IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第二章『凰鈴音』
第二十二話『震撼、第二アリーナ』
前書き
今回の推奨IBGM
○一夏VS鈴(前回と同じです)
Rebellion(BLAZBLUE) or NOONTIDE(GUILTY GEAR XX)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16618382 Rebellion
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm17127195 NOONTIDE
○謎の機体乱入
Emotional upset(VALKYRIE PROFILE-LENNETE-)
ttp://www.youtube.com/watch?v=VBa0bdvBZpk
○謎の機体との戦い
鋼の巨人(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137743
○モニタールーム内の会話
導火線(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3232168
今回は全般的にスクエニの曲が多いですが、イメージに合うんですよね、これ(汗
数十分前、第二アリーナ周辺――
一夏と鈴が熱戦を繰り広げはじめた頃、アリーナに向かって走る女子生徒の影があった。
「も~う、なんで忘れものなんてするのよ~!?」
「だからゴメンってばぁ……」
黒髪の生徒は、忘れものをして教室に引き返す原因をつくった友人を咎め、茶髪の生徒は、黒髪の友人のあとを息を切らせて追いかけていた。
「これじゃ、立ち見決定じゃない。
せっかくのウワサの男子とウワサの転校生の対戦だっていうのに……!」
本当は、早めに到着して席をゲットしておきたかった。しかし急に任された日直、友人の忘れもの、先生からの手伝いの押し付け……。相次ぐトラブルに見舞われ、結局こんな時間までずれ込んでしまった。
「ほら、もうすぐなんだから、頑張りなさ――」
アリーナの玄関口が見えたところで振り返ると、いるはずの友人の姿が忽然と消えていた。
足を止めてみ回すと、息を切らしていた本人は近くに植えられた並木のそばでしゃがんでいた。
「アンタ、そんなところで何を――!」
カッと来て怒ろうとしたとそのとき、しゃがんでいた友人が急に振り返ってきた。
「見て、見てみて、チョ~~~カワイイッ!!」
茶髪の生徒は、その腕の中にピンク色の丸い物体を抱えていた。
上部からはウサギの耳が生え、目と鼻とヒゲらしきものが正面についていた。大きさは直径三十センチメートルほどで、目と耳の内側は赤、鼻は紫をしている。ゴムボールのようにむちむちとした感触が、見た目と抱えている友人の様子から理解できた。
『PipoPipo, PapoPapo ♪』
軽快で小気味の良い電子音を鳴らし、謎物体はさも機嫌のよう誘うな感じだ。
「なんのよ、それ……?」
「さっきここで、もそもそ動いているのを見つけたの~!」
茶髪の生徒は、謎の“ウサギボール”を抱えて悦に入っていた。
「……あのね、もう試合は始まってるのよ。こんなところで道草食って、謎物体なんか拾ってる暇なんてないのよ」
友人の行動に呆れながら、とにかくまたとないISバトルを拝もうと、黒髪女子は友人をたしなめようとする。
「でも、かわいいじゃ~ん……」
それに対して茶髪女子は、悪びれる様子もなく、まるで拾った捨て猫を飼おうとダダをこねる子供のようにむくれていた。
すると――
『ダイニ アリーナ イキタイ。バショ ハ ドコ?』
ウサギボールは彼女たちの前に中空電子画面を映し出し、自らの意思を伝え始めた。
「すご~いっ、新しいぬいぐるみロボットかな~?」
のんきに感動する友人を尻目に、黒髪女子は段々とウサギボールに疑念を覚えはじめた。
「仮にそうだったとして、そんな高そうなもの、誰が持ってきたのよ……?」
IS学園が隔離空間とはいえ、テレビもネットも新聞も普及している。
こんなハイテクおもちゃなら、どこかのバラエティ番組で取り沙汰されてもおかしくは無いし、ネットでも話題をさらっていることであろう。
だがそんなウワサは見聞きしたことがないし、第一こんなところに、こんな物体があること自体がおかしい。
「きっと、ご主人を探してるんだね。よ~し、なら私が連れて行ってあげよ~う!」
「ちょっと……!?」
黒髪女子の疑念とは裏腹に、茶髪女子はすっかりウサギボールの虜となっていた。
そしてそのまま、茶髪女子は先ほどの息切れがウソのように、ウサギボールを抱えたままアリーナに向かって駆けだした。
「も~~~ぅ……!!」
勝手気ままな友人に振りまわされ、黒髪女子はヤキモキしながらその後を追った。
――――
「まったく……」
アリーナに遅刻した二人は、結局立ち見どころか、試合すら拝めていなかった。
「だって、アリーナに着いた途端、どこかに逃げちゃったんだも~ん!」
第二アリーナ到着後、ウサギボールを抱えた茶髪女子は、玄関にいる警備員に止められ、ウサギボールの引き渡しを求められた。
必死で警備員を説得していたそのとき、ウサギボールは茶髪女子の腕の中から飛び出し、それこそ軽快に弾むボールのように、勝手にアリーナの廊下を跳ねて走って行ったのだった。結果、二人は『不審物搬入』と判断されてしまい、警備室で説教がてら、ウサギボールの行方が分かるまで監視されることとなった。
「試合、見たかったなぁ……」
ため息交じりぼやく黒髪女子。
「ごめ~ん……」
「反省するなら、今度ランチでケーキおごって」
一応の罪悪感はあった茶髪女子の謝罪に、黒髪女子は態度で示すことを促した。
――――
第二アリーナ・どこかの廊下――
人気のない廊下で、ウサギボールは一匹で佇んでいた。
目の前には、警備システムに繋がっている、ドアの開閉用の電子端末。
ウサギボールは、その三対のヒゲをまるで触手のように伸ばし、電子端末の隙間に忍び込ませた。
「モクテキチ センニュウ セイコウ コレヨリ 【オツカイ】 ヲ スイコウ スル」
その信号は、ここにはいない“誰”に向かって放たれたのだろう。
――――
IS学園・上空二万メートル――
一つの怪しい飛行物体が、雲の合間に隠れて浮かんでいた。
極寒の大気にも動じず、レーダーにも、監視衛星にも引っかからず、まるでカメレオンのように雲と空に溶け、そこに佇んでいる。
偏光式光化学電子迷彩「隠し身の魔套」――。飛行物体の制作者による最新鋭の装備であり、高いステルス性と光化学迷彩による不可視化、そればかりか赤外線レーダーや超音波レーダーに熱レーダー等など、あらゆる索敵装置に引っ掛からない、まさに究極の一品。
≪モクテキチ センニュウ セイコウ コレヨリ 【オツカイ】 ヲ スイコウ スル≫
飛行物体は、地上から発せられた信号を確かにキャッチし、降下を開始した。
――――
第二アリーナ・バトルフィールド――
試合開始から、もうすぐ三十分ぐらいが経とうとしていた。
あれから試合は撃ち合いと鍔迫り合いの押収で、俺と鈴はお互いのシールドエネルギーをじわじわと削り合い、今は少しばかり睨み合っている。
俺のシールドエネルギーは430ポイント、鈴のシールドエネルギーは460ポイントで、まだ鈴の方が僅差で勝っている。
(そろそろ、デカイのを一発入れておかないと……!)
俺も鈴も、ほとんどの手の内はさらした状態だ。
僅かに勝っているとはいえ、鈴の方もまだまだやる気満々みたいで、どうしても俺を地面に叩き付けないと気が済まないらしい。まったく攻撃の手を緩めてこない。
付かず離れずで戦い続けて、もうお互いに少しずつ息切れが見えはじめている。
――「『零落白夜』は、最後の最後までとっておけよ」
修夜の言葉が頭をよぎる。
状況を覆すには、やっぱり零落白夜での一撃が一番効果的だと思う。
でも修夜とのクラス代表決定戦や、これまでの練習と模擬戦で、あれが文字通りの“切り札”っていうことは、試合を重ねるごとに否応なく理解できた。
あれが当たったときの一撃はデカイ。上手く当てれば、シールドを500近くも削って見せてくれる。まさに“一撃必殺”の最強の攻撃だ。
でもそのリスクも、威力に比例して半端がない。零落白夜はシールドエネルギーを消費して、無敵の力を発揮する。攻撃をミスしようものなら、シールドを弱らせて俺の方がヤバくなる。
(焦るな、俺。まだ使っていない手がいくつかある……!)
六花には、鈴にまだ使っていない攻撃が“三つ”ある。
そのうちの二つなら、零落白夜には及ばないけど、鈴に致命打を与えることができる……!!
問題は、鈴にそれを使わせる隙を、俺が作らなきゃならないってことだ。
さてどうするよ、織斑一夏……!
「ねぇ、そろそろこんなの、終わりにしない?」
鈴が俺に向かって、急に声をかけてきた。
「一夏だって、いい加減こんな削り合いじゃ、満足できないでしょ?」
言っている言葉はどことなく適当だけど、言い方の荒っぽさや俺を睨む視線は本気の感じだ。
どうやら鈴の方も、俺と同じでこの辺りで勝負を付けたいらしい。
それになんていうか、“昔からの”負けず嫌いな鈴が、そこにいる気がするだよな……。
「あぁ、時間もあと10分ぐらいだし、このまま削り合いなんて、スカッとしないよな」
向こうはやる気だ、なら俺にもチャンスはある。
自然と左手が疼いてくるけど……落ち着け俺、まだ浮かれていい時間じゃない……。
――「お前さぁ、調子に乗ってくると、手足とか疼いて無意識に動かすクセとかないか?」
修夜に言われて、俺は初めて自分のクセを自覚できた。
言われてみれば、面白そうなことを思いつくと、つい体がウズウズしてくることが多い。特に手なんかは、はやる気持ちでついつい動かしていることが多かった。
変わるんだ、俺は。
もう千冬姉のマネばっかりの俺から卒業するんだ……!
だから千冬姉、見ててくれよ。
これからが俺の、千冬姉への恩返しの始まりだ――!!
「さぁ、やろうぜ鈴。コイツで決着だ!!」
自然と左手に力が入って、俺は思いっきりそれを握りしめた。
俺の構え直しと同時に、鈴も二本の青龍刀を柄をくっ付けて合体させ、いわゆる“ツインブレード”のような状態にして、正面に突き出すように構える。
俺も鈴も、お互いの出方を見るために、もう一度睨み合う。
緊張感は最高潮。観客席の方も、段々と静かになっていく。
ほんの十秒ぐらいの、短い睨み合い。
それでも俺も、そしてたぶん鈴も、一分ぐらい睨んでいる気分だ。
「「!!」」
どっちの方から動いたかなんて、この際どうでもよかった。
互いに何かにはじかれたように、俺と鈴は正面からぶつかった。
――どっかあああぁぁぁあぁぁんっ!!!!
そのはずだった。
でもそうなる直前、突然上から凄まじい爆音が轟いた。
俺と鈴のあいだの空間を上から突っ切る謎の閃光。
それがもたらした、爆発と爆炎。
フィールドに空いた穴から、もうもうと黒い煙上がる。
俺も鈴も、呆気に取られて動けなくなっていた。
音のした方を見上げれば、空が割れていた。
いや違う、ISの攻撃がアリーナの外に出ないようにするための『遮断シールド』が割れたんだ。
六角形に形成されたシールドの破片が、割れた場所からボロボロと落ちて、消えていく。
そしてそこから、“真っ黒な何か”が降りてきた。
やけに大きな体、そのクセにやけに小さい体と頭。
特に腕の太さと手の大きさ、地面に着きそうな長さは、まるでゴリラのようだ。
肩もアメフトのプロテクターみたいに身盛り上がっていて、そこから腕に向かってケーブルみたいなのが腕と肘の付け根に向かって伸びている。その正面には奇妙な穴。ほかにも、全身のあらゆる場所にスラスターがあって、何ともバランスが悪そうに見える。
そもそも頭が、目の四つあるヘルメットと型のアーマーで一体化していて、剣道の面みたいに首が判らない状態だ。
デカイ、2メートル以上は確実にありそうなぐらい、大きな体だ。
羽はない、でも間違いなく飛んでいる。
まるで“ISのように”……!
『緊急警報発令!! 学園内・第二アリーナにて、襲撃者を確認!!』
『アリーナ内部の生徒は、速やかに職員の誘導に従い、落ち着いて非難してください!!』
『繰り返します、緊急警報発令!! ……』
けたたましくアリーナに鳴り響く、サイレンと警報。
観客席のみんなが、悲鳴を上げながらパニックを起こし、スタンドの出入口に殺到していく。
真っ黒いそれは、アリーナのスタンド席のてっぺんぐらいの高さで止まり、動かなくなった。
すると真っ黒な何かは、その大きな腕を前に突き出した。
そして次の瞬間、腕の甲にある出っ張った場所から、赤色の光線を発射した。
赤い光線はスタンド席手前のフェンスに直撃し、またアリーナを爆音とともに震わせる。
その衝撃に、何人もの女の子たちが倒れたり、悲鳴を上げたり、うずくまったりした。
なんなんだよ、この状況……!?
〔織斑、凰、聞こえているか!?〕
「千冬姉!?」
〔織斑先生だ、馬鹿が!〕
突然、千冬姉からISのコア・ネットワークへと通信が入った。
「ちふ……織斑先生、どうしたっていうんだ!?」
〔判らん、だがあの所属不明機が、このアリーナに向かって攻撃したのは間違いなさそうだ〕
千冬姉の声に、どこかせっぱ詰まった感じがした。
「所属不明機って、あれもISなんですかっ!?」
鈴が、俺と千冬姉の通信に割って入ってきた。
〔ヤツの胸の辺りから、ISコアの反応を確認した。あの馬鹿でかい装備はISのものだろう〕
俺も千冬姉の言葉を信じて、真っ黒野郎にハイパーセンサーを向けるよう、意識してみる。
≪ISコア反応を検知、所属不明、コア番号不明、コア・ネット通信不可≫
中空電子画面にそんなメッセージが載せられた。
マジかよ、ホントにISだ……。
よく見れば胴体の真ん中に、スウェットスーツみたいに全身を包むタイプのISスーツを着た、操縦者らしい人影があった。ただ、顔はヘルメットとアーマーに覆われているせいで、全然確認できない。
〔ともかく試合は中止だ、お前たちも早く避難しろ。
ヤツの目的は不…明だが、教…員のホ…ウデ……〕
「お、おい……、織斑先生……。先生、千冬姉ぇっ!!」
突然、無線が途絶えるような音ともに、千冬姉との通信ができなくなった。
「一夏、どうなってるのよ、コレっ!?」
「俺に言われても……?!」
次々に起こる事態に苛立っているのか、鈴が俺に怒鳴ってきた
どうなっているのかは、俺だって知りたい。
目の前の真っ黒野郎は、こうしているあいだにもアリーナのフィールドやフェンスに向かって、無作為にビームを撃ったりしている。
観客席に被害がないのが、不思議なぐらいだ。
(……あれ?)
そこで気が付いた。
観客席から、ほとんど人が減っていない。
スタンド席の出入口に人が群がったままで、一向に出ていく様子がない……!
あれだけうるさく鳴っていたはずのサイレンも、いつの間にか止んでいた。
「出して!!」「何で開かないのよ!?」「早くしてぇ!!」
ハイパーセンサーでスタンド席の出入口付近の音を拾ってみると、そこからは女の子たちの悲痛な叫び声がいくつも聞こえてきた。
スタンド席の出入口の奥にある、もう一枚の非常用シャッターが、生徒の避難を終える前に勝手に閉じてしまったらしい……!
どんどん状況が混乱していく。
鈴との決着を付けるはずが、突然の出来事でワケの解らないことになった。
果たして俺の目の前のことは、本当に現実なのか。
こんな中で、俺は一体どうしたら……!?
「ちょっと、そこのアンタ!!」
その声に、とんでもなくまずい予感がして、声の方に振り返った。
それは、目の前のことで混乱しかけていた俺をよそに、真っ黒野郎に接近する鈴の姿だった。
「おい、待てよ。危ないぞ、鈴っ!!」
必死に呼び掛けるも、鈴の耳にはまるで入ってないらしく、どんどん真っ黒の方に近付いていく。
「人がせっかく一夏と大事な戦いをしてるっていうのに、急に割り込んで何様のつもりよ!?」
そしてあろうことか、両手に持った青龍刀を構え、戦る気満々でいらっしゃる。
「絶対に許さないんだから、覚悟しなさいよっ!!」
うっわー……、ケンカ売ったよ。
アリーナの遮断シールドをぶち破ってきたヤツに、正面からケンカ売ったよ、この馬鹿……。
その無謀な宣戦布告に対し、真っ黒はおもむろに鈴の方に向き合った。
そしてボウリング球みたいな頭の四つの目が、チカチカ光ったと思ったそのとき、真っ黒野郎は図太い右腕を鈴に向かって突き出してきた。
「ナニ、やる気?」
いや、やる気なのはお前だろ……って、あの構えは――?!
「鈴、危ない、早く離れろっ!!」
俺が叫んだその一瞬、悪い予感が告げたとおり、真っ黒野郎は鈴に向かって思いっきり光線をぶっ放しやがった!!
「え――」
(くそぉ、間に合えええぇぇえっ!!)
何も考えず、急いで鈴へ向けて瞬時加速《イグニッション・ブースト》を仕掛け、俺は鈴に目がけて突進した。
間一髪だった。
何とか鈴を腰から抱えて担ぎ上げ、俺はその場から離脱に成功する。あと一歩遅ければ、鈴はあの馬鹿でかいビームの餌食になっているところだった。
ビームはアリーナ上空の遮断シールドぶつかって、盛大な爆音を轟かせる。
「あぁ~……、危なかっ――いてててっ?!」
「離せっ、は…離しなさいよっ、ここ…このスケベ、変態っ、インランッ!!」
なのに、せっかく助けた鈴の頭をISの腕のまま、顔を真っ赤にしてドカドカと叩いてきた。
実際にはバリアシールドのお陰で、言うほど痛くは無いけど、この仕打ちは酷い……。
「わかった、わかったから……!」
抱えていた腰をそっと離してやると、鈴はそのまま俺を突き飛ばすようにして、慌てて離れていった。だから痛いって……。
ついでに今の瞬時加速と、鈴のドタドタで70ポイントもシールドを消費してしまった。
≪CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!≫
突然、俺の中空電子画面に黄色い英単語とともに、警告音が鳴り響いた。
≪ロックオンされています。攻撃に注意してください≫
画面に何やら、とんでもないことが表示された。
「ロックオンって……」
見ると、真っ黒野郎は俺の方に向きなおり、大きな腕を両方とも俺に向けていた。
「鈴、ここを離れるぞっ?!」
「あたしに指図しないで――きゃあっ?!」
確認して間もなく、真っ黒は腕からさっきとは違う細いビームを、左右で交互に連射してきた。
俺は左に、鈴は右に分かれてその場から飛び去る。
すると真っ黒は、ビームを撃つのをやめて、腕を前に突き出す格好で俺の後を追ってきた。
まるで巨大ヒーローか、鉄腕ロボットみたいだ。
俺の中空電子画面に、後ろからついてくる真っ黒野郎の姿が映し出される。
ハイパーセンサーでのカメラは、こういうときに本領を発揮するみたいだ。
再び警告音が鳴り、とっさにカメラで後ろを確認する。
すると再び、真っ黒からのビームの連射がはじまる。前に突き出した腕の砲門からのビームの雨を、俺は左に旋回しながら避けていく。
上に捻り込んだり、急なターンやブレーキで惑わしたり、色々やるけどそれでもしつこく真っ黒は追ってくる。
(狙いは……俺か……!?)
真っ黒は、鈴や観客席の女の子たちには目もくれず、ひたすら俺を追い続けてくる。
理由は分からないし、訊いたところで答えてなんかくれないだろう。
それよりも、俺がビームを避けるたびに、観客席の遮断シールドにダメージが蓄積されていくのが気がかりだ。
ちょっとやそっとの衝撃では、観客席のシールドは破られたりしないだろう。
でもこの真っ黒は、アリーナの外側から遮断シールドをブチ破ったぐらい、いざなればヤバい攻撃が可能なんだと思う。もし万が一そんな攻撃がスタンド席に向かったら、本当に死人が出る可能性だったある。
ちらっと観客席を見ると、相変わらず出入口には人だかりだ。カメラをズームして見ると、お互いの髪や制服を引っぱり合ったり、我先に出ようとして罵りあったりで、まさに乱闘騒ぎになっている。突き飛ばされてケガをしたり、ベンチの影で泣きながらうずくまる女の子さえ見えた。
もうスタンド側は、限界に近い。
これ以上逃げていたら、みんなに迷惑がかかる……。
相手は未知数、たぶんすごくヤバい。
本当なら、手を出すべきヤツではないんだと思う。
勝てるのか、俺に……?
でも、でもでも、でもっ……!!
「くらえぇっ!!」
その叫び声とともに、何か巨大な物体が回転しながら真っ黒野郎に襲いかかった。
真っ黒のほうはそれを急上昇でかわし、回転する物体は声の主のもとへと、ブーメランのように戻っていき、その手に収まって止まった。
回転していたのは、鈴の甲龍の青龍刀・ツインブレードだった。
「さっきからあたしを無視するなんて、ホントにいい度胸してんじゃない……?!」
さっき一度、撃墜の危機に遭っているはずの鈴は、懲りもせずに真っ黒にケンカを売っている。
呆れるぐらい、俺との戦いに水をかけたことを根に持っていた。
「一夏も一夏でナニよ、この根性なしっ。こんなのさっさと倒してみなさいよっ!!」
……ホント、鈴のヤツはこんな状況で何を考えているんだろう。
でも……だ。
「そうだな……。
とりあえず、鈴。一時休戦だ、一緒に戦ってくれるか?」
今はコイツの怒鳴り声がありがたい。
「な……ナニいきなり指図して――!?」
「頼む、聞いてくれ。アイツの狙いは、たぶん俺“だけ”だ。よく解らないけど、お前や客席のみんなには自分から手を出していないし、俺にだけ積極的に攻撃を仕掛けてきている。
なら、千冬姉や他の先生が来るまででいい。俺が囮になって引き付けるから、できるだけアイツを攻撃して、これ以上あのビームを撃たせないようにできないか!?」
修夜にしごかれる前の俺なら、零落白夜を酷使してでも、すぐにコイツを倒そうとしたと思う。
ビビっていないって言ったら、それはウソになる。……けど、こんなにみんなに迷惑をかけるヤツを野放しにできるほど、俺はまだまだお人好しになんてなれない……!!
ビビるな、織斑一夏!
今の俺に出来る、精一杯をやるんだ。
「お願いだ、鈴。俺に力を貸してくれっ!!」
今はケンカのこととか、約束のことで、意地を張り合う場合じゃない。
俺と鈴で、コイツを食い止めて、少しでも観客席のみんなの不安を取り除かないと……!!
「……わ、わかったわよ。そ…その代わり、約束のこと……!」
「あぁ、いくらでも謝ってやるよ。土下座だってしてやる」
「そ……そういう意味じゃなくて……その……!」
何とか鈴は了承してくれた。でも、なんで途中で口ごもったんだ……?
「とと……とにかくっ、言ったからに謝って……ちゃ…ちゃんと思い出してよねっ?!」
おいおい、今は目の前のことに集中させてくれよ……。
「とにかく、あの真っ黒野郎を食い止めるぞ……!」
これが今の俺に、出来ることなんだ――!
――――
「もしもし!? 織班くん、凰さん、聞こえてますか!? もしもしー!?」
山田先生が個人間秘匿通信を使い、必死な声で一夏達たちに呼びかける。
通常ならばこの通信では声に出す必要は無いのだが、状況が状況なだけに、山田先生が混乱してるのは傍目から見ても分かる。
しかも、二人からの返信は一切無い。どころか、外部への通信手段すら、先ほどの一夏たちとの交信を最後に途絶えてしまっている。
「……こいつはやっぱり…」
「通信妨害されていると見て間違いないね。しかも、高度なハッキングと併用しつつ……かな?」
拓海が開いている機器を操作しつつ、俺の声に応える。
「さっきから学園の内外に向けて通信を試みてるけど反応は無いし、アリーナの遮断シールドがレベル4に設定されていて、扉の全てがロック済み……。
今のアリーナは、陸の孤島そのものってところだね」
「んで、このままじゃ生徒たちの避難も外部からの救援も出来ないって所か……」
俺の言葉に、拓海は無言で頷く。
「それ以上に、このままだと一夏たちがもたないね。
ただでさえ試合の最中に乱入されてるから、シールドエネルギーの残量も心許ない筈だし……」
そう言って、拓海はモニターを見る。通信が遮断されているにも関わらず、アリーナのモニターだけは何故か生きているみたいだ。
そこから、必死になって囮になっている一夏と、それに合わせて乱入者に攻撃を加えている鈴の姿が見えていた。
恐らく、これ以上の被害を出さないために時間を稼いでいるのだろう。救援部隊が来る事を信じて。
「どうにかならないのか、拓海!?」
箒が苛立った声で拓海に呼びかける。
ただでさえ状況が切迫している上に、一夏たちが無理をして時間を稼いでいるのだ。焦る気持ちは分からなくもない。
「落ち着いてください、箒さん。今ここで焦っていたところで、事態は好転しませんわよ」
それを必死に宥めるセシリア。だが、その声に余裕はなく、彼女もまた内心では二人の安否を気に掛けているのが分かる。
山田先生は先ほどと同じように必死になって通信を試みているし、千冬さんに至っては黙ってモニターを見つめているが、その表情に余裕が無い。
モニターから見える客席同様、この場もまた、混乱の渦中にあるのだ。
だが、俺と拓海はこの場において尚、冷静でいられるように勤めている。
『何時如何なる状況でも、冷静さだけは失うな』……それは、師である白夜師匠の教えの一つ。
事実、今のような状況の場合、焦りや混乱は事態を悪化させる恐れがある。
それを防ぐために、まずは冷静に事態を見つめ、自分に出来る事を探し当てる事……箒たちのように取り乱していては、出来る事も出来なくなってしまうのだから。
「拓海、現状で出来る手段はあるか?」
「一つだけね」
コンソロールを叩きながら、そう応える拓海。
「とりあえず、速攻で出来るのはドアロック全ての解除くらいで、遮断シールドの解除や通信の復帰に対応するには時間が掛かるって所かな。
正直な所、今ある機器で全てをすぐに復旧する事は僕でも無理だし、一夏たちの現状を考えると必要なのは、今の状況を覆せる応援……」
「俺たちだけって事か……」
俺の言葉に、拓海以外の全員が俺たちに視線を向ける。
「な、何を言ってるんですか、真行寺くん!? 生徒さんにもしもの事があったら――!?」
真っ先に異論を唱えたのは山田先生だった。
「まったくだ、真行寺。これはもう、生徒でどうにかできる次元ではない、黙って大人しくしていろ……!」
千冬さんもこれに賛同した。
「でもそれじゃあ、一夏たちが……!?」
「なら篠乃之、お前にこの状況を打破する妙案があるというのか……!?」
箒の反論に、千冬さんはすかさず食い下がる。
これには箒も、反論できず引き下がるしかなかった。
そのあいだにも、画面上の一夏と鈴は謎のIS操縦者に苦戦を強いられ続けている。
「だけど、現状で打てる最善の手はそれ以外にない。違いますか、織班先生?」
俺はそう言って、千冬さんを見る。
「まさか、この状況で、自分の弟が事態を解決するなんて馬鹿な事をいいませんよね?
あなたも分かっているはずです。現状で最も事態を好転できる可能性を持っているのは、俺とセシリア、箒だけだと……」
睨むような視線で、俺は千冬さんを見る。今この状況において、一夏たちがアレを止められる可能性は限りなく低い。
万全の状況ならばどうにか出来るかもしれない。だが、試合でそれぞれが消耗している状態でそんな事に期待できるほど、俺も拓海も馬鹿ではない。
ならば、多少の無茶は承知で俺たちが出るしかない。事態が収まらなくとも、それだけで生徒たちの安心感は増し、復旧の時間を稼ぐ事が出来る。
それが、今この場で導き出した、俺と拓海の最善手だ!
「千冬さん……本当に一夏が大切なら、あんたがする事は弟を信じて待つことじゃない。
今この場で、俺たちが出撃し、あいつらの援護を指示することの筈だ!」
「だが、それで事態が余計に混乱したらどうするつもりだ?
現に、三年の精鋭がシステムクラックを実行しているにも関わらず、遮断シールドを突破出来ていない。
そんな現状の中で、お前たち一年が出たところでどうにかなるとでも思っているのか?」
千冬さんもまた、俺を睨みつけながら言葉を切り返す。
確かに、アリーナには周囲の被害を防ぐために、遮断シールドが張られている。しかもレベル4……ちょっとやそっとの攻撃如きで突破できるほどのものではない。
だが、それは『手段が無ければの話だ』。
「それを突破できる手段がある……と言えば、出撃を許可してくれますか?」
「何だと……?」
拓海の言葉に、千冬さんが視線を向ける。
「遮断シールドの突破は直ぐには無理ですが、限定的に一部のシールドを無理矢理解除する事だけなら出来ます。
最も、それが出来るのは二回が限界……それ以降は、相手が対策を講じてしまう可能性がありますし、設備に相当の負担を掛けてしまいます」
「ならば、それを使って教員部隊を突入させれば良いだけの筈だ」
拓海の説明に、千冬さんは正論を返す。確かに、無理矢理解除できるのなら、その方が手っ取り早いのだろう。
だが、それが出来るのなら、拓海は直ぐに実行している。
「無理ですよ。この方法は、大人数が突入できるほどの時間は稼げません。
第一、部隊全員が突入するまでの間に相手が気付いてフィールドのシールドに対策されれば、余計に事態が悪化します」
拓海はそう言って、再びコンソロールを叩く。
「現状で出来る最善手は、ドアロック解除後に、修夜とセシリアがピットルームに向かってその場で待機。
同時に、箒は打鉄が置いてある格納庫に向かい、装着後に一番近いピットルームか観客席へと向かう。
それらが確認できた時に、僕の方でシールドを一時的に解除して、修夜たちを突入させる……これが、今この場における最も適した手段です」
通信手段が無い以上、三年生の精鋭や教員部隊に連絡を取る事も出来ず、突然の出来事に戸惑ってしまえば、彼女たちの突入すら出来ない可能性がある。
ならば、今この場で作戦を聞いている箒とセシリア、そして俺の三人が、タイミングを合わせて突入する方が最も効率的だ。
「でも、それだったら織班先生や私が突入してもいいはずです! なんで真行寺くんたちが……!?」
山田先生が当然のように反論してくる。生徒の身を案じるがゆえの行動なんだろうな。
「今この場における最大戦力を有しているのは、織班先生と山田先生だから……ですよ」
彼女の言葉に、拓海は真剣な表情で答える。
「先ほども言いましたが、この方法が出来るのは二回が限界です。
そして、相手は鉄壁と謳われている防御対策が施されたこのIS学園にハッキングを仕掛け、所属不明のISを突入させるほどの実力者です。
最悪の場合を想定し、お二人にはこの場で待機していて欲しいんです」
そう、拓海の方法は強いて言うなれば『奇襲』に近いのだ。
仮に全戦力を投入して成功すればそれで良いが、失敗してしまえば後が無い。『奇襲』と言うのは、失敗した後の事も想定しなければ、ただの愚策に成り果てるのだ。
ましてや、世界最強と言われる千冬さんが出撃し、万一にも負けてしまえば、それだけで観客席側の不安は一気に爆発してしまう。
奇襲を成功させるする事、解除までの時間を稼ぐ事、取り残された生徒たちを安心させる事、そして何より最強の戦力をギリギリまで保持する事。
二重三重の意味で、この作戦は失敗が許されないのだ。
「山田先生、生徒を心配するあなたの気持ちは分からなくもないです。
ですが、これ以上ここで議論を重ねていては、会場に取り残された観客席の不安は、更に増すばかりです。今は、出来うる限りの最善手を打ち、状況を打破する事。
そして彼女たちに、少しでも安心感を与える事が何よりも優先の筈です。違いますか?」
拓海の台詞に、山田先生は目を伏せて黙り込む。
山田先生は山田先生なりに、俺や一夏といった生徒の身を、誰よりも案じている。それゆえに、今自分が何も出来ないのが悔しいに違いない。
「織班先生、山田先生……わたくしからも、お願いします」
先程まで、黙って事態を見つめていたセシリアもまた、拓海に賛同するかのように喋り始める。
「拓海さんの言う通り、現段階においての方法は、それしかありませんわ。
何より、相手の実力が未知数である以上、お二人が負けてしまえば後がありません。
わたくしたちが先に出れば、一夏さんたちの援護が出来るだけでなく、お二人があのISを相手にする時に、より有利に持っていけます」
「ですけど……!」
セシリアの言葉に、山田先生は反論しようとする。しかし……。
「大丈夫です、山田先生。私もセシリアも、今日まで修夜たちと共に、他の生徒の何倍も訓練を積んできた身です。勝つ心算も、引き際を考える知恵もあります。
必ず一夏たちと共に、無事に帰ってきます」
セシリアを援護するように、箒もまた、真っ直ぐに見つめながら千冬さんに訴えかける。
俺と拓海も、黙って二人の教師を見据える。この場にいる生徒三人と、一人の技術者の意思は同じなのだから。
「……はぁ…」
僅かな沈黙の後に、千冬さんは小さく溜息を吐く。
「決意は、固いんだな?」
「ああ、それが最善手であるのなら、どんなに厳しくても全力で向かってやるさ。
それに俺は、こう言う分の悪い賭けは嫌いじゃないんでな」
千冬さんの言葉に、俺がそう答える。
「そうか……。仕方あるまい、その作戦をもって、確実に勝ってこい」
「お、織班先生!?」
千冬さんのその答えに、山田先生が反応する。
「真耶、これ以上こいつらを止めたところで、勝手に実行するのが関の山だ。
ならば指導者として、少しでも有利になるよう取り計らって、成功に導くしかあるまい」
そう山田先生に言った後、千冬さんは俺たちを強い視線で見渡し、再び口を開く。
「だが、そう言った以上、負けは許さん。必ず勝利し、織班と凰の二人と共に、無事に帰還しろ。
これは授業や演習などではない、最悪のときには速やかに脱出しろ。
その時には、私と真耶で全力でフォローしてやる……!!」
『はい(おう)!』
彼女の力強い言葉に、俺達も強く返事をする。
「ドアロック解除完了……直ぐに向かって準備を頼むよ!」
それと同時に、拓海がロック解除を完了させる。俺達は同時に頷き、部屋の外に向かって走り出す。
「真行寺くん、みんな……!」
すると、山田先生が俺達に声をかける。
「みんな、絶対に帰ってきてくださいね! 怪我したりしちゃ、駄目ですからね!?」
振り向いた視線の先に、山田先生の真剣な表情が飛び込んでくる。目に涙を溜め、それでも毅然とした態度で、俺達を送り出そうとしている。
「ああ、一夏達と一緒に、必ず帰ってきます!」
そんな山田先生に、俺は強気の笑みを浮かべてそう言い放ち、セシリアたちも頷く。
そのまま、俺達はそれぞれの向かう場所へと走り出す。
――待ってろ、鈴、一夏……! 今、助けに行くからな!
――――
修夜たちが去ったモニタールーム内で、拓海は更にドアロック解除とシールド解除の準備作業を、並行して進めて行く。
「拓海、一つ聞きたい」
そんな拓海に、千冬は声をかける。『相沢主任』としてではなく、『相沢拓海』としての彼に。
「何でしょう、千冬さん?」
その事に気付いた拓海もまた、彼女を名前で呼ぶ。
「私は間違っているのか……?」
普段とは変わらず、だがどこか弱々しく小さな千冬の声が、拓海の耳に届く。
「何もしてやれないからと、一夏を信じることだけを考えた私は、やはりおかしいのか……?」
「……それは、僕には分かりませんよ」
拓海はそれを自然に返し、言葉を続けた。
「先程の僕はただ、あなたの一夏に対する接し方に問題があると言っただけです。
あなたの“考えや想い”なんて、あなた以外の誰にも分かりませんよ。ですけど……」
拓海は作業の手を止めないまま答える。そして……。
「今のあなたがそう思っている感情が本当ならば、それがあなたにとっての『正解』だと思いますよ。
……『ふゆ姉さん』」
かつて、修夜と共に親しみを込めて呼んでいた彼女の呼び名を、紡ぐのだった。
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