IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第二章『凰鈴音』
第二十四話『“信じる”という言葉』
前書き
本日のIBGM
○修夜達の到着
烈風(BLAZBLUE)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16646989
○女武者と蒼き妖精VS黒き侵入者
紅蓮の騎士(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138038
IS学園・東地区――
学園の海の玄関口として、高い防波堤に囲まれ、その入り口を堅牢で物々しい閘門に守られた港に、二つの影が並んでいた。
一つは和服を改造したような奇抜な服装の美女、もう一つはクマのぬいぐるみを抱えたワンピース姿の小柄な少女。
二人は近くに見える第二アリーナから上がる煙を見つめていた。
この位置からでも、わずかだが爆発音がしている。
目を凝らせば、アリーナの上部からは、ときおりISの機影らしきものが見え隠れしている。
「やれやれ、あの大馬鹿娘の気配を辿ってみれば……。
ずいぶんとまた、賑やかなことになっておるようじゃのう」
年寄りくさい口調で独語しつつ、和装の美女が呆れたように嘆息した。
すると、小柄な少女は美女の袖の袂を引っぱり、自分に注意を向けさせた。
「……先生、大丈夫なの?」
先生と呼ばれた美女は、眉一つ動かさずに問うてくる少女に対し、穏やかに微笑みかける。
「さぁて、それは少し、向こうの様子を“覗き見て”からじゃな」
そういうと、美女は少女の手を母親のように引き、煙の上るアリーナの方へと向かっていく。
「さて、馬鹿弟子は元気にやっておるかの~ぅ」
物見遊山の気分で揚々と歩く美女。
「……“お兄ちゃん”……どんな人だろう……?」
無表情のまま、少女は美女に手を引かれ、片手でぬいぐるみを抱えながら、とてとてと歩いて行くのだった。
――――
IS学園・第二アリーナ、バトルフィールド内――
あれからもう、十五分以上飛び続け、避け続けている。
鈴も何度も攻撃を繰り返すけど、謎の真っ黒野郎は鈴が攻撃を始めた瞬間に旋回して、あっさりと避けてしまう。
俺の後ろにもぴったりとくっついて、細いビームの連射を浴びせてくる。
まるで戦闘機のドッグファットってやつだ。
「一夏っ、アンタも逃げてばっかいないで、いい加減攻撃しなさいよ……!!」
通信妨害のせいでコア・ネットワークでの通信が使えないため、今はハイパーセンサーを応用した音声通信で、鈴とのコミュニケーションを図っている。
「そうは言うけどよ……わぁっと?!
むやみやたらに戦ったら、遮断シールドにビームが当たっちまうだろ!」
ビームを撃ち込まれそうになりながら、俺は鈴に必死に弁明する。
「そんなやわなシールドなワケないでしょ、ナニ気にしてんのよっ!?」
「そうじゃなくて、客席のみんなが怖がってるだろ……!!」
どうも鈴には、客席のみんなの様子が目に入っていないらしい……。
いや、この場合は、自分の試合を邪魔されたことの怒りが、周りの異常事態を気にすることよりも、全然勝っちゃっているんだろうな……。
外れたビームが、遮断シールドに当たるたびに客席から悲鳴を上がるこの状況でも、とにかく真っ黒野郎を叩き伏せることの方が、鈴にとっては優先っぽい。
ただそれも、一面で正しいことだと思う。
本当に観客を助けるんだったら、逃げ回らずに戦うべきだ。
幸いにも、俺には“零落白夜”という、とっておきの切り札がある。
でもそれは、万一外せば俺自身を追い詰める諸刃の剣だ。
今それを気軽に使うには、俺は少しシールドエネルギーを使いすぎている。
俺のシールドエネルギーは310ポイント、極太のビームが何度かかすれて、逃げはじめるときよりも何ポイントか減ってしまった。
たぶん、いま零落白夜を発動させれば、長くても2分が限界。それも発動と中断を繰り返して、ようやくこの長さだ。
それにこの力での攻撃は、射程が短い。瞬時加速を併用して飛びこむ必要があるから、一回の発動で100ポイント以上のシールドエネルギーを使うことになる。
なにより、この真っ黒野郎の回避行動の仕方が不味い。
仮にコイツが学園の生徒だったなら、同じ状況でも当ていく自信はある。
でもコイツは、まるで予知能力でもあるかのように、ひょいひょいと攻撃を避けていく。
俺と鈴の挟み撃ちでも、避けまくられる危険性の方が高い。
そうなったら、俺が先に戦闘不能になって、今度は鈴が追い詰められるかもしれない。そうじゃないなら、このアリーナを攻撃し続けるかもしれない。
「ナニのんきなこと言ってのよ。だったら、とっとと始末して終わらせるべきじゃないっ?!」
「鈴も分かってるだろ、コイツの反応スピートは、どう考えてもおかしいって!!」
「だから何なのよっ、昔の一夏だったら、こんな弱虫な行動とらなかったじゃないっ!?」
言われて俺は、思わず黙ってしまった。
たしかに、昔の俺ならところ構わず突っ込んだろうし、ハッタリも博打もかましたはずだ。
でもそれは、別の言い方をすると“後先を見ない無鉄砲なだけ”だった、ということでもある。博打やハッタリだって、むやみに突っ込んで行き詰ったときに、とっさに思いついたことをやっていただけだ。
そんな鉄砲玉みたいな俺は、クラス代表決定戦でも、普段の特訓でも、やたらと突っ込んで負けるのがお約束になっていた。
それを見て、拓海と修夜は俺に助け船を出してくれた。だからこうして、戦況を考えて戦う知恵も付いた。
(結局、どっちが正しいんだ、この状況なら……!?)
昔みたいに、無茶でも突っ込んで戦うべきなのか。
それとも、修夜たちの到着を信じて、慎重に立ち回るべきなのか。
――俺は一体、どうすれば……!?
――ヴゥン
――ガタン
そのときだった。
第二アリーナが、BピットのハッチとDピットのハッチを同時に展開させ、カタパルトを延長させはじめた。
俺も鈴も、会場中のみんなも、そして真っ黒野郎も自分の動きを止めて、第二アリーナの変化を固唾をのんで見つめている。
不意に、そこから見える空が、シャボン玉のように七色に変化し、六角形の網目模様が浮かんだ。
――りいぃんっ、いちかあああぁぁぁあっっ!!
それを聞いた瞬間、そして見た瞬間、何とも言えない感情に襲われた。
「無事かあぁっ、一夏っ、凰っ!!」
「お待たせいたしましたわ、お二人ともっ!!」
反対側からも、いつもの聞き慣れた声がした。
鉄の鎧の女武者、蒼い翅の妖精、そして白い獅子――
ほら見ろ、自分だけで解決しないで、信じて待ってみるのもアリだよな……!
「おっせぇぞっ、待ちくたびれっちまったよ、みんなぁ!!」
だから俺は、精一杯の憎まれ口で歓迎してやるんだ。
待ってたぜ、箒、セシリア、そして……修夜――!!
――――
第二アリーナ・Aピットルーム横、Aモニタールーム――
作戦の第一段階をクリアし、モニタールームはひとまず安堵の空気に包まれた。
「真行寺君、篠乃之さん、オルコットさん、無事にバトルフィールドへの介入成功です……!」
山田先生は、少し明るい声色で現状を僕と千冬さんに伝えてくる。
一方の千冬さんはというと――
「さて、これからが正念場だな……」
依然として厳しい顔で、モニターに映る光景を睨みつけている。
「とりあえず、手筈通りにこっちもハッキングへの抵抗を開始します。
山田先生、サポートの方よろしくお願いします」
「分かりました……!」
山田先生は、そう言って僕に顔を向け、小さく頷いた。
修夜たちが所属不明機の相手をしているあいだ、僕の方は第二アリーナのシステムを乗っ取っている相手から、システムの権限を取り戻さなければならない。
世界有数の堅牢さを誇るIS学園のシステムに、あっさりとハッキングを仕掛けるばかりか、一部施設の機能を完全にコントロールする。そんな神懸かり的な腕前を持つネットサーファーやプログラマーなんて、そういるものじゃない。
こういう“アンダーグラウンド”な力は、僕を含めて裏方に徹している人間、もしくは闇に隠れておく必要性のある人間の持つものだ。
そして、こういう危ない橋を平然と渡ってくるのは、得てして後者だ。
(だったら、遠慮は無用だね。……徹底的にやらせてもらうよ……!!)
ずれた眼鏡を右手で直し、少し呼吸を整え、コンソールに手を構える。
「これより第二フェイズに作戦を移行、第二アリーナ・メインシステムの奪還に移ります。
目標時間は20分、目標基準はアリーナ観客席のシャッターの解除と、主要システム奪還」
いつものように、行動目的を口に出し、二人に伝える。
その片手間で、僕はプログラムへの介入アプリケーションを起動させ、準備を整える。
「アプリケーション、こちらも受理しました……!」
山田先生にもシステムの状況が分かるよう、こちらのアプリケーションと物理回線を通して、一時的に僕のコンソールと連携させる。そうして山田先生にナビゲーターになってもらうことで、こっちは全力で作業に集中することができる。
彼女の情報技術は、僕から見ても並のプログラマー以上、かなり優秀だ。
多分、玲奈さんともいい勝負ができそうだろうな。
さぁて、余所事に頭を使うのはここまでだ……。
意識を集中しろ。
深く、深く、深淵にまで――
…………
コンソールに手を構える。
画面に映る情報を読み解く。
解読パターンを推察する。
頭から情報を引っぱり出す。
想定される状況を並列させる。
各々の状況を処理する方法をすべて用意する。
準備は出来た。
「相沢拓海、これより奪還ミッションを開始します……!!」
さぁ、ここからは、僕の戦いだ――!
――――
IS学園・第二アリーナ、バトルフィールド内――
「セシリア、作戦通りにアイツ方は任せるぞ……!」
「お任せ下さい!」
Dカタパルトから飛び出した俺は、打ち合わせ通りに所属不明機の相手をセシリアと箒に託し、急いでその真下へと降下した。
すると、すぐに一夏も鈴の手を引っぱり、こちら側に下りてきた。
「来てくれるって信じてたぜ、修夜!」
かれこれ50分近く飛びっぱなしだったせいか、一夏は少し息が切れ気味だった。
鈴の方も、少し動かずにいると、額から汗がにじみ出てくるのが見えた。
「遅くなっちまって悪かった……」
ここまで粘ってくれた二人に、俺は苦労させてしまったと思い、言葉をかけた。
「修夜は悪くないさ。
……悪いのは、こんなところでドンパチはじめた、あの真っ黒野郎の方だ……!」
「……そうだな、アイツか誰であれ、他人に迷惑をかけて平気なヤツは容赦しねぇ……!」
俺も一夏も、あの所属不明機に一発くれてやらないと、もう怒りがおさまらない気分だった。
力ってヤツを冒涜した冒涜した罪は重いぜ、お前は俺が直じきに叩き斬る……!
そうやって二人で気合いを入れていたさなか、この空気にまったく付いてこないヤツがいた。
「…………なにボーってしてんだ、鈴?」
「……ぇ?」
一夏に呼ばれ、まぬけな返答を鈴のヤツは返してきた。
見ると、鈴のヤツは俺の方をジロジロ見ながらも、目を白黒させていた。
「何をそんなにジロジロ見てんだ、馬鹿鈴……」
「ばっ……、馬鹿ってなによ、馬鹿ってぇ!?」
どうやらこの単語には、ちゃんと反応するらしい。……一回、耳鼻科に行ってこい。
「じゃあ、何でそんなにジロジロと――」
「誰があんたなんか、ジロジロ見て面白いのよ、自意識過剰じゃないのっ?!」
こっちの要件を言いきる前に、まくし立てて自分の行動を否定する鈴。
こればっかりは、俺も一夏も、見ていてげんなりした……。
……もういい、コイツに何言っても駄目だ。
とにかく作戦を進めよう……。
「とりあえず、まずはコイツを使ってくれ。シルフィー!」
《はいはーい》
シルフィーに声をかけると、俺の手元に卓上ガスコンロのボンベをカプセル型にしたような代物が現する。
「それは?」
「後付装備《イコライザ》の一種で、RESDっていう補給装置だ。
まぁ、簡単に言うとシールドエネルギーの充填用の、カセットボンベだな」
「へぇ~!」
いつもの調子で「へぇ~」をかます一夏だが、この際ツッコむのはやめておこう。
正直、俺もさっき拓海に紹介されるまで、コイツは知らなかったからな……。
「拓海が言うには、呼び出しの要領でパソコンのキーボードをイメージすると、手動処理用のコンソールが出てくるらしい」
とにかく、今は一刻の早く二人に、シールドエネルギーを補給させる必要がある。
箒とセシリアが食い止めているとはいえ、予断を許さない状況には変わりない。
「えー……っと、キーボード、キーボート……」
ぶつくさ言いながら、一夏が眉間にしわを寄せると、青色の透明な下敷きのようなコンソールが出現し、画面中央に入力欄が表示された。
そしていちいち驚く一夏……。気にせず先に進もう。
「そこに英数字で『ENERGY CHARGE』って入力して、『SELF CHARGE』を選択……」
順調にいくかと思ったが、ここで問題が発生。
「ちょっと、これじゃコンソールが……」
ISのマニピュレーターの腕では、手のサイズが大きく、コンソールのキーボードに文字を入力するには、些か小さいのだ。
「そうだな、ガントレットがないイメージって出来るか……?」
「外した状態、ってことか……?」
また一夏が眉間にしわを寄せると、白式の特徴的なガントレットが無くなり、一夏自身の腕があらわになった。
「おぉっ、こんなこともできたのか……!」
「驚いているとこ悪いが、サクサク行くぞ」
そういえば、一夏はISの部分展開なんざ、まったくやったことが無かったな……。鈴が一週間前の事件で見せたのは、これの逆の手法で、ISの一部だけをイメージして出現させるものである。
「え~っと、E,N,E,R,……。おっ、コレか。で、下の方の『SELF CHARGE』を……」
「あとは、ISのパーツのどこかが反応するから、そこにフタを取ってハメればいいんだとよ」
すると、白式の右膝の一部が開き、差し込み口のようなものが顔を出した。
「コレを……。おっ、ハマったぞ!」
REDSが差し込まれると、コンソールの画面上に『充填開始』の文字が浮かび、見る見るうちにシールドエネルギーが補給されていく。
「あとは、終わるのを待って、REDS本体を外せば完了だ」
「ははっ、こりゃ便利だな~!」
「終わるまでに二、三分ぐらいかかるし、そのあいだ動けないけどな」
手順は少し面倒だが、覚えておいて損のない作業だろう。
何せ、コイツでISの活動時間を引き延ばせるうえ、“ISの体力”といえるシールドエネルギーを取り戻せるのだ。
特に燃費のかさむ白式なら、今回みたいな長期戦には、持っておいて損はないだろう。
……白式が受け入れてくれるかは、大いに問題になりそうだが。
「鈴、話は聞いてたろ、ぼーっとしてないで、お前も使え」
もう一つのRESDを呼び出して鈴に放り投げ、鈴もそれを反射的に受け止める。
「ちょ……、何であたしまで……!?」
しかしながら、これ以上厄介事には付き合いたくないようで、自分がこの状況下で頭数に入れられていることに、異議を唱えてきた。
「仕方ねぇだろ、一夏と代表候補生のお前との二人がかりでも、歯が立たないんだ。
なら、少し卑怯かもしれないが、一対多数で叩くのがセオリーだろ」
そう言っているうちに、空がまたシャボンの幕のような光を放って歪んでいく。
拓海の“遮断シールドの一時解除”が効果を失ったらしい。
「今はあのスイカ女と、セシリアって子が上手くやってるんでしょ。
だったら、アンタ達が来たカタパルトに戻って逃げた方が、どう考えても建設的じゃない。
何であんなめんどくさいのと、正面からやり合う意味があるっていうのよ!?」
いや、その作戦は今しがた無理になったからな……?
遮断シールドが元に……、いや絶対見てないだろうな、コイツ……。
「ちょっと待てよ鈴。箒は箒だ、スイカ女なんて変なあだ名じゃ――」
「うっさいわよ、あんな専用機持ちでもない、胸しか取り柄のない女なんて……!!」
……マジで馬鹿だ。
この底なしの馬鹿は、この非常時に際して、未だに「部屋替え」でのことで、箒への怨恨を引きずってやがった。それだけならまだしも、箒のことを、完全に“胸だけ”の“名無しのごんべ”というレッテルを張って、徹底して敵視していた。
さすがにな鈴、いくらなんでも、仏の顔も三度までって――
「い い 加 減 し ろ、 こ の 馬 鹿 ヤ ロ ウ っ !!」
…………怒鳴った。
俺が怒る前に、人前でそう怒ることのない一夏のヤツが、真剣に怒ってやがった。
あまりのことに、当の鈴なんかは目を見開いたまま困惑している。
「さっきのときの、“倒せばいい”っていうのにしても、今の箒とセシリアへの押し付けにしても、箒への暴言にしても、どう考えても、お前はお前のことしか考えてないじゃないかっ!!」
まともだ。一夏がまったくもって正論を言ってやがる。
お前、何か悪いものでも食ったか……?
「今はわがまま言っている場合じゃない、分かるだろ……!?
会場のみんなが逃げずにここにいて、修夜たちだけが入ってきたってことは、まだなんだ。
まだ完全に状況が解決したんじゃない、まだ終わってない、そんなんだろ、修夜……?」
「あ、あぁ……」
マジでどうした、ホントに大丈夫か、変な所に頭ぶつけてないよな……!?
未だかつて、こんなにシャッキリした一夏は、見たことが無い……。
「さっき、また空が歪んで見えたから、遮断フィールドが戻ったんだと思う……。
どの道、逃げ場なんて、どこにもないんだ。
なら今は、あの真っ黒野郎を倒すか、出来るだけ弱らせて、これ以上暴れてみんなを不安させないようにするのが、俺たちに出来ることじゃないのか……!?」
もしもし、アンタは誰だ……!
ホントにコイツは、あの“ちゃらんぽらん一夏”か……??
一週間前とはまるで別人だろ……!
「だから鈴、中国の代表候補生のお前がいれば、それが出来るんだ……!
面倒でも、箒になにか気に入らないことがあるんだとしても、だからって、何も関係ないって言って、逃げていい理由にはならないだろ……!」
なるほど、コイツはコイツなりに……か。
「…………そうだな、一夏の方が正しい。
それにこの状況で、下手な理由を付けて本国に報告されてみろ。
せっかくのIS学園入学が、もしかすると『パァ』になるかもな……」
びっくりしている場合じゃない。
ともかく、この作戦は鈴が参戦することを盛り込んで、ようやく成立できる代物だ。
この際だ、便乗でも脅しでもいい、鈴が動く状況をつくらないといけない……!
「頼む、鈴。俺と一緒に戦ってくれ!!」
何か大事なものが抜けた気がするが、この際は気にしない方向で……。
「鈴、お前が決めるんだ。俺はこれ以上、強要はしない。
でも、このまま一夏も、会場のみんなも、全部ほったらかして逃げて、そのあとにお前はどうするつもりだ……!?」
一夏の嘆願と俺の追求に、一夏に怒られて半泣きになっていた顔が、段々と苦悩と苛立ちの色を浮かべて俯いていく。RESDを握り手にも、自然と力が入っているのが見えた。
それでもなお、この馬鹿は何かをためらっているのか、一歩を踏み出そうとしない。
「……一夏、補給の方は終わったか?」
「あっ、そういえば、終わった……みたいだな……」
一夏が鈴を叱り飛ばしているあいだ、白式へのシールドエネルギーの補給が終了していた。
回復分と合わせて、合計810ポイント。これなら「零落白夜」も一発ぐらいは見舞えそうだ。
「なら、急いで箒たちと合流するぞ。もたもたしてると、二人がヤバくなる」
「待てよ、でも鈴が……!?」
「めんどくさがりのへっぴり腰に来られても、負担が増えるだけだ。
……鈴、ホントにお前、つくづく【見下げちまった】な」
「……っ」
「おいっ、修夜ぁ!!」
一夏には悪いが、ここは敢えて突き離させてもらう。
ここまで言われて黙って引き下がるなら、コイツは本当に“変わっちまった”んだろう。
でも、そうじゃないなら……。
「行くぞ、一夏……!」
俺は一夏をせかすために、短く声をかける。
一夏の方は苦い表情を浮かべたまま、RESDのボンベを補給口から引き抜き、地面に転がした。
そして後ろ髪を引かれている様子で鈴に背を向け、戦う箒とセシリアに視線を合わせる。
「……信じてるからな、来てくれるって……!」
小さく言い残すと、何かを振り切るように、一夏は俺よりも先に、所属不明機を相手に奮戦する二人のもとへと飛び去って行った。
俺も鈴を一瞥し、そのまま一夏の後を追った。
――――
アリーナの片隅、二人の少年が去ったその場所。
そこに残された一人の少女は、RESDのボンベを握りしめながら、ただただ立ち尽くしていた。
自分の思ったように、我を通しただけのはずだった。
自分から損をするなんて、あとで自分が苦しくなるだけ。あの人のように。
その結果が、今の自分に繋がっている。
そんな自分から傷つく生き方をするなんて、馬鹿げている。
身近な人間への迷惑なんて顧みていない。
馬鹿だ、本当に馬鹿だ。死んでも直らない、大馬鹿だ。
他人なんて、放っておけばいいのに。
――全部ほったらかして逃げて、そのあとにお前はどうするつもりだ
――信じてるからな、来てくれるって
なのに、なんで……。
何でこんなに、こんなにも……!
なんで、なんで、どうして……!?
「……あたしは――」
――――
IS学園・第二アリーナ、バトルフィールド内――
BとD、二つのカタパルトから飛び出した三つの機影。
内、鉄色と蒼色の機影はすぐさま所属不明機に食らいつき、戦闘を繰り広げていた。
「逃がしませんわ!!」
速力と機動力に長けるセシリアと『蒼い雫』は、所属不明機を追尾しながらビットによる遠隔攻撃を開始する。だが、まるでビットの来る位置が分かっていたかのように、すぐさま体をひねり込んで斜め下へと下降、下降の勢いで再加速しながらUターンし、ビットをすれ違いざまに振りきってしまった。
「な……なんて急旋回ですの……!?」
俗に『スライスバック』と呼ばれる空中戦闘機動、つまり戦闘機の旋回方法の一種だ。
本来ならもっと広い場所と高度を必要とする技だが、所属不明機は遮断シールドの境界すれすれまで加速してこれを敢行し、あえて地面から数メートルもない軌道を選んだ。
狙いの先は織斑一夏、ただ一人。
「行かせるかあぁぁあっ!!」
所属不明機に逃げられた後に、地上で待機していた箒が前に出て止めに入る。
これに対し、所属不明機は細いビームの連射で箒を釘付けにせんとした。
「ぐぅぅ……、はぁぁぁぁぁああああっ!!」
ところが箒は、ビームの雨を受け止めながらも、所属不明機に強引に突っ込んだ。
後ろで補給をしているであろう一夏を庇っての、気迫の突進だ。左右にぶれたビームは避けつつ、とにかく後ろの一夏に届こうとする攻撃だけは、意地でも受け止めている。打鉄のシールド再生能力の高さが生む、堅牢な防御があって出来る、強引な攻めである。
絶対防御機能が働いているとはいえ、ビームに撃たれ、箒の体に衝撃と鈍い痛みが走る。しかし、その痛みを食いしばり、気合いで前へと出ていく。
五、六発のビームを食らいながらも、箒は所属不明機に正面から肉薄する。
「だああぁあぁっ!!」
巨大な実体刀『葵』による気合い一閃。
やや昇り気味な横斬りを、抜群のタイミングで振り抜いた。
しかし――
――ぶわっ
「なっ……!?」
そのタイミングさえ計算し尽くしていたかのように、所属不明機は地上から離脱し、再び上空へと向かった。そして、そのまま姿勢を水平に戻し、一夏たちのいる方へと再加速を始める。
(しまった……!)
必死の突撃も無意味に終わったかと思われた、そのとき――
――ビカッ
――どどどどぉぉおん
所属不明機の目の前に、四本の光の線が走り、まるで格子のように行く手をさえぎった。続けて、『蒼い雫』の支援子機――ビットによる上空からのビームの雨が、所属不明機に襲いかかる。
(これは、セシリアの――!)
見上げれば、セシリアが上空からビットを遠隔操作し、所属不明機を一夏たちとは対角線の位置に突き離していた。
「……箒さんっ、無茶をし過ぎでしてよっ!!」
上から聞こえるセシリアの僅かな声に、箒は苦い顔をして視線を落とした。
(だが、これぐらいしか、打鉄しか使えない私には……)
箒は、自分が射撃武器を使えないことを悔んだ。
打鉄にも一応、焔備というアサルトライフルが標準装備されている。
しかし、箒は銃の扱いが苦手だ。というより、そもそも撃ったこと自体、最近になって初めてだ。
まだまだ的に当てるのも一苦労するし、撃ちながら体を動かすことも、まだ経験として体に叩き込める状態ではない。
対してセシリアは、射撃を主体とした遠距離戦闘の玄人。ビームでの砲撃を主軸にする所属不明機とは、高速機動での戦いができるという面でも相性が良い。
(せめて、ヤツを足止めして一撃を。一閃だけでも……!)
覚悟だけでは埋まらない、相性という深い溝。
それでも、この溝を飛び越えるために努力は積まなかったワケではない。
一念発起し、箒は地上をホバーリングする戦法から、空中へと飛び出した。
箒には、地面に近い位置で戦おうとする、剣道から来るクセがあった。
剣道において、足捌きは基礎にして奥義。脚の動きが、強さに差を付けることは珍しくない。
ところが、それがかえって箒を地面に縛り付ける鎖となっていた。
ISは自在に飛んでこそ、その真価を発揮できる。
修夜、セシリア、鈴のようにISに触れたのが早かった人間や、一夏のように非凡な順応力を持っている訳でもない箒に、ひと月足らずで空中を自由に飛ぶというのは、見よう見まねだけでは困難を極める。
ゆえに、箒はセシリアに剣術を指南する見返りとして――
「私だって、自由に飛んでみせるっ!!」
気合を入れるべく、自らを思いを叫び、所属不明機に迫っていく。
一週間ばかりの飛行訓練だったが、セシリアの指導が良かったのか、箒は空を飛ぶ感覚を掴みはじめていた。
飛び方は一直線で粗削りだが、なかなかに様になっている……が――
「ストッ――プですわっ、箒さぁんっ!!」
「ぅわぁ、せ……セシリア……!?」
加速しはじめたそのとき、セシリアが上から割り込み、箒の行く先を阻んだ。
「少しは落ち着いて下さいましっ、さっきからスタンドプレーが目立っていますわよっ?!」
「で……でも……」
「……っ、避けますわよ!!」
言っている間にも、所属不明機は二人を狙って、細いビームの連射を浴びせてくる。
箒はセシリアに腕を引っ張られ、一旦さらに斜め右の上空へと上がる。
それを見た所属不明機は、続けざまにビームを連射し、セシリアも箒を引っぱりながら巧みにそれを回避していく。
「ちょ……ちょっと、セシリア――ぅわわわわっ、は……話をっ……?!」
慣れない空中で、上下左右に振りまわされる箒に、セシリアは語気を強めて言葉をかける。
「一夏さんや修夜さんたちのお役に立ちたいのは、充分に解ります。
ですが、いくら防御型の打鉄だからといって、あんな突撃は修夜さんが怒りますわよ!?」
「うっ……」
そこを引き合いに出されると、箒もぐうの音が出なくなった。
(やってしまった……)
今になって、箒は自分が力み過ぎていたことを自覚した。
強い気持ちが前に出過ぎてしまい、気合いの空回りを起こしてしまう。入学して修夜に説教されて以降、少しは直った気でいたが、そう簡単にはいかないらしい。
「また避けますわよ、箒さん!」
「……ぇ、きゃあぁぁあっ?!」
落ち込んでいるヒマをもらえず、敵からの攻撃に対し、セシリアは再び回避行動を取る。右に左に上下にと、箒もそれに振りまわされる。
急激な運動に少しフラフラになる箒を見ながらも、セシリアは箒に言葉をかけ続ける。
「わたくしができるだけ、『蒼い雫』のビットで撹乱します。
箒さんは、相手がフェンス側に追い込まれたのを見計らって、突撃してください……!」
それは叱責や説教で無く、コンビネーションによる作戦だった。
「セシリア……?」
突然の提案に、その意図を掴めずに困惑する箒。
「一人だけでは無理でも、二人でならできるはずです。
わたくしは、箒さんを信じます……!」
そのセシリアの一言が、箒の心に。
あんな独断専行をやった自分を、セシリアは何の躊躇もなく信じると断言した。
一人ではできないことを認め、その不足した力を自分に求めてくれた。
(あぁ……、これが……“信じる”ということなのか……)
己で決定したことにすべてを賭け、後悔しない覚悟と潔さを持つこと。
自分に足りないものを相手に託すことに、言い訳をしないこと。
(信用を欲しがったり、信頼に応えたいと力んだ時点で、私はみんなを信じていなかった……)
みんなの力になりたい。専用機持ちでなくても、自分の意思を通してみせる。一夏と修夜と凰のために、できるだけ自分が時間を稼ぐ……。
考えれば、どれもこれも独りよがりな思い込みばかり。
自分の力を信じようとはしても、仲間のことは心算に入れずにいた。
それでは、他人を信じることにならない。
「………っ」
そこに気が付けたのならば、やるべきことは一つ。
「分かった、私もセシリアを信じる……!」
「箒さん……」
信じることは、“他人から得る”ものではない。【自分が決めること】だと、箒は理解した。
「……いけない、またヤツが一夏たちの方に……!?」
「やりますわよ箒さん、決して焦らず、落ち着いて……!」
「わかった!」
セシリアは箒を腕を離し、弧を描きながら斜め上前方から回り込むように、所属不明機に近づく。そこから、大型レーザーライフル「スターライトmkⅢ」を構え、所属不明機の進路へと連射し、進行を妨げていく。
「その先へは、行かせませんわっ!」
休む間もなく、すばやくビットでの遠隔攻撃に切り替え、所属不明機を徐々に、Bカタパルトのあるフェンス側の低空へと追い詰める。
『箒さん、今ですわっ!!』
セシリアの指向性マイクで拡大された声を聞き、箒は実体刀「葵」を顔のそばで立てて構える『八相構え』から、前方に刃を突きたてるような『脇構え』へと切り換え、ブーストを全開で吹かして所属不明機に突っ込んだ。
「一意専心っ……、はぁぁぁぁぁぁああっ!!」
猛然と迫る箒に気が付き、すぐさま回避行動に出ようとする所属不明機。
「止まりなさいっ!!」
だがセシリアもすぐさまビットを飛ばし、上空からビームの雨を振らせて足止めする。
その内の数発が辺り、所属不明機は反動でふらついた。
絶好の好機。
(決める――!)
最大加速で突っ込んだ箒は、刀を大きく振り上げ、全力の一閃を放つ。
「でぇぇぇえああぁぁあっ!!」
――ぞんっ
横一文字、白銀の刃が弧月を描く。
手応え、あり。
――ひゅう……、がしゃあぁぁあんっ
必殺の一撃をまともに受け、所属不明機の巨体はフェンスへと飛ばされると、そのまま跳ね返って地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。
周囲に土煙が上がる。
「やった……のか……?」
小さく息を切らしながら、箒は倒れ込んだ所属不明機をじっと見据える。
『箒さぁん、油断なさらないでくださぁいっ!』
再び上空からセシリアがマイクで声をかける。
ISの機能によって、シールドバリアーを震わせて、スピーカー代わりにしているのだ。
「分かっているっ、これくらいですむ相手では――」
セシリアの声を聞いた箒は、返答するために後ろを振り返り、顔を上げて声を出す。
その一瞬だった。
『箒さん、後ろっ……?!』
セシリアの声にはじかれて、ふと前に向き直ったそのとき、箒の目の前には、巨大な鉄の腕を振り上げ、それを今にも彼女へと高速で迫る漆黒の影だった。
「なっ……――」
――ぶおんっ
――ずがぁっ
「ぐあぁっ!?」
避ける間もなく、箒にその暴力は襲いかかり、彼女を二十メートル近くも吹っ飛ばして、うつ伏せに倒れ込ませた。
「箒さんっ?!」
あまりの衝撃に全身に鈍い痛みが走り、箒は上手く体を起こすことができない。
そのあいだにも、所属不明機は再び加速してダウンした箒に迫る。
セシリアも必死にビットを飛ばすが、もう間に合う距離ではない。
(駄目だ、やられるっ……!)
無慈悲な鉄腕が、再び箒の体に振り下ろされようとしていた。
――ズダダダダダダッ
――カキュン、キュン、キュン、カキュンッ
その間一髪のとき、実弾の連射が所属不明機のシールドバリアーを鋭く叩く。
「うおぉりゃああぁぁぁあっ!!」
さらに銃撃に怯んだ隙を狙い、六枚の翼をもつ白鵠が、白亜の刃を振るって突撃し、一閃。続けざまに胴回し蹴りを放って、所属不明機を箒から突き離す。
「オマケだ、とっときやがれぇ!!」
実弾を放った蒼い風の獅子は、続けざまに肩にミサイルポッドを現出し、四、五発ばかり発射して追い撃ちをかける。蹴りの威力によって態勢の立て直しが難しいところに、容赦なくミサイルがヒットし、痛快な炸裂音を奏でると、所属不明機の姿は黒煙に隠されていった。
「大丈夫か、箒ぃっ!」
「まったく、お前もセシリアも無茶しやがるぜ……」
白鵠と蒼い獅子が、少女の前に降り立ち、心配そうに見つめていた。
「一夏、修夜……!?」
彼女の前に立ったのは、いつも自分を救ってくれる幼馴染の存在だった。
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