アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-
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第7話「私、修行開始!」
そうして翌日の早朝にはグウェンのナイフ…短刀の扱いを学ぶ講義が始まった。
場所は宿から五分ほど歩いたところにある少し開けた広場である。
そこには客がくつろげるように、小さな木の丸机と幾つかの椅子がおいてあった。
さしずめ、森の喫茶店のような佇まい…といえばわかるだろうか。
そこでイダとグウェンは椅子にも座らずに向かい合っている。
その手には、お互い果物ナイフが握られている。だが、果物ナイフとは言えど
使いようによっては人を殺すことも出来る立派な凶器である。
それをギュと握りしめ、イダは口を開いた。「まずは何をするのか」と。
まずは何をするのか。ナイフの扱いといえば料理と工作以外には知らないイダである。
それを気にしていると、グウェンはにひひ、と意地悪げに笑い、瞬時に彼女の背後を取る。
シュン、という音が聞こえるような素早い足運び。
生粋のグラスランナーであることを示す人間では決してマネの出来ない俊足から
脚払いが決まり、イダは草生す森の喫茶店の中で盛大にすっ転んだ。
「わちき、実践で教える派にゃんで」
彼女はそう言って、白いその喉元に匕首を突きつける。まさしく気づかぬ間に。
盗賊の中でも、冒険者には必須と言われる暗殺の技術である。
「ひぃ…?」
何が起きているかわからず、イダは唇から怯えた空気を漏らす。
「いきなり背後をとって転ばせ、首の血がいっぱい出るところを掻き切るにゃ。
ナイフに毒を塗っとけば尚良しにゃ。」
ドヤ顔でそういうグウェンの言葉に、イダは混乱するばかり。
その混乱した顔をひとなでし、グウェンは話を続けた。
「にゃにゃにゃ。このくらいは出来るようにならないと、魔物相手には無理にゃろめ」
朝の光が眩しい。その光りに照らされて輝く白い八重歯を見せてグウェンは笑い、
そして突きつけた果物ナイフをしまってイダを立たせた。
「ちょっと!?グウェン、冗談が!」「冗談言ってる顔に見えるかにゃあ?」
立ち上がり激昂しかけたイダに、桃色のグラスランナーはニヤリと不敵に返す。
その目は微塵も笑いを含まず、いつも楽しげなグウェンからは想像できない
鈍くギラついた輝きが湛えられていた。
「…ジョーク、じゃないのね…」
「にゃにゃ。やる時は真剣に、最初に怖さを教えないとにゃあ。自分と技量の離れたヤツ、
ナイフじゃとても倒せないデっかい魔物。そういうのとも冒険者や森守は戦うにゃり。」
この芸当の応酬が出来るようになるまで、つまり技量である程度追いつくまでは、
手を抜かずにバシバシ行く。
その言葉に説得力をもたせるかのように、その口端から笑みが消えていった。
目は口程にモノを言うという。笑みを消した鋭い目線がイダを穿つ。
生前、海外でうっかり立入禁止区域近くへ行った時に出会った傭兵たちの顔が浮かぶ。
ニコやかにこちらに「此処から先は立入禁止区域だから帰ってくれ」という兵士達の目に、
どこにも笑いなどあるはずもなく、背筋に冷たい汗が流れ恐怖したことを思い出した。
その表情をグウェンに見るとは思いもよらず、だが、怯まないように足を踏ん張って
イダは「わかりました。教えてください、先生」と言って頭を下げた。
「にゃにゃ。先生とは照れるにゃあ。
それじゃあ、ナイフでものを「刺す」時のやり方から始めてみようにぇ!」
…それから、宿の仕事が始まる3時間の間、しごかれ続けることになる。
きっと、どこか楽しそうだったのは気のせいだ。
太陽の光が強くなっていく。あまり時間はない。
この見た目ロリが私に触れながら、にへにへと頬を緩ませていたのも気のせいだ、
と思いながらイダは黙々と、グウェンからの訓練を受けるのであった。
そして宿の仕事を終え、夕方…イダは一人筋トレをしていた。
中天にはいつもどおりオーの照明。そして机の上には、これ食ってもいいかな袋
から取り出した瑞々しいリンゴとみかんが置いてある。
そんな自室でイダはノートパソコンを霊波バッグから取り出し、
その中から***'s BootCampと書かれた、つくしが就職したばかりの頃に流行った
エクササイズDVDを見ながら筋トレをしていたのだ。
『あのくらいっ!動いただけでっ!動けなくなるとかっ!無いわぁ!!』
半ば絶叫しながら、オーの光が照らす中延々と反復横跳びをしている彼女には、
どこか鬼気迫るものがあった。部屋には彼女の叫ぶ精霊語と、
ムキムキの元兵士の「Once more Set!HAHAHA!」などという声だけが響いている。
なぜ、そんなことをしているかというと…
時間は3時間ほど前に遡る。
宿の仕事はいつも暇だ。薪を集め、料理の下ごしらえをし、シーツや枕の洗濯をして…
代わり映えなく、ただ修行の手助けという意味があってなのか、力仕事の量が
いつもより2割増し程度に思えていた。
その上で、グウェンからは「ヒマがあったら、刺突の練習にゃ。
短刀は短いし、切りつけても怯ませるしかできにゃい。
だから、首を掻き切ったり脇腹や鳩尾を抉るように突かないと
致命傷にならないにゃ。にゃにゃ。いざという時にためらわないで刺せるために、
いつも練習にゃ」と厳命されていた。
(ちゃらんぽらんな性格してるくせに、変な所厳しいんだから…)
そんなことを思いながら、仕事をしていると…全身に違和感を感じた。
いつもより動いているから、間違いなくこりゃ筋肉痛になるな、と思っていたのだが、
なんだろう。こんな感覚は初めてだ、と思う。
そして「…あれ?なんかおかしいな…ありゃ?」と言った直後。
「あぎゃあ!?」と甲高い悲鳴を上げて、彼女は体中に鈍い痛みが走るのを感じていた。
そう、イダは早朝の特訓を終え、キツ目な宿の仕事と自主練をこなし終えた頃、
急激な筋肉痛で動けなくなってしまったのである。
彼女はまだ気づいていないが、これも彼女の特性の一つだ。
個々の能力の成長を促進し、成功率を底上げする「10倍願いを叶える」能力。
それは当然のように運動にも適用され、通常よりも早く筋力が成長した結果、
全身の筋肉痛が通常よりも遥かに早い段階で訪れたのであった。
母親の回復魔法で何とか動けるようにしてもらった彼女だったが、
あまりにも恥ずかしくて、夕飯も食べずに部屋にこもり、ヤズ、キカと精霊語で話しつつ
がむしゃらに筋トレをしていたのである…逆効果であることを知っているのは、
今はその力を与えた何者かだけだ。
『頑張るなあ、イダ。そろそろ寝ちゃったらどうだ?』
キカの揶揄するような声が部屋に響く。正直、初日から頑張りすぎといいたいのだろう。
『そんなこと…どうでもいい。ただ…ッ!私は…無理でもやるだけッ!』
リンゴでも剃って待っててよ、と画面の中と同じ動きを懸命にしながら、汗を流す。
とにかく筋肉をつけないといけない。そうしなければ、この程度にも耐えられない。
それはあまりに耐え難い、と彼女は考えていた。
彼女は世の中で筋肉痛を最も嫌っていた。勿論、目的のためなら努力は惜しまないが
筋肉痛だけは耐え難いと思っていた。だからこそ、今、後々の筋肉痛を回避するために
今の筋肉痛には耐えようと思って、筋トレをしている。
キカがハァ、と半ばバカにしたため息を付いた時、ちょうどDVDが終わる。
『げぇーーーはぁーーーーげぇーーーはぁーーーーー!』
もはやゼーハーとかゼーゼーではなく、何かを吐かんとするかのようにゲーハーと
荒い息をつき続けながら、それでも動かしたところの筋肉痛を何とか抑えようと、
マッサージや深呼吸をしようとベッドへ向かうが…初日から飛ばしすぎた疲労もあり、
そのままベッドに倒れ込んでそのまま精神は夢の世界へ逃げていったのだった。
―――夜半に『おぎょええ!?』という精霊語の叫びが聞こえ、周囲の精霊たちが
ドびっくりして大風が吹き、両親が何事かと飛び込んでくることになるのは
まあ、余談であろう。
勿論、酷い筋肉痛で起きれませんでした。
夜半に起きた後、なんでもないなんでもない、と痩せ我慢をしてそのまま寝てしまい、
起きたらもう足はこむらがえってるは、腕も腰も激痛だわで全く身動きが取れない。
なかなか起きてこない彼女を迎えに行くために、ヴァレリーが上に上がってきた所、
そんな状態だったため、母親はプリプリと怒りながら娘の体に触れている。
その手からは淡い、不思議な光が放たれている。回復魔法だ。
「イダちゃあん…ちょっと、無茶しすぎヨォ。カラダをいじめすぎちゃダメ!」
ヴァレリーは娘へ回復魔法をしながらそう言って嘆息した。
「ごめん…でも」「デモもヘチマもないわ。成長しきってないカラダで、
そんなことしちゃ駄目よ?子供産めなくなったらどうするの?」
ヴァレリーはそう娘をたしなめ、そしてその手に灯っていた魔素の光が消え去った。
カラダ、という時に何やら不穏な響きがあったのは気のせいだろう。
この母親は、変なアクセントで発音することが多く、リックに「若いころの母さんは
男をその気にさせるのがうまくてな~」と述懐させるほど勘違いさせる話し方をする。
イダはそんなことに気づいてないように見せるためか、小さく小さくため息をついた。
「はい、どうかしら。これで動けるようになったと思うけど」
んしょ、と小さく声を出して、ベッドから起き上がってみる。
するとイダの口から「あ…大丈夫」と呟きが聞こえた。
まだ正直、多少筋肉痛は残っていたが、それ以上に活力がみなぎってきていた。
「ありがと。不思議だね…それって、魔素魔法ってどんな魔法なの?」
イダは純粋な疑問をヴァレリーにぶつけた。ヴァレリーはその15の子がいるとは思えない
若く美しい顔を笑ませ、「あらあら」と言ってその答えを紡ぎ始めた。
「そもそも魔法というものはね…」
魔法というものは、この世界では主に2系統とされている。
すなわち、魔素…マナを操りそれぞれのマナの属性に応じて効果を発揮する「魔素魔法」。
そして、世界に漂う精霊たちの力を借りる「精霊魔術」の2系統である。
魔法と魔術で違いがあるのは、魔素魔法は世界の法則を若干歪めて効果を擬似発生させ、
被害や回復を及ぼすから「魔法」。
それに対し精霊魔術は精霊の力を借り、自然現象の拡大である力を行使する術だから
「魔術」なのである。
「その中でも、上位精霊や六人の精霊王と契約することで使えるのが上代精霊魔術よ」
ヴァレリーは一旦そこで話を切り、イダが理解できているかどうか質問した。
「うん…だいたい分かった、と思う。ふうん…それじゃあ、神様っているんだっけ?」
イダが感心しながら聞いていると、ヴァレリーは呆れた、と笑って返す。
「もう前にも言ったのに。この世界には5人のとても偉い神様がいてね…」
女神ルアクサの生んだ五人の男神。それは現在では五大神と呼ばれている。
物質とエーテルを司る「黒く超越する空色」、知恵と進化を司る「輝き進む金の知恵」、
契約と代償を司る「紅と契約の鳳龍」、生命と天寿を司る「白く儚き生命」、
不死と悠久を司る「青く無垢なる不死」の五人の神々である。
そして、その五大神が生んだ中位、下位の神々も存在する。
「神様は私達個人個人にはどんなに祈っても力を貸してくれないの。
彼らが手助けするのは、この星のため。この世界のためなのよ。
だから『神様の力を借りた魔法』というのは普通は使えないのよ」
神官たちにはそうした世界への愛が求められる。でなければ、儀式であっても
神様の力を借りることはできないのだ、と。
「魔素魔法は、知恵と進化、契約と代償、生命と天寿、不死と悠久の四つのマナの属性を
操って使う魔法だから、技量が足りなかったり、大きな儀式を行おうとすると
失敗する確率も多いし、そうなった時大事故になる可能性もあるの」
ヴァレリーは沈んだ調子でそう言う。何か辛い思い出があるのだろうか、彼女は続ける。
「だから、精霊魔術のほうがいいわ。威力はともかく、代償は少ないんだから」
言葉を区切ると、おほん、と咳払いをして
「それに魔素魔法については、
各国の魔法学院の規則でみだりに教えないことになってます。
なので、もし覚えたいなら、そっちは独学で勉強してね。
それ以外だと…帝都の魔法学院に入学しなきゃ教えてあげません」
と続けて「以上で、簡単だけど魔法の話は終わりよ」と言って…質問は受け付けずに、
ヴァレリーは部屋のドアを開けて彼女に微笑む。
「そろそろご飯よ。もうすぐできるから、支度を手伝ってね」
その言葉に促され、イダは部屋を出て従業員用の居間へと向かったのであった。
―――因みに、メニューは米のおかゆと余った霜降り肉のローストビーフだった。
「それが遅れた理由とかないわー」
軽く責める言葉を発しながら、グウェンは目にも留まらぬ速度でナイフを操り
イダに何度も何度も刺突する。練習用の木製ナイフはもうお互いぼろぼろだ。
そのグウェンの攻撃を…勿論、手加減はされているであろうそれをよけながら
イダは体の調子が前日よりいいことに気がついていた。
(―――なんか、数日間一生懸命筋トレして、その後休んで疲れをとった時みたい)
思考が乱れる。ドウ、と昨日と同じようにグウェンに転がされ、そして喉元に…
グウェンは「まあ、手加減したとはいえ大したもんにゃ」と褒め称える。
褒め称えた後、彼女は刺突の練習を彼女に開始させた。
―――やっぱり普通とは違うんだろうね。
イダはナイフを振りながらそう思う。とにかく今は強くならなければ。
何が何だか分からないけど、とにかく頑張って戦う術を得ないと…
イダの考えを見透かすように、視線が一つ。
その視線は、彼女に一瞬突き刺さると森の奥へと消えていた。
…それが誰かは、言うまでもないだろう。そして彼女の訓練…いや、特訓は続いていく…
続く。
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