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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第二十九話『台風の目の中で』

 
前書き
本日のIBGM

○白夜対黒き不死者
ウシワカ演舞(大神)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm8380048

○戦いの終焉
神州平原(大神)
ttp://www.youtube.com/watch?v=HCY4LgNSwTY

○緊急事態発生!
Break Down(VALKYRIE PROFILE-LENNETE-)
ttp://www.youtube.com/watch?v=iDEtRaWbrbQ&feature=youtu.be

○を い ま て
大空と雲ときみと(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138813

○目覚めた後に……
Alone(Persona4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm18076820

○状況説明
Heartbeat,Heartbreak(Persona4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm11600080

○一夏の思考
I'll Face Myself(Persona4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm18815356

○本当になりたい自分
夢の卵の孵るところ(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137780

○エンディング(後書き)へ
Beauty of Destiny(Persona 4 The ANIMATION) or Autobahn(ARMORED CORE NEXUS)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16263006 Beauty of Destiny
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm4958948 Autobahn

今回は、ちょっとした試行錯誤で後書きに続く曲を入れてみました。
前者はわたしゃが、後者は相方が指定したものです。どっちもFullですがw 

 
第二アリーナ・バトルフィールド内――

修夜たちが苦戦の末に無人機を倒した頃、その片割れもまた、無残に鉄屑になっていた。
「やれやれ、豆腐や粥の方が歯ごたえがあるわ」

――――

修夜から鉄屑の原型を引き留めているあいだ、白夜は淡々と、ただその攻撃を避けていた。
ビームを打たれようと、拳を振るわれようと、近付く一瞬で避けていく。
一撃躱してひらり、二撃躱してふわり、三撃躱してゆるゆらり――。
傍から見ていれば、宙に舞う羽根と、羽根を掴もうとする者の戯れにさえ思えてくる。
そんな舞を最初から舞っていたと、錯覚するほどの流麗があった。
(やれ、そろそろ十分経つかのう)
必死に攻撃を繰り出す巨人に対し、佳麗の武人は汗一つ、息切れ一つなく、悠々と時間を計り続けていた。
すると突然、今までにないいい気な爆発音と、それに続く落下音が耳に入った。
不意に目をやると、そこには自分が戯れてる人形の片割れの、無残に負けた姿があった。
(ほう、さすがにもう数分かかると思うたが、なかなか……)
余所事に感心し、一見隙だらけなようだが、無人機の攻撃はかする気配すらもない。
「さぁて、人形よ戯れは終いじゃ。お前に引導を渡してやろう……」
聞く耳なき相手に語りかけた白夜は、舞から一転し、無人機と十メートルほど距離を開ける。
白磁のような手が、鞘に収まった大太刀に触れる。
触れたと思うと、次の瞬間には太刀は鞘から抜かれて外にあり、白夜は逆手で柄を握っていた。
それを前に出し、順手で横真一文字に構えなおす。
一人と一機の合間に、風が吹き抜ける。
抜け終わりに、無人機は肩の砲門から大出力のビームを放つ。
白夜に迫る、二本の閃光。
だが白夜は微動だにしない。

そして、ついに炸裂の瞬間――

――は、訪れなかった。

白夜のいた場所、それは【無人機の頭上】。
舞うが如く、月面宙返りのさなか。
白銀と濃紺の毛を持つ羽根は、そのままふわりと着地し、最初の構えで佇んだ。

「“渡河六文(とかろくもん)、彼岸に臨み、用も無し”」

艶やかな唇から、一句が紡がれる。
四詠桜花流(しえいおうかりゅう)外式(げしき)三途(ざんず)渡し」
佳人の一言とともに、一陣の風が吹き抜ける。
その風と共に、無人機“だった”ものはブツ切りとなり、地面に崩れ去っていった。
「“浮世の(ごう)ぞ、さらなるものを”
 まぁ、鉄の人形に逝ける冥土もありはせんか……」
佳人は独語して冷たく微笑み、独語は風に消えていった。

――――

アリーナのフェンス(ぎわ)
俺(真行寺修夜)は、ボロボロになった無人機の残骸の近くに立っていた。

《敵機、エネルギー活動の停止を確認……。今度こそ大丈夫だよ、マスター》
シルフィーが俺に、無人機の状況を報告する。
一機目のゴキブリ並の生命力からすると、ずいぶんあっさりと倒してしまった感がある。
「所用時間は……?」
《九分十二秒、結構ギリギリだったね……》
とりあえず、師匠からの課題はクリアした。
鈴はちゃんと協力したし、制限時間も守った。
これで地獄の修行は、とりあえず避けられたはずだ。……その、はずだ。
「修夜、おつかれ~」
俺の窮地を、まさかの活躍で救った一夏が、俺の後ろに降りてきた。
「ありがとうな、一夏。あれはマジで助かったよ……」
「水臭いって。大親友がピンチなら、飛んで駆けつけるのが男ってものだろ!」
「…ったく、調子に乗るんじゃねぇぞ?」
俺の謝辞に水臭いと返す一夏に、少し皮肉っぽく返事を返してみる。
一夏があのときに放った一撃。
あれはおそらく、左手の六花(りっか)に『零落白夜(れいらくびゃくや)』をまとわせたものだ。
一応、拓海は六花に雪片二型(ゆきひらにがた)と類似する機構を組み込んだと言っていたから、さっきの一撃もその作用だろう。
一夏がそれを、どれだけ憶えていたかは解らない。
だがあの土壇場で、たとえ無意識で繰り出したのだとしても、一夏にとってこの戦いは、一夏自身を大きくするきっかけとなったに違いない。
今日の予期せぬ事態が、一夏の成長を促進させるカンフル剤になったようだ。
なんと言うか、皮肉な話だな……。
そんな考えを巡らせていると、後ろからスラスターの駆動音が聞こえてきた。
「修夜さん、一夏さん、ご無事ですかっ?!」
「修夜、足は大丈夫か。一夏、どこかぶつけていないか!?」
「あんたたち、ホントに無茶ばっかり……!」
俺と一夏の巻き添えをくわないために、後方に離脱していたセシリア、箒、鈴の三人だ。
言い方は三者三様だが、だいぶ心配をかけちまったらしい。
「大丈夫だ、なんとか無事だよ」
俺はそう答え、三人に向かって笑い返してみせる。
「しかし、お前のそれ。何かすっげーな―、カッコいいよなぁ!」
横から一夏が、俺の右腕の『クラッシュアーム』を見て目を輝かせていた。
「あぁ、コイツは後付装備(イコライザ)の一つで、……まぁ、見た目まんまの武器だ」
後はどう解説すればいいのやら……。
……一夏ならゲームとかで見慣れているから、これで足りるか。
「見たまんまって、あんた……」
「杭打ち機……だな……」
一方の女子の方は、どうやら『クラッシュアーム』をあまり理解ができないらしい。
「パイル……ドライバー……でしたでしょうか……?」
セシリアはどうやら見覚えがあるらしく、心当たりのある名前を出して見てきた。
「正式には“パイルバンカー”だな。爆発で杭を打ちだして、相手を装甲ごと貫く武器だよ」
さらに言えば、輻射波動機構が内蔵されているため、杭を打ち込んだ相手の装甲を、『ヴァンガードホーン』のときのように爆散せしめることができる。
殴り合える距離でなければ当たらないが、その一発は一撃必殺の切り札になり得る。
趣味的と言ってしまえば、それまでなんだけどな……。
「装甲ごとって……、危なくないのか……?!」
「一応、試合用にはセーフティーが掛かるから、相手の体を刺し貫くような危険は無いさ」
箒の心配はもっともだが、今回は状況が状況だっただけに、全力でいったまでだ。シルフィーも、その辺りを考えてセーフティーを一時的に外していたようだし。
「ホント、なんか“趣味全開”って感じの武器よね……」
「……いや、拓海の趣味だからな?」
俺も確かに、何だかんだ言いながらこういうのは好きなんだが……って、なんで俺は鈴のツッコミに言い訳してんだ。
「いや、カッコいいだろ、男のロマンだぜパイルバンカーは!」
お前も大好きだよな一夏、こういう“クサイ”武器……。
「ロマンも何も、当てに行かなきゃ意味がないじゃない。博打武器でしょ、こんなの……」
「分の悪い賭けに、勝ってみせるからこそのロマンさ……!」
「はぁ、あっそ……」
眩しい笑顔で熱弁をふるう一夏に、鈴も心配損をした顔でため息をついた。
一夏、なんでさっきまでといつもので、振り幅がこんなにでかいんだ。
さっきまでの調子でいてくれれば、こっちの負担は激減なのに……。
「まぁまぁ、なにはともあれ、全員で無事に生き残れましたわね」
そうセシリアが俺に声をかける。安心が見て取れる、自然な笑顔を浮かべていた。
「……そうだな、師匠のノルマも達成したし、あとは拓海のほうを待つか」
パイルバンカーの魅力を熱く語る一夏と、それを呆れながら聞く鈴、割と真面目に聞く箒、そしてさり気なくそこへ混じりに行くセシリアを見つつ、俺は大きく息を吐いた。
何はともあれ、一番の厄介事は取り除かれた。今はそれを正直に喜ぶべきだろう。
今日の一騒動があったことで、一夏の心境にも何か動きがあったことも、きっと大きな収穫になったに違いない。
「ひと段落ついたようじゃの」
みんなが固まっている方とは逆側から、師匠の声が聞こえてきた。
「……師匠の方も終わり?」
「まぁのぅ」
俺の問いに対し、軽い相づちと背後への視線で返答する白夜師匠。
……見ればその数十メートル先に、煙を上げる鉄屑の山が見えた。
あまりに見事な倒しっぷりに、もう何のリアクションも湧いてこなかった……。
「あ……、白夜先生」
俺と師匠のやり取りに気付いた箒が、俺に次いで師匠の帰還に気がついた。
それにつられるように、他の三人も師匠の帰還に気付く。
「お帰り先生、あの真っ黒野郎は……?」
一夏の問いかけに、俺は師匠に代わって無言で背後を指さしてみせる。
それに注目した全員が、リアクションを忘れてただ呆然とするばかりになった。
「ところで、課題の方は?」
「シルフィによれば、九分十二秒らしいです。まぁ、予想外の抵抗に面食らっちまって……」
「やれやれ、慢心とは感心せんのぅ」
なんとなく回りくどく喋った俺に対し、師匠はただ苦笑で応じる。
「一応は鈴の方も、ちゃんと力を貸したようじゃの?」
「……あんなエグイ発破のかけ方、俺や鈴じゃなきゃ(うつ)になってますよ」
少し師匠に牽制をかけてみると――
「そこははら、お前が上手く汲み取ったんじゃろ……?」
そう言いながら微笑み返されてしまった。
どうやら師匠は、俺の性格も織り込んで鈴をなじっていたらしい。
俺がフォローに回らなかったら……、いや“絶対やるだろう”と見越されたんだろうな。
自分でいうのもなんだが、相当甘いよな、俺も……。

――ピリリ、ピリリ

……この電子音は!
突然なった着信のアラームに、俺は急いで中空電子画面(マルチモニター)を展開して応じる。
〔やぁ、お疲れ修夜〕
「……ったく、遅ぇよ相棒」
〔全作業工程、無事に完了。システムの奪還にも成功したから、あと五分もすれば復旧するよ〕
通信が途絶していた拓海が、今度はちゃんと顔を出して俺に話しかけてきた。
さらに間もなくして全員のISからアラームが鳴り、慌てて応じたその画面に、二人の教師の顔が映っていた。
〔こちら第二アリーナAピット、皆さん聞こえますか……!?〕
「山田先生……!」
〔織斑君、大丈夫でした……!?〕
「はい、俺もみんなも大丈夫です!」
不安げな山田先生に対し、笑顔で応える一夏。
「こちらセシリア・オルコット、異常ありませんわ」
「篠乃之箒、問題ありません」
「……凰鈴音、とりあえず…大丈夫です」
明るく応えるセシリアと箒の対し、なぜかばつが悪そうに応える鈴。
それでも全員が無事と分かると、山田先生はよかったと言って安堵し、泣きだしてしまった。
そんな山田先生の横から、千冬さんが画面を切り替えて俺たちに顔を見せた。
〔私だ。全員無事で何よりだ、よくこの緊急事態を制してくれた。
 よくやってくれた、そしてよく無事に帰って来てくれた、……“ありがとう”〕
その一言に、俺も含めて全員が驚いてしまった。
そこで話していたのは、たしかにいつもの“教師としての千冬さん”ではあったが、それでも最後の一言だけは、千冬さん自身の“本音”が聞けた気がした。
普段がスパルタなだけに、こんな千冬さんを見ることなどないのだ。
「……で、今度こそ大丈夫なんだよな?」
〔あれだけ修夜たちが暴れまわれば、向こうも満足したと思うよ〕
その発言に、俺は引っ掛かるものを感じずにはいられなかった。
「どういう意味だ……?」
〔単なる推論でしかないけど、これだけ綺麗に回復しているところを見れば、おそらくは正解かもね……。
 今回の敵の目的が、君と一夏の戦闘データの採取だってことが……〕
「なんだと……?」
なにか、胸くその悪い言葉が聞こえた気がした。
〔詳しくは、またあとで話すよ。とりあえず今は現場の撤収と、余力があればシールドが解除され次第、観客の誘導とかを手伝ってほしい。
 ただし、君と一夏は即行で保健室に向かうように!〕
「……は?」
〔千冬……いや、織斑先生からの厳命だからね〕
「……マジ?」
思わず耳を疑う。
〔少なくとも、一夏は普段以上の実力を出してへろへろだろうし、修夜もその脚で何にもない保証はないからね〕
しかし、理由を聞かされ、あぁなるほどと得心する。
たしかに、無人機の手のあとがうっすらと残る脚のフレームを見れば、ただで済んだとは思わないだろう。実際に、警告域まで脚部のダメージは通っていた訳だし……。
千冬さんなりの、俺と一夏への配慮ってことか。
〔とりあえずみんな、疲れているところ悪いけど、現場のフォローのほうを頼むよ。
 お詫びと言ってはなんだけど、あとで“いいもの”を差し入れさせてもらうからさ〕
改めて全員に事情を通達する拓海。
みんなの反応はというと、不満げな顔の鈴以外は二つ返事で応じてくれていた。
ただ、拓海が鈴に個人秘匿通信(プライベート・チャンネル)でなにかを言い含めさせたようで、その後は鈴も渋々ながら同意していた。
何を言ったのかを訊いてみたものの、拓海は「鈴のやる気スイッチを押しただけ」だと、結局はいつもの笑顔ではぐらかされてしまった。
……まぁ、その言い方なら大体の察しは着くけどな。
やがて施設内のシールドが正常に戻り、スタンド席の入口のランプも非常時を意味する赤から、平常時を示す青へと変化する。

『緊急警報が解除されました。施設内の機能が正常に戻りました。』
『これより誘導を開始しますので、生徒の皆さんは係員の指示に従いならが、落ち着いて退出してください』
『繰り返します――……』

アリーナ中に、山田先生によるアナウンスの声が響き渡る。
スタンドのみんなの雰囲気が、一気に弛緩していくのが見て取れた。
「さてと……」
俺は改めて一夏の方を向きながら、声をかける。
「とりあえず行くぞ、一夏。俺たちは……」
その瞬間だった。

――ごつん がしゃん

「……一夏?」
おい、なんの冗談だ。
振り向いたと同時に、一夏は白式をまとったまま膝から崩れ、地面に正面から倒れ伏した。
一瞬、その場にいた全員が凍りついた。
女子たちは突然の出来事に困惑して固まり、俺は急いで駆け寄って体を仰向けに抱き起こし、ぐったりとした一夏の体を揺すった。
「おい、一夏しっかりしろ。おい、聞こえてんのか、この馬鹿がっ!!」
「一夏……、ウソ……だ……」
「織斑先生、山田先生、セシリアですっ、大至急で救護班をお願いします!!」
「ウソでしょ……何で……!?」
その場が一気に非常事態と化した。
一夏に呼びかけ続ける俺。
突然のことに混乱し、硬直する箒と鈴。
慌ててモニタールームにいる連絡を繋げるセシリア。
当の馬鹿と言えば、その騒動の中で微動だにせず、ぐったりしたままだ。
おい、起きろ馬鹿。
お前はここでくたばる人間じゃないだろ。
自分流で強くなるのはどうした。
千冬さん超えって目標はどうした。
箒と鈴はほったらかしかよ。

アンタは……不滅のヒーローだろ、――!!


「おいっ、いい加減に返事しやがれぇっ!!」




「…………Z z z z z z z z」





…………………………。

を い こ ら ま て や。

「寝てるだけかよっ!?」

その場で心配した全員が、崩れ去るように脱力したのだった。
限界まで飛ばして、今のいまになってそのツケがきたのは分かるが、これはひどい……。
「……一夏の……バカ……!」
「なんというか、とても一夏さんらしいと言いましょうか……」
「バカ、大馬鹿っ、そのままくたばれっ……!」
その場にいる全員が、一瞬でも死ぬほど心配したことを悔いた様子だった。
そんな事とはつゆ知らず、一夏は高いびきをかきながら夢の中である。

それにしても、腹が立つほどすがすがしい寝顔をしてやがる……。

…………。

ま、とりあえずお疲れさん。

――――

不意に目を開けると、そこは知らない天井だった。
俺の体を包む、この気持ちいい感触は……布団?

「よう、目が覚めたか?」
「……修…夜?」

声がした方に顔を向けると、そこには制服姿の修夜がいた。
あれ……俺は確か……。
アリーナで山田先生のアナウンスを聞いて……、ようやく全部片付いたんだなってほっとしたら……、全身の力が抜けて……、気が遠くなって……。
「俺、倒れちまったのか……」
どうやら、俺はあのあと気絶していたらしい。
「一時的な過労だとよ。今日一日ぐらいは、大人しく寝とけとさ」
「過労……」
まだ頭がぼんやりとする。
改めて周囲を見回すと、雰囲気からして、どうやら保健室っぽい場所らしい。
俺の格好はISスーツのままで、白式はガントレットに戻っていた。
そして――
「そういえば、みんなは……?」
やっぱり、これが一番気になった。
「お前が倒れたあとは、俺と師匠でここまでお前を担いで、箒とセシリアと鈴は観客席の誘導にいったよ」
「……そうか」
「箒と鈴が変に張り合ったもんだから、師匠が問答無用で担いできたんだけどな……」
ため息をつきながら、修夜はがっくりとうなだれる。
気配りが上手いと、気苦労も多いよなぁ……。
「多分、今はいろいろと事情聴取されている最中だろうな。……事が事、だからよ」
「…………」
そりゃそうだ、学園中のみんなを巻き込んでの大事件だ。
そんな事件の中心で、俺たちは必死になって戦っていて、その原因の無人機と一番近くで接していたんだ。俺たちから訊きたいことは、山ほどあるだろうな。
よくよく考えてみると、とんでもないことに巻き込まれた気がするな、これ……。
とにかく、寝ぼけた頭で体を起して、何とか頭を働かそうとしてみる。
ん、待てよ……。『今は』?
「あれ、それじゃあ俺って、どんぐらい寝てたんだ?」
「ざっと【三時間】ぐらいかな……」
「…………ぇ」
マジで?
三時間も寝てたのか、あれから?!
「……あのなぁ、ホントならなぁ、“一発殴りたいんだよ”マジで……!」
「は……、はぁあっ!?」
いやいやいや、その理屈はおかしいだろ、修夜さんよぉ…!?
「当たり前だっ、死んだように倒れ込みやがって!
 オマケにしばらく息も止まってたかと思ったら、高いびきで爆睡だぞ、必死に心配した俺の気分を返しやがれっ!!」
「えぇぇぇぇ………」
なにそれひどい。
怒鳴るだけ怒鳴ると、修夜はそのまま背中を向いてしまう。
背中を丸めて頬杖を突き、脚を開いて座って、いかにも不機嫌そうな感じだ。
確かに、アリーナの真ん中で倒れりゃ、心配だったろうし、そんなコントみたいなオチだったら、肩透かしで気が滅入るっていうのも、まぁ……でもなぁ……。
そんなことをもやもや考えていると、
「…………まぁ、無事で何よりだ」
修夜は、そうぶっきらぼうに呟いていた。
……ホントに迷惑かけちまったな。
考えてみれば、ここしばらく修夜には、迷惑をかけ倒している気がする。鍋のこと、訓練のこと、鈴との件のこと、それ以降に部屋割変更で一緒になってからのこと、今日のこと。……それ以前からも、俺は修夜に引っ張られっぱなしだ。
修夜の“幼馴染”でいるにしては、ちょっとこれは情けないかもしれない……。
「ごめん、ありがとな」
正直にそう言った。
「……おう」
また、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「おや、お目覚めのようだね?」


不意に、右の方から聞き慣れた声が耳に入ってきた。
振り向くと、部屋の入口で声の主の拓海が立っていた。
いつもと変わらず、爽やか眼鏡ハンサムだなぁ、拓海は。
「おはよう一夏、調子の方はどうだい?」
「うん、だいぶ寝させてもらったみたいだから、気分はいいかな?」
俺のその返答に、拓海は「それはよかった」といつもの笑顔で頷いていた。
「お疲れ、拓海。何かわかったのか?」
「うん、まぁ色々とね」
修夜はいつの間にか体勢を元に戻して、拓海の方に顔を向けていた。
それにしても、この二人の“阿吽の呼吸”っていうか、さり気ない察し合いというか、そういうのはいつ見ていてもすごいと思う。まるで双子の兄弟みたいに、ちょっとしゃべっただけで大抵のことは通じてしまう。
同じ釜の飯を食いながら育つと、そのぐらいは当然なのだろうか……?
「どうする、場所を移すか?」
ちょっと腰を浮かして動く体勢になった修夜の提案に対して、拓海の方は――
「いいや、いいよ。ちょっと一夏にもかかわる話だからさ……」
そう言って、部屋の隅にあったパイプ椅子を持ち出して、俺の足の側に座った。
「俺にもかかわる話?」
正直に疑問がわいたので、そのまま拓海に質問してみる。
「まずは、今回の敵についての報告かな……」
今回の敵――、あの無人機たちだ。
それを聞いて、俺も修夜も自然と緊張していた。
「今回の相手は、“新型の量産型ISコア”を搭載した、新技術による【未知の敵】だ」
場の空気が、一瞬、凍り付いた。
「端的にいえば、現状で使用されているどの技術にも当てはまらない、新技術を用いての自立型の外部AIを搭載した“IS操縦用アンドロイド”による、遠隔攻撃。
 つまり、修夜と一夏たちが見たとおりに、【無人の戦闘用ロボット】なんだよ、アレは」
俺たちの予感は的中していた。
「そして目的は……」
ちらりと、拓海が俺の方を見てくる。
それに合わせて、修夜も俺に顔を向ける。
……え?
え、え~~っと、これは……。
「……お、俺?」
いやいや、なんでそんな訳わかんないことに?
「……理由は?」
おいおい、俺を置いて話を進めるなよ、修夜。
こっちは何を言われてるのか、まるでわからないんだからな?
「戦闘中の映像と、破損した機体を調査した結果、実弾武器は一切積まれていなかった。正確には、肩の付け根あたりに機関銃が内蔵されていたっぽいけど、敢えて使用してなかったみたいだね」
「……なるほど、つまりハナから『零落白夜』狙いってことか」
そこでなぜか、俺の白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の名前があがった。
「そういうこと。敵は最初から、一夏の白式の性能と『零落白夜』の力をデータ化するために、わざわざこんな大それた方法に打って出たらしい。その辺りについては、観客席等への分厚い防御や、システム奪還に対するやる気のない防御、伏兵の存在、その他もろもろを加味してみたうえで、その可能性が一番“わかりやすい”かったんだ」
相変わらず、言い間違いもなくスラスラと説明をする拓海。
やっぱり、俺たちと同じ歳で社会に出ているヤツは、一味違うもんだ……。
――って、感心している場合じゃない。
なんかとんでもないことを言ったぞ、今?
「え……っと、つまり……単純に、俺と戦いに来たのか、アイツら……?」
「有り体にいえば、そうなるね」
とんでもない乱入があったもんだ。
一瞬、俺は格闘ゲームのアーケード機で乱入してくるプレイヤーや、ノーコンティニューで出てくる隠しボスを思い起こしたが、それにしては巻き込まれた方の数が半端じゃなかった。
ゲームならプレイヤー一人で足りるけど、今回巻き込まれたのはこの学園の“ほぼ全員”だ。俺一人を狙うために、第二アリーナにみんなを閉じ込め、鈴を巻き込み、千冬姉や山田先生に負担をかけて、修夜たちにも危ない目にあわせて……。
なんでだよ。
何でそんなことになるんだよ。
俺に用事があるなら、堂々と俺だけ狙ってくれば早い話じゃないか……!!
何か分からないけど、とにかく無性に腹が立ってきた……!
怒鳴り散らしたい気持ちを堪えるために、布団の端をぐっと掴んで握り込んだ。
「……ふざけたヤツだぜ」
修夜の方も、気分は俺と似ているらしい。見て分かるぐらい眉間にくっきりとしわを寄せながら、不満そうに言い放った。修夜らしい、“誰かのため”の怒りだった。
そうだ、ふざけんな。みんなに迷惑をかけといて、自分は遠くからデータを取りたいだけ取って知らんぷりとか、何様だよ……!
考えれば考えるほど、ふざけたヤツだ。自分のこと以外、何も考えちゃいない!
二人して、一気に怒りのボルテージが上がっていく。
ところが、俺の知る限り一番そうことに敏感そうな拓海が、変に落ち着いていた。
それから「悪いけども」と、これも変に冷静な口調で話をはじめた。
「……これは予測だけど、今回の件は内々(うちうち)で処分される可能性が高いと思う」
拓海のうなだれた様な声に、俺も修夜も弾かれたように拓海を見返した。
「大ざっぱにいえば、この事件は【なかったこと】されるんだ、多分ね」
何か無茶苦茶なことが聞こえた。
なかったこと?
みんながあれだけ苦しんで、恐い思いをしたことが?
「どういうことだよ、それ……」
俺は思わず、率直な疑問を口からこぼしていた。
「この学園が、【IS社会にとっての砦】だからだよ」
一息置いて、拓海は続けた。
「この学園は、日本政府が防衛省から部隊を派遣して守らせ、宇宙からはアメリカの高性能の監視衛星で見張らせ、有事に際しては学園内の総戦力をもって事態に対峙する体勢が徹底されている。
 それが今回“まるで機能せずに終わった”んだ。これが世の中に知られれば、日本政府はおろか、IS学園の運営陣、ひいては国際IS委員会にまでその責任が問われる。
 そうなれば、IS全体の信用問題にもかかわってくる。最悪、ISの存在そのものが危うくなる」
言っている意味がいまいちわからない。
どうしてみんなが危険な目に遭ったことが知られると、ISが消えることになるんだ。
危険なことがあったなら、それを知らせて防止するものじゃないのか?
「なんかおかしくないか、それ?」
言わずにいれなかった。
「一夏、世界中のみんなが、僕らのようにISが好きなわけじゃないんだ」
拓海の言葉に、思わず俺は凍り付く。
「ISは、一歩間違えば核爆弾よりおっかない兵器になり得る。それが世界に467機、実機としてはその五分の三が稼働して、その二十倍近くの数の量産機が世界中で活動している。たった十年で、ISは世界の力関係をがらりと変えたんだ。それを、単純に喜ぶ人はいないだろうね。
 だからISを目の上のたんこぶに考える人もいるし、ISのことを危険な兵器だと考えて、世界中の反IS団体がデモ活動をおこなっている」
淡々と語る拓海に対して、俺はショックを隠せなかった。
俺にとって、ISは千冬姉と一緒のあったものだった。それは俺にとって当たり前の常識で、世界で日々ISの話題で持ちきりなのも、世界がISを受け入れていると、それが“世界”なんだと思っていたからだ。
「もし今回の事件が知られれば、世間は大騒ぎになるさ。でもそれは単純な騒ぎじゃなくて、ISを嫌う人たちにISを世界から追いやってしまう口実を作るきっかけにもなる。『ろくに管理できない兵器を野放しにはできない』ってね……」
とんでもないどころじゃない、ものすごくスケールの大きなことだ。
今日の事件で起きた出来事が、そのままISの将来に繋がるなんて思ってもみなかった。
同時に世界が、IS巡ってそんなに激しく動いているってことも、俺の中にないものだった。
……なら俺と修夜が、世界で初めて男のIS適合者になったというのは、どれだけ世界をビックリさせたんだろうか?
俺は単純に、女の子だらけの学校に放り込まれたぐらいにしか考えてなかったけど……。よくよく考えれば、今までどうやっても女性しか使えなかったのを、男も使えるようになったのは、本当にすごいことなんじゃないか?
逆にいえば、そんな俺と修夜って世界から見たら、なんていうか“不思議な存在”……なんじゃないか?
そんなヤツが、一体どれだけのヤツかって考えたら、それを“解き明かしに来る連中”がいても、なにもおかしくないんじゃないか?
それって、【今日のこと】なんじゃないのか?
もしそうなら、今日の事件が世界に知れたら――
「俺と修夜は……どうなるんだろう……」
気がつけば、思ったことを口から漏らしていた。
「……一夏?」
修夜がすかさず質問してきた。ここは、正直にいってみよう。
「だってさぁ、今日の事件のことが世間に出たら、俺と修夜の生活って、もっと突拍子もないことになりそうでさ……」
今でさえ、世間から見ればとんでもないのかもしれない。
学校生活どころか、私生活まで女の子に囲まれた環境。同年代の男子が聞けば、飛び付きそうではあるけど、その実かなり肩身が狭い。俺は元から千冬姉と二人暮らしで、箒や鈴といった女の子たちと接する機会も多かったから、大したことはないと思っていた。
でもいざ来て見て、その肩のこり方は半端じゃなかった。
四六時中どこからか視線を感じるし、一歩間違えれば女の子たちの“恥ずかしい現場”にそこら中で出くわすし、トイレやその他生活もろもろの“男の悩み”みたいのが生まれてくるし、もうだいぶ家にも帰れてないし……。
「ほんの一ヶ月ぐらい前までの生活からしたらさ、だいぶ変わったよな、俺たちの生活……。もちろん、千冬姉に追い付けるかもしれないっていうのは嬉しいし、そんな機会がここにあるのはラッキーだと思う」
本当に、俺はラッキーだったのかもしれない。
でももう、自分だけじゃ後戻りができない場所にいることに、今さら気がついた。
「今さらだけどさ、もう“ただの男の子”には戻れないっていうか、戻らせてくれないんだなって思ってさ……」
なんか支離滅裂だな、俺……。考えが上手くまとまらない……。
みんなに迷惑をかけたヤツには腹が立つ。でもそいつを捕まえようとすると、ISや俺と修夜に変なしわ寄せが来る。そもそも俺と修夜には、自分の意思で決められることが極端に狭くさせられている。
じゃあ俺と修夜って、結局は何なんだよ――。

「なぁ、一夏はどうなりたい?」

修夜が、唐突にそんなことを聞いてきた。
突然のことに、俺の思考が止まる。
「お前は、千冬さんを超えたいって目標があるんだろ。ならやることは一つじゃないのか?」
たしかに、俺はそう決めた。俺にとって千冬姉は、大切な家族で、憧れのヒーローで、目標だ。
だから千冬姉に対して俺ができる恩返しは、千冬姉を安心させることだと思った。
だからこそ、千冬姉より強く立派になって、もう千冬姉だけで頑張らなくていいって、そう大見得切って言えるようになりたかった。
「俺は飛ぶぜ、あの蒼穹(そら)を越えて、その宇宙(さき)へ。たとえ誰に何を言われようと、どう利用されようと、どんな困難や災難に遭ってもだ。それが【俺の夢】だからな」
とてもまっすぐで力強い、修夜らしい言葉だった。
俺に、そんなまっすぐな言葉は言えるだろうか。そんなに強い決意ができるだろうか。
ときどき、修夜のこの“強さ”が羨ましくなるときがある。
どうすれば、こんな“しっかりとした自分”を得られるのだろう。
俺にもそれがあれば、きっと俺の夢にも、もっと早く届く気がする……。
そう思っていたときだった。
「とりあえずさ、今回のことで何か劇的に変わることはないよ。それは確かだと思う」
拓海が、いつもの優しい調子で話をはじめた。
「今回の事件の犯人を、追わないとは言ってないさ。ただ“世間とは違う場所で物事が進む”って話だよ。だからここから先は、そこに関わる人たちに任せるしかない。
 ……だからそのあいだに、一夏は一夏にできる努力をし続ければいいんだよ。慌てず騒がず、自分のできる範囲を自分の心や周りと相談しながら、少しずつ強くなっていけばいい。たとえこの先が真っ暗闇でも、それだけはきっとやめちゃいけないんだと思う」
できる努力を続ける――。
今の俺に出来る努力は、もっと白式をきっちり操縦できるようになること。それと拓海がくれた『六花』を、もっと上手く使いこなすこと。そしてこの二つを忘れないこと。
……そうだ、この先分からないことに頭を抱えていても、何にも変わらない。なら不安になっているあいだに、もっと自分を磨くしか、きっと自分を変えられる方法はない。
せっかく修夜も拓海も、箒も鈴もセシリアものほほんさんも、千冬姉に山田先生もいるんだ。みんなこんな俺に力を貸してくれる、そんなありがたい状態を、無視していいわけがない。
「……そうだな、せっかく俺にはみんながいるんだ。オロオロしているヒマなんてないよな」
無人機を操っていたヤツはムカつく、この先どうなるかもわからない。
それでも、俺は自分で決めた目標がある。叶えたい俺の、【夢】がある!
「そういうことだ。体調が戻ったら、またしっかりと訓練に励もうぜ」
「ははは、そうだな……」
一瞬、今まで以上のシゴキをやって来そうな言い方をした修夜に、俺は思わず苦笑いになった。
そこに――

――コンコン

小気味の良いノック音が部屋に響いた。
拓海が入室を促すと、そこには見慣れた姿の女の子が一人、少し真剣な顔で立っていた。
「……おはよ、一夏。気がついたんだ」
黄色いリボンの小柄な女の子、幼馴染の鈴だ。
でも鈴の雰囲気は、いつもの元気な感じとは違う、どこか硬い感じだった。
「修夜、ちょっといい……?」

台風はいよいよ、穏やかな“目”を抜けて、最後の暴風雨を起こそうとしていた。
 
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