ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第66話 第二の圏内殺人
~第57層・マーテン~
総勢6人、ヨルコが借りている宿屋に集まっていた。
あの後、聖竜連合の守備隊リーダーであるシュミットとはコンタクトをとることが出来たのだ。彼は、その黄金林檎の名を出しただけで過剰反応を示し、そして、今回の事件を、その詳細をアスナは伝えて、それだけで直ぐに駆けつけてきたのだ。
そしてシュミットを含めた5人でヨルコが泊まっている宿屋へと向かったのだ。
シュミットは、ヨルコと対面するなり 既に落ち着かない様子だった。何度も何度もせわしなく脚を揺する。そして、重い口を開いた。
「……グリムロックの武器でカインズが殺されたと言うのは本当なのか?」
その詳細はアスナ達に聞いていた事だった。だが、本人の口から確かめたかった様だ。
「………本当よ」
ヨルコは、表情を極限にまで眩めてそう言う。恐らくは喜怒哀楽、表情を変化させるシステムの最大級の表情だろう。その表情から判る。彼女は恐らく昨夜一睡も出来なかったんだろうと言う事が。
そして、シュミットはその返答を聞いて驚愕し、慌てて立ち上がった。
「何で! 何でアイツが今更殺されるんだ! アイツが……アイツが犯人なのか!? アイツが指輪を!? 殺したのもアイツなのか!? ……グリムロックは、売却に反対した者を全員殺す気なのか!? ……オレやお前も狙われているのか!?」
シュミットは、半狂乱になりかねないように問いただしていた。それを横で見ていたリュウキは、その姿を見て不審に感じていた。確かに……以前のギルドの者が殺された状況とは言え、この世界での危険性は、トップギルドに入っている彼であれば判っている筈だ。……彼は過剰に感応していると思ったのだ。シュミットは、反対していたメンバーの1人。
そして 犠牲になったのは反対していた者。確かに戸惑うのは違いない。
だが、ここまで……か?と。
そして、ヨルコは続けた。
「グリムロックさんに槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かも知れないし、もしかしたら……」
ヨルコは……次第に表情が更に強張って行く。そして、その後の言葉で、更に異様な雰囲気に包まれることになる
「グリセルダさん自身の復讐……なのかもしれない」
『!!!』
ほぼ全員が驚きの表情をしていた。……中でも過剰に反応を見せたのはシュミットだった。このデジタルの世界。その世界に死者の念が彷徨うのか?
心情的にはありえない事だ。
だが、それを全て完全に否定できるだけの根拠は無いのも事実だった。
そもそもデータ1つにしても、どれだけ隙無く管理、作成したとしても、システム上には、必ずバグは存在する。なぜ、そんな不備が起こるのか?
数字の群の中で、何処でその様な不備が起こるのか? それは、正直わからない。そして、数列が1つ、数値が1つが変わっただけで大幅に変わる。それがシステムデータ。
……そして、そのトリガーが死者の念だったとしたら?
だからこそ、超自然現象のそれは、完全に否定できないのだ。そして、ヨルコの続いての言葉に場が更に凍り付く。
「だって……圏内で人を殺すなんて事 幽霊でもない限り不可能だわ……」
そして、ゆっくりと目を見開かせながら、立ち上がった。
「私……私……夕べ寝ないで考えた。……結局、結局のところ! グリセルダさんの事を殺したのはメンバー全員でもあるのよ! あの指輪がドロップした時に投票なんかしないでグリセルダさんの指示に従っていればよかったんだわ!!!」
それは、彼女自体が、まるで何かに取り憑かれたようだった。ヨルコの絶叫は、それを彷彿させていた。……悪霊がまるで彼女に取り憑かれたと。
昨日の彼女から考えたら普通じゃないのも事実だった。
「………っ」
キリトもアスナもレイナも。
そのヨルコの絶叫を聞いて戸惑いを隠せない様子だった。だが、中でもリュウキだけは、冷静に彼女を見て行動をする。
「……少し落ち着け。……後悔や恐れは著しく判断力を鈍らせる。結論つけるのにはまだ早い」
リュウキはあくまで冷静に物事を見ていたのだ。確かに否定は出来ない、先入観は真実を曇らせる。……だが、決め付ける事もよく無い事だから。そして、ヨルコの方に近づこうとしたら。
「ッ!!」
リュウキが近づこうとした瞬間、ヨルコはビクッ!っと震えていた。そしてまるで何かを恐れているかのように後退った。今は……そっとした方が良いとリュウキは判断し近づくのを止めた。
「結論なんて……結論なんて決まってるんです! だって……あの時、グリムロックさんだけが、グリセルダさんに従うと言っていました。だから……あの人には私達に復讐する権利があるんです……」
ヨルコは……、あくまでそう信じているようだった。死者の念が、今回の事件を呼び起こしたのだと。
だが、シュミットは、頑なに信じない、認めない。
「そんな……半年だぞ? 半年もたって今更……!! 何で今更そんな事があるんだ! お前は良いのか!? ヨルコ! こんなわけのわからない方法で殺されて良いのか!? ッ……」
ヨルコに掴みかかりそうになるシュミットをキリトが手を抑えた。
「リュウキも言ってただろ。お前落ち着け。取り乱しても答えは見つからない。……皆、一端皆落ち着こう」
キリトががシュミットの方を見た時だった。アスナとレイナの表情が凍りついたのだ。
「ッ!!」
キリトとリュウキは、直ぐに何か異変があったと感じヨルコの方を見た。
その瞬間、ヨルコの体はぐらりと揺れた。
彼女のその背中にはダガーが突き刺さっていた。まるで、血が吹き出ているかの様に、彼女を構成するプログラムが赤く変わる。そして、そのまま、宿屋の窓から外に。
「まずい!!」
「ヨルコさん!!」
キリト、リュウキ共に駆け出すが……、時は既に遅かった。
2人が伸ばした手は空を切り、落下し地面に激突したヨルコは、そのまま硝子片となって四散していったのだった。
まるであの時の再現の様だ……、残されたのは、彼女の命を奪ったであろうダガーナイフだけだった。
「ッッあ……ああッ……」
キリトは砕け散ったヨルコを見て唖然としていた。この場所は圏内のそれも宿屋。
システム的にも完全に保護された空間で、目の前でPKが行われた事実を突きつけられて 動揺を隠せない様だった。
「キリトッ!」
リュウキはキリトの肩をつかみ、そして窓の外を指さした。リュウキが指し示した先にあるのは、町並みの屋根。普通ならばそんな所に立つ事など誰もしない。
だが……そこには誰かがいたのだ。
「……目算。大体100mって所……かッ!」
リュウキはその人物を《視て》、そして大体の距離を計ると。
窓から一足で飛び出した!
「くっ! アスナ! レイナ! 後は頼む!!」
キリトも少し遅れてリュウキに続いた。
「まっ、まって! 駄目だよ!!」
レイナは、突然の事だったから反応が遅れてしまっていた。それはアスナも同様だった。彼女達もキリトとリュウキに続こうとしたが、怯え震えているシュミットをこのまま1人にしておくことなんか出来るはずも無い。だから、2人はキリトの言葉に従いその場に留まった。
屋根から屋根へと跳躍するリュウキ、そしてキリト。
その姿はまるで忍者のそれだ。あの第2層で出会ったあの忍者モドキとは違う。敏捷度が上がれば超人的な動きが出来るようになる。現実的ではありえない光景が更に続いていた。
「距離……30m……、もう少し」
リュウキは更に速度を上げた
その人物はフーデットローブを羽織っている。頭にまですっぽり多いかぶっているその姿はまるで死神のようだった。
《死神》……嫌な響きだった。
「リュウキッ!!」
声がリュウキの背後から聞こえてきた。キリトが後から 遅れて付いてきたのにも関わらずに追いついてきたのだ。
「早いな……。流石だ」
敏捷度、そして反応速度の領域ではキリトはリュウキを遥かに凌駕しているようだった。先に飛び出たのは自分だと言うのに。
「アイツかっ……!」
キリトは走りながら剣に手をかける。
「……油断するなよ!」
リュウキも同様に武器に手をかけた。
だが……。
「ッ!」
リュウキとキリトは見た。その人物が手に持っている鮮やかな青い結晶物の存在を。
「くそっ!!」
キリトは思わず舌打ちをする。
「ッ!!」
リュウキは、そのまま剣から手を放し、ピックを取り出した。そのまま数本をローブの人物に向かって放つ。
投擲スキル《シングルシュート》
その針は矢の様に向かっていったが。
本体に当たる寸前で、壁に阻まれた。圏内故に発生するその紫色の障壁は、システム的保護のものだ。その人物が持っていた青い結晶物。
遠目で見たが、間違いなく転移結晶だった。
そして、街中の鐘の音が響き渡るとほぼ同時に……青白い光に包まれこの場から消え去っていった。
その場に残されたリュウキとキリト。まだ、信じられないと言った様子だった。
彼女の死と同様に。
「………」
リュウキは無言のまま、拾ったピックを再び叩きつけるようにあの人物がいた場所に放つ。それは先ほどと同じように紫色の障壁に阻まれた。間違いなくシステム的保護に守られた反応だった。
そしてそのエフェクト後には《Immortal Objct》と表示されていた。
「一体何がどうなれば……。こんな事が……」
キリトも驚きを隠せない。
あのダガーの一撃は、そんなに強力なものじゃない。
例え圏外で受けたとしても、HPを全て消滅させるほどの力はないと思われる。それなのに、彼女を一撃で死に至らしめた。まるで、強力なフロアBOSSの一撃の様な即死級の破壊力だ。
「……一度戻ろう。あのダガーも確認しとかないといけない……。」
リュウキはそう言い宿の方へと歩を進めた。その後姿を見たキリトは判った。言葉にはしていないが、リュウキ自身も無念を感じていると。
《ヨルコの身を護る》
そう思って、彼女を宿にまで護衛した。あの場所にいれば絶対安全という先入観が今回の事件を呼び起してしまったのだ。リュウキ自身も落ち着くように促した。
……宿屋で安心だと言うのは強く思っていたのだ。
そして、宿に戻ったときの事。
「もう!! 無茶しすぎだよ!!」
「馬鹿ッ!!」
アスナとレイナがの2人が迎えて?くれた。怒っていたのだが、2人の表情を見て、少しそれを抑える。
「はぁ……それで? どうだったの?」
アスナは漸く怒りを沈めそう聞く。2人を見た所、彼らには、特に問題なさそうだから。
「……駄目だ。逃げられたよ……。クソッ!!」
キリトはそう言い壁に拳を当てる。
「リュウキ君とキリト君の2人から、逃げた……」
レイナは驚いているようだった。
彼女は、2人の事を攻略組の全プレイヤー中でも1,2を争うプレイヤーだと思っている。所属しているギルドの団長、数々の伝説、異名を築き上げたヒースクリフを含めたとしてもだ。
だから、強く思った。その2人からまんまと逃げおおせたあのフードの人物はやっぱり只者じゃない、と。
「……追っている最中だ。転移結晶を使われたよ。仕方ない……が」
リュウキはそう言った。彼は両手を組みキリト程感情を露にはしていない。それでも身に纏う気配はいつもとは遥かに違っていた。ヨルコが殺されてしまったのだ。
しかも……、攻略組でもある5人の目の前で。
その場の誰もが無念感を拭えない。いや……1人は違った。
シュミットはただただ、怯えていた。
「あっ…あのローブはグリセルダのものだ……」
その巨体をガタガタと震わせそう答えた。
「あれは……あれは……グリセルダの幽霊だ……! オレ達全員に復讐しに来たんだ!!」
まるで恐怖に体が支配されたかのように最後は笑っていた。あの最後の瞬間の前のヨルコの様に。
「で……でも! そんなっ! 幽霊なんて! だって、もう、この世界では何千人もの人が亡くなってしまったんだよ? 皆……皆無念だったはずだよ。そう思うでしょう?」
レイナは皆を見ながら、そしてシュミットに否定するように言った。
「あんたらは……彼女を知らないだろ。グリセルダは、すげえ強くて、いつも毅然としてて……不正や横着にはとんでもなく厳しかった。あんた以上だよ。アスナさん。だから……もし、罠にはめて殺した奴がいたとしたら、……グリセルダ決して許さない。たとえ、幽霊になってでも裁きに来るだろうさ……」
その巨体のシュミットの怯えようを見て、そのタガが外れたような笑いを聞いて、その言葉を聞いてしまえばレイナは何もいえない。自分の今の姉以上に厳しい人なのだったら……と思うところがあるのだ。それは笑い話ではない。
そこまで、強い強い念があるのなら、或いはと……。
だがその時だった。
突然、シュミットの目の前にダガーが転がり落ちた。それを見たシュミットは、まるでスイッチが切れたかのように笑いを止めた。光る鋸歯状の刃を数秒間凝視し。
「ひっ………!!」
弾かれたように上体を仰け反らせた。足元にダガーを放り投げたのはリュウキだった。
「……馬鹿な事を言う前に、よく見てみろ。それが彼女を死に追いやった武器だ。実在するプログラム。短剣だ。このSAOに書き込まれた……な。霊的なものが存在するとして、人を殺すのに、ご丁寧にゲームに則って、オブジェクト武器を使うのか? ……霊的なものでも何でもないと思うぞ。不安で心配なら、それを持って帰って調べて見ると良い」
「い……いらない!そんなものッ!!」
シュミットは全力でリュウキの言葉を拒否した。そしてシュミットは、再び怯え震え出す。
「……絶対にこの事件には絶対に何らかのシステム的ロジックが存在するはずだ……幽霊なんかじゃない。絶対に」
キリトは壁に拳を当てたままの体勢でそう呟く。彼もリュウキと同じだったようだ。
「………。ああ」
リュウキもキリト同様に頷いた。
その後、アスナとレイナは、シュミットを必死に落ち着かせ、キリトは考え込んでいた。恐らく今回の件の手口についてを試行錯誤、考えを張り巡らせていたのだろう。
リュウキは、眼を瞑っていた。
キリト同様に、考え込んでいたのだ。
(……オレは完全に油断をしていた)
目を瞑ったまま、リュウキは拳を握り締めた。
(圏内だから安全? 宿屋だから安全? ……なぜ安易にそう信じてしまったんだ? 半年前のことをもう忘れたのか?)
現実ならば、血が滲み出るほどに不自然な力を込めて。震える拳を抑える。
(……《笑う棺桶》の連中とやりあった時に……、《タイタンズハンド》の犠牲になったギルドの人たちを見た時に……オレは決めていた筈だろう)
リュウキは……喜怒哀楽がそこまで豊かじゃない。
キリトやアスナ、何よりレイナと出会って……随分と柔らかくなったが、彼はそこまでは豊かじゃない。そんな彼が《怒》の感情をむき出しにしているのがわかった。
同じ想いのキリトを除いたアスナとレイナの2人にはには。
「絶対に暴く……。これ以上好き勝手にさせるか」
「……勿論だ」
リュウキのその言葉にキリトも同意した。
(オレ自身がどうなるか。…………そんな事言ってられるか)
リュウキは目を瞑り、そして数秒後に目を開いた。
「!!」
その変化に気が付いたのは正面にいたレイナだ。彼女は、リュウキの事を心配していた。当然、ヨルコさんの事も彼女にとっては無念だった。確かに知り合って間もない人だったけれど、この世界に囚われた同じ仲間なんだから、助けてあげる……とずっと思ってた。
なのに目の前で殺されてしまったんだから。
でも、それ以上にリュウキの事も心配だったんだ。誰かを守れなかったと言うトラウマがまた彼を襲わないか……、必要以上に責めてしまわないかと。
レイナがリュウキを見ていた時だった。彼の目を開いた時にそれを見た。
彼のその目は赤かった。
《深紅の眼》
索敵をする時に、瞳が薄くエフェクトする事はこの世界ではある。
だが……リュウキのそれは明らかに違った。まるで、カラーコンタクトを入れている様な……いや、それ以上の赤さだった。
「……りゅうき……くん?」
レイナは、ゆっくりとリュウキに近づく。
「……どうした」
その返事をする為に振り返った瞬間には、彼の目はいつもの黒い瞳に戻っていた。
「いやね!今……っ! ……ううん。なんでもない」
レイナは、必要以上に聞こうとしたが止めた。さっきのは気のせいかも知れない、見間違いかもしれない。それに、今はそれ所じゃないから。アスナはシュミットの傍でまだ警戒をしてくれている。
さっきのフードの人物がここに来ないとも限らないんだから。
「……攻略組プレイヤーとして情けないが……オレは暫くフィールドに出る気になれない。BOSS攻略パーティは俺抜きで編成してくれ。それと……」
かつての彼の剛毅さがすっかり抜け落ちた虚ろな表情でギルド聖竜連合のリーダー職を務めるランス使いは呟いた。
「……これから、オレをDDAの本部にまで送ってくれ。頼む……」
この時、この男を臆病だと思う事など誰も出来なかった。心底怯えた巨漢を中央に挟み、57層の宿屋から転移門経由で56層の聖竜本部にまで送っていった。
シュミットが何よりも心強く感じたのがその時のリュウキの言葉だった。
『……オレが周囲を視ている。何処からくるか判らないからな。今度は視逃さない』
それは、いつも通りの何気ない言葉だったが、皆が力強く聞こえた。
シュミットも少しだけだが安心できた。
彼を送っていく道中、襲撃は何も無く、無事に本部にまで送る事が出来たのだった。
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