セファーラジエル―機巧少女は傷つかない
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『"Cannibal Candy"』
#3
シャルロット・ブリューは不機嫌だった。すがすがしい朝の小道ではあるが、彼女の心は曇天の様に曇りきったままだ。
シャルが道を歩くたびに、周りの人間が恐れをなしてか立ち止まって道を空ける。それだけ実力を認められているのだ、と解釈しても良いのだが……。
「……そんなに怖がらなくてもいいのに」
威圧感のあるオーラを纏った、学院最強の人形遣い《円卓》が第六位は、はぁ、と小さくため息をついた。孤高の強者とでも言うべきシャルだが、彼女も友達の一人二人くらい欲しい。
「どうしてみんな怖がるのかしら」
「怖いとも。君は入学早々上級生五人を病院送りにするような娘だ。君が《魔力喰い》の正体だと言ったら皆信じるだろう」
肩の上に泊った銀色の小龍……《魔剣》の魔術回路を有するシャルの相棒、シグムントが言う。
「あれは……サークルの勧誘だか何だかでべたべた触って来るから……」
「ルームメイトを窓から突き落とそうとしたこともあったな」
「ふ、不可抗力よ……あの娘がふざけてバスルームに侵入してくるから……その、乙女の秘密を守るために……」
「カエルに触りたくないと言って実験室を破壊したことも不可抗力か?」
むぐ、と言葉に詰まる。あの時のことはよく覚えている。生物の構造を理解することで自動人形の作成を上達させるだとか言う授業で、カエルの解剖をさせられることになったのだ。あの時はシグムントにひたすら実験室を破壊させた覚えがある。
「う、うるさい!」
腕を払うと、シグムントはふわりと飛び上がって近くのオブジェクトの上に着陸した。
「今すぐ黙らないとお昼のチキンをヒヨコ豆に格下げするわよ!」
「私はヒヨコではない。その程度の食事では力が出せなくなってしまうよ……ハァ、そんな者だから誰も寄り付かないのだ。友人でも作ってみてはどうだ?」
シグムントの言葉はもっともだ。それに、シャルだって本当は友達が欲しい。だが……。
「……学院生は皆《夜会》で争う敵同士よ。慣れ合う必要なんてないわ」
「そんな態度では余計に孤立する一方だぞ。恋人も出来まい。……一生非モテだぞ」
「誰が非モテよ!」
非モテ……それは高貴なるブリュー家の生まれである自分にとっては容認せざる形容だ。
「こんな可愛い女の子、世の男どもが放っておくはずがないわ」
「……ブリュー嬢」
行っている傍から、男子の声がかけられる。ほらね、とシグムントに言って、そちらを振り向くと……そこには、見覚えのある男子生徒が立っていた。白神子と呼ばれる特殊な体質によって形成される、白い髪。普通の白神子と違うところは、目の色が彼の出身である普通の東洋人と同じ黒である所。確か……
「クロス・スズガモリ……」
「おや、覚えていただいておりましたか」
慇懃な態度で腰を折るクロス。顔を上げた時、その顔には慇懃というよりは勝気な色が浮かんでいた。口調も先ほどまでと変わって、本来の彼の物なのであろう喋り方に戻っている。
「昨日のうちに君のことを調べさせてもらった。学院の二回生にして《円卓》の第六位……ここまではおととい君に教えてもらったよな。登録コードは《君臨せし謀略》。自動人形は《魔剣》型オートマトン最初にして最後の一体、シグムント……」
「――――!?」
クロスが口にしたシグムントの情報は、本来ならばブリュー家の者を始めとする、ごくごく限られた者しか知らない情報だ。東洋のはずれから来た少年が知っているようなことではない……。
「……どこで知ったの?その情報。学院生の名簿には書いてないと思うけど……」
「自分で調べたのさ。こっちには調べものに向いた高性能な自動人形が付いてるのでね」
「……」
そう言えば、昨日からクロスの自動人形を見かけていない。王立学院はけっして自動人形がなければ入学できないわけではないが、基本的に機巧学院である以上、学院生及び教師のほとんどが人形遣いだ。
「いいわ。私に何の用?」
「いや何。ウチのバカ相棒が君の参加資格を貰い受けたいと言っていたのでね。手分けして探してたんだが……先にみつけたのが俺だった、ってだけさ。……というわけだ。君の参加資格を、譲り受けさせてもらおうか」
***
「おい、聞いたか!?日本の留学生が《タイラントレックス》に挑戦するらしいぞ!」
「へぇ?相手はイザナギ流のプリンセスか?」
「いや、なんでも二日前に来た男の新入り、しかも二人同時らしいぜ」
ライシンとクロスが立っているのは、学院の中央近くにあるコロッセオ。対峙するのはシャル。
「本物のバカ、バカの中のバカ、そびえたつバカ、輝くバカねあなた達!」
「知ってるよ」
「俺は学力的にはライシンほどバカではないのだがな……だが」
そしてライシンとクロスは、声をそろえて叫ぶ。
「「否定はしない!!」」
どどん。堂々と言い放った二人に、シャルは呆れ顔で言い放つ。
「バカの癖にニブチン?遅くて飽きられるタイプね」
「年ごろの女の子がめったに言って良い事じゃないぞ。ましてやブリュー家の令嬢殿が……もしかして非モテか?男どもの気を引くためにそんなことを言っているのか?」
「う、うるさいわね!さっさと始めるわよ!」
意地悪な笑みを浮かべたクロスの呟きにぐっさりと心を抉られたシャルは、涙目で宣言する。
「手加減なしでつぶしてやるわ!シグムント!!」
『オウッ!!』
シグムントを光のオーラが包み込み、その体を巨大なドラゴンの物へと進化させる。先ほどまでの子龍の物とは天地ほどの差の大きさだ。
『コォォォォッ!!』
「質量を変化させる魔術回路か……?」
シグムントの《変身》を見て、ライシンが呟く。さすがの慧眼だな、と思いつつ、クロスはそれに答える。
「具体的には少し違うがな。そんなところだ。さて……始めるぞ、ライシン」
「おう!行くぞ夜々!」
「はい!」
鋭い応答。
「吹鳴二十八……」
「ライシン、後ろだ!!」
「!?」
クロスが叫ぶ。ライシンと夜々はさすがの反応速度で、突如飛来してきた《ソレ》をよける。地面が抉り取られる。飛んできたのは、明けの明星と呼ばれる特殊な鉄球武器。ライシン達がよけたそれは、シグムントへと飛んでいき、その硬い甲殻に跳ね返された。
「……どうやらほかにもバカがいるようね」
「……何だアイツらは」
煙の向こうから、複数人の人形遣いと、彼らの物と思われる自動人形が出現する。
「大人しく見てなさい。あなた達の前に、あっちのバカを片付けるわ」
シグムントとシャルが、乱入者の方に向き直る。
「負けるなよ、恐竜お嬢様……勝手に手伝わせてもらうけどな」
「誰に向かって言ってるの」
ライシンの声に、シャルが不敵に笑って反論。シグムントの頭の上に飛び乗る。煙の中から飛び出してきた自動人形たちを、片っ端からシグムントが薙ぎ払っていく。しかし小柄な自動人形が多いせいか、大柄なシグムントは徐々に、徐々に押されていく。
「ちぃっ」
シャルが可愛らしく舌打ち。
『キシャァォオオオオ!!!』
シグムントが苦痛と苛立ちで咆哮する。そこに追い打ちをかけるように、雪だるまの様な自動人形と、ハーピィを模した人形が襲いかかる。
「……シグムント、ラスターカノン!」
シャルの指示に、シグムントが反応。一杯に開かれた咢から、純白のレーザーが放射され、学院の無人地帯を薙ぎ払っていく。光が通過したその後から、追いついたように爆発が発生する。
「ほう……」
それを見て感心したように呟いたのはクロス。その両目は、虹色に光っていた。
「なるほど。あれが本家《光の砲撃》か……『存在の有無を切り替える』《滅元素》搭載魔術回路、《魔剣》の秘奥義……――――っ!!」
シグムントが攻撃の反動で硬直しているその懐に、岩石の様に厳硬な、ゴーレム型自動人形が殴りを入れる。シグムントは大きく体制を崩し、頭上にのせていたシャルは吹き飛ばされてしまう。
「!!」
ほかの自動人形を相手にしていたライシンと夜々は、続く攻撃に反応できない。オートマトンのさらなる攻撃が、シグムントと、無防備なシャルを吹き飛ばさんと迫ったその時……
「……《光の砲撃・偽典版》」
何もない空間から発生した、シグムントの砲撃によく似た光のレーザーが、ゴーレムに直撃した。ゴーレムの腕は同時に発生した爆発に巻き込まれ、胴体の一部語と吹っ飛ぶ。
落下してきたシャルをぽすっ、と音を立てて受け止めたのは、両目どころか髪すらも虹色に輝かせたクロスだった。
「クロス!?」
目を見開くライシンを無視し、クロスは静かに告げる。
「……薙ぎ払え、ラジエル。《光の砲撃・偽典版》」
何もない空間から、再びレーザーが放射される。それはゴーレムを粉砕し、今度こそその動きを止めた。
「あ、あなた、今のは……」
いわゆる『お姫様抱っこ』にある衝撃よりも、何もない空間から発生した自らの相棒と同じ攻撃の方が、シャルには重要だったようだ。呆然とした表情でクロスに問う。
「《偽剣》の魔術回路をコピーした技だよ。さっきの『本家』を『見た』ことで完成した。詳細はまた後日という事で……」
「な、何が『また後日』よ!それに《偽剣》って……?」
なおも問いつづけようとするシャルを制し、クロスはライシン達に向かって叫ぶ。
「今だ!ぶっ飛ばせ、ライシン!」
「おう!夜々、吹鳴二十八衝!」
「はい!」
夜々とライシンが、オートマトンを次々と吹き飛ばして、行動不能にしていく。最初は十体ほどいた自動人形たちは、今や三体あまりになっていた。煙の向こうから、迷惑そうな表情で乱入してきた生徒たちが叫ぶ。
「邪魔しないでもらおうか、留学生!」
「こいつは俺達の獲物だ!横取りされちゃかなわない」
ライシンが反論する。同時に、シャルがクロスの腕からすとんと抜け出した。
「我々はこの計画を何週間もかけて練ってきた。横取りというのはお前の方だ!」
「奇襲作戦か?この程度の精度の作戦を?何週間もかけて?呆れるな」
クロスが批評を下すと、先ほどからライシンと喋っていたリーダー格と思しき生徒が叫ぶ。
「何だと!?……くそ!やっちまえ!」
リーダー格の操る自動人形が、最大出力と思われる攻撃を放つ。しかしそれは、クロスに命中する前に、透明な障壁に阻まれて消え去ってしまう。
「それは……!?」
シグムントの近くに戻ったシャルが驚きの声を上げた。
「《光の甲殻・偽典版》……残念ながら、こっちは本物を見てないせいで不完全だがな……それより」
クロスは乱入者たちを見て、呆れ顔で言い放つ。
「人形遣いの方を狙うのは反則じゃなかったか?」
「知るかよ!」
どぉん!という爆発音。ライシンと夜々も狙われたらしい。
「おいおい……ルールってのは何のためにあるんだよ……まぁ、そっちがその気なら、こっちも本気だ!!――――夜々、光焔十二傑!」
「はいっ!」
ライシンの声に、夜々が反応。魔力の波動がほとばしる。直後からの攻撃を、夜々とライシンはまるですでにそれを見たかのような優雅な動きで回避し、的確に反撃していく。いや――――実際、既に『見ている』のだ。
「霊視――――なるほど。魔力の波動を使って相手の行動を読み取っているのか……花柳斎人形ならではの能力だな」
クロスの両目が、幾何学模様を描いて虹色に発光する。
「起きなさい、シグムント」
シャルがシグムントに指示を出す。倒れていたシグムントはよろめきつつも立ち上がり、咆哮する。
「ラスターフレア!!」
散弾銃の要領で放たれた光の弾丸たちが、オートマトンたちを貫いてその動きを止める。さらには生徒たちをギリギリのところでかすめて、彼らの戦意も消失させていた。
「うまい戦い方だな。さすがは魔剣の使い手、といった所か……」
言いながら、シャルに近づく。同時に、クロスの髪と眼が再び元の色に戻る。
「この私を助けたなんて、ばかげた思い違いをしない事ね!」
「どうかな。恩を売ったつもりになってるかもしれんぞ。特にこっちの本物のバカは」
「うるせー」
ライシンの反論に苦笑しつつ、クロスが落ちていたシャルの帽子を彼女に投げる。シャルは帽子を器用にキャッチすると胸をそらして聞いてきた。
「い、一応名前を聞いておこうかしら」
「おととい言ったがな……まぁいい。俺は鈴ヶ森玄守」
シャルはクロスの名乗りを聞くと、シャルは顔をしかめる。
「……この前も思ったけど、本当に東洋人なのあなた……?」
「東洋人だよ。生まれも育ちも日本だ」
どれだけ気になってるんだそれ……。苦笑するクロス。
シャルは今度はライシンに顔を向ける。
「日本の傀儡師、赤羽雷真」
「同じく、夜々!」
どどん、と音が鳴りそうなほど堂々と、夜々が続ける。ライシンはため息をついて、
「いや、どこも同じじゃねぇだろ」
「その妻、夜々!」
「違うからな。入籍とかしてないからな!」
ライシンと夜々の茶番を冷たい目で見つつ、シャルは言い放った。
「嘘に罪?お似合いな名前ね」
「うるせー。俺の国では雷に真なんだよ」
ライシン反論。ちょっと傷ついたような表情。自分の名前を愚弄されて傷つかない人間はいないか、と胸中で思ってみるクロス。
ふん、と再び鼻を鳴らして、シャルは冷たく言う。
「どうでもいいわ。それより、まだ続けるかしら?」
クロスとライシンは、ちらりとシグムントの方を見た。
「あー……」
「……いや。やめにさせてもらおう。そうだろう?ライシン」
「ああ。まぁ、当然か……夜々は?」
「夜々は雷真の意見に従います!」
「決まりだな。……また会おうぜ、恐竜娘」
ライシンと夜々は、早々にコロッセオを後にした。
「……腰抜けなのかしら?」
「いや。君も気付いてるんだろう?……さっさと治してやった方がいいかもしれんぞ。……またな」
クロスも手を振ってコロッセオを後にする。
「なにあれ」
『……どうかな。彼らは私の傷に気付いていたようだ……』
シグムントが元の大きさに戻る。銀色の子龍の鱗には、多数の傷がついていた。
「……痛むの?」
「二、三日は大事を取りたい……」
シャルはシグムントを抱くと、立ち上がった。
「でも、やっぱりとんだ腰抜け野郎よ。敵の弱みを突く覚悟もないだなんて……」
「その割には、彼らに興味を持ったようではないか。名を尋ねるとは……それに昨日おとといと、あのクロスという少年のことをえらく気にしていたようではないか」
「あ、あれは、《魔剣》について知ってるって言ってたから……」
これが、後に《全能の魔剣》と呼ばれることになるコンビと、《伝説》と呼ばれるようになる少年たちが、初めて戦った時のことだった。
後書き
お待たせしました。『セファーラジエル』、カニバルキャンディ編第三話です。セリフとかはアニメの方を元に、記憶に残っている原作の場面を追加しているので、原作と欠けている場面があります。
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