Eden -À qui chose est paradis? -

「……退屈だわ」

　ぽつりとロゼ王国第一王女、エリス・ロゼが呟いた。
　窓の外の庭園には太陽の光が降り注ぎ、花たちが水滴を輝かせている。そんな美しい風景も、エリスにとってはもう見慣れた光景となっていた。
　小さく溜息をついて、ひらひらと舞う蝶の番(つがい)を目で追っているとパタパタと足音が聞こえた。

「ご機嫌いかがですのぉ！姫様っ！！」

　エリスの侍女、リリーだ。

「わたくしぃ、ずっとお会いしたかったのですわよ……。でもぉ、あのジジィに色々頼まれちゃってえー」
「鬱陶しいわ、リリー」

　リリーの熱い視線を華麗にエリスはスルーした。正直、『第一王女』の肩書だけしか見ていない彼女が、エリスは苦手だ。

「ね、姫様。やっぱりあのご縁談、受けられてはいかがですの？隣国の王子様なんて素敵ですわぁ！将来はロゼ王国よりも力のある国の王妃ですわよ！！」
「貴女も自分の出世欲に忠実なのね。私が王妃になれば私の専属侍女である貴女も随分偉くなるものね」

　自虐的に嗤いながら皮肉を口にしたエリスに、慌てたリリーは顔を真っ赤にすると部屋をかけて出て行った。余り気にしてはいないが少し失礼ではないか？

「――あんな男と誰が結婚するっていうのよ」

　一体どれだけ断ったのだろう。でもその男、ベルトラン・オジェはエリスの事を中々諦めようとしない。それどころかどんどん執着は強くなっていっている気がするのだ。

『失礼いたします、姫様』

　ドア越しに教育係のチェルソの声がした。
彼は部屋に入るなり頭を下げると息を吐き、悪態をついた。

「なんで俺がこんな事……」
「相変わらずリリーには困ったものね、チェルソ。そろそろ侍女を変えようかしら」

　チェルソは昔からの付き合いでお互い本音で語り合える仲で、よく相談に乗ってもらっている。わがままを言えるのも唯一彼だけである。

「そう無理を仰らないで下さい」
「なら代わりに、お父様から外出の許可でも貰ってきて頂戴な」
「無理難題を押し付けないで下さいと何度も申しあげているでしょう。言ったことが理解出来ないなんて馬鹿ですか」

　一国の王女に対して不躾極まりない。

「もう子供じゃないのだから、平気だわ」
「また誘拐されかけてもしりませんよ。……今度は助けませんよ」

　そうなのだ。まだエリスが５つの時、一度誘拐されかけた事があった。その時はチェルソが発見したことで大事には至らなかったが、それでも父は大切な一人娘を守ろうと城に閉じ込めてしまったのだ。――それからずっと彼女はこの部屋に囚われている。

「別にそれでも良いわ。こんな退屈な人生よりは楽しいと思うわ」

　はぁ、とため息をついて彼はエリスの頭にバサッとコートを被せると部屋を無言で出て行った。