インフィニット・ストラトスの世界にうまれて
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恋スル☆舌下錠 その二
翌日。
朝のショートホームルームと一限目の半分を使った全校集会。
ここに集まっている理由は、今月の中旬に行われる予定の学園祭についてだろう。
とは言ったものの、実際は普段一夏と触れ合いを持てない女子たちが、これを機会に触れ合おうという『一夏祭り』に違いなかろう。
などと考えているとアナウンスが流れ、生徒会長が壇上に上がる。
壇上の中心。
その場所にいるのは、水色の髪でショートカットの女子。
髪は毛先が外に跳ね、瞳の色は赤っぽく見える。
着用している制服のリボンは俺たちよりも一年上の二年生であることを示していた。
彼女が壇上に上がると話し声で騒がしかった場内が静かになる。
「やあみんな。おはよう」
スピーカーを通して生徒会長の声が場内に響き渡る。
まずは無難な挨拶から話し始めたな。
なぜか俺のクラスを見ている気がするが、それは一夏を見ているのだろう。
俺は壇上にいる生徒会長と遭遇したことはないが、一夏はすでに邂逅を果たしたのかもしれない。
「私の名前は更識盾無。キミたち生徒の長よ。以後、よろしく」
にっこりと笑顔を浮かべる生徒会長。
その生徒会長の口から語られる事になった一夏にとっては衝撃の事実で今月行われる学園祭の特別ルールなるもの。
それは題して、『各部対抗、織斑一夏争奪戦』だ。
これを力強く、高らかに話した生徒会長はどこかからか取り出した扇子を優雅に開く。
扇子が開いたと思うと、壇上の壁面にあるモニターに一夏の写真が、まるで城に飾られている肖像画の様にデカデカと映し出された。
壇上の生徒会長はイタズラを楽しむ子供の様な表情をしている。
その姿を見た俺は、一夏には悪いが俺が巻き込まれなくて良かったと心底思っていた。
特別ルールを聞いた女子たちの歓声が場内に響き渡る。
あまりの騒がしさに俺は耳を塞いだ。
「静かに! 話は終わっていないわ」
その言葉で場内は徐々に静けさを取り戻す。
「もう一人の男子、アーサー・ベインズもオマケでつけてあげる」
俺はオマケか?
会話も交わしたこともない生徒会長のオマケ発言に言いたいことは山ほどあるが、俺が何を言った所で学園祭が始まる前からこの異様な盛り上がりをみせるこんな状況で、イベントが中止になることはないだろうな。
こうして男子の気持ちなどどこかへと投げ捨てた『一夏争奪の乱』がこうして始まった。
きっとこのイベントは学園に延々と語り継がれていくんだろうな。
しかも俺の事は名前ではなく、ただのオマケ男子として記憶される事になるだろう。
同日の放課後。
クラス代表である一夏を司会として、俺たちは学園祭でクラスがやる出し物を決めていた。
俺から見て教室の正面モニタに表示されているそれは一夏とっては遺憾の意を表明したいだろう事柄だった。
『織斑一夏のホストクラブ』
『織斑一夏とツイスター』
『織斑一夏とポッキーゲーム』
『織斑一夏と王様ゲーム』
これを聞いた一夏が、
「誰が嬉しいんだ、こんなもん」
と抗議していたが、一夏は学園の共有財産ってことになっているらしく、クラスの女子たちは一夏が一年一組に所属していることで色々言われるのかもしれない。
もしかすれば、これが俺たちのクラス以外の女子たちが一年一組に出した妥協案なのかもしれない。
まあ、俺の場合はちょっと事情が異なる。
何をするにも枕詞のように山田先生がくっついてくるからな。
俺の場合というのはこんな感じだ。
『山田専用ホストクラブ』
『山田先生とツイスター』
『山田先生とポッキーゲーム』
『山田先生と王様ゲーム』
「時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果を報告しにこい」
という言葉を残して織斑先生はとっくに教室を去っていた。
まさかと思うが、面倒くさい事になりそうだから逃げたんじゃないだろうな。
一夏は自分の横、窓側に立つ山田先生を見ると聞いた。
「山田先生。こんなおかしな企画はダメですよね?」
一夏は山田先生は反対をしてくれるだろうと思ったようだが、その希望は見事に打ち砕かれる事になる。
一瞬上を向き、考える素振りを見せた山田先生は、かけている眼鏡を右手で直しながら答えた。
「わ、わたしはポッキーゲームがいいと思いますよ」
そう言った後、俺を見る。
ダメだなこれは。
一夏もそう思ったんだろう。
はぁと、ため息をつくと、うな垂れていた。
山田先生が見つめる先に俺がいると感じ取った女子が、
「ねえ、あの二人見つめ合っちゃって、何が合ったんだろうね」
何てことを言っている。
あの二人って俺と山田先生のことか? 何もなかったと思うぞ。
「いつだったか山田先生が、ベインズくんにあんな姿を見られて、もうお嫁に行けないなんて言ってたけど……これは関係あると思う?」
あんな姿ってどんな姿だ? 今の今まで、山田先生が嫁に行けなくなるような事象は確認できなかったはずだ。
いったい何のことを言ってるんだ?
「それが関係あるか解らないけど、ベインズくんって凰さんと浮気してたの見られてるでしょ? それなのに、もう元の鞘なんだ」
「私が思うに、山田先生が女神のごとき広い心で、浮気は芸の肥やしだとか、男の甲斐性だとか言って許してあげたんじゃない?」
そう言った女子は俺の顔を窺っている。
どんな噂話が飛び交っているのか知らないが、俺が全否定した所で無駄に終わるんだろうな。
こんな事を思っている間も学園祭でやる出し物を決める話し合いは進んでいたらしい。
俺の話ばかりしていても物語が進まないし、話し合いの結果だけお知らせしよう。
クラスの出し物は『ご奉仕喫茶』に決まった。
学園祭でやる出し物がようやく決まり、今日の集まりは解散となる。
すると山田先生が俺の席までやって来て、
「明日の放課後、第三アリーナで待っています」
てなことを言ってきた。
しかも山田先生は、告白を決意したものの土壇場になって勇気が出ず躊躇ってでもいるかのように身体をモジモジとさせている。
これを見た俺はこう思った。
多分補習の事だろう。
今日は忙しいから明日にしてくれということだろうが、何でそう言ってくれないのでしょうか? 山田先生。
また変な誤解をされますよ。
周りからはキャーという黄色い声が聞こえる。
中には山田先生が勝負に出た何て声も聞こえてくるが気にしないでおこう。
俺は了承の意味を込めて頷く。
山田先生は俺が頷いたのを確認すると身体を翻し教室を去っていった。
足取りがやたらと軽そうに見えたが、俺の勘違いかもしれない。
次の日の放課後、俺は山田先生に指定された第三アリーナにいた。
ここには一夏と生徒会長、それにセシリアとシャルロットはいるが、山田先生の姿は見えない。
男子を待たせるのは女子の性なのかもしれんが、いったい何をしているんだろうな。
織斑先生に無理難題を突きつけられていたりしてな。
セシリアは一夏といる生徒会長をまじまじと観察すると、この人は誰なのかと聞いている。
その若さで健忘症か?
昨日、全生徒が集まった集会で壇上に上がった彼女が何を言ったのか覚えていないのか? 一夏争奪戦を宣言していただろうに。
一夏に生徒会長だと紹介されたセシリアは、確かに見たことのある顔だと不機嫌そうな声で答えている。
もしかして、わざとか? わざと気づかない振りをしていたのかセシリアは。
これは何というか、この場所は居心地が非常に悪くなってきた。
私が一夏くんの専属コーチになったからという宣言を聞いたセシリアとシャルロットは目を見開き驚いている。
そして一夏と生徒会長を交互に見た後、一夏にどういうことかと詰め寄っていた。
「皆さん仲良くやってるみたいですね」
ここでようやく山田先生の登場である。
仲良くどころか、一夏を奪い合う小競り合いが始まっていますよ? 放っておけば世界大戦が勃発しそうな勢いです。
山田先生の登場に俺は安堵の息を吐きつつ今後の成り行きを見守る。
「では、時間も限られている事ですから、早速始めちゃいましょう。オルコットさんにデュノアさん、『シューター・フロー』で円状制御飛翔をやってもらえますか?」
山田先生の説明によれば、円運動を行いながらお互いを攻撃し合う。
単純に円運動をしていては相手の攻撃を受けることになる。
そこで不規則加速をし相手の攻撃を回避しつつ相手に攻撃を加える。
しかもそれは減速する事なく行われ、むしろ加速をしなければならない。
この動作を機体制御のPIC、オートバランサー的な物に頼ることなくマニュアル操作で行われる。
今時の四輪レースのマシンだってオートマなのにマニュアル操作かよ。
俺は複雑な操作をするのが得意とは言えない。
ゲームだと格闘ゲームのコマンド入力が苦手だったりする――っていうか、こんなロボが空を飛ぶ時代に機体制御をオートにすると動きがショボくなるのはどういう事だ? これはどんな不可能をも可能にしてしまいそうな人間、天才にして天災の篠ノ之束でもどうにも出来なかったのかと俺は言いたくなった。
この話は今はどこかに置いておくとして、このイベントは本来一夏の物にだったのに、俺にお鉢が回って来たのは、現段階で一夏の白式はまだセカンドシフトをしていないからかもしれない。
それに俺のISがセシリアのISと同型機で戦闘スタイルが同じだからかもしれんな。
そんなことを考えながら空を見上げる。
天気は今日も快晴。
その空でセシリアとシャルロットは円運動をしながらお互いを攻撃し合っている。
「これは……」
一夏の声が聞こえる。
「一夏くん、二人の凄さが解ったようね――」
この後の一夏と生徒会長の会話は俺には聞こえなかった。
何を話しているのかと気にしていると、空中にいる二人の動きが急にふらつき出し、体勢を崩したと思ったら二人は激突。
そのまま仲良く地上に墜ちてきた。
落下点からはドスンという腹に響く低い音がし、もくもくと茶色い土煙が上がっている。
その場所から土煙をかき分けセシリアとシャルロットが物凄い勢いで飛び出してくる。
そして向かった先は一夏の元だった。
大方、生徒会長が一夏に何かをやらかしたんだろうな。
「切りも良いようですし場所を移しますよ? ベインズくん。これからあれを今日中にマスターしてもらいます」
俺は自分の耳を疑った。
ちょっと待て。
今、山田先生は何て言った? あれを、今日中にマスターだと? しかもマニュアルでだぞ。
俺は山田先生が正気なのかと思った。
「本気ですか?」
「もう、ベインズくんは若いのにタンパク過ぎます。今夜はキミを返さないよ、くらいは言ってください」
俺に何を期待しているのか知らないが、爛々と瞳を輝かせている。
そんな山田先生は俺を逃がすつもりはないらしい。
俺の左腕にガッチリと自分の腕を絡ませると、ぐいぐいと引っ張り出した。
こうして俺は一夏たちを残して第三アリーナを後にした。
近頃の俺は山田先生のことを学園のなんちゃって先生なんじゃないかと思っていたんだが、山田真耶の本気というやつを知ることになった。
明日の太陽は拝めないだろうと覚悟したほどだ。
何と表現したらよいか……そうだな、今日の彼女は阿修羅をも凌駕していたといった感じだろう。
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