最後の花向け

第二章

「守備もいいですし小技もできますからね」
「三振も少ないですし」
「チームをまとめてもくれますし」
「あいつはほんま信頼できる」
　西本もその小川を見て言う。
「頼りになる奴や」
「ですよね。小川選手がいないとどうにも」
「守備もしっかりしませんね」
「小川には勝てんかった」　
　仲根は小川からファーストのポジションを奪うことができなかったというのだ。
「結局な」
「で、今もですね」
「試合には殆ど出ないままですね」
「今に至りますね」
「そや。けれどや」
　そうした目が出ていない仲根を見ながらだ。西本は言う。
　その目は諦めている目ではなかった。仲根の背を見るその目はしっかりとしたものだった。あくまで見守る、そうした確かな目でだった。
　その彼を見てだ。西本はさらに言う。
「あいつは絶対にやれるんや。そやからな」
「育てられますか」
「そうされるんですね」
「あいつは最後の最後で見せてくれる」
　確信していた。このことを。
「そやから。絶対にな」
「そうですか。仲根選手もですか」
「他の選手みたいになってくれますか」
「あいつはなる」
　なれる、ではなかった。なる、だった。
「立派な選手にな」
　こう言ってだ。西本は仲根を見守り教えていた。しかしだ。
　仲根は多くの者に忘れられようとしていた。ファン達にもだ。
　彼等は練習をする仲根を見てだ。こう言うのだった。
「まだおるんやな」
「来年あかんのちゃうか」
「そやな、折角のドラフト一位でもな」
「ピッチャーとしてあかんかって」
「野手としてもあかん」
「ホームラン一本も打ってへんしな」
　試合に出ない、それでは打つこともできなかった。
「そやからな。もう今年でクビちゃうか」
「背が高くて目立つけれどな」
「もう今年で終わりやろ」
「そやろな」
　こんなことを言うのだった。
「流石にもうな」
「今年で終わりやろ」
「西本さんは熱心に教えてるけどな」
「芽が出んわ」
　これが彼等の言葉だった。
「ほんま。折角ドラフト一位やったのに」
「期待されてたのにな」
「あれだけの背があってでかいのに」
「終わりやろな」
　こう言いながら仲根を見ていた。そしてだった。
　仲根本人もその言葉を聞いていた。背中越しに。
　彼は黙々とバッドを振っていた。そしてその中でこう思うのだった。
「わし、このまま終わるんかな」　
　野球選手として芽が出ないままに。
「監督がいつも熱心に教えてくれたのに」
　彼の入団二年目で西本が阪急ブレーブスからこの近鉄の監督に来た。それからだ。
　西本は彼を熱心に教え続けた。その西本も見た。
　そして彼はだ。かつてのことを思い出していた。この何年かのことを。
　西本は選手に対してあくまで熱い。確かに鉄拳制裁も振るう。しかしだ。
　そこには愛情があった。無闇な暴力は振るわなかった。絶対に。
　彼の拳は確かに硬い。だがそれ以上に。
「熱い拳やな、親父の拳は」
　西本を見た。その顔と拳を見て呟いたのだ。
「鉄みたいに硬くて炎みたいに熱いわ」
　その拳をだ。彼も何度も受けてきたのだ。
「ナシの尻には親父の靴跡がついてる」
　梨田昌孝、このチームの正捕手だ。彼もいつも西本に怒られていた。
「わしも殴られたわ、よお」
　そのだ。自分より二十センチ以上も大きな仲根にだ。西本はどう殴ったかというと。
「飛び上がってきて殴られたな、そこまでして」
　西本は中根を殴ったのだ。彼を叱る為に。
　そしてその拳が硬く熱かったのだ。何よりも。
　そこにあったのは愛情だった。その芽が出ていない彼に対する。西本は期待外れだの何だの言われている仲根もだ。熱心に教えていたのだ。