P3二次
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XIV
「――――とまあ、そういうこった」
既に空は白み始めていた。
夜通し風花と他愛ない話をしていたのだが、話題なんてものはいずれ尽きる。
沈黙が訪れたところで風花は問うた――俺が一体何をやっているのかと。
影時間やペルソナについては他の連中に説明をぶん投げる気だったが……
「そっか」
風花の強い眼差しに圧されて結局全部ゲロしてしまった。
まあ、あんなことがあったんだから早く知りたいと思うのも無理はないか。
「間違いなくお前に勧誘が来るだろう。得難い能力だし、何より限界が見えたからな」
美鶴のサポートはもう限界を迎えていた。
上に上がるにつれ精度が低くなり、今回の件で完全に失墜。
元々戦闘用のペルソナだったため、むしろよく保った方だと言える。
「だがな、拒否することも出来る。好き好んで鉄火場に足を踏み入れなくてもいい」
逃げるためにS.E.E.S.に加入するぐらいなら俺がどうにかする。
煩わしい家族の問題も、今までは何もしなかったが、俺が動いてもいい。
よそ様の家庭の事情に首を突っ込むのは野暮だが、江古田の甘言に乗った時点で……
俺の中で風花の両親に対する義理は消えた。
「帰りに言ったように俺の家で暮らせばいいし、何ならマンションを用意する」
「…………」
「金か? ギブアンドテイクさ。これまでも危ない橋を渡らせたし、これからも頼むかもしれない」
それに何より、
「俺の詰めが甘かったばかりに馬鹿を調子づかせちまった。幾ら詫びを入れても足りない」
負い目がある。
払うべきツケを肩代わりさせてしまった、それは俺の矜持に反することだ。
手前のケツは手前で拭く、男として最低限のことなのに。
「だからお前は安全な方を選ぶことも出来るんだ」
真っ直ぐ風花を見つめて告げる。
コイツは目を逸らすこともなく、俺の視線を真っ向から受け止めていた。
「キーくん、キーくんが特別課外活動部に居るのはこれまでと同じ理由?」
既知を打破するためか、そう言っているのだ。
「ああ、そこだけはブレちゃいない」
色んなものを放り捨てて歩いてる道だ、今更変えられはしない。
既知の地獄の中で終わるなんて笑えないジョークだ。
この忌々しい縛鎖を引き千切らねば俺は生きている実感を得られない。
総てが予定調和の円環にあるなど認めてなるものか。
どこかにあるはずなんだ、生きている実感――――未知が。
「何としてもこのデジャブを破壊しなきゃいけねえんだ……」
実際問題、もう綻びは出始めていた。
十年前から俺を蝕む既知は、蛇の毒のようにジワジワと俺の心を蝕んでいる。
――――正直、いっぱいいっぱいなんだ。
風花が行方不明になったと知ってからの乱心だってその影響だろう。
情がないとは言わない、だが少し前の俺ならあそこまで無様は晒さないはずだ。
それでも現状は堂々巡りで進まない。
進むことも戻ることも出来ないなんて、性質の悪い演目だ。
こんな舞台で踊り続ける役者に甘んじるなんて真っ平御免。
舞台ごとぶっ壊して役を降りてやる。
「……私は、自分を必要としてくれるなら、嫌なことから逃げられるのなら喜んで力を貸したい」
少しの沈黙の後にポツポツと語り出す。
えらくネガティブな言葉だが、そこに卑屈さは感じられない。
「――――以前の私ならそう思ってた」
俺の身体に柔らかな感触が伝わる。
凭れ掛かるように抱き着いて来た風花は――とてもいい匂いがした。
「けど、それが駄目なんだよ。逃げたり、キーくんに頼ってばかりで……それじゃ駄目なの」
耳元で囁かれたせいで若干くすぐったいが、振り解くわけにもいかない。
流石の俺もそこまで空気を読まないわけではないのだ。
「このままじゃ、置いてかれちゃう。私、歩くの遅いから」
「風花……」
「昨日ね、キーくんが戦っているところを見て思ったの。どんどんその背が遠ざかるって」
涙声で風花は告げる。
憧れてた、強くて、何でも出来る俺に憧れていたのだと。
「ずっと立ち止まってたら、きっとキーくんは遠くへ行っちゃう」
遠くへ、か。
俺は既知を打破した時、どうなるんだろう?
そもそも本懐を果たした後のことなんて考えてもいなかった。
「だから、私変わりたい。強くなりたい。その背を追うんじゃなくて、手を引かれるんじゃなくて――――」
抱き合った体勢でよかったと思う。
向かい合っていたら、
「――――あなたの隣を歩いていたい」
眩しすぎて風花を直視することが出来なかっただろうから。
「私、特別課外活動部に入る。けど、それは逃避のためじゃない」
「じゃあ、何のために?」
「キーくんの力になりたいから。他の誰でもない、あなたのために。だから手伝わせて」
「お前……」
「一緒に頑張ろ? 二人なら、きっと既知を超えられる」
…………その言葉に俺は何と返せばいいのだろう?
あまりにも眩しすぎる。
強い人間だ、変わりたいと言うが、もう十分変わっている。
俺は風花を侮っていたようだ。
並びたいなんて言うが、とっくにこいつは俺の先を歩いてる。
「偶にゃ御法に触れることだってするぜ?」
「結構な頻度でしてると思うけど……うん、覚悟は出来てる」
「ぶっちゃけ、俺はお前が思ってる程大それた人間じゃあない」
「それはキーくんの主観でしょ? 私が見てるものとは違う」
「後悔するかもよ?」
「それでも自分で選んだ道だから――――私を胸を張って歩きたい」
その時だった――――風花の身体からペルソナが飛び出し、形を変えたのは。
ペルソナの覚醒から僅か一日で訪れた異変。
けれども風花はそれを当然のように受け止めていた。
「ペルソナはもう一人の自分。殻を破れたってことかな?」
照れ臭そうに笑うコイツを見て、改めて俺は敬意を抱いた。
人は小さな切っ掛けさえあれば変われる、成長出来るのだ。
蛹から羽化した蝶のように、どこまでも高く飛べる。
地を這う蛇のような俺とは違う――――ああ、綺麗だ。
「ユノ、これからよろしくね?」
ユノ、ゼウスの妻である女神。
人と人を結びつきを象徴する神なのだが……おっかなさも感じる。
神話において浮気性の夫の不貞を幾度となく察知した恐るべき情報収集能力。
探知系のペルソナとしては納得だが、男としては薄ら寒いものも感じてしまう。
「なあ風花、それは探知能力が強化されたってことだよな?」
「う、うん。ルキアを使ったのは昨日が初めてだったけど……強化されてると思う」
「じゃあ、俺を見てくれないか? カルキ――俺のペルソナはどうにも変なんだ」
チドリが言っていた全力を出せていない原因なども分かるかもしれない。
そんな期待を込めて風花を見つめる。
「うん、ちょっと待ってね」
俺から少し離れ、祈りの姿勢を取る風花、その身体がペルソナに包まれる。
全身を覗かれているような感覚が俺をくすぐるが……どうだ?
「……え、何これ?」
困惑の声が漏れ出る。
「リミッター? それにこのスキル……」
「風花、何か分かったのか?」
「あ、ごめん。何か分かったって言うより……何も分からないって言った方が正しいのかもしれない」
「それはどういう?」
「カルキはリミッターのようなもので力を抑圧してる。それが多分、あの鎖なんだろうけど……」
それは俺も予想していたことだ。
問題は鎖と外套で覆われた中身。
「表層しか覗けないの。酷いジャミングがされてて……」
「そうか。それで十分だ」
恐らくは探知系でもかなりの精度を誇るユノですら覗けない何かがあるのが分かった。
それだけでも一つ収穫と言えるだろう。
「後、スキルがどうとかってのは?」
「えっと……私の能力で得た情報は視覚的に表現されるの」
ゲームのステータスのように、と風花は補足を入れる。
「覚えている魔法なんかも列挙されるんだけど……その中に変なスキルがあって」
「具体的には?」
「炎の魔法ならアギとかそんな名前が表示されてるんだけど、それは塗り潰されてるの」
「塗り潰されている?」
「うん。黒いインクでベタ! って感じに」
成るほど、確かにそいつは臭い……如何にも曰くありげじゃないか。
「そしてそのスキルとリミッターは繋がってるんじゃないかなって」
「どういうことだ?」
「完全にそのスキルの力は発揮出来ていないのはリミッターのせいで、けど完全に使えないわけじゃない」
「だからバグった表示がされていると?」
「た、多分……あの、私の推測だから鵜呑みにしないでね?」
「いや、信に足る推測だよ」
探知系の力を持っていて、且つ頭も回る風花の立てた推測だ。
そうそう的外れではないと思う。
主観では見えないものを客観的に見てくれたのだ、実にありがたい。
「ありがとう、おかげで色々考えることが出来た」
「どういたしまして」
穏やかな微笑を浮かべ礼を受け取る風花は、やはり以前よりも堂々としている。
自分に自信がついたおかげだろう。
「さて……風花がS.E.E.S.に加入するってんなら連絡して、顔合わせするべきだろうが……」
「どうしたの?」
「明日で良いだろ。昨日の今日だ、流石に他の連中も疲れてるだろうし、無論お前もな」
タルタロスってのは中に居るだけで体力を消耗する。
だと言うのに激しい戦いまですれば、更に疲労が加速するだろう。
そこそこ体力の俺でも消耗するのだ、公子や岳羽、伊織なんかも今日はグタっとしてるはずだ。
体力魔神の真田に関しちゃ多分大丈夫だとは思うが。
「とりあえず今日は学校も休みな。俺から連絡入れといてやるから」
「う、うん」
「何だよ?」
何故だか微妙な顔をしている風花、俺は別に変なことを言ったつもりはないんだがな。
「え、えっと……お、怒らない?」
「何言うつもりか知らんが別に怒りゃしないよ」
つい先日怒りで無様を晒したばかりなのだから恥の上塗りをする気はない。
もっと己を律せるようにならねばと自分に言い聞かせる。
「キーくんって、あんまり優しさを表に出すタイプじゃないからビックリしちゃって」
「……」
「昨日のことだって今思えば、凄いことしてたなって。抱きしめてくれたりして……」
恥ずかしそうに笑う風花を見ているとこっちまで恥ずかしくなってくる。
確かに俺らしくないと言えばそうかもしれないが……
「ハ……確かにそうだな。らしくないわなぁ。自分でもそう思うよ」
「う……ご、ごめん」
「謝るなって。別に気分を害したわけじゃない。ちょっとまだペースが狂ってんのさ」
風花の件より端を発したこの乱れも、ずっと続くわけじゃない。
直に何時もの俺に戻るだろう。
「つーわけで、今のうちに何かワガママ言っても良いぜ? 今なら素直に聞いてやるかもしれん」
からかい交じりにそう言うと、風花の目が揺れる。
珍しいことに何かして欲しいことでもあるようだ。
「じゃ、じゃあ一つだけ良いかな?」
「良いよ。言ってみな」
「私、憧れてたことがあって……」
憧れと来たか。
金銭で叶えられるものならば大丈夫だと思うが一体……
「学校をサボって制服のまま、友達や……す、好きな人と遊びに行きたいなって」
……ああ、成る程。
そこらに転がってる学生なら誰もが一度は経験したことのあるものだ。
けど、風花にとっては違う。
まるで別の世界の出来事のように映っていただろうから。
「キーくんって不良さんだからそういうの得意でしょ?」
「得意って言うか……」
いやまあ、確かにそういう方面に疎いわけではないから付き合うのも吝かではない。
問題があるとすれば、
「……俺、制服あったかな?」
最後に登校したの何時だったか、一年の時だぞ。
その時に着た制服をどこに仕舞ったのだろう?
「ちょっと待ってろ」
部屋の中にあるクローゼットを開けると乱雑に服が収められている。
多分この中にあるような気がしないでもないが……
「あ、それじゃない?」
「お、これだ」
ブレザーとズボンがクシャクシャのまま置かれている。
しかし、これでは少々みっともない。
と言うかもう夏も近いからブレザーなんて着てられないから……
「夏用もあるはずだ。そっちはまだマシだと思うんだがな」
更に奥を探ってみると奥の奥に夏用のズボンがあった。
こっちはそれなりに綺麗なままだ。
シャツも――うん、これならいける。
学校指定の夏用のワイシャツもあった、これで準備は万全だ。
「じゃあ、早速行くか――いや、その前にお前も制服に着替えて来いよ」
一旦家に帰って着替えた方が良いだろう。
男なら別に一日二日着替えなくても平気だが、風花は女だからそういうわけにもいかない。
「う、うん。けど、こんな時間から?」
随分話し込んでいたが時刻はまだ八時を少し過ぎた頃だ。
遊ぶにはまだ早いと言えるが、そんなことはない。
二十四時間営業のカラオケや、朝からやってるゲーセンなんかも知ってる。
もしくはどこぞのファストフード店で朝食を摂るのも悪くない。
「ああ。まあ、俺に任せとけって」
「分かった。じゃあ、ちょっと待っててね?」
「了解。外で待ってるからよ」
二人して家を出る、風花はそのまま隣の自宅へ。
俺は胸ポッケに入れた煙草を取り出して口に持っていき火を点ける。
「ふぅ……しかし、制服なんざ久しぶりだわ」
朝の済んだ空気に紫煙が溶けていく。
ご近所の人間や通りすがった奴らが奇異の目で見ているが無視だ。
制服で吸っているから学校にチクられるかもしれないが、別に問題ない。
今は休学ってことになっちゃいるが辞めさせられたところで何の痛痒もないのだから。
「何かコスプレみてえ」
久しぶりに袖を通した制服は違和感しかない。
柄が良くないとの自覚もあるから余計にそう思ってしまう。
左耳のピアスはともかく口のは流石に言い逃れが出来ない。
中学の時に何となく口に穴を開けてみたが……今にして思えば何で口にしたんだろうか?
「ッ……まあ、穴は開いてるがしゃあねえわな」
ピアスを外して胸ポケットに仕舞う。
流石に風花と制服で並ぶなら少しでも気を遣うべきだと思ったんだが……口元が寂しい。
しかしまあ、直に慣れるはずだ。
これを機にもう口の穴は塞いでしまおうか。
「お待たせ」
つらつらと考え込んでいると風花が出て来る。
いつもはカーディガンとか着てアレンジ加えてる風花だが今回は普通の夏服だ。
夏用のワイシャツに赤いリボン、模範的な格好と言えるだろう。
「おう、じゃあ行くか」
「うん」
「しかし……」
歩きながら気になっていたことを口にする。
セクハラと思われても仕方がないけど、気になるものは仕方ないのだから。
「な、何か変かな?」
「珍しいな。お前がそういうのするってさ」
チラっと視線を風花の脚に向ける。
スカートを折って短くしているのだ。
岳羽とかがするなら珍しくもないが、コイツがするのは珍しい。
子供の時から一緒だったがこんなの初めてだ。
「後、ハイソとかも初めてじゃないか?」
俺の記憶にある風花は普通のソックスを履いているが今日は違う。
膝上まである黒のハイソックスだ。似合っちゃいるがやっぱり珍しい。
「へ、変かな?」
頬を染め、不安混じりの視線を向けて来る風花。
あー……そうか、コイツなりにちょっと冒険してみたってところか。
初めてのサボり、ついでに言うならデートだから。
男冥利に尽きるが……風花の好意に俺はどう応えれば良いのか。
それどころではないし、コイツもそれを理解している。
断るにしても受けるにしても今はそんなことを考える余裕なんてない。
「いや、悪くないんじゃないか? 素材も良いしな。ブスが突然そんな格好したら笑うけど」
「ありがと。でも、それってちょっと酷くない? 女の子に嫌われちゃうよ?」
「正直過ぎるのが俺の欠点でね」
時折視線を交わしながら会話を続ける。
幼馴染と言うのはどうにも……厄介なものだ。
風花の目は全部終わってからと言っている。
俺の大願が成就するまではこのままでいようと、気を遣ってくれているのだ。
情けないとは思うが――甘えさせてもらおう。
「ねえ、最初はどこ行くの?」
「カラオケ行って昼前まで時間潰して、そっからテキトーなとこで昼食おうぜ」
「カラオケか……初めてかも」
「ストレス解消にゃ悪くないぜ。んで飯食ったら……ピアスでも見に行こうかな」
「ピアス?」
「ああ。口のはもう止めたが左耳が残ってるからな。新調しようかなって思ったんだ。折角だからお前が選んでくれよ」
「わ、私? でも、そう言うの得意じゃないから……」
「良いって良いって。俺、素材良いから何着けても似合うし」
それにちゃんとした店で買えば、そこそこ良いデザインのものが揃っている。
よっぽど奇抜なのを探さない限り問題ないはずだ。
「それ、自分で言うの?」
「言うね。俺イケメンだから」
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