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最後の大舞台

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5部分:第五章


第五章

「代打山本」
 言った瞬間彼はしまった、と思った。
 実はここでは荒井幸雄を出すつもりだったのだ。ヤクルトから来た左の外野手である。
(しもた)
 そう思ってが何故か訂正するつもりはなかった。これは男気を大事にする彼の性格もあった。
(言うてしもうたことは仕方ない)
 古風な言葉だが男に二言はない、今更変える気にはならなかった。
 こうして山本は打席に向かった。佐々木が彼に話しかけた。
「思いきり振れや」
「はい」
 山本は笑顔で頷いた。屈託のない笑顔であった。
 山本は打席に立った。篠原は自信に満ちた顔で彼を見ていた。
「やっぱり優勝したチームの柱はちゃうわ」
 山本は彼を見て思った。篠原は完全に抑えるつもりだ。
「しかしわしもやったる」
 彼はバットを見た。
「わしにも意地がある、この一打でまた野球を続ける道を掴むんや」
 おそらく今度入る球団の年俸は今よりもずっと少ないだろう。出番もないかも知れない。だが彼はそれでもよかった。
「野球がしたい、ボールを打って、追って、捕って、走りたい」
 それだけだった。彼は何よりも野球を愛していたのだ。
 その野球をする為に打席に立つ。そこには邪念はなかった。
「来い」
 彼は構えた。篠原もマウンドの地ならしを終えると彼に正対した。
 投げた。彼は最大の武器であるストレートを投げた。
「きよったな」
 山本はそのボールを見た。狙いは定めてはいなかった。
「来た球を打つ」
 その時はそれだけを考えていた。そう、率直にそれだけを考えていたのだ。
 振った。振りぬいた。そのスイングがボールを完全に捉えた。
「いかんかい!」
 思わず叫んだ。打球に彼自身の一念を全て入れた。
 そのまま飛んでいく。一直線だ。その向こうにはライトスタンドがある。
「入れ!」
 山本だけではなかった。近鉄ナインも、ファンも念じた。そして彼等以外も。
 ダイエーファンも思わず念じた。ここまで来たら最早勝負なぞどうでもよかった。いい勝負を見たい、見た、そしてその結末を見たかった。
 その結末が今決まった。打球はスタンドに入った。
 入った瞬間福岡ドームは爆発的な歓声に包まれた。近鉄ファンだけでない、ダイエーファンも歓声をあげていた。
「よお打った!」
「やっぱりあんたはすごか男たい!」
 関西弁と九州弁が入り混じっていた。大阪と福岡、両方の人から声援が送られていた。
「これは・・・・・・」
 山本はその時あらためてわかった。自分が彼等にどれだけ愛されていたのかを。
「わしみたいな男に」
 彼は俯いた。そしてゆっくりとベースを回る。
 サヨナラホームランである。あの無敗の男篠原を最後の試合で見事打ち崩す劇的なアーチでもあった。
 ダイアモンドを回る間拍手と歓声は止むことがなかった。彼はそれでも泣かなかった。
「なんでやろ」
 彼はそれについてふと思った。自分でも涙が出ないのが不思議やった。
「まだ何かあるんやろか」
 そう思った。その時にはもう三塁ベースを回っていた。
 ホームベースでは近鉄ナインが総出で彼を待っている。彼はナインに手厚い歓迎を受けながらベースを踏んだ。その瞬間拍手と歓声は最高潮に達した。
「どないしようか」
 彼はふと思った。まだ野球をしようと思っていた。だがその気持ちが揺らいできたのだ。
「こんだけ愛された人間ってわしだけやろな」
 それは今の拍手と歓声でわかった。
 それだけではないのだ。
 
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