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闘将の弟子達

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第九章


第九章

「親父・・・・・・」
 選手達はよく西本のことをこう呼んだ。彼等にとって西本は父親そのものであったのだ。
「やっと間に合いました!」
 彼は号泣しながら叫んだ。西本はそれを笑顔で受け止めた。
 仲根はゆっくりとダイアモンドを回る。そして今ホームを踏んだ。
 試合は近鉄の勝利であった。仲根のアーチがそれを決定付けたといっても過言ではない。
「終わりやな」
 上田が言った。その時どちらのチームが先であっただろうか。
 何と近鉄だけではなく阪急の選手もグラウンドに出ていた。そして西本を取り囲んだ。
「これが最後や!」
「監督、今までおおきに!」
 皆西本を高々と上げた。前代未聞の二つのチームによる胴上げだった。
「最高の花道やな」
 ファンも多くがその胴上げを見て涙を流した。西本の小さな身体が幾度となく宙を舞う。
 かってこんな胴上げは日本どころかどのような国でもなかった。敵味方関係なく胴上げされ祝福される将なぞ。
「今の光景よく覚えとくんや」
 その時僕も大叔父も球場にいた。そしてその胴上げを見ていた。
「うん・・・・・・」
 何故かわからない、僕も泣いていた。
「おっちゃん」
 そして大叔父に対して言った。
「言わんでもええ」
 見れば彼も泣いていた。
「なあ、こんなの巨人の試合やったら見られへんぞ」
 そしてこう言った。
「川上が何じゃ、長嶋が何じゃ」
 そしてこう呟いた。
「ここまでの素晴らしい監督が、野球人が他におるかい。西本さんはやっぱり最高の監督や」
 彼は僕に語りかけるのではなくまるで自分に言い聞かせるようにして言っていた。
「確かに一度も日本一にはなれんかった」
「うん」
 それは誰もが知っていることである。
「そやけどあの胴上げを見てみい。あれが勝ちでなくて何や」
 今も宙を舞っている。その顔は決して敗者のそれではなかった。
「人間なんてな、最後の最後まで勝ち負けはわからん」
 そしてこう言った。
「そやから面白いんや。西本さんはシリーズで一回も勝てへんかったけど野球では負けてない」
「そやな」
 それは幼い僕にもよくわかった。敗者がこれ程までに素晴らしい花道を与えられるだろうか。
「それをよう覚えとくんや。これからも野球を好きでいるんやったらな」
「うん」
 僕は頷いた。
 胴上げが終わった。そして西本は花束を渡される。
「西本さん、元気でな!」
「あんたは最高の監督やったでえ!」
 近鉄、阪急両方のファンが声をかける。西本はそれに対して笑顔で応えていた。
 その後ろには選手達がいる。西本が球界に残していく置き土産達だ。
「あとは頼んだで」
 西本は後ろを振り返り彼等に対して言った。それを聞いた両チームの選手達は言った。
「任せて下さい!」
 それで最後だった。西本は笑顔で球場をあとにした。
「カーテンコールはいらんで」
 そしてこう言った。二つの弱小チームを優勝させた男のユニフォームでの最後の言葉であった。
 あれからもうかなりの年月が経った。西宮球場も日生球場もない。藤井寺で公式の試合が行われることもない。阪急はオリックスに身売りされた。そしてユニフォームも変わり本拠地もYAHOOBBスタジアムと大阪ドームにそれぞれ移った。あの泥臭い球場へ足を運ぶことは少なくとも試合ではないのだ。
「あの時の古臭い球場はもう覚えとらんやろな、御前は」
 居酒屋を出た時大叔父は僕にこう言った。
「まあ子供の頃やしね」
 僕は答えた。本当に殆ど覚えていない。随分汚い球場だったのは覚えているが。
「そやけど西本さんと選手のことは覚えとるやろ」
「ああ」
 その言葉に対して僕は頷いた。
「忘れられるもんやあらへんわ」
「そやろ、御前を球場に連れて行ったかいがあったわ」
 大叔父はにこりと笑ってそう言った。
「近鉄と阪急、二つのチームはべっこやけどな」
 彼はよくオリックスをこう言う。あえて間違えているふしがある。
「両方に西本さんの心がこもっとるんや」
「両方にやな」
「そうや」
 僕の言葉に対し頷いた。
「別々のチームやけれど両方にその心が残っとる、こんなことは他にあらへん、西本さんだけができたんや」
「そやな。長嶋でも巨人だけやった」
「あれは監督としては完全なヘボや」
 とかく巨人が嫌いな大叔父である。
「あんなことしてても優勝できん。お笑いでしかないわい。あんなんは野球やない、銭のゲームや」
「銭のゲームか」
「そうや、選手を育てて勝つ、それが野球なんや。それを忘れたら野球やない」
 僕が物心ついてから今までいつもこう言われてきた。そして僕は野球を観てきた。
「まあ巨人のことは今はええ。あんな下らんチームのことは考えただけで頭が悪くなるわ」
 そして話を戻した。
「近鉄と阪急はな」
 そして言った。
「両方共西本さんとその弟子のチームや。しかしな」
 言葉を続けた。
「同じではないんや。阪急は阪急、近鉄は近鉄や」
「全然違うんやな」
「そうや、聞くがわしと御前の爺さんは違うやろ。それと同じや」
 大叔父は僕の祖父の弟にあたる。歳はかなり離れている。
「兄弟でも他人なんや。絶対に一緒にはなれん」
「他人か」
「そうや。言い換えたらライバルや。同門のな。そやから絶対に一緒にはなれん。競い合うことはできても。それだけはよう覚えとくんや」
「ああ」
「わかったらええ」
 大叔父は僕が頷いたのを見て満足気に微笑んだ。
「じゃあ帰ろうか。明日も試合がある」
「えっ、明日も観るんか!?」
「当たり前じゃ、明日は仰木さんが来るんやぞ、何があっても行くで。返事は!?」
「うん」
「よっしゃ、それでこそわしが見込んだ男や!」
 こうして明日も試合を観戦することを決めて大叔父は僕を連れて帰路についた。
 僕はふと後ろを振り返った。そこにはあの土星に似たドームがある。
「また明日か」
 ドームは何も語らない。だがそこにはあの人の志が場所をかえて息づいていることが感じられた。



闘将の弟子達   完



                  2004・7・8
 
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