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自由惑星同盟最高評議会議長ホアン・ルイ

作者:SF-825T
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第七話

 イゼルローン要塞とはその名の通りイゼルローン回廊にある要塞だ。大規模な宇宙港に整備ドック、生産施設を備え一般の都市と同様の機能も持つため長期間での篭城戦も可能とする。さらには一撃で数千隻を葬り去る要塞主砲を含め多種多様な攻撃手段を持つ。現存する軍事施設の中で最高峰の能力と実績を持っている。フェザーン回廊が帝国軍の手にある今、地理上での価値は大幅に低下したが未だに重要な立地であるのは間違いない。
 そのイゼルローン要塞には新銀河帝国コルネリアス・ルッツ上級大将が一万五千隻強の艦隊を持って着任しており、十分な防衛能力を備えていた。単純な数の問題で考えればこの要塞を占拠するのに今の同盟軍の全軍に当たる四万隻を動員したとしても難しいと言ってもいいだろう。

 イゼルローン要塞司令のルッツの元にはさまざまなラインハルトからと思われる命令が届けられていた。さまざまなと言うと違和感が感じられるが本当にさまざまだった。命令はいくつもあったが大まかに分ければ「要塞を出撃し同盟軍を挟み撃ちにせよ」と言うものと「そのまま要塞を死守せよ」と言う正反対のものだった。はっきり言ってしまえばその命令は同盟軍の罠だった。本当のラインハルトの命令は「要塞を出撃し同盟軍を挟み撃ちにせよ」だったが同盟軍はヤンの策によって「要塞を出撃し同盟軍を挟み撃ちにせよ」「そのまま要塞を死守せよ」という偽の命令を両方とも流しそれによってルッツ上級大将を混乱させていた。
 ルッツはその命令のどちらか一方が偽者であると考えひとまずは待機していたが同盟軍の攻撃により初めの命令から5日で待機を終えることになる。

 同盟軍が帝国軍の侵攻を阻止するためには当然のことながらフェザーン回廊から同盟領に進入してくる帝国軍だけではなくイゼルローン回廊から進入してくる帝国軍も防がなければならない。そして同盟軍にはイゼルローン艦隊から来る艦隊だけに向ける戦力が無く、フェザーン回廊から来る帝国軍を迎撃するために編成された艦隊をイゼルローン回廊方面に向けるのには時間的余裕が無かった。

 同盟軍がイゼルローン要塞方面に向けた艦隊は僅かに二千隻。指揮するのはパエッタ中将、本来なら同盟における中将は一般的に一個艦隊つまり一万隻強を率いる。今回階級の割りに率いる艦艇が少ないのは同盟軍の総兵力が少ないのもあるがなによりこの作戦の重大さを表していた。
 イゼルローン要塞攻略のための作戦内容は早い話が大きな物体をイゼルローン要塞にぶるけるだけだ。要塞占拠を目標とせず破壊するだけならそれでいい。その作戦はかつて第八次イゼルローン攻防戦に用いられた方法でもある。第八次イゼルローン攻防戦においては失敗した作戦ではあるがその有効性は立証されている。
 有効性をを認識しているのは帝国軍も同盟軍も同じであり、それゆえに今のイゼルローン要塞の持ち主である帝国軍は要塞にある主砲を含む各砲台、ミサイル発射装置を連動させた迎撃システムを作り上げていた。さすがにガイエスブルグ要塞と同規模の質量を持ったものは迎撃できないが少々の大きさの物体なら迎撃を可能としている。万が一ガイエスブルグ要塞と同規模の質量を持ったものが来た場合はその大きさからすぐにレーダーに探知され、駐留艦隊が迎撃の任に当たることになるだろう。
 

 イゼルローン要塞の沈黙が破られたのは宇宙暦800年/新帝国暦2年1月8日のころになる。偽の命令を使い帝国軍を足止めすることに成功した同盟軍は、帝国軍が要塞を出ない間に準備を進め終えた。
 二千隻の船と最大で1立方キロメートルの岩塊が集まっている様子はまるで戦闘集団ではなくたんなる外宇宙の開拓団のようでもある。
 その戦闘艦と岩塊を率いる同盟軍のイゼルローン要塞方面軍の司令官パエッタ中将の座乗する戦艦ヒスパニオラの艦橋は緊張に包まれていた。
 戦艦ヒスパニオラは同盟軍の標準戦艦であり旗艦として設計されていないが、二千隻程度の船を率いることは可能だ。本来パエッタ中将の座乗艦は二万隻前後の艦船を率いることが出来る旗艦用大型戦艦、アキレウス級パトロクロスである。しかし現在の同盟軍にとって高い指揮、通信能力を持つアキレウス級を遊ばせておく余裕があるはずもなくパトロクロスはフェザーン方面に向かっている。
 パエッタは落ち着いた様子で言った。
「作戦を開始する」
「作戦開始。所定の艦以外は長距離通信を封鎖。各艦ミサイルを発射、岩塊に取り付けられた推進装置を起動せよ」
 岩塊は加速をつけながら7光秒はなれたイゼルローン要塞に向かい動き出した。
「ミサイルが敵の防空県内に入り次第イゼルローン要塞に通信を行え。健康と美容のために、食後に一杯の紅茶と」
「は?」
 この時パエッタの命令を思わず、それもかなり無礼な表現で、聞き返したオペレーターを非難することは酷だろう。常識的に考えて「健康と美容のために、食後に一杯の紅茶」なる通信文は敵に送る通信文の内容ではない。
「聞こえなかったのか?健康と美容のために、食後に一杯の紅茶だ」
「は、健康と美容のために、食後に一杯の紅茶と通信します」
 岩塊が加速をつけ要塞へと向かう。ある岩塊は一直線に、他の岩塊は弧を描き同盟軍から見て要塞の裏にと様々だった。一見すれば無秩序な軌道だが、どれも共通して宇宙港のゲートや砲台を狙っている。同盟軍の兵士はその岩塊のいくつかは防衛装置によって迎撃されるものだと思ってスクリーンを見ていたが一向に要塞から一向に火線が登ることは無く、ついにすべての岩塊が予定通りの軌道を描き予定通りの成果をもたらした。
 唖然とする兵士達にパエッタからの命令が響いた。
「要塞に接近しつつ湾岸施設を中心にをレーザー水爆を投下、要塞を完全に無力化する」



 同盟軍が混乱しつつも落ち着いていたのは自らが優勢だったからだ。混乱しつつ劣勢におちいった帝国軍は平静でいられるはずがない。
「トールハンマー発射不可能」「全砲台機能停止」
 イゼルローン要塞の内線は凶報で飽和した。それでもなんとか情報を取りまとめた司令部は要塞の防衛システムが完全に無力化された事実を理解した。
「敵ミサイル着弾まであと20秒」
 要塞司令、要塞駐留艦隊司令のコルネリアス・ルッツ上級大将は艦隊を出撃させようとしたが既に遅かった。発進しようとした船にミサイルがあたりその残骸が後続の船を押しつぶした。復旧する間も置かれずその上に小惑星が乗り完全に封鎖されてしまった。イゼルローン要塞には艦船が行き来できる大小さまざまな出入り口があるがそのすべてがお破壊、封鎖された。


 同盟軍は完全に予定通りに作戦を運んだ。要塞の防衛システムをすべて沈黙させ、港を封鎖し艦隊が出ることを封じた。レーザー水爆は要塞の外壁に穴を開け、閉ざされた港をその中身ごと粉砕した。駐留艦隊は出撃することも出来ず座したままそのすべてが破壊された。唯一発進が可能だった単座戦闘艇ワルキューレは発進した傍から遠距離からの砲撃で狙い撃ちされ、無意味に撃破された。同盟軍はただひたすらに爆弾を投下しつづけ要塞の機能を破壊しつくそうとしていた。もう誰の目にも勝敗は明らかだった。
 再度降伏を勧告してはどうか?と言う意見がいくつかパエッタの元に寄せられた。同盟兵士にはもはや自分達がやっていることが戦争ではなく虐殺をしているようにしか見えなかったのである。それをパエッタは却下した。却下した回数が10を越えた頃一人の青年仕官がなぜ降伏を勧告しないのかと疑問を呈した。それに対しパエッタはその仕官に目線を合わせず逆に問い返した。
「ここにいる味方の艦隊は何隻でどのくらいの人数がいると思う?」
 返答とは別の関係がない様な質問をかけられた士官は疑問を隠そうとせず答えた。
「およそ2000隻で、人員は17万人程度でしょうか?」
「その通りだ。この艦隊にはほとんど定員を満たした艦はない。では残りの敵は何人いる?」
 イゼルローン要塞はその要塞だけで500万人、駐留艦隊の人員が生きていればさらに200万人ほどだろう。仕官は率直に答えた。
「少なくとも600万人はいると思われます」
「その通りだ。では答えは出ているだろう。この艦隊には敵を捕虜として引き入れるスペースなどない」
 その答えに若い仕官は愕然とした。
「では初めからイゼルローン要塞を破壊するつもりだったのですか」
 知らず知らず自らの声が大きくなっていることを士官は気づいていない。
「それ以外に聞こえたのか?今の同盟軍には艦隊運用をする人員も、白兵戦を行う人員も、ましてやイゼルローン要塞を運営するだけの人員すらない。君も仕官ならそういう可能性がわかるはずだ」
 未だにパエッタは青年士官のほうを向かずただ正面に移る壊れかけたイゼルローン要塞が映るスクリーンを見ていた。
「あの要塞には100万単位の帝国の民間人がいるのですよ!」
「そうだな。だが現実問題として暴動を起こす可能性がある彼らを艦船に乗せるわけにはいかない。それにだ第八次イゼルローン攻防戦で帝国軍はこちらの民間人もろともイゼルローン要塞を破壊しようとした。少なくとも敵にこちらを道義上非難することは出来ない」
 パエッタはこれ以上話すことはないと若い士官を下がらせ何かから逃げるように、自らの職務に没頭し始めた。 
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