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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第三十六話『新たな約束』

 
前書き
本日のIBGMはこちら~。

○想いと葛藤
神無月の人魚(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138894

○一夏の【答え】
Music of Dream~夢想曲~(ペルソナ4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm17526024

○一 撃 必 殺 !
テーレッテー妖恋談(東方非想天則)
ttp://www.youtube.com/watch?v=-WjRjuiPjwk

○楊麗々の覚悟
予感(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138412

○なんだこれは!?
on and on(もじぴったん大事典)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm16944966

○平穏な日常
New Days(ペルソナ4)
ttp://www.youtube.com/watch?v=H0xdddtsWFg

○始まる喧騒
兇眼(アカツキ電光戦記)
ttp://www.youtube.com/watch?v=3PKNLq0OkBk

○取り戻した、暖かな日々
やさしい風がうたう(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137946

○そして、動き始める人たち
The Perfect Rose(ARMORED CORE VERTICT DAY)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm21930427

今回は選曲に苦労した……ひょっとしたら変わるかも(汗 

 
あの一夏が、鈴との約束の件について切り出した。
その声はコンソールのマイクを通じて、別の部屋にいる拓海たちの耳にも届く。
「よろしいんですか……?」
箒の横に佇むセシリアが、そっと問いかけてくる。
「な、何がだ……?」
問われた箒も、マイクには拾えない小さな声で返答する。
「一夏さん、凰さんのお気持ちに、お応えするかも知れませんよ……?」
セシリアに言われて、箒が苦み走った顔をした。
一夏に淡い想いを寄せているのは、箒も同じである。
しかし箒の場合、人に自分をさらけ出すのが苦手な性分もあって、一度として一夏に自分の気持ちを伝えたことがなかった。
幼馴染みとして普通に接することは出来ても、いざ異性として意識しだすと途端に自分に自信を失くしてしまう。それを隠そうと強がってしまうのが、恋愛におけるこの少女の弱みである。
もっとも鈴もほぼ同じなのだが、立っている地点では鈴のほうが一歩以上リードしている。
自分が一夏と離れて手の届かないうちにとはいえ、恋愛に先手も後手もない。相手の心を掴んだ方が勝者であり、敗者は潔く手を引くことで円満に収まるのだ。敗者が納得すれば、の話だが……。
そして当の箒は……、
「……決めるのは……一夏だ、私にそれを邪魔する権利なんて……ない……」
歯切れの悪い弱々しい言い方で、一夏にすべて委ねると決した。
邪魔立てが許されるなら、誰よりも箒があの場に突撃し、そうしたいに違いない。
たとえそこに修夜が立ちふさがろうと、それは問題ではない。言葉の先を言える雰囲気をぶち壊せれば、ひとまずは大成功なのだから。
でも、箒はしない。
ぶち壊したい衝動を必死に理性で組み伏せ、ただ必死に耐える。
「……何も言いだせずにいた、私の……落ち度なんだ……。どうにも……できない……」
身の内で暴れる衝動を諭すように、俯いたまま一つひとつ言葉を紡ぎ出す。
セシリアはただ、その痛ましい姿を見ているしかなかった。

――――

一同が驚く中で、ひと跨ぎの沈黙が訪れていた。
それを再び、一夏が破る。
「鈴が色々つらいことを経験している間も、俺は呑気にしてるだけで、何にもしてやれなかった。親父さんの店が火の車なのも知らずに、いつも遠慮もせずに飯奢ってもらって、お前が引っ越したのも、ちょっとした家の都合ぐらいにしか思ってなかった。だから今日、お前がどんなことを考えてこの学校に来たか知れて、ホントに良かった」
いつもとは少し違う、穏やかながら真剣な表情で鈴を真っ直ぐに鈴を見る。
その視線に、鈴の心拍数もどんどん上昇していく。
「だ、だから何? そ、それと約束にどう関係するのよ?」
期待と不安が入り混じる中、ついいつものように天邪鬼な言葉が口をついて出る。
「大体、これはあたしの問題であって、一夏が関わる理由なんて……」
「理由なら、あるだろ?」
一夏の言葉に、鈴の鼓動が一際高鳴る。
「そ、それってどう言う……?」
自分の顔が赤くなるのを自覚しつつ、鈴は思わずそう問いかける。
一夏の言う言葉の意味はなんとなく分かる。分かるのだが、それだけで納得はしたくない。
もっとちゃんとした、自分がずっと待ち望んできた【答え】が聞きたいのだ。
「お前さ、今日まで一人だけで、色々と踏ん張ってきたんだろ。あの約束を果たそうって思って、ここまで来たんだよな?」
「そっ……、そうだったかしら……?」
この場に来ても気恥ずかしさ勝ってしまうせいか、正鵠を射てもらえても返答をはぐらかしてしまう。
「分かるよ、鈴の負けず嫌いを一番近くで見てきたのは、俺と修夜だからさ」
それでも一夏は、にこやかに鈴に語りかける。
「俺さ、今はここで“千冬姉に追い付く”っていう目標のために、修夜たちの力を借りながら頑張ってるんだ。俺、物覚え悪いからみんなに迷惑かけてばっかりでさ、なかなか上手く言ってないんだよね。だからさ、お前が良ければ、これからは俺たちと一緒に、頑張ってみないか。そうすればきっと、鈴が取り戻したいっていうものも、別のかたちで手に入ると思うんだ。……どうかな?」
はにかんだ笑みで問いかける一夏に、鈴は思わず見入っていた。
そんな自分をすぐさま知覚し、慌ててしかめっ面を作って顔を背ける。
「な、なによいきなり……。そ、そんなにあたしと一緒に居たいワケ……?」
素直になり切れず、つっけんどんな言い方で返す。
「そうだな、これからはIS学園(ここ)で過ごしていくんだ。クラスは違うけど、これからはずっと一緒だ」
屈託のない笑顔で返事をする一夏に、鈴の胸はときめきを覚えるのだった。
「料理の方も、キツイ練習とかの合間とか見つけて、練習してたんだろ? 今度また食わせてくれよ。だからさ、鈴……これからは自分だけ
で背負うんじゃなくて、俺にもお前の悩みを背負わせてくれよ」
「一夏……」
一夏からの優しい言葉に、捻くれ気味な鈴も今度は正直に感動を覚える。
いつしか室内は、温かな雰囲気に包まれていた。
「よし、じゃあ決まり。明日からよろしくな、鈴。お前の料理、楽しみにしてるぜ!」
弾みをつけて放った一夏の言葉で、保健室は明るくなり、皆一様にどこか温かい気持ちになっていた。

だが――

「ちょっと待て、本題はどこだ……」
和やかに締められたと思った矢先、修夜は話の違和感を察して声を上げた。
本題とは言うまでもなく、【例の約束が一夏への告白だったと理解出来たか】である。
それが気がついてみれば、ただの良い話で終わっているばかりか、そもそも本題にすら触れられていないのである。
ぐっと睨みながら迫る修夜に、一夏は必死で笑顔を作ってとぼけてみせる。
そして一夏が返した返答は……、
「え……と、うん、毎日酢豚じゃあ飽きるから……唐揚げとか炒飯(チャーハン)とか、餃子(ギョウザ)もお願いしたいなぁ~、なんて……」
さっきまでの雰囲気を台無しにする、実に残念なものだった。
何とも言い難い雰囲気の中で、ぎこちない一夏の笑い声だけがこだまする。
そんな一夏を、修夜は無言で廊下に引っ張って行き、そして――

「師匠」
「構わん」
「……んじゃあ……………、(ぎょく) と 砕 け ろ ぉ ッ ッ !!」

戸惑う一夏を、全力で蹴り飛ばしたのだった。
蹴られた一夏は美しい放物線を描いて五メートルほどふっ飛び、顔から着地して尻だけを突き上げた何とも無様な姿で倒れたのだった。
「あとで拾ってやるから、とりあえずはそこで反省してろ……!」
どかどかと足を踏み鳴らすように去っていった修夜は、そのまま保健室の中へと消えていった。
「……まぁ、こうなるよな……」
廊下の冷たさを感じつつ、大馬鹿者はぼそりと独語するのだった。

――――

西日に染まる学園外・第三外賓区画(だいさんがいひんくかく)
学園のある人工島には、学園とは別に外部の人間が居住する区画が存在する。
第一は国務大臣など、一級の賓客をもてなすための宿泊施設。
第二は学園で働く事務員や教員らが、家族ごと住み込むため居住区。
そして第三は、候補生管理官たちが仮の宿を得て各本国への連絡をおこなうための、いわば学園と外部の中立地帯である。
その区画のとある高級アパートの一室に、エッジの効いた眼鏡の女性が、コンソールの前で本国と通信を交わしていた。
「……以上が、今回の凰鈴音代表候補生に関する報告です」
女性――(ヤン)麗々(レイレイ)の報告は、角縁眼鏡の壮年の男性に伝えられていた。
〔ご苦労だった、楊管理官。内容については、少しばかり問題が多いものだったが、凰候補生がここまでの逸材に育ったのは、我々中華人民にとって大きな収穫だろう。何より彼女が男性操縦者二人と懇意だったことは、願ってもない僥倖だ。引き続き、凰候補生の活動を補佐し、有益な情報を収拾してくれたまえ〕
楊の上官と思しき男性は、そのまま通信を切るために自分のコンソールに手を伸ばす。
「お待ちを――」
だが楊はそれを牽制するように、上官に食い下がった。
「“アレ”の中身は、どうご説明して頂けるのですか……?」
楊の一言に上官は表情をこわばらせ、手を止めた。
〔……随分と、興味深い内容だったよ〕
動作から一拍遅れてから、上官は返事を返す。
「やはりご存じだったのですね……」
上官の動きを牽制するように、楊は鋭い視線をカメラに送る。
〔そんな顔をしたところで得にはなるまい、せっかくの美人が台無しじゃあ――〕
「長官」
のらりくらりと質問を躱そうとする上官……中国IS競技会・情報部管理課長官の態度に、楊は再び牽制を仕掛ける。
あくまで態度を崩さない楊に、長官も一呼吸を置いて楊を睨んできた。
〔……清周英教官に、どうやってあそこまでの裏を取ったかは、今は置いておこう。それよりも、君は中国IS競技会(われわれ)の同胞でありながら、分不相応にも共和党政府の直下機関に盾突く気かね?〕
長官の言葉は説教を超え、既に“脅し”の意が込められていた。
楊が自分の上官に送り付けたのは、試合後に拓海から渡された“清周英の不法行為の証拠と本人による罪状の告白”だった。
長官とて、清の不穏な動きについては承知していた。しかしそれを摘発して得られるものと、現状を天秤にかけ、彼をはじめ競技会は現状を維持する選択をした。
IS後進国だった中国にとって、清がもたらしたものはあまりに大きかった。
それゆえに、たとえ清が不穏な人材だったとしても、IS先進国に追い付くにはそれに目をつむったほうが、国の利益は安定するのである。
〔正義に燃えるのは構わないが、君ほどの若輩者が暴れた程度で、現状は覆らんさ〕
低く響く長官の声が、コンソールのインカムを通じて楊の鼓膜を震わせる。
証拠を挙げて自分たちに突き付けたところで、所詮は犬死にだと、多分に威圧を込めて。
ところが対する楊はまったく焦りも怯みも見せず、冷然とした表情を保っていた。
「長官、お忘れですか。我々、代表候補生管理官には、自国の不正に対する正義において、“最後の切り札”が残されていることを……」
楊が何を言いたいのか分からなかった長官だったが、寸の間を置いて目を大きく見開いた。
〔楊、貴様……!?〕
「既に準備は終えています。後はこれを、“世界IS委員会・監理部に提出する”だけです」
部下の返答に、してやられたと大いに痛嘆する思いだった。
代表候補生管理官には、自国の不正や不穏な動向に対し、その良心と正義をもって託れた最後の権限が存在する。
それが【不正管理告発権】である。
代表候補生管理官はただの出身国への連絡係ではなく、IS学園を通じて世界IS委員会の管理下にも属する特殊な立場にある。
普段の学園からすれば、いつどこで何を仕掛けてくるか分からない“不穏分子”ではある。だが同時に、派遣された国家が彼らに不穏な命令を下さないかを監視することで、その国家のISの管理体制を査定する材料ともなる。
そしてIS学園は彼らに、自国がISによって世界秩序や人道倫理を侵害する動きを見せていると知ったときに、それを世界IS委員会に告発し、調査を緊急要請できる権利を与えているのだ。
IS学園は世界IS委員会の管理機関であり、各国家のIS競技会よりも権限は数段強い。
たとえそれが名だたる先進国のような列強国家であっても、ひとたび沙汰が下されれば、覆すのは容易ではないのだ。
しかしこの権利の発動は、自国への明らかな造反でもある。発動すれば最後、その管理官は祖国から居場所を失くし、そればかりか自分の親類縁者を巻き込み、その命の保証さえ危うくしてしまうのだ。
よってこの権利が施行されて以来、未だこの権利を行使したものは皆無である。
〔何故だ、お前ほどのエージェントが、何が目的で己の国に盾突くような真似を……!?〕
怒りと焦りを隠すことなく、長官は鋭い眼光で部下を問いただす。
対する楊は、依然として冷静さを保ったまま、理由を語りはじめる
「……正義、というのはいささか性分ではありません。ですが私も、国家の使者である以前に、一人の向こう見ずな若輩者なんです。人として、楊一族の一員として、…………一人の姉として、あの男の不義に目をつむることは、私の意に反するのです」
〔どういう意味だ〕
「……二年前、彼に妹を壊されました。代表候補生にも推薦させましたが、あまりに初歩的な操縦ミスで事故を起こし、そのまま今もベッドの上で眠り続けているんです。そのときの妹の教官が、他ならぬ清周英でした」
試合中に、楊が千冬と真耶に明かした事例の、これが本来の顛末である。
妹の事故原因を訝しく思った楊は、事故の原因を独自で調べてく内に、楊は清の生徒だった少女たちをはじめ、彼に関わった生徒の大多数が、不可解な理由で競争から離脱いていたことを掴んだ。
幸いにも情報部という部署にいる関係から、親しい関係者を通じて本命を、候補生の管理用資料に混ぜて送ってもらうことが出来た。本省に帰還した折には、暇を見つけては資料を基に脱落者たちを訪ね歩き、実状の収拾に勤しんだ。
そこで明らかになったことこそ、清の催眠実験による悲惨な被害の実態であった。
清の門下であったものの、現役で代表候補生を続けている者たちは、清の実験の効果が薄かったものであり、幸いにもその毒牙から免れたというのが、実際のところである。
つまり彼女たちは、清からしてみれば【二割の失態】なのだ。
この事実を掴み、楊麗々は人として、なにより一人の少女の家族として、清を中国IS競技会から追放する決意を固めた。
成し得ない場合には、最悪、諸共に果てる覚悟もあった。
ところが清と接触する機会に恵まれず、何より清を糾弾するために必要な決定打が、まだ用意できずにいたのだ。
そんな彼女にとって、拓海が白夜と黛から得た取材資料は、不倶戴天の敵を討つために欲してきた“必殺の刃”であった。
内容は、清のこれまでの行状の一切を訊き出した音声と、清のタブレットにあったそれらに深くかかわる証拠画像だった。
拓海が取材資料の内容の如何について、Aモニタールームの千冬に相談を持ち込んだことは、楊にとっては“今こそ誅す時”という天啓に他ならなかった。
ゆえに彼女は、拓海に自分の素性と持てる資料の一切を開示し、取材資料の譲渡を願い出た。
自身がそれをもってして、道連れ覚悟で清を引きずり落とす計画も、何もかもを明かして……。
「家族や知人を人質に脅されるならどうぞ、本より不徳によって地獄に堕ちる覚悟は既にあります。刺客もどうぞお寄越しくださいませ、もっともIS学園内で不審死が起これば、おのずと問題も明るみになりますが。それからこの一件はもう、握りつぶすには遅いかと。何せ織斑千冬教員が学園側に通達し、彼女に証人となってもらえるよう、了承を得ています。彼女の権限を、一教員と同等と見做すのは不当ですよ?」
覚悟も、決意も、態勢も、楊は完全に固めて来ていた。
今さら即刻の解雇を言い渡したところで、それが承認される頃には委員会に告発が届いている。元世界最強(ブリュンヒルデ)の擁護を得て一度告発が届いてしまえば、腰の重い委員会でも動かざるを得ない。
逃げ道があるとすれば、清周英にことの責任の一切をなすりつけ、競技会から一方的に追放する、その一手のみ。
やむを得ない犠牲だと、放埓な実験者の蛮行に目をつぶり続けてきたツケが、いま目の前で返ってきたのだ。
「長官、ご返答を」
これまでにない冷血な表情で迫る部下に、長官は歯噛みするばかりだった。

――――

修夜と鈴の試合からおよそ五日後の昼過ぎ、IS学園はいつものような平穏を――

「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁあっ!?」

……取り戻してはいなかった。
「おい、一夏。これは一体何なんだ!?」
大声で叫ぶ修夜が手にしていたのは、クラスメイトがたまたま入手した校内新聞だった。
入手したクラスメイトが、記事の真偽を問うために修夜に持ってきたのだ。
新聞の編集・刊行の責任者は、あの黛薫子だ。
一面と二面は先日の試合を大きく報じているのだが、問題は四面の隅に描かれた「ちょびっとスクープ」という小欄のコーナー記事だった。
『新事実!? 期待の新星はお姉様がお好き!』
そう題された記事には、修夜自身を弄り倒すような内容が書かれていた。しかも取材協力者に“噂の美女B女史”という、どう見ても白夜と思しき後ろ頭の写真が掲載されている。
「何って……、ゴシップ記事だろ?」
机に頬杖を突きながら、何とも言えない表情で一夏が受け答えする。
「ゴシップだろうがなんだろうが、何で師匠があの副部長に協力してんだよ!?」
「知らないよ、そこまでは!?」
完全に八つ当たりな修夜の質問に、さすがの一夏もツッコミを入れる。
(そもそも、記事の中身が何とも言えないから、どうしようもないというか……)
記事は四百字程度の短いものだが、それを要訳すると『修夜は年上のグラマラスな女性が好みである』という風に書かれているのだ。
そして一夏がこれを否定しきれないのは、現に千冬と白夜に対する態度が、他の年上の人物よりもかなり柔和だからである。
もっともこの二人は、修夜を越える実力を兼ね備えた、“世界一おっかない美女”とも言い得る強烈な人物たちでもあるのだが。
(それでもなぁ、修夜の場合“あの人”には、すご~く甘いからなぁ……)
実は修夜には、先の二人を超して“対応が甘くなる人物”がいる。
一夏はそれを知るが故に、どうしても黛の記事を否定しきれずにいるのだ。
何よりその人物を含めた三人には、『年上・美女・スタイル抜群』という、紙面の文面に真実味を与える共通項が存在している。
「今回は諦めて、みんなが忘れるのを待ったらどう? 人の噂も七十五日っていうし」
「待てるかっ、さっき二年の先輩の集団に追いかけ回されたばっかりなんだぞっ!?」
「えぇぇ……」
いつになく平静でない修夜の態度に内心で戸惑う一夏だが、その原因が白夜にあることは薄々だが感じていた。
愛情表現として弟子を弄り倒す、それが白夜の日課である。
そんな弟子馬鹿な白夜の人柄を知るが故に、諸事においていまいち鈍い一夏でも、修夜が我が師の悪ふざけに頭を抱えているのが理解できたのだった。
(修夜、この先どんだけ持つだろう……)
一夏がそんないらぬ心配をするのは、鈴との保健室での対談を終えた直後に原因があった。

――――

一夏を蹴り飛ばし、保健室に戻った修夜が見たのは、依然としてグズグズの雰囲気を引きずる微妙な表情の一同だった。
何とも言えない雰囲気の中、とりあえず鈴に伺いを立ててみる。
鈴の方はというと、「期待したあたしが馬鹿だった」と返事したまま、ぐったりとしていた。
コンソールにも部屋の隅でうずくまる箒と、それに寄り添うセシリアの姿が、画面の隅にチラッと映っていた。
「……とりあえず、この話はここで切ろう。部屋割りの件は、また後日だ」
頭をかきながら溜め息をつく修夜に、一同は無言で同意するのだった。
しかし修夜には、もう一つ片付けるべき件がこの場に存在した。
「あと師匠、……その女の子は誰なんですか?」
それは白夜の背後にぴたりと引っ付く、小さな影。
実は鈴との対談向かう時からいたのだが、ツッコミ担当の修夜をして、なんとなくツッコミづらい雰囲気を相手から醸されてしまい、今の今まで様子見をしていたのだ。
腰まで届く銀髪、宝石のように赤い紅茶色の瞳、人形のように整った愛らしい顔、どことなく掴みどころのない不可思議な気配。
鈴との会話中も、修夜が一夏を蹴り飛ばした時も、少女は白夜に寄り添って微動だにしなかった。
修夜に問われたことで、ここでようやく白夜が小さな少女について語りはじめた。
「こやつの名は【紅耀(くよう)】、わしが昨日までの旅の道中で拾った子でな。身寄りもないうえに、身の上が少しばかり複雑なんで、引き取って面倒を看ることにしたんじゃ」
そう言いながら少女――紅耀を自分の前に引き出し、皆の前に披露目する。
紅耀も白夜の手に引かれるまま前に出ると、一同をじっと見据えた後、小さな声で挨拶したのち一礼した。
「引き取るって……、飯はどうするんです? 師匠が作れるのは、精々焼き物とおにぎりと雑炊ぐらいじゃないですか……」
家事に疎いとはいえ、修夜が厨房に立てるようになるまでは白夜が食事を作っていた。だが修夜の言った献立以外だと、あとは刺身と冷ややっことサラダが限度であり、それ以外はスーパーの惣菜で凌ぐ日々が続いたのだ。
今となっては料理に一家言を持つ修夜にとって、目の前にいる小さな少女が“雑な食事”で育つことは、自分の倫理観において思うところに触れるのである。
ところが釘を刺してきた弟子に対し、師匠はとんでもないことを口にした。

「だからのう、お前に預けに来たんじゃ」

一瞬にして、場が凍て付いた。
「…………ぇ?」
「だから修夜、今日から紅耀を【お前の義妹とする】から、家族として兄として、ゆくゆくは【嫁の一人】として、しっかりと面倒を見るように!」

「……な……、な ん だ と ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ お お っ!?」

とんでもない話である。
ある日育ての親が女の子を拾ってきたら、その子を自分の義妹にされたばかりか、将来の伴侶にされてしまい、挙げ句はその面倒を看ろという、理不尽の三段セットが待っていたのだから堪ったものではない。
だが白夜の理不尽はこれに留まらなかった。

「あと、わしもここで暮らすことになったんで、色々とよろしゅうにのう」

一同が、一斉に口から「え」の音を零した。

「…………暮らす?」
「うむ」
「……師匠が?」
「丁度、学園専属の整体師を募集していたらしくてのう。この厚生棟の二階の空き部屋を借りて、久方ぶりに『白尾整骨院(しらおせいこついん)』の業務再開じゃよ」
「……マジで?」
「マジじゃよ、大マジ。ちなみに寝泊まりは、千冬たちと同じ場所じゃよ」
「…………悪い冗談というオチは……?」
「うむ、ない!」

保健室の面々はおろか、画面の向こうの拓海さえ、驚愕の表情のまま完全に固まっていた。
そして……、

「そ ん な 馬 鹿 な ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ っ !!」

この日、これまでで一番の修夜の絶叫が、学園中に響き渡ったのだった。


――――

以降、どうやって許可を通したのか、修夜の部屋に紅耀も住むことが決定。人数の関係から、やむを得ず面積の広い寮の角部屋を改装し、そこを三人部屋にして、修夜・一夏・紅耀の三人で生活している。
拓海をして「先生の人脈は未知数」と言わしめる仁であるため、学園の運営本体に知人がいても不思議ではない、というのが修夜たちの見解である。
もっともこんな無茶無謀を許容させた辺り、相当な影響力のある人物とのパイプを使ったとしか思えないが、それがどんなレベルの人物かはさすがに検討の付けようがなかった。
「まったく、帰ってきて早々にこれだからなぁ……。あ~、もう、やっと大名行列から解放されたと思っていたのに……」
「入学したての頃よりはマシじゃん。あのときは寮を出てから帰るまで、先輩も同年代も関係なく、四六時中べったりだったし」
「そもそも、何の根拠があってこんなゴシップなんぞ……」
根拠なら大アリだとツッコミたかった一夏だが、言うと先日の二の舞を演じかねないので、愚痴る修夜に応じて苦笑するのだった。
「それより、“くーちゃん”の方はいいのか、修夜?」
「あぁ、“くー”ならあそこだよ……」
修夜の指差す先にあったのは、クラスの女子に囲まれる紅耀の姿だった。
「ホント可愛いよねぇ~」
「ねぇねぇ、お菓子食べる?」
「うちの妹もこれだけ可愛かったらなぁ~……」
黄色い声で騒がれる中心で、紅耀は相変わらず無表情で頷いたり、ときどき小さな声で受け答えしたりしていた。
修夜たちとの共同生活が決まったのはいいものの、修夜も一夏も日中は授業とISの自主練習で寮には不在だ。だからといって寮で留守番させっぱなしというのも、紅耀には良い影響ではない。
そのため千冬を拝み倒し、適当な預け場所が見つかるまで1組の教室で預かることにした。
女子が余計なことをしないか気に掛けつつ、修夜は紅耀の様子を窺う。
その佇まいは、もう既に妹を心配する兄として堂に入ったものだ。
「何ていうか、すっかりお兄ちゃんだな」
「まぁ、突然とはいえ、くーも師匠が拾ってきたからには色々あったんだろうさ。嫁候補云々は置いておくとして、家族になったのならそれ相応に接してやるのが当然だろう」
「色々ねぇ……。ホント、不思議な子だよな、くーちゃんって……」
一夏が呟いたのは、紅耀の“不可思議な能力”ゆえであった。
紅耀が1組で預かることになった初日、ISの教養科目で山田真耶が教鞭を執ったときである。
黙々と授業が進んでいく中で、ふと教室の隅に座っていた紅耀が手を挙げたのだ。
何のことかと思い、真耶も何気なく当ててみたところ、紅耀が思わぬことを口にした。
「……そこの解説、ちょっと違います」
目を丸くした真耶を余所に、そこから紅耀は立て板に水で、しかも教科書も無しに真耶の解説に訂正を入れていったのだ。
これにはクラス中ばかりか、授業の補佐に入っていた織斑千冬すら唖然とした。
ISの授業だけではない、数学の授業においても応用問題の例題をあっさりと解いて見せるという、十歳を過ぎた少女とは思えない驚異的な知識と教養を披露してみせたのだ。
この規格外ぶりは学園教員陣の話題となり、彼女のもう一人の兄とも言える拓海も、その能力の実態に興味を示した。
その翌日、急遽数人の教員たちで基本科目とISの知識に関連する試験を決行する。
そしてフタを開けてみると、一般教養においては日本の高校生の卒業レベル、ISの知識に至っては技術面での複雑な知識を除いてほぼ完璧と、教員たちの度肝を抜く結果となった。
ISの試験問題に一枚噛んだ拓海によれば、紅耀の知識は公認操縦者としての指標に近いものだという。つまりIS操縦を職業とする人間のそれに限りなく近いというのだ。
これを受けて、学園側も紅耀に詳しい身上を訊き出そうとしたが、当の紅耀が「先生に許可してもらわないと駄目」の一点張りで、取りつく島がないらしい。
結局、現在は『要観察』ということで1組で預かりつつ、学園側の沙汰を待つ状態である。
近いうちには実機操縦試験もおこなうらしく、運営側の判断次第では、特例によって最年少入学者となる可能性も視野に入っているらしい。
「ホント、ここ数日すご~く“濃い”感じだったよなぁ」
「鈴の転入に始まり、部屋替え事件、お前の特訓、クラス対抗戦での無人機の乱入、んでこの前の試合にくーと師匠の移住……。濃過ぎるだろ……」
そんなことをぼやいていると、廊下の方から大きな靴音が響いてきた。
「ちょっと修夜っ、何のこの新聞っ!!」
見覚えのある少女が、扉を壊さんばかりの勢いで開きながら、大声で怒鳴り込んできた。
右手にはなにやら、赤い布に包まれた物を持っていた。
「な……なんだ、鈴?」
目を三角にしながらドカドカと詰め寄ってくる鈴の迫力に、一夏はとっさに身を反らせる。
そのまま鈴は一夏の机に辿り着くと、例の新聞を叩きつけ、思いっきり修夜を睨み付けた。
「たしかにあの試合で負けたのはあたしだけど、それでもこの記事は何なのよぉ!!」
鈴が激昂しているのは、先日の試合と、さらにその前の無人機の乱入に関する記事について。
何せ一面から三面のうち、記事の内容の六割ほどが修夜、二割五分が一夏についてで、当の鈴にまつわる記述はたったの一割程度なのだ。
ちなみに残りの五分は、黛の取材を通じての考察である。
書かれ方も淡泊で、彼女の大まかな経歴と試合の様子のみと内容は薄く、他の記述に負けて完全に存在感を失っていた。
「知るかよ、文句ならあの副部長に言ってくれ……」
眉をひそめながら、修夜は鈴を睨み返す。
「書いたヤツのこと知ってるんだったら、そいつの居場所を教えなさいっ!」
「知らねぇよ、二年生のいるフロアなんて行った覚えもないっての……!」
大層ご立腹な鈴と、不機嫌のただ中である修夜のガンの飛ばし合いに、一夏が「まぁまぁ」と宥めすかしながら割り込んでいく。
「ちょっと凰候補生、待って下さいよ!」
さらにそこに、少し小柄な灰色のパンツスーツを装った、ボブカットの女性が入ってきた。
「もう、勝手に飛び出していかないでください。大事なお話の途中だというのに……」
見慣れない女性の存在に、修夜の一夏も疑問の色を顔に表す。
「……孫さん、少しは落ち着いてよ」
「え……、あっ、あぁ、申し訳ありませんっ!」
鈴を追うことに必死だったらしい女性は、姿勢と態度を改め、二人の目の前にたった。
「申し遅れました、わたくし(スン)梅花(メイファ)といいます。凰候補生をはじめとした候補生たちの管理官として、先日急遽着任した次第です。どうぞよろしくお願いします」
軽く頭を下げつつ、孫管理官は丁寧な挨拶をした。
「……って、あれ? 何故ここに男性が?」
「孫さん、だからこの二人があたしの言っていた、幼馴染で男のIS操縦者よ……」
「え……、えぇ、なんとっ!?」
少々素っ頓狂なリアクションに、鈴も思わずため息をついてしまった。
「もうしっかりしてよ、楊管理官はもっとちゃんとしてたわよ?」
「す、すみません、なにぶん不慣れでして、楊先輩のようには、まだ……」
おずおずと返答する孫に対し、鈴は呆れながらもそれ以上責めようとはしなかった。
「はじめてみるなぁ、代表候補生管理官って……」
「まぁ、本来は生徒の皆さん方の前に出ることは、滅多にありませんから」
はにかみながら一夏に答える孫を見て、ふと修夜が一言を口にした。
「孫さん、だっけ?」
「はい、なんでしょう?」
「急遽来たとか、楊って人がいたとかって言ってけど、その楊管理官はどうしたんだ?」
「え、あぁ、その……」
「……辞めたわ」
「え?」
「ちょっと、凰候補生……!?」
「昨日、家庭の事情で仕事をやめるって言ってたわ。ついでに清教官も、一緒に辞めさせられるみたい」
楊は代表候補生管理官を辞めていた。
同時に清周英も今までの放埓が祟ったのか、中国の競技会から強制帰還命令とともに、辞職命令を下されたのだという。
その代打として召喚されたのが、楊の部下で二年下の後輩である孫なのだ。
「清教官が辞めさせられるって、なんかやらかしたの?」
「……拓海がね、念のためにあたしの甲龍を調べさせてくれって言ったから、楊管理官も立ち会って色々調べてみたの。そしたら、出てきたのよ……」
「出てきたって……?」
「……甲龍のデータと、頭部分のインターフェイスから、催眠プログラムと脳波をコントロールする電極が……」
「えぇっ!?」
鈴からの言葉に、質問した一夏は驚きとともに身を乗り出す。
拓海が白夜と黛の掴んできた証言を基に、甲龍のプログラムと各パーツを綿密に検査したところ、録音データの証言と寸分たがわす、明らかな不正工作の証拠がそこにはあった。
立派な競技規約違反であり、どれ程の功績があろうととも、一発で懲戒免職となる重大かつ深刻な不正行為である。
楊の特攻覚悟の造反を後押しするかたちで見つかった証拠は、すぐさまIS学園に報告され、さらに世界IS委員会のIS競技連盟を通じて中国IS競技会に通達された。
当の中国側はというと、「すべて清教官の独断、こちらは認知していない」と、あっさりトカゲの尻尾を切ったのだった。
これにより、清周英は懲戒免職の上に教員資格を剥奪され、さらに競技会からの永久追放が下されたのだった。
甲龍については、拓海と学園の技師たちによって不正部分を排除し、再調整したことで、今後も鈴の専用機として運用される。
「まぁ、因果応報だな。さしずめ手柄に目が眩んで、余計なことをやってきたツケだね」
しれっと言い放つ修夜の言葉を聞いた一同から、それ以上の話題の広がりはなかった。
各々の胸中は複雑だが、それでも降るべき罰は、然るべき者に下ったのだ。
「あ、そ……そうだわ……!」
不意に、鈴が何かを思い出したかのように、右手に持ったものを一夏の前に差し出した。
「はい、言ってたの」
「え?」
「酢豚よっ、あとそれから炒飯と唐揚げと餃子もっ!」
「あ……、あぁっ!」
「『あぁっ!』、じゃないわよぉ!」
照れ隠しに怒鳴り散らす鈴が持ってきたのは、平たく言えば中華弁当である。
試合終了後の対話で、一夏が鈴にリクエストしたものだった。
「お前……、アレだけひどかったのに、律儀だな……」
「うっ、うるさいわね……!」
「感心してんだよ、ある意味……」
余計な一言を言いながらも、あれだけひどい返答にもへこたれない鈴の根性に、修夜は呆れつつも素直に驚いていた。
普通ならあの状況は、“百年の恋も冷める”と言われて然るものなのに、だ。
「うん、ありがとうな、鈴!」
「べ……別に、食べたいって言ってたから、練習のついでに作ってみただけだし……!」
素直に喜ぶ一夏に対し、鈴の方は相も変わらずである。
「それじゃあ、ちょっと……」
「おい、さっき学食で食べてきたところだろ。腹壊すぞ?」
「いいじゃん、いいじゃん。ちょっとつまむぐらいさ」
修夜がたしなめるのも聞かず、一夏はいそいそと包みを広げ、弁当箱を開ける。
「おぉ……!」
するとそこには、箱の四割五分ほどを黄金色のチャーハンが、残りのスペースに酢豚・鶏の唐揚げ・餃子が敷き詰められていた。しかもレタスを間仕切(まじき)り代わりにするという、ちょっとした栄養バランスへの気配りもみせている。
「うわぁ、美味しそうですねぇ~……」
隣にいた孫管理官も、思わず感嘆の声を上げた。
「……鈴のクセにやるな」
「ちょっとあんた、ケンカ売ってるの!?」
修夜もどこか悔しそうに唸るものの、言い方のせいで鈴は癇に障っていた。
「それじゃ、ちょっといただきま~す!」
そういって一夏は意気揚々と箸箱から箸を取り出し、真っ先に酢豚を取って口に運ぶ。
豪快に一口で放り込んだ豚肉を、じっくりと咀嚼する。
その間、皆一夏の反応を待ち、寸の間の沈黙が訪れる。
充分に肉を味わい尽くし、一夏の口から喉、胃へと豚肉が落ちていった。
「うまい!」
飲み込んですぐに、満面の笑顔で言い放った。
声を聞いた鈴は、歓喜にうち震えたようで、転入以来見せたことのない、感動に満ちた微笑みを見せた。
「美味いよ、鈴。どことなく親父さんの味付けとかによく似てる!」
「と……、当然じゃない。お父さんの味を、あたしなりに再現したんだから」
絶賛の声を上げてくれる一夏だが、鈴はどうしても照れて素直になれなれず、微笑みを引っ込めてしかめっ面を装う。
「一夏、一口良いか?」
「うん、いいよ」
「あっ、ちょっと!?」
喜びに浸る鈴を尻目に、修夜が爪楊枝に刺さった唐揚げをひょいっと頬張った。
一夏の時とは違い、何かを探るように眉間を寄せて味を確かめていく。
随分と噛みしめたのち、唐揚げだったものを喉の奥に流し込んだ。
「……なるほど、確かに良い線いってる。けど親父さんに比べて肉が少し硬い、揚げ過ぎだな」
バッサリと降した修夜の評価に、鈴が思わず渋い顔をする。
料理人・真行寺修夜にとって、鈴の父親は一つの目標でもある。
その味についても随分と研究を尽くし、その技を盗もうと通い詰めた時期もあった。
ゆえにこの中で、最も客観的に鈴の店の味を熟知しているのが、実は修夜なのだ。
「何よ、練習のついでって言ってたでしょ。勝手につまみ食いして、そこまで言う!?」
「練習だろうが、他人に食わせる以上は味に責任は持つべきだ。言い訳は無しだぜ?」
「こんの……!」
言い返そうにも、料理での経験値では修夜に圧倒的な分がある。下手な反論はすべて打ち返されるだけである。
しかしここで、やはり“嫌味の神”は悪戯を働かせ、鈴に反撃の一手を閃かせた。
「……そう、なら、あんたの好みが『年上のお姉様』って事実にも、もちろんあんたなりの責任は持てるんでしょうね?」
「はぁ……!?」
思わずムッと来て反応したのが、修夜にとって運の尽きだった。
「えぇっ、ナニ、自覚症状とか無いの、うっそ~!」
「てめぇっ、こんなゴシップ記事を真に受けてんじゃねぇ!!」
「えっ……、あんた本気で自覚ないの?」
念のためいっておくが、鈴も修夜の年上女性への態度の軟化は薄々感じていたらしい。
ところが当の修夜は、自覚どころかまるで認識できていない様子なのだ。
「……ごめん、ちょっとそれマジでないんだけど」
「うるせぇっ、俺のどこが年上好きだ!?」
「いやいや、修夜……。どこからどう見てもだよ」
「黙ってろ一夏っ、朴念仁のクセしやがって!」
「え……っと……」
「孫さん、何で顔赤くしながら後ずさりしてんですか……!?」
修夜のキレのあるツッコミが教室に響き渡る。
それに引き付けられてか、段々と人が集まりだす。
「大体、飯時も過ぎたぐらいで弁当持ってくる奴がいるか、馬鹿!」
「馬鹿とは何よっ、育ち盛りなんだからこれぐらい余裕でしょ!?」
「そういう()推量(ずいりょう)が周りの迷惑かけてんのを、お前こそ気付けよっ!」
そして、いつものようにヒートアップしていく。
「私がいつ、当て推量なんてしたのよ!?」
「やったじゃねぇか、今まで散々、修学旅行でバスに乗り遅れたときもだろっ!?」
「あっ、あれはホントに間に合うはずだったんだからっ!」
「そういうのを当て推量って言うんだよ、このすっとこどっこい!」
「ナニよっ、このむっつりスケベ!!」
「ぁんだと、コロポックル!?」
「なんですって!?」
「やんのかっ!?」
「いいわよっ、放課後のアリーナに予約入れておくから、そこでボコボコにしてあげるわ!」
「上等だっ、今度は『ソニック』で手も足も出ないうちに蜂の巣にしてやらぁ!!」
二人が啖呵とメンチが交差するなかで、一夏はそそくさと弁当をしまい、放課後のお楽しみにするのだった。
「やっぱり、二人とも仲が良いなぁ~」
「「どこがだ(よ)っ!!」」
呑気な一夏に、二人がお決まりの一言を放つのだった。


それは一年と少し前まで、いつものようにあった、あの日あの時の情景である。
やっと少女の中で、あの時に外れた時計の歯車が噛み合い、時間を刻みはじめる。
一人じゃない。
ムカつくヤツもいるけど、あの地獄じゃ触れ得ない温かみがここにある。
今度こそ、掴み取ってみせる。
家族三人と、一夏と過ごす、幸せな未来を。


いつか、きっとこの約束を果たす、そう決心して――






――――

時を遡ること、三日前。

西日の射す校舎の最上階の一室で、三人の生徒が集まっていた。
部屋の内装は生徒たちの教室とは違い、高級な戸棚や調度品で揃えられた、一種の執務室のようだった。
その部屋で窓を背に、これもまた重厚な木造の事務机で、いかにも座り心地の良さそうな事務椅子の手すりに肘をかける女性が一人。
その隣には、直立で佇む別の女性がいた。
「以上の報告が、今回の騒動における事の顛末で~す、【会長】」
タブレットを操作しながら、【報告】を済ませる一人の女子生徒……布仏本音。
二人の女性とは逆に、机を挟んで少し離れた位置に立っていた。
「なるほど、ね。収まるべき所に収まったというわけね、セシリアちゃんの時と同じように……」
それを聞き終えた【会長】と呼ばれた少女は、微笑を浮かべながらそう答える。
「やっぱり、興味深いわね、彼は……」
そう呟く彼女の心中は、溢れんばかりの好奇心で満たされていた。
僅か一月弱で、代表候補生二人を相手に勝利し、しかも其々が起こした問題を解決させるにまで至らせた。
ましてや、もう一人の男性操縦者である織班一夏や、その姉であり元世界最強(ブリュンヒルデ)である織班千冬と知り合いであり、“あの”蒼羽技研の主任と家族だという。
これで興味を持つなという方が無理というものである。
「会ってみたいわね、彼に」
「じゃあ、やっぱり……?」
彼女の呟きを聞いた本音は、そう問いかける。
目の前の少女が何を考えているのか、分かっていると言うような雰囲気を込めながら……。
「ええ……近いうちに会って、見定めるわ。彼の人柄と、【あの件】を任せるに足りうる人物であるかどうかを……ね」
そう言って、少女は席を立ち、窓の外に目を向け……。
「見せてもらうわよ、【真行寺修夜】くん。君が、私の期待する人物なのかどうか……」
そう呟く口元を、希求(けく)と書かれた【扇子】で隠しながら……。

「あの娘の心を開くことが出来るかどうかを……ね」

期待を込めた声色で、それを口にした。
 
 

 
後書き
というわけで、鈴編の一括投稿終了です。
投稿感覚が長引いてしまい申し訳ない。

ではでは 
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