IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第二章『凰鈴音』
幕間『過ぎ去りし過去の記憶』
時間が過ぎ、同日の夜8時半……。
「なるほどね。
僕も噂で聞いてたけど、まさかそこまで大事になってるとは、予想外だったよ」
俺は拓海の部屋で、昨日あった事を報告していた。
流石に、事ここまで来ると、俺一人じゃ対処できねぇし、かと言って千冬さんに相談できる事態でもないからな。
と言うか、報告して余計に事態が混乱すれば、セシリアの努力が無駄になる。それはそれで、不味い事態になりかねんし……。
「でも、修夜……悪いけど、この一件は僕も手出しは出来ないよ」
「と言うと……?」
拓海の言葉に、俺はそう聞きかえす。こいつがそういう事を言うのも、ある意味で珍しいことだが……。
「一応は時期が悪すぎるのもあるけど、ここから国家のデータベースにハッキングして調べるのは、流石の僕でも無理ってこと。
蒼羽技研に戻れば出来なくもないけど、今は六花や白式の強化で、向こうも忙しいしね」
「……だよなぁ」
言われて納得してしまう俺。
確かに、来週のクラス対抗戦に向けて白式の強化を行なっている拓海達では、片手間でそんな事をしている余裕は無い。
むしろ、下手をして試合を棄権するって事になったら、それこそ本末転倒だ。というか、それをやったら俺は女子に殺されかねん……。
「と言う事は、クラス対抗戦で一夏が勝って、あいつの口から話すように仕向けるのが今のところの近道って事か……」
「まぁ、そうなるね。
ただ、中国のIS機関に関して、ある噂を聞いたことくらいはあるよ」
若干溜息を付きながら言う俺に対して、拓海はそう返してくる。
「……噂?」
「要点だけを纏めると、『中国政府は、豊富な人材と言う量を使って、代表候補生を無理矢理育て上げてる』って噂が、IS関係者の間で囁かれてるんだ。
元々、あの国では色々と黒い噂が絶えなかったけど、ここ最近だとそれが顕著に出ててね。IS委員会でも問題視されてるんだよ」
そう言って、拓海はパソコンにあるデータを表示させる。
そこには、世界各国のメディアが取り上げた記事ではあるが、どれも一貫して拓海の言った噂の内容が書かれている。
最も、中国政府はその事を、否定し続けているらしいが……。
「現状だと、どれも噂の領域でしかないから、確証は無いに等しい。だけど、もしその噂が本当で、鈴がその被害者だとすれば……」
「あいつが変わった理由も、自ずと想像が付く……って訳か」
俺の言葉に、拓海は頷く。
「僕も正直、これは噂だけだと思っていたけど、君の報告のおかげで、現実味が出てきたよ。
実際、一年で代表候補生に上り詰めた実力と言い、君から聞く彼女の変わりようと言い、おかしな点が出ているからね」
そう言って、拓海はデータ画面を閉じる。
「とにもかくにも、この件は一度落ち着けてから調査に入るのが、現状ではベストだろうね。
下手に動けば、学園全体に迷惑もかかるだろうし」
「ああ、そうだな」
拓海の言葉に、俺は頷きながら答える。
現状では、まだ俺や一夏と言った個人に関わる範囲で済んでいるが、下手に動けば、個人が中国政府を相手にしかねない事態にまで発展する。
そうなれば、鈴自身がどうなるのか見当も付かないし、俺だってそんな事態はご免被る。
「まぁ、なんにせよ助かった。正直、あまり他の奴とかに相談できる事じゃなかったからさ」
「別に良いよ。僕と君の仲だしね。
それよりさ、修夜……」
「ん?」
拓海は真剣な表情をして、俺を呼ぶ。
「……その時、君に何かあったのかい?」
「何の事だよ?」
拓海の突然の疑問に、俺は少し笑いながら答える。
「いや、気のせいならいいんだ。なんとなく、話をしている君の表情が、辛そうに見えたから」
「大丈夫だって。まぁ、鈴の事でちっと疲れちゃいるが、その程度でへこたれやしねぇよ」
「ま、そりゃそうだね」
俺の言葉に、拓海もつられて微笑む。
「ただ、今はクラス対抗戦に向けて、一夏の特訓中なんだから、無理だけはしないでよ?」
「分かってるって。それじゃ、そろそろ部屋に戻るわ」
時間を見れば、夜の9時……8時から来て、報告したりなんだりしてたから、結構時間が経っちまったんだな。
「そうだね。ここにいて、千冬さんの雷は勘弁だしね」
「まぁな。それじゃ、お休み」
「うん、お休み。修夜」
互いに挨拶を交わして、俺は拓海の部屋を出て、自室に向かって行くのだった。
――――
「……相変わらず、嘘が下手だね。修夜」
修夜が出て行った扉を見つめて、ポツリと呟く拓海。
「君が辛そうな表情をする時は、必ず『あの事』を思い出す時だって、自分でも気付いているだろうに……。
僕に心配をかけたくないからって、空元気しちゃってさ」
溜息を吐きつつ、拓海は椅子にもたれ掛かる。静かな自室が、今は何故か悲しい雰囲気を思わせる。
「あれからもう、どれくらいの時が経つんでしょうね……」
自分以外がいない空間の中で、誰かに問いかけるように拓海は呟く。
「あなたや皆が、僕達の前からいなくなってから、本当に色々ありましたよ。だけど、あいつはまだ、縛られたままです。
あの時の『後悔』と、自身の『苦悩』に……」
表情には出さず、されど彼の雰囲気だけで分かるのは、共に過ごした時間の長さ故か……。
「今のあなたが、あいつを見たら……どう思いますか?
怒るのか、悲しむのか、それとも……微笑んで、彼を慰めてくれるのか……」
自嘲とも苦笑とも取れるような表情を浮かべる拓海。
「あなたは、どうするんですか……?」
その表情は、普段の彼とも違い、蒼羽技研の主任を任されている天才の表情とも違う……。
「――師匠……」
――まるで、幼い子供が悲しむような表情だった。
――――
寮の自室への道を歩いていた俺は、ふと外の風に当たりたくなり、中庭へと出る。
本来なら罰則ものだが……それでもなんとなく、俺は外に出たかった。
理由は……拓海に言われた言葉が、引っかかっていたから。
――……その時、君に何かあったのかい?
「隠し事は、できねぇな……あいつには……」
空に浮かぶ月を見上げながら、ポツリと呟く。恐らく、俺のあの演技を、あいつは見抜いている。
誰よりも、一夏や千冬さんよりも俺と共に過ごした時間が長いあいつの事だ、あの程度で騙される訳がない。
俺が拓海に問われた出来事……それは、鈴との一件で、あいつに質問された時の事だ。
――そ……そう言うアンタは、どうなのよ!?
――人に好きだ嫌いだ、ごちゃごちゃ言うんだったら、アンタは――
――あるさ
――ガキの頃の、青臭い片想いだけどな……
「青臭い片思い……か」
あいつとのやり取りを思い出して、自嘲的な笑みを浮かべる俺。
「それに気付いた時は、もう失ってたっつぅのにさ……」
そう、それに気付いた時、俺の手には何も無かった。温もりも、笑顔も……何処にもなかった。
「本当に、鈴よか救いねぇよな……こればっかりは、よ…」
そんな事を呟く俺の脳裏に、あの人の言葉が、あの時の出来事が蘇り、俺の胸を刺す……。
――ご、めん…ね、シュウ……ちゃん。
――い……っしょに、宇宙…に、行けなく……なっちゃって……。
――大きく、なるの……待てなくて……ごめん、ね……。
何も出来なかった、護る事も出来なかった……。
――だい、じょうぶ……だよ…。
――シュウ…ちゃんは、強い……から……。
――……私がいなく、ても……夢を叶える事が、出来、る……よ…。
血だらけのままの姿で、懸命に俺を慰めて微笑んでいた『彼女』に、俺は駄々をこねる様に泣き続けてるしか出来なかった。
――……だから、ね…、笑ってよ……シュウ、ちゃん…。
――泣いた顔、なんて……君、には……似合わないんだから……さ…。
失って行く体温、流れて行く生命……それを目の当たりにして尚、俺は泣くことしか出来なかったんだ。
なのに……。
――うん……やっぱり、シュウちゃんの笑顔は……可愛い、なぁ……。
あの人は、最後の最後まで……俺を慰めてくれた。
――でも、大きく、なった、ら……格好、良いんだろう、なぁ……。
――見たかった、なぁ……。大きくなって、格好良く…なった、シュウ…ちゃんが、飛ぶ…姿と……笑っている顔、を…さ…。
――それを見たら、多分……私の、独り占め、だね……。あ、はは…残念、だなぁ…。
俺が無理に笑顔を作って笑った時でさえ、ずっと……。
――ねぇ、シュウ、ちゃん……。
――大、好き…だよ…。だから、ね…。
――生きて、笑っていて、ね……? 約、束……。
なのに、俺は……俺は……っ!
「……なぁ、今の俺を見て、アンタはどう思っているんだ…?」
見上げた星空に、思わず問いかけるように、言葉を紡ぐ。
「俺は、本当にアンタに交わした誓いを果たせるのか……?
アンタに恥じないように……生きて、いれているのか……っ!?」
自然と声が震え、視界が霞んでいく。
「なぁ……聞いてるなら、答えて、くれよ……!」
瞳から零れる涙を拭う事をせず、空の果てを見つめながら、あの人の名を呟く……。
「――姉……っ!」
そんな言葉と共に思い浮かぶ彼女は……。
――あの頃のように、ただ楽しそうに……笑っていた…。
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