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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第三十五話『風光る』

 
前書き
本日のIBGM

○Bモニタールームの一幕
New Days(ペルソナ4)
ttp://www.youtube.com/watch?v=H0xdddtsWFg

○雨上がりの戦場
Heaven(ペルソナ4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm11530261

○晴れし心、降り注ぐ光
SMILE(ペルソナ4)
ttp://www.youtube.com/watch?v=SuwQjZ3ZAxE

○語られる過去
幽境(東方萃夢想)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm17870195

今回は東方曲を入れてみました。
考えてみれば、シューティング系列も最近ストーリー性があるから曲豊富なんだよな……東方は特に(汗 

 
「試合時間、残り十三秒。シールド残量、八十六……。あの戦いでなら、まずまずかな?」
Bピットルームで試合を記録していた相沢拓海は、相棒である真行寺修夜の戦いを端的に評していた。
紆余曲折あった試合だったものの、最終的にはそれらしいかたちに落ち着いた。
(しかし途中での鈴の深層同調稼働(ディープシンクロドライブ)とは違う、最後のあの動き……。どうやら下手な小細工がなくても、そこに辿りつけたみたいだね)
Aモニタールームの一同のように、拓海もまた鈴が最後に見せた力に当たりを付けていた。
その顔は、どこか満足気にも見える。
「遅くなったのう」
不意に部屋の扉が開いたかと思うと、そこには先刻にこの部屋を出て行った仁が立っていた。
そして傍らには、どこかで見覚えのある黄色いリボンの女子生徒がくっついている。
「白夜先生……と、黛さん……でしたっけ?」
「あら、君は真行寺君の隣にいた、え~っと……」
「修夜のISの調整を担当している、蒼羽技研(そうはぎけん)開発部主任の相沢拓海です」
「蒼羽……、あの今、赤丸急上昇中の総合技術企業“志士桜(ししおう)グループ”の……!?」
「はい、そこのIS技術部門で色々とやらせてもらっています」
一応、一夏のクラス代表就任パーティーで、二人は会話を交わしてはいたが、拓海自身が黛に自己紹介をするのはこれが初めてである。
「すごい! ちょっと、歳はいくつ? どうやって志士桜グループに入社したの? 蒼羽技研って謎も多いから、特に、特にその辺を詳しく……!!」
拓海の素性を聞くや否や、黛のジャーナリズムに火が付いたのか、捲し立てるように拓海に質問を投げかける。
その勢いに、さすがの拓海も少しばかり仰け反った。
「はいはい、その辺りで止めておけ。先ほど“大物を釣り上げた”ばかりじゃろう?」
だが白夜が黛を制止してかかると、黛も残念そうにしながらもすんなりと引き下がった。
「それで、先生は何をしてたんですか。試合の後半から姿がありませんでしたし、帰ってきたら黛さんを連れていて、しかも妙に仲が良さそうですし……」
居住まいを正しながら、拓海は白夜に率直な質問をぶつける。
白夜の方はというと、自分が元いた席に戻って呑み直そうとしはじめている。
ついでに黛も、白夜の隣にちゃっかりと陣取っていた。
「先ほど、鈴が妙な動きを見せたじゃろう。あれの“臭いの元”を絶ってきた」
拓海からの問いに、とてもざっくりとした返答をする。
そして拓海に向かって、なにやら棒切れのようなものを投げてよこした。
「これはUSBメモリー……、いや小型のボイスレコーダー……?」
「ちょ、ちょっと白夜さん……、もっと丁寧に扱ってくださいよぉ!?」
せっかく貯蓄をはたいて買った新型をぞんざいに扱われ、黛は思わずうろたえる。
「黛さんの私物、ということは……」
少し眉間にしわを寄せつつ、拓海は黛に視線を向ける。
向けられた方は、自分の所業を見透かされたと感じ、ぎこちない態度になっていた。
「まぁ、そういじめてやるな。こやつがおったお陰で、面倒な段取りを省けそうじゃし」
白夜はそう言ってあいだを取りなし、拓海もそれに従って追求はしなかった。
「それで、肝心のこれの中身はなんです?」
「ま、簡潔に言えば、“鈴を(たぶら)かしておったうつけ者”の尻尾じゃよ」
これまた、妙な回答が飛んできた。
「この会場内で、ひと際気色の悪い気配を放っておる輩がいたんでな。そやつの気の向けている相手が鈴であったのと、その気配がより濃くなったのがあの拍子だったのでな」
普通に聞いていると、まるで内容の見えない話だが、育ての親の話し方から拓海は、アリーナ内に鈴の異変の元凶が潜んでいたこと、それを白夜が持ち前の“常識外れな第六感”で探り当てたということ、と理解した。
「つまりこれは、その尻尾さんの悪事が収められた証拠――というわけですか」
「そんなところじゃな。ついでに写真も何枚か、頂いておいたしのう」
飄々と答えつつ、白夜は重箱に残っていた出汁巻き卵に箸を付けていた。
「でもすごいですよねぇ、白夜さんがちょっと目力(めじから)を加えるだけで、なんでも喋っちゃうんですから。私もアレぐらいの目力があれば、もっとスマートにネタを掴めるかも……!」
「なら精進することじゃな、魅力的な女になりたいなら焦らぬことじゃよ」
白夜の仕様(しざま)を思い出して意気込む黛を見て、当の白夜は愉快そうに笑う。
(目力……)
拓海は黛の一言に心当たりがあった。
修夜曰く、白夜は瞳術(どうじゅつ)が使えるらしい。
瞳術とはいわば“眼力による魔法”であり、睨んだ相手に様々な作用を起こす力である。
有名なのは、ギリシャ神話のメデューサが使う“石化”であろうか。
とにかく、白夜の目に魅入られたものは、何の疑いもなく自分の秘密を明かしてしまうらしく、あるとき修夜が問いただしたところによれば、そういう術を使っていたというのだ。
「……先生、あまり奇抜な言動は慎んでくださいね。ここは並の世間とは違うんですから」
溜め息交じりに忠告する拓海に、白夜は杯を傾けながら「わかった」と軽く返した。
まるで反省のない態度だが、彼女が家族からの言葉は守る性分なのは理解しているため、拓海もそれ以上強く諌めるはしなかった。
「さて、この音声データと黛さんが撮ったという写真、どうしたものかな……」
拓海は思案げにボイスレコーダーを眺めながら、思索に(ふけ)りはじめた。
まだ何が収められているかは分からないが、少なくとも鈴の身に生きた出来事の、最後の一片を知る手掛かりなのは間違いない。
そしてこれは白夜の言う“うつけ者”、ひいては中国IS競技会にとっても好ましくないものに違いない。
だが証拠として提出するには、恐らくまだ弱い。写真を突きつけても、舌先三寸で躱されれば元も子もない。
そもそも、この中身が有効なのか否かも分からない。
白夜が投げて寄越したのも、どういう意図があるのやら。
(うろうろと考えていても仕方ないか……)
――分からないなら、実際に試してみればいい。
悩むだけより進むことの方が大切なのは、いつも自分に言い聞かせていることであった。
「先生、黛さん、この中身は拝聴させてもらっても構いませんよね?」
とりあえず実行者二人の許諾を得るべく、拓海は二人に向かって問うた。
「構わんよ。……というか、どうもISの専門用語のような話ばかりで、頭が痛くなりそうでな。餅は餅屋に頼もうと思うてな」
「私も横から聞いていたけど、何がなんだかさっぱりで……」
質問に対し、渋い顔を浮かべる白夜と、苦笑いする黛であった。
実は白夜、精密機械にはあまり明るくない。
パソコンでのネット検索やタブレットフォンの操作など、日常で使用する機械も大体の使い方を覚えているが、拓海のように本格的な使用は性に合わないらしいのだ。
器財の持ち主も、特ダネは掴んだものの、その中身が専門的過ぎて理解不能だったらしい。
「……わかりました、やってみます」
最初から当てにされていたことを知り、苦笑も浮かべながら、拓海は自分のコンソールの差し込み口に、ボイスレコーダーの端子を繋いだのだった。

――――

第一アリーナ、フィールド内。

雨上がりの日差しが差し込む絵画のような風景の中、少女は手に持った剣を杖にして寄りかかり、ただうなだれていた。
――負けた。
さんざん息巻いておきながら、定石も秘策も打ち崩され、最後はこの様である。
(ダサい……)
自分の情けなさが身に染みてくる。
周りは自分のことをどう見ているだろう。
やはり本省と同じように、口だけの愚か者と見下しているだろうか。
本省……そう本省の、この結果を見た競技会(うえ)はなんと言うだろう。
IS学園(こっち)に出る際に、今までの誰よりも成果を上げてみせると大見得を切った以上、初戦がこの様では本国に強制送還されることも考えられる。
そうなれば一夏と二人だけで過ごせたためしもなく、あの堅物女に一夏の隣を取られたまま、すごすごと退散することになる。
結局は何も成せないまま、敗者として去るだけだ。
(本当に、あたしってダサい……)
正直言えば、とても泣きたい。
でも泣いたらきっと、二度と立てなくなる。だから堪える。
今は敗者らしく、この場からさっさと消えてしまうのが筋というものだ。
気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな体に鞭打ち、この場を去ろうとカタパルトの方を向いた。
「何、勝手に帰ろうとしてんだよ」
そのそばから、今の鈴には一番声をかけられたくない相手が、唐突に話しかけてきた。
「うるさいわね、ほっといてよ……」
煩わしく思いつつも、一応の返事はしておく。
「そんなフラフラなのを放っておけるかよ」
まったくもっていらぬお節介だが、自分が疲労困憊なのは隠しがたい事実である。
それでも勝者の温情に与ることなど、敗者としての最後の矜持が許しはしない。
だからせめて、目いっぱいの意地を張ってみせる。
「ふん、あんたのお節介なんてごめんだわ。どうせ世話を焼いたそばから小言しか言わないし」
嫌味をうんと込めて、敢えて悪態をつく。そのまま呆れで帰れば、万々歳だ。
この頑なな鈴の態度に、修夜はいつものように溜め息をつく。
「そうだな……。前半じゃ途中で逃げ越しだったし、中盤は変な小細工使って暴れ回るし、後半はお前が本気出さないから煽らざるを得なかったし……」
「ちょっと、最後のは何よ、最後のはっ!?」
いつものように説教節を回す修夜に、無視を決め込もうと考えていた鈴だったが、最後の一言には思わず反応してしまった。
そのかどについては、さすがに抗議しようと思い立って声を上げようと口を開く。
だがそれ以上に早く――

「でもまぁ、最後の方は、イイ感じだったぜ。楽しかったよ」

偽りのない真っ直ぐな言葉と、小憎たらしい笑顔を向けられてしまった。
こうなると抗議の声を上げようにも、どうにも気勢が削がれてしまう。
結局、鈴は喉まで出かかった文句を、渋々引っ込めることにしたのだった。
その直後、鈴の開放回線(オープンチャンネル)に通信が舞い込んできた。
〔凰さん、お疲れ様でした。今回は、残念でしたね……〕
Aピットルームにいる真耶からの通信だった。
後ろには千冬と楊の姿も見てとれる。
その千冬に通信が切り替わる。
〔ご苦労だった、凰。課題点が山積みで、本来なら小一時間の説教も辞さないところだ〕
いつもながら硬い表情と語気の強い声に、鈴の顔も自然と険しくなる。
過去に特大の雷を落とされて以来、この声と表情には自然と身構えてしまう。
またいつものように、容赦のない叱責が飛んでくるか。
〔……が、今回は最後の展開に免じて、不問としておく。次からは己の戦い方を貫け、以上だ〕
しかし千冬は、それだけを言い終えてあっさりと引き下がり、通信を切ってしまった。
鈴も思わず拍子抜けして面食らうのだった。
そもそも“最後の展開”に、それほど特別なことなどあっただろうか。
まるで狐に抓まれているようで、少女は段々と混乱しはじめる。
〔凰候補生、聞こえていますか?〕
そこに楊が通信を入れてくる。
「こ……、今度は何よ……!?」
また変なことを言われるかと、鈴は思わず身構える。
〔今回の試合についてですが、本省の方にはしっかりと報告させていただきます。些か目をつむっておきたい内容が多いですが、男性操縦者との貴重な試合データとして、なにより“真性の深層同調稼働とISの成長過程を知る”のデータとして、有用な内容でしたので……〕
楊の言葉を聞いて、鈴は自分の耳を疑った。
「ちょっと、真性って何よ……!?」
少女が知る限り、自分のできる深層同調稼働は、清から教わった自己暗示を利用したものぐらいである。
それ以外で自分が深層同調稼働を発動させたことなど、まるで記憶にないのだ。
「なんだ、気付いてなかったのかよ?」
ますます混乱する鈴に、修夜が再び声をかけてきた。
「俺とお前で最後に差し合ったときに、お前のISの軌道が青い光の尾を引いていたんだぜ?」
初めて聞かされる事実に、鈴は目を白黒させる。

「ガキの頃に世界大会(モンド・グロッソ)で見たから分かるさ。あれこそ正真正銘、人とISが真の意味で一体となったときに発揮できる力、“本物の深層同調稼働”だ」

本物――。
修夜から告げられた言葉が、Aピットルームの反応の謎を解き明かした。
代表候補生といえども、偶然でも深層同調稼働を、この歳で発揮できる人間はまずいない。
この学園で訓練に明け暮れる少女たちでも、早くても二年生の中頃、遅ければ卒業に間に合わない者もいる。
本省にいる自分の先輩候補生すら、血の滲む努力の末に勝ち取ったと語っていた。
その先輩の姿に憧憬を抱き、いつか本物に到達したいと、小さく夢見ていた。
「できたんだ……」
心音が口から漏れて出た。
「まだ信じられないなら、そこの地面見てみろよ」
呆然とする鈴は修夜に促され、彼が指示した方を見てみる。
「えっ……」

そこには大地を深く抉る“二本の龍の爪痕”が、十メートル以上に渡って刻み付けられていた。

「さすがに俺でも、アレをくらってたら病院送りだったよ」
少年は苦笑しながらも、どこか清々しそうな様子だった。
「これ、あたし、が……?」
少女は目の前の光景を信じ切れず、未だに困惑中だ。
その様子を見てか、苦笑のまま修夜は言葉を続ける。
「お前以外に、こんなえげつない攻撃ぶん回せるのがいるかよ?」
いつものケンカ節で答える修夜だが、そこにいつもの嫌味はなかった。
決着の瞬間の水煙は、修夜がこの一撃を紙一重で躱したことで発生していた。地面を叩いた一対の刃は、そのまま強烈な斬撃波を生み出し、地面に二本の線を引いたのだ。
甲龍の双天月牙に、こんな攻撃を繰り出す機能は備わっていない。
だから鈴は、目の前の現象を起こしたのが自分だと言われても、すぐさま理解できなかった。
〔深層同調稼働下では、本来そのISに想定されていない機能や攻撃が発動する事例が、世界でも複数報告されています。あなたが起こしたこの現象は、一説には『単一仕様能力(ワンオフアビリティー)』の前段階とも推測されているものなのですよ?〕
楊がいつもの淡々とした調子で、説明を付け加えた。
楊の手元にある報告では、鈴が甲龍を受理して稼働させはじめたのは、今からちょうど四ヶ月前のことだ。その四ヶ月のあいだに、鈴は既に真性の深層同調稼働を発現し、さらにISのさらなる高み『二次移行(セカンドシフト)』への兆候を見せるという、稀に見る成長速度を見せている。
完成から数ヶ月でその領域にまでISを扱えたのは、それこそ現在Sクラス級に名を連ねる女傑たちであり、鈴の中に彼女たちに通じる才能が眠っていることを示しているのだ。
〔あなたには我ら中華人民の歴史の碑文に、その名を刻む資格を有している可能性があります。それを知るためにも、今回の試合はしっかりと報告させて頂きますので、そのように〕
最後まで淡々と話して締めくくると、冷静な管理官はそのまま通信を切ってしまった。
佇む鈴は、未だに呆然としている。
「何ぼさっとしてんだよ、すっとこどっこい」
「なっ……!?」
修夜の悪口に反応して、鈴は怒りを覚えると同時に正気に戻る。
「何をしょげてんのか知らないが、誰かから後ろ指さされると思っているなら……見ろよ」
その言葉に促され、怪訝に思いながらも、何があるのかと鈴は当たりを見回した。
そこには――

「すごかったよ、二人ともナイスファイト!」
「次やるときは、もっと楽しい試合にしてね~!」
「2組の子、惜しかったよ、お疲れ~!」

鈴が呆けている間に、アリーナのシェルターは解放されており、そこから観客たちが拍手と温かい声援を送っていた。

「この声を聞いて、それでもそう思ってんなら、正真正銘の馬鹿だぜ?」
皮肉っぽく笑う修夜の声を聞きながら、少女は目の前の光景に圧倒されていた。
地獄の訓練校時代、敗者に待っていたのは容赦のない冷笑と嘲りだけだった。
鈴も最初はうまくISを乗りこなせず、周りからの笑い物にされてきた。
それ以上に、いじめられっ子として辛酸を舐めさせられてきた日々の記憶が、彼女の根底で“見せ物”にされることへの恐怖となっていた。
だからこそ人が人を嘲るときの、あの鋭く冷たい視線の痛さを、誰よりも知っていた。
だからこそ、いま目の前にある光景が、何故か妙に、心に染みて仕方なかった。

「鈴!」

不意に、聞き覚えのある元気な声が、少女の耳に入ってくる。
振り向けばそこには、フェンスの手すりから身を乗り出す、織斑一夏の姿があった。
「惜しかったけど、すごかったぜ! 今度また、練習ででも思いっきりやろうぜ!」
一夏らしい、なんとも太平楽な声援だった。
屈託のない笑みで大きく手を振る幼馴染の姿に、鈴の中で何か込み上げてくるのだった。
「あの馬鹿、まだまだ問題は山積みだってのに……」
修夜も一夏のこの行動に、また苦笑いする。
よく見れば、一夏の後ろでいつもの面々が立っていた。誰もが、穏やかな笑顔を浮かべていた。
雲の切れ間は大きくなり、いつしか青空が見えていた。
何もかもが、とても眩しく見えていた。
「……じゃあ、行こうか【轟かす者(フリスト)】さんよ。言うべきことも聞きたいことも、今から山ほど待ってるんだからな」
【轟かす者】、それが修夜から鈴に贈った“称号”だった。
「……おい、鈴?」
しかし呼ばれた鈴は、修夜に顔を背けたまま、立ち尽くしていた。
「おい聞いているのか、馬鹿……」
「うっさい」
修夜の言葉をさえぎるように、鈴は短く返事を返した。
「……ちょっと、眩しかっただけなんだから……」
「……は?」
鈴からの突然の言い訳に、修夜は眉を寄せて訊き返す。
「……ちょっと、目に……直射日光が…入っただけなんだからね……!」
まったくもって意味不明な返答だったが、修夜がそれ以上の追及はしなかった。
「わかったよ。先に帰っておくから、またあとでな」
そう言って修夜は、鈴を置いてカタパルトへと飛んで行った。

晴れ間から届く日の光が、雨に濡れたフィールドに降り注ぐ。

そこに残された少女の頬には、柔らかく温かい雨が降っていた。

――――

それから数時間後の夕方ごろ、大事をとって保健室のベッドで休む鈴のもとに、数名ばかりが顔を覗かせていた。
修夜、一夏、白夜の三人が、鈴のベッドの周りを囲んでいた。
拓海、篠ノ之箒、セシリア・オルコットは、コンソールを通じて鈴と話すかたちをとった。
あまり大所帯で押し寄せても、疲れた鈴に負担をかけるだけだと考えたのだ。
千冬、真耶、菜月の教員三名は、今回の試合の報告と事務処理のために、職員室に戻っている。
楊は自国の競技会に競技会に報告に向かったらしいのだが、本音のほうはいつの間にか消えていたという。
「さて、約束通り、全部しゃべってもらうぜ……?」
修夜が挨拶もそこそこに、本題を切り出す。
それに対して鈴も、しばらくの沈黙ののち、一年の空白について語りはじめた。
両親の離婚、清周英からの勧誘、訓練校での地獄の訓練の日々……。
離婚については、白夜が語ったところでほぼ正解であった。
清からの勧誘は本土帰還後すぐの頃で、綿密な下調べと人の弱みを刺激するその巧妙で悪質な口説き方に、皆一様に渋い顔を浮かべた。
そこから訓練校での日々となったのだが、そこは拓海が調べた事実と概ね符合した。
もっとも鈴の場合、現地で親睦を深めた二人の友人が無残に退学していく様を見せられ、さらに同じクラスのトップの少女たちから陰湿な嫌がらせを受けていたこともあり、精神的な負荷は尋常ではなかったという。
それから最初に清から深層同調稼働のコツを教えられて使った日のこと、そこからの荒んだ戦いの日々、甲龍を受理した日のこと、そのテストに現役の中国代表と一戦交えたこと、最後に一夏の報道を知ってIS学園への入学したことを語った。
深層同調稼働の最初の相手は、よりにもよって自分を嫌がらせで追い詰めた女子だった。しかもその日は、それまで成績の振るわなかった鈴の進退をかけた、重要な一戦だったという。
最初はただ弄られるだけだったが、土壇場で深層同調稼働を発動して以降の戦いでの記憶は無く、気付いたときには相手は泡を吹いて倒れていたという。
「思ってみれば、あの日から色々と、おかしくなっていった気がする……」
ふと零れた鈴の言葉に符合するように、鈴はそこからの破竹の快進撃とともに、誰もが恐れ(おのの)く修羅悪鬼として学内で名を馳せ、徐々に孤立していったという。
気がつけば、学友は一人としていなくなっていたと、少女は回想した。
そして今年の二月の初めに、学内での成績が認められて甲龍を受理し、その稼働実験を兼ねて現役代表に訓練をつけてもらったらしい。
それから二ヶ月後の四月の初頭、一夏と修夜がIS学園に入学したというニュースを聞き、清を味方につけて訓練校と競技会を相手に直談判を決行。競技会の方も、ここ数年は暫定的な人材しか遅れていなかったことを考慮し、鈴の要求を通したという。
ちなみに三月には世界に広まっていた情報が、鈴のもとに一月遅れで届いたのは、単純に鈴がニュースのチェックを怠っていただけの話であった。
それを追及されたときの鈴の顔はとてもバツが悪そうになり、呆れて修夜がツッコミを入れ、そのまま口ゲンカに発展しかけたのを拓海が制したのは御愛嬌である。
なんにせよ、鈴がこの一年で随分と数奇な運命を辿った事実は、こうして明かされた。
一同はどこか釈然としない心持ちになりながらも、語られた事実に理解と納得を示した。
それでもなお、修夜には引っ掛かる言葉があった。
「鈴、お前が試合で言った『全部取り戻す』ってのは、どういう意味だ……?」
言われた鈴は俯いて口をつぐむが、しばしの沈黙の後にそっと口を開いた。
「あたしはね、あのお店が、あの家が、あの頃が一番好きだったの……。だから清教官に勧誘されたときに、最後まで断り切れなかった」
鈴のシーツを掴む手に、力がこもっていく。
「お店を手伝うのも、お店を継ぐことになることだって、全然嫌じゃなかった……。ただ、ただみんなと、お父さんとお母さんと、お店に通ってくれる人たちと、楽しく笑っていたかったのに……」
それ以上の言葉を紡ぐことが出来ず、少女は再び沈黙する。
誰も皆、それを決して咎めたりはしなかった。それ以上はもはや、語るに及ばないのだから。
〔まとめると、鈴は単に一夏に会うため――というよりは、自分が引っ越す前の生活を取り戻したくて、代表候補生としてこっちに帰ってきたんだね……?〕
コンソールの向こう側で、拓海が鈴の言葉の先を察して口にする。
鈴は無言で俯きながらも、小さく頷いた。
「ホントに馬鹿だよ、お前は……」
率直な感想を述べる修夜だが、その言葉にいつもの皮肉さは無かった。
「“往く川の流れは絶えずしてしかも元の水に非ず”……」
不意に白夜がそんな言葉を口にし、一同が彼女に向き直る。
鴨長明の随筆『方丈記(ほうじょうき)』の冒頭であった。
「鈴、お前さんの意思は誰にも咎められんだろうさ。しかし、だ。過去は過去、決して戻りはしない。そればかりは、この夜都衣白夜であってもどうにもできん」
佳人はただ静かに、しかし諭すようにはっきりと言い放った。
一瞬にして、重い沈黙が室内を占めていく。

――こんこん

そこへ扉を叩く音が、保健室の中に響いた。
「失礼します、一年2組のカワハラです」
声の主は、鈴のクラス担任だった。
思わず顔を見合わせた一同だったが、そのそばから白夜が独断で招き入れてしまった。
扉が開くと、そこには赤縁眼鏡にスーツ姿の女性……と、毛羽立った筆のようにまとめた髪が特徴的な少女がいた。
一同の中で、鈴と修夜だけはその顔に見覚えがあった。
鈴に代表を下ろされた少女・外崎(とのさき)美生(みよ)である。
保健室に入ってくるなり、外崎は意を決したように鈴のもとに佇んだ。
しかめっ面で自分を見つめる外崎に、鈴はつい下を向いて視線を逸らしてしまう。
また重苦しい空気が、室内を支配しようとしていた。
「あの……」
最初に言葉を発したのは鈴だった。
きっと負けた自分を責めに来たのだと、無残に打ち負かしてまで奪ったクラス代表の椅子を取り戻しに来たのだと、そう覚悟した。
だから素直に謝ろうと、そう思った。
「謝らないで」
ところが外崎の口から、思わぬ言葉が飛び出してきた。
「今日負けたのを謝るんだったら、今度は絶対に勝って。それだけだから」
突っぱねるような辛辣な言い方だが、言葉の意味は鈴の考えていたものとは違っていた。
「負けたから代表降りるとか言ったら、今度こそ許さないんだから……!」
外崎の言葉に戸惑いが隠せず、鈴はただ呆然と困惑する。
その一方的で強い言い方に、カワハラが止めに入ろうと少し動く。だがそばにいた白夜が無言で制し、見守るよう引き留める。
「……ホントは、もっと色々言ってやろうって思ってたのに……。最後にあんなの見せられたら……、あんなにすごい戦い方見たら……何にも言えないじゃない……!」
気丈には見せているが、その声は湿り気を帯び、言葉の端々には幾分かの悔しさと、わずかながらの羨望が混じっていた。
それでもなお、込み上げるものを喉の奥に押し込め、外崎は言葉を続けようとする。
「だから謝らないで……、私からクラス代表の座を奪ったことならもういいから……、ホントにごめんって思うなら……、今日の前半みたいな……中途半端な試合だけはやめて……!」
言い終えると、外崎はその場で一礼した後、カワハラに付き添いの礼を述べ、振り返ることなく保健室をあとにした。
付き添っていたカワハラは、去り際に入口の前で頭を下げ、退出していった。
全員が去っていくカワハラに視線を向けたままで、また室内を沈黙が占めていく。
「やれやれ、言いたいだけ言って、去って行きおったのう」
苦笑しながら白夜は独語し、それから鈴に向き直った。
「鈴、これからは責任重大じゃぞ。何せ本当の意味で、自分の組の命運を託されたのじゃからな」
「本当の……」
白夜の言葉を聞き、呆けていた鈴も徐々に意識をはっきりとさせていく。
「まぁ、次にクラスに行ったときは、クラスの全員に向けては謝っておいたほうが良いな」
修夜に横から口を挟まれ、鈴はいつものように反射的にムッとする。
〔そうだね、セシリアの前例がある訳だし、謝意を示すに越したことは無いよ〕
コンソールの向こうで、拓海も修夜の意見に賛同した。
「セシリア……って、あの子何かやったの?」
事情を知らない鈴は、当然の質問を返した。
〔実は……、わたくしも入学したばかりの頃に、少し問題を起こしてしまいまして……〕
それに対して、セシリア自ら苦笑いしつつ、事情を話しはじめる。
セシリアもクラス代表の選出の際、女子たちが修夜と一夏をノリと勢いで候補にしようとした折に噛み付き、試合で代表を決めることになった。当時はセシリアもかなり捻くれていたため、クラスに微妙な雰囲気を生んで、周囲に少なからず迷惑をかけたのだった。
そして試合で激戦の末に、修夜がセシリアを僅差で降し、修夜の一存と千冬の承諾で一夏がクラス代表となり、セシリアも修夜たちの実力と人間性を知り、態度を改めて現在のように丸くなったのだった。
この事の顛末を聞いて、鈴の顔には少しばかり呆れが浮かんでいた。
「あんだけ煽っておいて、あんたも割と大概ね……」
〔隠すつもりはなかったのですが、話す機会もなかったもので……〕
〔それでもあの潔さには、私も感心せずにはいられなかったな〕
鈴の苦言に姿勢を低くするセシリアを、箒がフォローに入る。
「そういうわけだ。こういうことは、筋を通すのが一番の解決策だからな」
修夜の声にまた眉を寄せながらも、鈴は納得したようだった。
「あと、それから……」
「……こ、今度は何よ……!?」
これで終わったかと思った矢先、まだ話を続ける修夜に、鈴はつい声を荒げる。
「部屋割りの件、あれについてもまだ終わっちゃいないぜ?」
そもそも鈴と修夜たちが揉めた一番の原因は、鈴が一夏と同室になるために一夏と箒の部屋に殴り込みを仕掛け、力尽くで一夏と相部屋になろうと画策したからである。
だがこの件は、その行く末を決める一夏と鈴のクラス対抗戦の試合を、無人機の乱入によって中断されたことで、うやむやになっていた。
「この際だ、これからのことを考えて、いっそ謝っておいた方が身のためだぜ?」
「う…、うるさいわね……!」
割と真っ当な修夜からの意見だが、これについては鈴も“一点だけ”譲れないところがあった。
「そ、そもそも……、私の約束のこと、ろくに憶えてなかったくせに……」
「お前なぁ……」
少女は拗ねるように口をとがらせ、視線をベッドに落とす。
それを見た修夜は、渋い顔をして鈴を睨んだ。
約束――。それは『もし料理が上手になったら、毎日でも酢豚作ってあげる』という、鈴が中国に戻る前に一夏と交わした言葉だった。
文章自体は一夏には珍しくしっかりと覚えていたものの、肝心の内容の理解がなっていなかったために鈴が勢いで一夏の頬を張り、それにキレた一夏が鈴に向けて禁句を連発して危うく死にかける羽目になった。
たしかに非は八割ほどが鈴にあるが、勘違いと意地で鈴を怒らせたことについては、一夏にある程度の責めはあるのだ。
鈴がこだわっているのは、自分が淡い想いを寄せる相手からの、明確な返答なのだ。
「鈴」
ここに来て、一夏が不意に鈴を呼んだ。
それを聞いて、一同も自然と一夏のほうを見る。
「まずは……、あの晩、ビンタされてカッとなったせいもあるけど、さんざん文句言って悪かった、ごめん。それから……、約束のこと、間違えて覚えていて、悪かった、それもごめんな……」
真剣な顔で粛々と謝る一夏に、一同揃って目を丸くした。
「い……、いまさら謝られても、もう遅いんだからっ……!」
真っ直ぐに視線を向けてくる一夏に、鈴は減らず口を叩きながらも、赤くなった顔を逸らす。
「俺さ、改めてお前との約束のこと、ちゃんと考えてみたんだ」

一夏の一言に鈴が、いやこの場に居合わせる全員が目を見張った。
 
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