その契約と代償を持って、この部屋の外に声を漏らすな』
仄かな光が灯り、それがやがて消える。
魔素魔法の一つ『音操り(サウンドコントロール)』である。
それは、使用した次の日まともに喋れなくなる代わりに、使用者が命じた範囲内の音を
外へ聞こえなくする、或いはよく聞こえるようにする初歩の魔法である。
便利そうな魔法だが契約と代償の属性を持ち、使用もそう難しくないため
初歩の魔法に分類されていた。
「これでもう外に音は聞こえません。」
フェーブルがにこやかにそう言って、杖を壁に立てかけた。
ストランディンが「ほらね」と言って、ニッと歯を剥きだして笑った。
―――それじゃあ、話すわね。
フェーブルの態度を見て、イダはその言葉とともに語り出した。
…その語りに含まれる言葉は、カストル姉妹にとっては信じがたいものだったのだが…
「じゃあ、転生者…だって言うの?そのバッグとズタ袋はそれが原因で手に入れた?
ぶっちゃけ、信じらんない!それであのセリも出したっていうの?」
ストランディンがそう言って少しむっとしているが、事実は事実である。
「そんな事言われても、本当のことは本当のことだから仕方ないと思うんだけど…」
イダは少し困ったような顔をして、次いではぁ、と深い溜息をついた。
イダは証拠を示すように、バッグとズタ袋をその場に出してみせる。
「…ほら、ね。」
「…そう、ですね。転送の魔法も使わないで、そういうふうにものを出せるなどという
話は聞いたことがありません。例え、邪神や魔神だとしても、転移にはきちんとした
手順を踏まなければいけない、と師に聞いたことがあります」
フェーブルは、やはりまだ信じがたい、といった顔で袋を見つめていながらも
そう言ってある程度の理解を示していた。
イダはその態度は間違っていないだろう、と暫しうつむいて答えた。
「…そうなんだ。じゃあ、次はもっとわかりやすいのを見せてあげる。
冷蔵庫や畳よりはわかりやすいと思うから」
そう言って顔を上げると、彼女は手をズタ袋に突っ込んだ。
わかりやすく彼女を納得させるために。
…次に彼女が手を引きぬいた時、そこにあったのはセリ以外の七草だった。
ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
どれもこれも、現代日本ではカブやダイコンと呼ばれるスズナ、スズシロですら、
この世界では比較的安いとはいえ貴重な山菜であり薬草である。
「―――!?」
ストランディンは絶句して、それに手を伸ばす。イダは「これでOK?」と言いながら、
彼女の武闘家らしいが少女らしくもある、拳ダコのある手に一つ一つ渡していく。
「私が知ってるものなら、なんでも出せるよ。それも、私が…前世の私が知ってた
最高の物が出てくるの」
もう能力自体を疑う余地はないだろう、と言いたげにイダはストランディンの瞳を
見据えながら言葉を紡ぐ。更に畳み掛けるように、彼女はバッグから肥後守を取り出し、
「…なんでこんな力が目覚めたのかなんて知らないけど、とりあえずあるものだから」と
少し寂しげに言った。
…次の言葉を紡いだのはフェーブルだ。
「リックさんやグウェンさんが何も言わないということは、
わかっているのだと思うのですが…その力は、きっと危険です」
リックやグウェンの頷く姿を見て、自分の考えを確認しながら彼女は続ける。
「…その袋、何が入っているか、教えてはいただけないですか?」
リックの荷物…香辛料の入った一際大きな袋を指さして、
フェーブルの声が部屋に響き渡った。
「おう。見てみろ。驚くぞ」
リックは袋に手を伸ばし、その口を緩める。すると、部屋の中にかなり強烈な
スパイスの香りが漂った。
「…南方の香辛料…やはりそういうことですか」
フェーブルはため息を付き、「その力はとても危険です。貴女は暗殺されるかもしれない」
と真顔で恐ろしいことを言った。
「うぇ…マジで?」
クマを酷してイダはそう返すと、まあ当然か…とでも言わんばかりに天を仰いだ。
「南方の諸国はその政策で、香辛料の生産に制限をかけています。
特に胡椒は防腐効果が高く、各国で戦略物資とされています。ですから…」
それを無尽蔵に生み出せる彼女の力は危険ということになる。
リックは勿論、グウェン、そして今はここにいないヴァレリーも警戒していた、
恐るべきことではあった。だが、こうして政治にいずれ関わるであろう貴族の子女に
そう言われるのは、改めてショックでもあった。
「…どうすりゃいいかなあ…」と再び天を仰いでイダは周りに聞く。
わかってはいる。この力をできるだけ隠すこと。隠した上で肝心な時にだけ使うことだ。
それが彼女にとっても、彼女の家族や友人たちにも安全な選択肢である。
「…それに、そちらの異界…或いは、将来の物品を喚び出すバッグについても、
やはり利用しようというものはいるでしょう。絡繰の類ならば例え消えてしまうまでの
1日でも十分参考になるでしょう。それは新たな物を作る一助になるかもしれない。
それもやはり危険です。その生産に関われた者はいい。ですが、それ以外のものには…」
「…ええ。自分たちの生活を潰しかねない存在になってしまう」
イダは手で顔を覆い、ぐはー、と少女にはふさわしくない言葉を紡いでいた。
フェーブルはそこでふう、と溜息をつく。
「規格外の能力だと思います。双方とも。戦いには役に立つ場面も少ないでしょうが、
それでも様々な応用の効くとても強い力だと思います」
イダはその言葉に、咄嗟とはいえ冷蔵庫や畳を射出する戦い方が、
即席質量爆弾を放り投げるような戦い方がほぼノーリスクで出来た盗賊との戦いを
思い出し、確かにそうかもしれないと思う。
彼女の言葉は全て至極最もだ。反論すべき余地はない。だが、ここまで言うのならば…
「何かいい策はあるのかにゃ?お嬢しゃん。知っちゃったからには、あんたらも…」
グウェンが白い八重歯を光らせて、彼女たちを睨めつける。
その秘密を下手にバラそうものなら、殺っちまうぞ。
目は確かにそう言っていた。
「…そうですね。どこか、誰か貴族を…それも官僚となっている中央のものではなく、
帝に信任され各地の統治を行なっている領主貴族をパトロンにするのがいいかと」
ニヤリ、とグウェンの瞳に負けない眼力で、フェーブルの言葉が紡がれた。
「…なるほどな。そのパトロンに、お前さんたちの親父さんをすればいい、ってか」
苦虫を噛み潰したような様子でリックもフェーブルを睨めつける。
「そうです。そして、そのアイテムについても、カストル男爵の娘が見つけた
とても特殊なマジックアイテム、ということにすればいいのです」
なんでもないようなことのように、フェーブルはそう言った。
なんでもないように、彼女は自分たち姉妹が的になる、と言っていた。
そこには、二日前に従者を亡くして泣いていた少女の面影は見えない。
猫を被っていた、とも思えない。どちらもが彼女なのだろう、とイダには思えた。
政治家というのはそういうものだ。国家や集団の利益を考えて行動し、
当然のように自分の感情やプライドは無視しなければならない。
そして、その国家や集団の利益を考える時、「最大多数の最大幸福」と求め、
決して特定の集団のみに利する事無きよう配慮するのが真の政治家というものだろう。
それは決して簡単な道ではなく、現にこの世界でも、我々の世界でも多くの政治家が
政治屋と揶揄される特定の集団の利益を最優先するモノに成り下がっているのだ。
…目指そうとすれば、それは死すら覚悟しなければならないかもしれない。
日本でも過去には、時の総理大臣が白昼堂々刺殺されたという事件があった。
最大多数の最大幸福を目指すことは、それだけに恨みを買う。
それを知っているイダには、
自分を標的にしようとする彼女の覚悟はなみなみならぬものに思えた。
そのフェーブルの言葉にストランディンも「うん。父さんはきっとイダのことを
邪険に扱いはしないから、信じてくれない?」と援護する。
その眼差しは真剣そのものだった。
その言葉に、リックが答える。
「…少し考えさせてくれないか。娘の気持ちというものもある」
「当然ですね。大丈夫です。私たちは決してバラしたりはいたしません。
その証拠をお見せします」
フェーブルはそう続けて、杖を掲げる。紡がれるは神代の…マナを操るための言葉。
神々の使う言葉とされるマナに働きかけるその言葉がマナを集めていく。
「何する気?」
イダの言葉にリックが「黙ってみてろ」と答え、生まれた仄かな光を見つめていた。
『万能なる魔素よ。我、ここに契約する。我、この少女の技について、
彼女を決して裏切らぬ。我がこの約定守れぬ時、代価として我が心を差しださん』
そして、仄かな光が消え、そこには変わらず少女が立っていた。
「…契約の魔法です。魔素魔導師なら誰でも使えます。
本来はもっと強い魔力を持って、他人に約束を強要する魔法なんです。
私程度の場合は、多分鼠にすら効かないでしょう」
そう言って、杖をカラン、とベッドの上に放った。
「でも、自分相手に使う場合は成功率10割です。約束を守らなければ、
それに応じた代価が支払われる…今度の場合は、その力についての秘密…
それについて私がイダさんを裏切った場合、私の心が壊れます」
…本当になんでもないようにそう言って、フェーブルは微笑んだ。
「ちょっと待て!?どうしてそうなんの!?重すぎて吹くんですけど!?!?」
当然のようにイダは混乱してフェーブルの肩を掴んで、ギャアギャアと食って掛かる。
部屋の明かりが静かに揺れている。
それに反比例するかのようにイダはヒートアップしていった。
「…事情があるんですよ。ええ。どうしても必要な事情があるんです。
あなた達に会えて、本当に良かった」
フェーブルはそう言って寂しげに微笑む。
その微笑みはストランディンに向けられていた。
ストランディンもまた、申し訳なさげにフェーブルに背中から抱きついた。
「…イダ。お願い。説明するから…ね」
ストランディンが少し悲しげに言って、目を伏せる。
そのただならぬ様子に、イダも意気が挫かれ…そして。
「―――わかった。そういえば盗賊に襲われたり、
セリとドクゼリを違えて教えられたり、色々そっちもやばいと思うんだけど
…説明して、もらえるよね?」
そう続けて、二人の少女は頷いた。
イダも、グウェンも、リックも…心の中で「本当に面倒事に巻き込まれてしまった」と
二人の少女の様子にただならぬものを感じながらも、そんなことを思っていた。
…やがて始まるであろう何かのために、イダは心の中で、この世界にはいないであろう
存在に「神様、仏様、どうか大したことになりませんように」と祈りを捧げたのだった。
続く
ページ上へ戻る