アーチャー”が”憑依
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三話
「どうぞ、寝るのはここを使ってください」
「すまないな」
ネギは背に持った荷物をドスンと床に降ろした。そして……
「さて、何から聞きたい?」
桜咲刹那、龍宮真名、両名へと向き直った。
机を間に挟み、向かい合う。どうやら、二人はこちらのことを計りかねているようだった。
「では聞くが、何故私たちの部屋に?」
「簡潔に言えば、都合がよかったからだ。一部屋に二人、そしてなにより君たちは“こちら”側だろう?」
「気づいて、いたのですか?」
「そんなものをぶら下げていれば、な」
刹那の横に置かれた通常のものより明らかに大きい竹刀袋に目をむける。ネギはその中身を正確に把握していた。
「私に関しては?」
「気配が違う。それは桜咲にも言えることだが、君はそれが非常に顕著だ」
「なるほど」
自覚があったのだろう。納得がいった、と龍宮は静かに首肯した。
「他には何かあるか?」
「ネギ先生、貴方はここへ何をしに来たのですか?」
「分かりきったことを……修行だよ」
「それは本当かい?」
そう言ってくる龍宮の目には、ネギを見定めようとする意思が見て取れた。明かすことに別段問題はない。ならば、とネギは己の内を正直に明かした。
「私は所詮見習いだ。これから先、何をするしないに関わらず“見習い”という称号は邪魔でしかないだろう」
そう、見習いができることなどたかが知れている。先のことなどまだ決めていない。だが、“見習い”という称号が邪魔なことは分かりきっているのだから。
「……分かった。君を歓迎しよう、ネギ先生。私のことは真名でいい。これから一緒に住むのにいつまでも他人行儀というのもなんだしな」
「私のことも刹那でかまいません」
「ああ、これからよろしく頼む」
今、ネギの新しい帰る場所が、ここに決まった。
「マスター」
「何だ?」
「扉の前にこれが」
差し出された従者の手に握られているのは一通の手紙だった。
「…………」
無言のまま手紙に目を通す。本人に自覚はないかもしれないが、その顔は序々ににやけ始めていた。
「茶々丸、明日の夜でかけるぞ。長年の文通相手からのお誘いだ」
一際大きく、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは口をゆがめた。
「初めまして、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
「初めまして、ネギ・スプリングフィールド」
人々が眠りへと落ちる頃、闇の福音と英雄の息子は会合した。
「さて、何から話そうか……いざとなると思い浮かばないものだな」
「ほう、レディを呼び出しておいて話すことがないとは……とんだ紳士がいたものだな」
「面目ないな。そちらに質問があれば受け付けるが?」
「では、ここ一年私に手紙を送ってきたのは何が目的だ? そもそも、何故私がここにいると知っている」
エヴァが懐から取り出したのは十通程の手紙の束。その全ての差出人はネギ・スプリングフィールド。宛先はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとなっている。
「君がここにいると知ったのはとあるものに調べてもらったからだ。目的は……言ってしまえばコネが欲しくてな」
「コネだと?」
「六年前に少々事件があってな。それからというもの、魔法使いの村から出してもらえない。知り合いなど同じ村の住人しかいなかったのだ」
「なるほど……だが、何故私なのだ? 貴様はタカミチと知り合いなのだろう?」
「確かに、タカミチならば顔も広いだろう。何せ有名人だからな。だが、タカミチでは紹介できる人物はどうしても“立派な魔法使い”に限られてくるだろう?」
ネギの言葉にエヴァは眉をしかめる。“千の呪文の男”にして“立派な魔法使い”、現代の魔法使いの象徴たる英雄“ナギ・スプリングフィールド”の息子であるのならば、当然ネギも“立派な魔法使い”を目指しているものだと思っていた。だが、実際は違うようだ。
「なるほど……どうやら貴様はそこらの魔法使いとは違うようだな。それで、理由はそれだけか?」
「最強の魔法使い、闇の福音……魔法の師事を受けるのならば、これ以上の人物はいないと思わないか?」
一瞬の静寂。そして、エヴァは何かが壊れたかの様にして笑い出した。
「はは、ハハハハハハハハハ! 千の呪文の男の息子が私に師事を仰ぐだと! ククク、貴様私に何かを要求するということがどういうことなのか分かっているのか?」
「それ相応の代価が必要だろうな」
「ならば、私が何を要求するかは分かっているな?」
「登校地獄……私の父がかけた呪いをとくためにその身を捧げろと言うのだろう?」
「正確には血、だがな」
ようやく笑いが収まったのか、今は腕を組みその様子からは考えられないほどの威圧感をかもし出している。
「さぁ、どうする? 私に血を捧げるか、それとも抵抗してみるか? 最も、その時は容赦なく叩き潰させてもらうな」
懐から魔法薬の入った小型のフラスコを取り出して弄ぶ。その様子からは、どちらを選択しても構わないという意思が見てとれた。
「血を捧げれば私に修行をつけてくれると?」
「さぁな、私は悪の魔法使いだ。気分一つで決めるかもしれん。それに、本来ならばこの呪いは十二年前に解かれているはずのものだ。それを代価に、というのは都合がよすぎるのではないか?」
確かにそうだろう。さらにいえば、ネギに魔法を指導するということは麻帆良に留まるということだ。十五年もこの地に縛り付けられたエヴァをさらに留めようというのだから生半可な代価では納得すまい。故に、ネギは決心をした。誰にも明かしたことのない自分という存在を、エヴァに教えることを……
「私が払う代価は二つ。一つは呪いの解除、そしてもう一つは……私という存在、その全てを君に明かそう」
「存在の全て……?」
何世紀にも渡ってこの世を生き続けてきたエヴァにとって、たかだか十年程度しか生きていないネギなど千の呪文の男の息子だという点がなければ注目するに値しない存在だ。だが、今この瞬間にそれを出してくるということは確実に何かがある。それも、自分の退屈を紛らわせる程の何かが……
「別に気にいらなかったら突っぱねてくれてかまわん。呪いの解除も優先しよう。君に損な申し出ではないと思うが?」
時間にして僅か一秒。その短い時間の思考で……
「いいだろう、貴様の存在とやらを聞かせてもらおうか」
そう、結論を下した。
結果として、ネギはエヴァを師と仰ぐこととなる。
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