宇宙人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一章
第一章
宇宙人
「小学生からやり直さんかい」
「ドラえもんの机がいいですね」
監督に怒られてこう返す男がいた。この監督の名前を野村克也といい男の名を新庄剛志という。彼等はこの時阪神タイガースにいた。
「ホンマにあいつはなあ」
「監督って凄くいい人なんですよ」
野村が言えば新庄はすぐにこう言った。とにかく奇妙な二人だった。
だがその野村も何だかんだと言って新庄に対しては。意外と評価していた。
「確かに守備も肩も足も凄い」
新庄のセンターとしての能力は高く評価していた。
「長打力もあるし勝負強い。それは認める」
「いやあ、僕は記憶に残る男ですから」
「しかしのう」
ここで野村はいつも言うのだった。
「怪我にも強いのに。あいつはのう」
「あいつは?」
「どうしたんですか監督」
マスコミの記者達はここぞとばかりに野村に対して問う。野村が次にどういった言葉を出すのか注目しているのだ。そしてこうした時に必ず答えるのが野村という男である。実はかなりサービス精神も豊富なのだ。
「頭がないんや」
「頭がですか」
「考える力がない」
はっきり馬鹿と言っているのだ。
「物事をなあ。考えることができんのや」
「考えることがですか」
「ついでに言えばムラッ気の塊や」
新庄の安定感のなさはあまりにも有名だった。だか打率がどうしても悪かった。
「それが困ったもんや」
「そうなんですか」
「まあ新庄選手ですしね」
記者達もこれで終わらせるのだった。だが当の新庄はというとそんなことを言われても全く平気であった。相変わらず能天気なままで野球を楽しんでいた。
「明日も勝ちますよ!」
「アホ!そんなん言うなや!」
「負けるやろが!」
お立ち台で彼が明るくこう言うとファンがテレビの向こうから思わず叫んだ。そしてそれから阪神は何と十二連敗を記録したのである。
「何であいつが言うといつもこうなるんや?」
「絶対憑いとんで」
こう言う言葉が言われるのであった。
「ケンタッキーのおっさんか何かな」
「それかな、やっぱり」
勝手な推測だがこう言い合うのだった。とにかく新庄がお立ち台で何か言うと阪神が負けるのだった。
こうした男だった。年収二千二百万の時には何と。
「おっ、新車やな」
「二千万したんだよ」
新しく買った車を同僚に自慢していた。
「いやあ、高いけれどさ。いい車だよ」
「そやけど御前年棒二千二百万やろ?」
「うん、そうだよ」
あっけらかんとしてチームメイトの言葉に答える。
「それがどうかしたの?」
「だからや。他どないすんねん」
「節約するけれど?」
当然車以外のことは全く考えていない。
「それがどうかしたの?」
「税金どないすんねん」
チームメイトが言うのはこのことだった。
「税金。どないするんや?」
「あっ、そういえばそうか」
言われてやっと気付く新庄だった。
「そういえばそれがあったんだ」
「あったんやて御前」
「何考えてるねん」
呆れ果てた話だった。とかく一事が万事こんな調子である。そして野村が監督になった時にこうしたことがクライマックスに達したのである。
「何であんなアホなんや」
野村は容赦なかった。
「野球は頭でするもんやぞ」
「僕だってそう思っていますよ」
新庄もこう返す。
「監督、やっぱり頭ですよね。野球は」
「じゃあ御前はいつも何しとるんや」
ジロリと新庄を見てから問う。
「言うてみい」
「考えてます、毎日」
明るい顔でこう答える。
「いつもどんな格好いいプレーするかお立ち台で何を言うか。ちゃんと考えてますよ」
「勝手にしとけ」
そしてそれを聞いてからこう返す野村である。おまえにそんな野村のところにあの長嶋一茂が来て親しげにインタビューをするのである。
「監督、どうですか調子は」
「何や、また御前か」
嫌そうな顔を作って一茂に答える。
「しゃあないのう。わしの顔見て飯が食えるんかい」
「ええ」
そして一茂も平気な顔で答えるのだった。
ページ上へ戻る