ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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本編
第36話 ティアの受難?大変ですね
こんにちは。ギルバートです。ようやく塩田に帰って来ました。初日は、ブリと小海老を使った料理をする心算です。
現在塩田の厨房にコックは存在せず、料理を出来る者が当番を決め交代で厨房に立っています。料理は出来ますが、作業負担が大きい私やクリフ等の土メイジは当番から外されています。まあ、時々する分には料理も気分転換になって良いです。
と言う訳で、ブリをさばきます。その前に、出刃包丁と刺身包丁を《錬金》で作成しておきます。出刃包丁で鱗を綺麗に落として、内臓を取り出し水で丁寧に洗います。次に頭を落とすのですが、体格の所為でてこずりました。次がいちばんの難所である三枚におろす作業です。しかしこちらはマギ時代の経験のおかげか、ゆっくり丁寧にやったらすんなり出来ました。仕上げに、小骨を取り除いて終了です。皮は、塩焼きにする分は付いたままで良いので、刺身にする分だけ取り除けばOKです。骨や頭はあら汁に、刺身で取った皮は湯引きにしてしまいましょう。
ルンルン気分でここまで作業していましたが、いい加減ティアの突き刺さる様な視線が鬱陶しいです。微動だにしないで、こちらを凝視するのは止めて欲しいです。
仕方が無いので、刺身分から一切れ分切り分け、ティアの前に持って行きました。おお……瞳孔がまん丸に開いています。ティアの目の前で切り身を上下左右に動かすと、ティアの視線が顔ごと切り身を追います。
……ああ、なんか楽しい♪
「ギルバート様」
突然ドナが話しかけて来ました。何か用事でしょうか? と、私の注意が逸れた瞬間。
……ガブッ!!
ティアに、手ごと刺身を齧られました。イタイです。ドナは、涙目になる私に向かって「あ 明日報告に戻りますので、何かあれば声を掛けてください」と言うと、そそくさと逃げて行きました。自業自得の傷をヒーリング《癒し》で治すと、私は料理に戻りました。
さて今晩のメニューです♪
①ブリの刺身
寒ブリは、脂が乗っていて美味しいです。刺身包丁を全体的に使い、丁寧に切っているのでべチャッとしていません。タルブ産の醤油もあるので、涙が出るほど嬉しいです。惜しむらくはワサビが無い事でしょうか。……後で必ず見つけます。出来れば本物のワサビが欲しいですが、難しいので西洋ワサビで妥協する事になりそうです。
②ブリ皮の湯引き
刺身で余った皮を、湯がいて小さく切っただけの簡単料理です。揃えられる調味料の関係で、生姜醤油で頂く事になりました。
③ブリのあら汁
余った骨や頭を使い、あら汁を作りました。生臭くなるので、湯通しをしてから苔と血を入念に処理をしました。味付けは藻塩で妥協しましたが、どうせなら味噌も持ってくれば良かったです。
④ブリの塩焼き
余分な水分をきっちり拭き取ってから、塩を振って木炭を使い網で焼き上げました。油が滴り落ちる身は、食べなくとも美味しいと断言出来ます。
⑤小海老のカリカリ揚げ
油でカリッカリに揚げて、塩を振りました。皮ごとバリバリ食べられます。
結果はかなり好評でした。特に酒飲み達は大喜びです。塩田の食堂だけあって、塩をふんだんに使えるのが良いですね。……それからティア。私の膝の上に鎮座して、刺身をかっさらうのは止めて欲しいです。ここは心を鬼にして、怒らなければなりませんね。
……結果。丸一日抱かせてくれませんでした。もふもふ出来ないのは辛いです。そのうち、禁断症状とか出たりするのでしょうか? 本気で心配です。
次の日鱈のムニエルを丸々一切れ上げたら、機嫌を直してくれたので良かったです。
時間が経ち1月も終わり、2月最初の虚無の曜日になりました。ようやくアンリが手配した、燻製用チップと砂糖が届いたのです。……残念ながら昆布は輸送の関係で、今回は見送りました。と言う訳で、いよいよ鰹節作りに挑戦です。鍋とスモーク缶(燻製器)は《錬金》で用意出来るので、朝起きてすぐに用意しました。
鰹をすべて解体し、7尾の鰹を左右の腹身と背身に切分け鰹節28本分の身を用意します。いきなりやって成功するとは思えないので、2本分だけ使い後は《固定化》を掛け直して壺に厳重に封印し魔法の道具袋へしまっておきます。……放っておくと、ティアに食い荒らされそうですし。
先ず1時間ほど、煮崩れしない様に煮ます。そこから魔法で出した冷水で、一気に急冷しました。水に入れたまま、残った骨を探しすべて除去します。(残すと割れの原因になる)それが終われば、ようやく燻製器の出番です。燻製用チップに砂糖を適量混ぜ、焙乾作業に入ります。ひっくり返して、表と裏をしっかりやったら本日の作業はこれまでです。後は毎日5時間位燻して、水分を飛ばせば完成です。水分が飛ぶまで、1週間から3週間繰り返すはずです。大丈夫なら、叩くとコンコンと乾いた木の様な音が鳴ります。……後は、必要なら周りのタールを削って形を整えます。
青カビがあれば、削った後に植え付けて更に旨味を増す行程が出来ます。が、ハルケギニアではそこまで出来ませんね。
……初挑戦の2本は、焙乾の時の火力が強過ぎて火ぶくれを起こしダメにしてしまいました。ちなみに処分は、ティアが喜んで協力してくれました。
それから1週間後、ようやく鰹節が完成しました。流下盤《錬金》作業の合間を縫って、様子を見に行くのは大変でした。ティアは2日で飽きて、燻製器に近寄らなくなりました……骨の取り残しがあり割れているのも気にしてはいけません。
早速《錬金》でカンナを作り出し、自室で削ってみます。……下手糞な所為か、カンナの歯に手が当たり何度か血が出ました。負けるもんか!! こっちには《癒し》が有るんだ!! と言う訳で、気合で正しい削り方を模索しました。
暫くして、ようやく満足に削れるようになりました。早速削った鰹節を、一摘み口に放り込んでみます。……うん。旨い。成功です。
「……主」
「あれ? ティア居たんですか?」
どうやら私が夢中になっている間に、ティアが部屋に帰って来ていた様です。
「気が触れたのか? 木が食すなど……」
その言葉に、私は肩をガックリと落としました。
「いや、これは鰹節と言う物で……」
私が説明しようとすると、警戒する様に後ろに引かれました。まあ、嫌がる人(猫?)に無理やり食べさせる物じゃないですが……。
「美味しいですよ」
「主よ。吾の口に、その木屑を入れようとしたら敵とみなすぞ」
……敵と来ましたか。
「解りました。これはティアには絶対に食べさせません」
どうせ向こうから「無かった事にしてくれ」と、泣きついて来るでしょう。
鰹節を見られるとティアと同じ反応をされそうなので、人目の無い内に出し汁を作り鰹節自体は隠しておきます。ダシを取る際の匂いで、ティアは早くも後悔している様でしたが、私は知りません。
取りあえず海藻を具にして、藻塩で味付けしたお吸い物を作りました。夕食時に出した所、評判は良くも悪くも無くで微妙な反応でした。どうやら味が上品すぎたのが原因の様です。魔法があるとは言え、肉体労働も多い職場なのでもっと濃い味が好まれる様です。……完全に具の選択と味付けをミスしました。
夕食後に鰹節を削った物を出しました、最初は警戒していましたが私が目の前で食べてみせると、私に続いて皆食べました。こちらの方が、圧倒的に評判が良かったです。……喜んでいいのかな?
……ティアは意地になって、最後まで食べませんでした。しかもその後、拗ねられました。私に如何しろと言うのでしょうか?
もう直ぐ2月も中旬に差し掛かると言う所で、ようやく流下盤《錬金》地獄から解放されました。クリフがめちゃくちゃ喜んで、スキップしていた上に転んでました。その後何事も無かった様に起き上がり、突然喜びの雄叫びを上げられた時は、本気で如何しようかと思いました。一瞬黄色い救急車を呼ぶか、真剣に考えてしまった私は悪くないと思います。……ここハルケギニアなのに。
ちなみにクリフは、2日位で以前の調子(正気)に戻りました。自分の醜態を必死に口止めして回る姿に、哀愁を感じずにはいられませんでした。……合掌。
枝条架の設置は完了しているので、実際に海水を流して問題無ければ《固定化》を掛けて設置作業は終了です。マギ商会の方で厳選した、信頼できる人員に塩田を引き渡します。まだ塩田用の倉庫の設置が終わっていませんが、それは引き渡し後にオースヘムの守備隊が受け持ってくれます。
……後は警備の問題と、海鳥達の対処ですね。特に海鳥。
受け渡し後3日ほど様子を見ましたが、目標量以上の生産も問題無く出来ていました。もちろんその間は、倉庫建造の手伝いもしました。と言うか、3日で倉庫建造は終わりました。
コラ!! そこ!! 「刑期が終了した」とか言わない。
さて、後は……。
「ギルバート様。いい加減帰った方が良く無いですか?」
……ドナ。その突っ込みは入れて欲しく無かったです。今まで散々帰還要請を無視して来たのです。帰ったら母上が絶対にキレます。
「クリフ。ドナ。もちろん護衛として、母上からも私の事を守ってくれますよね」
「ご冥福をお祈りしておきます」と、クリフ、
「家に到着すれば、護衛任務は終了です」と、こっちはドナ。
……裏切り者。如何にかする方法を考えなければ、下手すると帰還日=命日になりかねません。そして母上だけでは無く、ディーネとアナスタシア対策も考えておかなければなりません。
……本当に如何しましょう。頭痛いです。
と言う訳で、帰って来ました。ドリュアス家の館です。結局良い対策は思い浮かびませんでした。クリフとドナは、速攻で兵舎に逃げ出します。しかし、出迎えが全く無いのが不気味です。使用人達の休憩時間帯なのか、外から人影が一切見えないのが不気味さに拍車をかけています。
軽く周りを確認しましたが、出迎えが無い事以外はいつもと変わりません。そしてティアが異常に静かな事に気付き、お腹の特大ウエストポーチを開いて見ると……。寝てますね。こっちは大変なのに。
……鼻摘まんでやろうかな。
一瞬浮かんだ意地悪な考えを、首を振りながら消し去ります。
このまま待っていても仕方が無いので、館に入ろうと玄関に近づくと扉がギィ~~~~と、音を立てながら開きます。そして、中からは精気が無い顔のオーギュストが出て来ました。
……オーギュスト。その顔。素で怖いよ。
「お帰りなさいませ。坊ちゃん。出迎えが遅れてしまい申し訳ありません」
顔色の割に、声や所作は確りしていますね。見た目ほど、消耗していないのでしょうか?
「ただいま戻りました。父上と母上は?」
「ようやく……ようやく書類が一段落して、現在お休み中です」
オーギュストの顔からは、達成感の様なものが感じられます。以前の状態を思い出す限り、とても信じられませんが本当の様です。
「良くそこまで持って行けましたね。未だに書類の山に埋もれていると思っていました」
私は正直な感想を、口にしました。
「ヴァリエール公爵のおかげです」
「公爵?」
「はい。公爵が優秀な補佐官を派遣してくださったのです。その人の話では、書類の山が出来た最大の原因は『領地規模に合った運営体制が出来ていない事』らしいです。今までのドリュアス家の体制は、小・中規模な領地の運営に向くフットワークの軽い体制だったそうです。その分運営者に負担が来るので、大規模な領地運営には向かないと仰っていました。そこで、現在の領地規模に合った体制作りを、指導してもらったのです」
「結果、上手く行ったと言う事ですね。しかし、良くこの短時間で適用できましたね」
「はい。その方も驚いていました。大規模な『組織の再編成』と『領地運営方法の変更』に、上手く乗せて同時に処理出来たからだそうです」
「それは良かった。そして、書類仕事が一段落したと言う事は母上の機嫌も……」
「はい。あれほど機嫌が良いシルフィア様は、なかなかお目にかかれません」
私は心の中で、ガッツポーズをします。ようやく我が人生に、ツキが回って来ました。これが喜ばずにいられようか? いや、いられん!!(反語)
……おっと、テンションが上がり過ぎて思考が変な事になってしまいました。明るい未来が見えて来たので、私も多少余裕が出て来ました。取りあえず状況を、整理……。と、その前に。
「オーギュスト。顔色があまり良くない様ですが、休養はちゃんと取っていますか?」
「いえ、書類の山が片付いたばかりですから。それに、本来の職務(執事)を蔑にする訳には行きません。と言っても、旦那様より明後日から特別休暇を頂ける事になっています」
そしてオーギュストは、笑顔で「なので問題ありません」と続けました。
「解りました。しかし、今オーギュストに倒れられては困ります。決して無理はせず、体調管理には気を配っておいてください」
「はい」
オーギュストは素直に返事をしましたが、何故か口元が笑っています。怪訝に思いオーギュストを注視すると、聞く前に答えが返ってきました。
「旦那様にも、全く同じお言葉を頂きましたので……」
「そうですか」
「お言葉の通り、今日は早めに休ませて頂く事にします」
「そうしてください。……父上達は居間ですか?」
オーギュストが頷くのを確認すると、軽く礼を言い居間の方へ足を向けました。
居間に到着すると、覚悟を決めそのまま入室します。
「ただいま戻りました」
居間に居た父上と母上に向かって、帰宅の挨拶をします。
「良く帰ったギルバート」
父上は笑顔で答えてくれました。
「お帰りなさい。ギルバートちゃん」
母上も上機嫌です。良かった。オシオキと言う名のリンチは、かなり軽減されそうです。上手く立ち回れば、回避出来るかもしれません。しかしその分、ディーネとアナスタシアの視線に敵意が含まれていました。……取りあえず、そっちは後回しです。
手早くサイレントをかけ、聞き耳を防止すると報告を開始しました。
「塩田の設置は完了。予定製塩量を確保する事に成功しました。工期が伸びてしまった事は、大変申し訳なく思っております」
「良い。設置作業が如何に過酷だったか、ドナルドより聞き及んでいる。むしろ過酷な状況下で、良くやったと褒めても良いくらいだ」
「そうね。ギルバートちゃんが、倒れたと言う話も聞いたわ。無理をさせてしまって、ごめんなさい」
父上の言葉に続き、なんと母上が私に謝って来ました。天変地異の前触れでしょうか? 等と考えてしまった私は、悪くない……ですよね?
「それは、私の不徳の致すところです。今回の件は、大変勉強になりました」
「うむ。……それで、報告にあった件なのだが」
あれ? 父上、いきなり本題ですか? ディーネとアナスタシアの視線が、敵意を通り越して殺気に近くなっているのですが。
「塩輸送に船を購入する話だが、フラーケニッセ・オースヘム街道が、2カ月後に完成予定の為必要ないと言う意見も出たが、後にアルビオン交易に使えると言う事で船を2隻購入する事になった。海鳥対策のガーゴイルに関しては、まだ結論が出ていない。技師が居ないのでは、修理やメンテナンスにかかる費用は無視出来ないからな」
……そうですか。なら私の要望もこの場で言ってしまいましょう。
「塩輸送船は、私が魔法の道具袋込みで乗り込み、旧ドリュアス領の倉庫に塩を保管する事を提案します。これで生産量を誤魔化せるでしょう。ガーゴイルについてですが、ガリアからマジックアイテム技師を引っ張って来れないですか?」
「船については問題無い。……が、技師は流石に無理だろう」
父上が渋い顔をしました。しかし、ここで詳しい話をする訳には行きません。ガリアで政変が起こるなんて言っても、今は情報元を説明出来ませんから。
「駄目で元々ですよ。サムソンの件もあります。意外と見つかるかもしれません。情報収集のついでで良いのです」
「解った。それで良いなら探させよう」
「ありがとうございます。そろそろ部屋に戻って、休ませて頂きます」
用が済んだなら、この場は即時撤退ですね。
「待った」
父上から突然待ったがかかりました。他に用件は無い筈ですが……。
「最初から気になっていたのだが、腹に着いたその袋は何だ?」
私は無言で、特大ウエストポーチからティアを引っ張り出します。それでも起きないティアに、私は内心溜息をつきました。最初の内は一緒に寝てても、少しの物音で飛び起きていたのに……。野生は何処へ行ったのでしょうか?
「ドナルドの報告にあった黒猫か」
「はい。名前はティアです。可愛いでしょう」
私はティアを抱きしめ、そのもふもふ具合につい悦に浸ってしまいました。
「「「「…………」」」」
居間に居る全員が、目を見開き固まっています。まあ、理由は塩田で思い知っていますが。
「如何かしましたか?」
私は年相応っぽく、首を傾げながら聞いておきました。すると突然。
「シルフィア!!」「アズロック!!」
父上と母上が、抱き合って泣き始めました。
「ようやく……ようやく、ギルバートちゃんが(年相応に)笑ってくれた~~~~!!」
「良かった!! 良かったなシルフィア!!」
あれ? これって如何言う状況なのでしょうか? ……ひょっとして私は、とんでもない親不孝者だったのでしょうか?
あまりの状況に、助けを求める様にディーネとアナスタシアの方を見ます。しかしディーネはチラチラと、アナスタシアは新しいおもちゃを見る子供の目でティアを見ていました。しかも2人は、泣く父上と母上の事等、意識の片隅にもない様子です。
……ここは逃げるべきでしょうか? いや、収拾がつかないので逃げるべきですね。
そう判断した私は、居間からゆっくりと静かに逃げました。下手したら、母上が本能的に追って来そうですし。当然のごとく、ディーネは普通にアナスタシアはフラフラと私について来ます。いくらなんでも部屋までは……と、考えた私は甘かったです。2人は私の部屋の中に堂々とついて来ました。
「あの……着替えたいのですが」
声をかけたのですが、2人の耳には全く届いていません。
……ここは、ティアを生贄にするしかありませんね♪
私は未だ寝ているティアを、アナスタシアの前に差し出しました。
「抱いて見ますか?」
「いいの!?」
都合の良い時だけは、私の言葉を認識するのですね。兄として悲しいです。まあ、それは置いといてティアを引き渡します。アナスタシアは、ティアを受け取ると抱き締め……。
「ギニャーーーー!!」
締めました。そう言えばアナスタシアは、人形に抱きつく時に全力で抱きつく癖がありましたね。人に対しては一度注意したら治りましたが、人形に対しては未だに治りません。おかげ様で、裁縫と人形修理は大分上手くなりました。
ディーネはその様子に、ただオロオロするばかりです。と言うか、助けないとティアの中身が出ます。
「はい。アナスタシア。ティアを放してあげてくださいね」
私はそう言いながら、アナスタシアの脇腹をくすぐりました。
「ひゃう」
アナスタシアは面白い声を上げ、ティアを取り落とします。床に着地したティアは、そのまま私のベッドの下に逃げ込んでしまいました。
「あう~~~~」
アナスタシアはフラフラとベッドに歩み寄ると、床に膝をついて下を覗きこみます。中にティアの姿を確認すると、床に伏せベッドの下に突入しようとしました。
「アナスタシア。それまでです」
流石にはしたないので、アナスタシアの脇腹を掴みそのまま持ちあげます。
「兄様。放して……放して」
私はアナスタシアの抗議を黙殺して、担ぎ直すとティーネの手を取り、そのまま2人を部屋の外に放り出します。ディーネが“私まだ抱いてません”と、目で抗議して来ましたが無視して扉を閉めました。
「ティア。大丈夫ですか」
「ひ 酷い目に合ったのじゃ」
ベッドの下から煤けた様子のティアが出て来ました。そのままベッドの上に飛び乗ると、横になります。
「《癒し》は必要ですか?」
「不要じゃ」
ティアは返事をすると、その場で大きく欠伸をしました。……どうやら本当に大丈夫そうですね。私は室内用の少し楽な格好に着替え始めます。
「ここが主の部屋か」
「はい。生れて初めてもらった部屋ですね」
……あんまり見まわさないで欲しいです。
「ベッドは塩田の物よりふかふかじゃの」
「かなり良い物で、値段も張ったみたいですよ。昔母上が無理する私に、少しでも良く眠れるようにって買ってくれたんですよ。当時はまだ貧乏貴族でしたから、けして安い買い物じゃなかったはずなのに」
「そうか、良い母上なのじゃな」
私はその言葉に、無言の返答を返しました。それは普段の母上からは、想像も出来ない気づかいだからです。初めは母上が用意してくれた事も、値段の事も全く知りませんでした。本当に私は、親不孝者ですね。
着替え終わりました。と……それよりも。
「ディーネ。アナスタシア。男の着替えを覗き見るのは、淑女のやる事ではありませんよ」
私の言葉で扉が開き、引き攣った顔のディーネと半べそ状態のアナスタシアが部屋に入って来ました。ティアの事を見ていたのでしょうが、事実としてここは私の部屋です。覗かれて良い気分はしません。
「そんな事していたら、淑女じゃなくて痴女ですよ」
一瞬だけディーネが怖い顔をしましたが、今はそれより気になる事がある様です。ディーネはサイレントをかけると、私に詰め寄って来ました。
「その黒猫……ティアですが、喋っていますよね」
「はい。私が召喚した使い魔ですから」
私の答えに一瞬ホッとしかけますが、またすぐに詰め寄って来ました。
「ルーンは何処ですか?私が見る限り、見当たらないのですが・・・・」
「サモン・サーヴァントで呼び出しただけで、まだコントラクト・サーヴァントしていません。ティアは素で喋れるだけです」
おっ、2人が固まりました。無理もありませんが。ティアも心配そうに私を見ているので、目で“大丈夫”と返答しておきました。
「と言う事は、獣人か何かですか? 猫の姿をしてますし。アカデミーにバレたら、大変な事になりますよ」
「いえ、獣人ではありませんよ。ティアの正体は……」
私の説明に、2人は仲良くフリーズしました。そして……。
「何でラインクラスのギルに、そんな高位の存在が呼び出せるんですかーーーー!!」(ガスッ)
ディーネから突っ込みが入りました。右ストレートのおまけ付きです。当然痛いので、確りガードさせて頂きました。
「いえ……今の私は、トライアングルクラスですよ」
ディーネがワナワナとふるえています。
「ぎ……」
「ぎ?」
「ギルの馬鹿ーーーー!!」
元気に走って行きました。あのスピードでは、とても追いつけません。流石ディーネです。さて、アナスタシアの方は、何かブツブツと言ってますね。何を……。
「……の力を司るペンタゴン。『可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん』我の運命に従いし(ゴンッ)」
取りあえず拳骨で黙らせました。
「うぅ~~~~。兄様酷い」
アナスタシアが叩かれた場所を手でさすりながら、涙目で抗議して来ました。
「場所を考えなさい!! 場所を!! ……ここは私の部屋です。巨大な生き物が来たら、私の部屋が倒壊するかもしれません」
「呼び出すのは、可愛い猫ちゃんだから大丈夫だもん」
「その保証は、何・処・に・あ・る・の・で・す・か?」
私はアナスタシアの頭に手を置き、手に体重を少しずつ掛けながら威圧します。
「兄様!? 縮む!! 縮んじゃう!! ごめんなさい!! ゆるして!!」
「解れば良しです」
手を放すと、アナスタシアはガックリと肩を落とし「あたしもティアちゃんみたいな、ちっちゃくてかわいい子が欲しかったのに……」とか呟いています。まったく仕方が無いですね。私はそこでため息をつくと、落ち込んでるアナスタシアに言ってあげました。
「着替えて裏庭に行きましょうか。私が見ててあげます」
「ほんとう!!」
嬉しそうにするアナスタシアに、私は頷いてあげました。
私とアナスタシアは、訓練着に着替えて裏庭に集合しました。召喚された者が暴れた時の為に、完全武装(+ティア)をしておきます。
ドリュアス家では基本的に、魔法を使うのは自己責任です。危険な魔法を使う時は補助を付ける決まりがありますが、それが必ずしも父上や母上である必要はありません。今回は使い魔の召喚ですが、トライアングルメイジである私が補助に入れば問題ありません。問題があるとすれば、母上をハブった所為で拗ねられる事くらいです。その八つ当たりが予想されますが、話したら止められるので今回はあきらめるしかありません。
「アナスタシアは、準備出来てますか?」
「はい。兄様」
「では、始めてください」
「我が名はアナスタシア・キティ・ド・ドリュアス。五つの力を司るペンタゴン。『可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん。可愛い猫ちゃん』我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ」
……何も起こりませんね。本来なら、ここで召喚のゲートが現れるはずなのですが。
「兄様。失敗しちゃった」
そこで涙目にならないで欲しいです。
「絞り込みに失敗しているのではないでしょうか? 何と念じながら、呪文を唱えていますか?」
「可愛い猫ちゃん!!」
私はアナスタシアの言葉に、思わず苦笑いをしてしまいました。
「アナスタシアの属性は風です。そうなると、相性が良いのは翼ある獣です。しかし、猫は4足の獣で逆に土属性に相性が良い獣です。逆属性の獣が召喚されす例も聞きますが、召喚の門が開かないと言う事は、残念ですがアナスタシアでは猫を呼び出す事は……」
私の説明に、アナスタシアの表情が崩れて行きます。
「……グスッ」
わーーーー!! 泣くな!! 泣くな!! 泣くな!! 泣くな!!
「大丈夫!! 大丈夫!! ちっちゃくて可愛いのは、猫だけじゃないって!! な!!」
暫くアナスタシアを撫でて、落ち着かせてあげます。
「……うん。もう1回やってみる」
「我が名はアナスタシア・キティ・ド・ドリュアス。五つの力を司るペンタゴン。『小さくて可愛い子。小さくて可愛い子。小さくて可愛い子。小さくて可愛い子』我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ」
今度は50サント位の小さなゲートが現れました。
「やった!!」
「まだです。問題は何が出て来るかです」
暫く待つと、ゲートから青い30サント位の生物が出て来ました。地面に着地したそれを、良く確認すると鳥の様です。
青?……いや、僅かに紫がかった体色をしてます。鳥の様で、地球で言う鷹に良く似ていますね。大きさは、翼を広げて30サント余りで非常に小さいです。……こんな動物居たでしょうか?
私が考えていると、その鳥が翼を広げました。その動きに合わせ、羽から静電気の様な物がパチパチと音と光を出します。
……!? 静電気? いや雷か? と言う事は、サンダーバード!! いや、それにしてはあまりにも小さい。子供にしても小さすぎます。
「兄様。契約しても大丈夫?」
「はい。誠意を持ってあたるのですよ」
アナスタシアは頷くと、鳥の目の前に移動しました。
「鳥さん。あたしの使い魔になってください」
返事として、鳥が僅かに頷いた様に見えました。アナスタシアは鳥の目の前で、両膝を地につけて座ります。
「我が名はアナスタシア・キティ・ド・ドリュアス。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文を唱えると、鳥を優しく持ち上げ口づけを交わしました。すぐに鳥は苦しみ始め、ルーンが刻まれて行きます。鳥が苦しみが治まると、アナスタシアは鳥を優しく抱きしめました。どうやらティアの一件で反省した様です。
「びりびりする。……兄様。この子サンダーバードの子供だって」
「やはりサンダーバードでしたか。(小さ過ぎて)いまいち確信が持てませんでしたが、正解だった様ですね。ルーンの方は何と刻まれているのですか?」
「えーと、……は……う?」
「私に見せてください」
アナスタシアが、私にルーンを見せてくれました。ルーンが刻まれているのは、お腹の部分です。
「《反響》ですね。サイレントと同じく、音を操る効果があります。ハッキリ言えば、音を跳ね返す空気の壁を造ると言う物です」
「音を跳ね返す? あんまり役に立たなそうじゃな」
私の説明に、ティアが割り込んで来ました。
「使い方によっては、結構使えると思いますよ。音楽や歌を聞くのに、このルーンの力で囲めばめちゃくちゃ大迫力で聞けますし(後は昔の艦内通信管の代わりとか、音響系の拷問もできますし。パラボラアンテナみたいにすれば、小さな音も拾えます)」
「だいはくりょく?」
アナスタシアは、不思議そうに首をひねりました。
「まあ、それよりも名前は決めたのですか?」
「えっと……まだ」
「その子は男の子ですか? それとも女の子ですか?」
「男の子」
「サンダーバードですから、雷や嵐ですね。なら、ライ……ボルグ……ゴロー……サイク……レイ……即興で思い付くのは、それくらいかな」
アナスタシアは、不思議そうな顔で聞いて来ました。
「ライはライトニングのライ……サイクはサイクロン……レイはレインかな? ボルグとゴローは?」
「ボルグは、(ケルト)神話で雷を意味します。ゴローは、雷がゴロゴロ鳴るから」
「ゴローだけは絶対無いよ」
「まあ、そうでしょうね。名前は一晩ゆっくり考えてあげると良いでしょう。それよりも、アナスタシアの部屋に、止まり木の代わりになる物と巣の代わりになる物を作ってしまいましょう。《錬金》で直ぐに出来ますから」
「はい!!」
アナスタシアが嬉しそうに頷きます。
「それが終わったら、アナスタシア用のグローブを作ってあげます」
「グローブ?」
訳が分からないと言った表情をするアナスタシアに、私は指摘しました。
「アナスタシアはこれから、その子の世話をする事になります。そうすると手に、その子を止まらせる事になりますよ……その子の足で」
私の指摘でアナスタシアは、サンダーバードの足の爪を見ます。するとアナスタシアは、見る見る顔色が悪くなりました。
「血……出ちゃう」
「そう言う事です」
そう言って私は、適当な木を探す為に裏庭を歩き出しました。
「兄様が言ってたボルグって名前良いかも」
アナスタシアが小声でボソッとつぶやきました。……私も風メイジです。思い切り聞こえてますよ。
「何してるんですか? 早くしないと、夕飯に間に合いませんよ」
「今行きまーす」
夕食前に居間でサイレントを使い、私とアナスタシアが使い魔を召喚した話と、私が未契約である事を皆に話しました。ディーネが、凄い怖い顔で睨んで来ます。母上は「何でそんな楽しそうな事で、私を仲間外れにするのよ」と、ぼやきながら睨んで来ます。しかも母上とディーネの目が、私が元凶だと語っていました。明日の訓練で、私が(物理的に)地獄に落ちる事が決定した様です。……泣きたい状況ですが、とりあえず話題を逸らしましょう。
「しかし、可愛い使い魔で良かったですね」
アナスタシアの使い魔に、話題を逸らす事にしました。まあ、可愛いとはアナスタシア主観の話で、私から見ればカッコイイの部類ですが。
「でもこの子サンダーバードだから、びりびりしてあんまり抱っこ出来ないの」
あれ? 当初の目的が達成出来てないのですか? しかし、ここでアナスタシアに落ち込まれるのは“私の犠牲が全て無駄になった”と言う事です。それだけは認めたくありません。それに、私も妹は可愛いのです。……そこ、シスコン言わない!!
「ちゃんと加減するなら、ティアを抱っこすれば良いじゃないですか。アナスタシアは落ち込む事など無いのですよ」
私が優しく言うと、アナスタシアは笑顔で頷きました。しかし、承服できない猫が居ました。
「主!! 汝は吾を売るのか!?」
父上と母上が面白い顔をしています。それを見たディーネは苦笑いです。
「アナスタシアも気をつけますから、もう締められる事はありませんよ?」
最後にちょっと首をひねってあげました。
「吾の心の問題じゃ!! それ以前に不安にさせる返答をするでない!!」
なんか、ティアの突っ込みが素晴らしいです。
「主は……妹君の機嫌の為に、吾の体を売り抱かせると言うのか!?」
「そこだけ聞くと、私が物凄いゲスで鬼畜に聞こえるのですが……」
なおも言い募るティアに苦慮していると、父上が話しかけて来ました。
「ギルバート。先程、未契約と聞いた様な気がするのだが……」
「ああ、はい。ティアの正体ですが……」
「主の鬼畜~~~~!!」
現状をサラッと流す私に、今日一番の突っ込みが入ります。しかし私は、それさえも流して淡々と父上達に説明を続けました。その後のティアのいじけっぷりは凄かったです。
「ティア。まだいじけているのですか?」
「主は、吾の事を愛していないのじゃ」
「そんな事ありませんって」
「如何かの」
私はティアを抱き上げ、ベッドに移動します。
「ティアは、私の(メイジとしての)パートナーです。これからは私達の家族として、皆に接してくれると嬉しいです」
私はティアを優しく撫でながら、そう言って聞かせました。
「う うむ。努力するとしようかの」
ティアはそっぽを向きながらも、そう答えてくれました。
「ところでアナスタシアの使い魔ですが、如何いう印象を受けましたか?」
「美味そうじゃった(ボソッ)」
なんか、ティアの本音らしきものがダダ漏れて来ました。
「た 食べちゃダメですよ」
「…………解っておる」
今の間は何ですか? ……物凄く不安です。
後書き
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