誰が為に球は飛ぶ
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焦がれる夏
参拾四 瞬間、心重ねて
第三十四話
奇跡は二度起こったな。
こんなにあっさりと勝ち越すとは思ってなかった。どうもこの大会、気がついたら点が入ってるってパターンが多い。監督の俺がこんなだから、作戦も何もありゃしないのに。何か大きな力にずっと後押しされているような気がするよ。
それを「勝ちたいという気持ち」で片付けるのは違う気がするな。「勝ちたいという気持ち」なんて、これまで対戦したチーム全てにあった。
しかし、今日まで勝ち残ったのはウチと是礼。
そして今、勝ち越してるのはウチだ。
これがどういう意味を持つのかは分からない。ウチが、ウチ以上に勝ちたいと思ってるはずのチームの上に立つという事が、どういう意味を持つのか。
今は分からない。が、いつか分かるはずだ。
俺も、選手達も。
さぁ、「奇跡」の仕上げだ。
最強かどうかは分からない。
だが、埼玉最高のチームは、
間違いない、俺たちだ!
俺たちネルフ学園野球部だ!
ーーーーーーーーーーーーー
「お前ら!」
11回の裏の守備に出ていこうとする選手達を、加持が呼び止めた。突然声を上げた加持に、選手は皆ドキッとして振り向く。
「いつも通り、最後までだぞ」
その言葉を聞いた日向はキョトンとして、そしてプッと吹き出した。
「先生、そんな事言う時点でいつも通りじゃないっすよ」
「確かに」
周りの選手もうんうんと頷く。
皆笑顔だった。
「いつも通りじゃない事は分かってんだ!この非日常、味わおうぜ!」
「「「オウ!」」」
日向の言葉に大声を上げて、ネルフナインはグランドに駆けていった。
「一本とられましたね」
光がニヤっと笑って、加持を見上げた。
「いつもの事だよ」
加持も笑っていた。
ーーーーーーーーーーーーー
「お前らー!是礼はこのまま負けるようなチームじゃねえよなァー!」
「「「おおーっ」」」
「埼玉で一番練習してきたのはァ!?」
「「「是礼!」」」
「埼玉で一番負けられないチームはァ!?」
「「「是礼!」」」
「じゃ、埼玉で一番最後に笑うのはァ!?」
「「「是礼!」」」
是礼応援席では、応援リーダー長の魚住が声を張り上げる。その煽りに応援団のボルテージがぐーんと高まった所で、吹奏楽部が演奏を始める。
パパパパパパパパーーー♩
イントロが響き、応援団全員が腰を下ろす。
「「「お前のっ!出番だっ!」」」
一斉に飛び上がり、右に左に腿上げして踊り始める。チャンステーマの「サウスポー」に後押しされて、11回裏の是礼の攻撃が今始まった。
ーーーーーーーーーーーーー
<11回の裏、是礼学館高校の攻撃は、7番ライト筑摩くん>
左打席にこの回の先頭、7番の筑摩が入る。
この試合はここまでノーヒット。
タイミングは合っていないが、しかし冬月はこの3年生に代打を出さない。
(何とかして出ねぇといけねぇ。1人、1人塁に出れば、琢磨に回るんだ。今のあいつなら、何とかしてくれる。絶対琢磨まで回す。)
筑摩は左打席から正面に見える三塁側ベンチを見る。琢磨は防具と手袋をはめ、ヘルメットを被って打席に向かう準備をしている。
自分まで打順が回ると確信しているようだ。
その目は執念に爛々と輝いている。
真司は相変わらずの真っ向勝負。
捻りを加えたフォームから、全身をしならせて投げ込んでくる。
鬼気迫るものが、打席からでもビンビン伝わってくる投球である。
キン!
筑摩は初球の真っ直ぐをファールにした。
そしてバックスクリーン上のスコアボードを見て手応えを覚えた。
(139キロ…相当伸びてきてはいるけど、当たらないほどの球じゃ無くなってきたな。)
クリーンアップを相手にした先ほどの回から、その球速はガクッと落ちていた。
力を使い切ったのだろうか。
これなら打てる。筑摩は確信した。
(この速い球だけなんだ。消極的に球を待っていたらダメだ!打てると思えばいくしかない!)
2球目も、真司の指から放たれたボールはストライクゾーンに鋭く飛び込んでくる。
筑摩はこの球にも手を出していく。
そのボールは、手元でスッと、心持ち曲がった。
カーン!
筑摩はバットをしっかり合わせてジャストミート。
バシィッ!
「アウトォ!」
逆方向への鋭いライナーは、サードの敬太の真正面。ガッチリ敬太が掴んで、球場に大歓声が満ちる。
(……くそっ!曲がったのに合わせて当てにいっちまった!…振り切れなかった!)
バットを振り切ったそのままの姿勢で筑摩はガクッと肩を落とした。
是礼は先頭打者が倒れる。
ワンアウト。
<是礼学館高校、選手の交代をお知らせ致します。8番、長良君に代わりまして、加藤君。バッターは、加藤君。>
続いて8番の打順、正捕手の長良に代えて1年生の加藤が送られた。控え投手としてのベンチ入りだが、野球センスは抜群である。前日の準決勝では3回で降板したが、打撃ではヒットを放っていた。1年生ながら、一点ビハインドの土壇場の打席を任される。
「加藤ー!!」
「打ってくれ!頼む!」
ベンチでは上級生達が身を乗り出して叫んでいた。最上は既に目を真っ赤にして、涙を浮かべながら声援を送っている。
「「「加藤!加藤!加藤!
ゴーゴーゴー!
加藤!加藤!加藤!」」」
応援席では、「サウスポー」の合いの手が自然発生した加藤コールに変わる。魚住ら応援リーダーが拳を振り上げて応援団を鼓舞する。
「加藤ー!打たなかったら殺すぞォー!死んでも打てェーッ!」
応援席で踊りながらそう叫んだのは同じ1年生の島木。1年生のベンチ外部員とはいえ、その目つきは本気で勝利を目指している。
小柄な加藤が右打席で構える。
3年生にも負けないような殺気のオーラをその身にまとい、真司を睨みつける。
(ここで打てなかったら、俺は一体何の為に居るのかわかんねぇ!俺の代わりにベンチ外れた先輩も居るんだ、ここで打てねぇなら死んだ方がマシだ!)
加藤に負けじと、マウンド上の真司も、疲弊しきった顔に目だけが爛々と輝く凄まじい形相を崩さない。
相手が誰であろうと、力一杯に腕を振る。
ブンッ!
「ストライク!」
快速球がコースに決まり、加藤はフルスイングするがその軌道を捉える事ができない。
(やっぱり速えな…)
二球目も果敢に振っていく。
が、またもや空振り。
二球であっさりと追い込まれてしまった。
加藤は打席を外して、少し間をとる。
(打てねえか…?)
空振り二つで芽生えた不安を、加藤は無理矢理に打ち消す。
(打てる打てねえじゃない、打つんだよ!)
加藤は再び打席に戻ると、普段よりベースよりの位置に構えた。インコースのボール球は全てデッドボールになるほどの位置だ。
(この体にぶつけてでも塁に出てやる!死ぬ気でやりゃあ、怖いもんなんてねぇっ!)
三球目もストライクゾーンにボールが勢い良く飛び込んでくる。そのボールは手元でスッと変化した。
加藤は思い切り踏み込んでそのボールに食らいついた。少しの変化でバットの芯は外れたが、がむしゃらに振り抜いたスイングがボールを叩く。
キン!
真司の足下を打球は抜ける。内野の黒土を転々と転がり、横っ飛びするショートの青葉のグラブの先をかすめてセンター前に転がっていった。
「おらぁあああああ」
加藤は声を上げながら一塁に走る。
その目には涙が浮かんでいた。
踏みしめた一塁ベースに拳を突き立て、二度、三度と吠えた。
一死から同点のランナーが出た。
<是礼学館高校、選手の交代をお知らせ致します。先ほど代打致しました加藤君に代わりまして、脇坂君。代走、脇坂君。>
すかさず是礼ベンチから代走が飛び出していき、執念の一打で塁に出た加藤と交代する。
加藤は帰ってきた自軍ベンチで、上級生から頭を叩かれ手荒い祝福を受ける。
(よく打ったぜ。後は俺に任せとけ。)
代走した脇坂の50m走は5秒9。足だけなら琢磨よりも速い。春以降、出場機会は殆ど代走に限られてきたまさにスペシャリストだ。
(ここで決めるのが貴様の役目だ。加藤は役割を果たしたぞ。)
冬月がサインを送る。脇坂は自信満々に頷いた。
真司がセットポジションから、体を捻る。
その瞬間脇坂はスタートを切った。
前の回まで一塁ベースコーチをしていたので、一塁からのフォームの見え方、その癖も全て頭に入っている。顎を引き、頭を低い位置に保ったままでぐんぐん二塁に加速していく。
バシッ!
「ストライク!」
打席の9番・熊野が意図的に真っ直ぐを空振りする。捕手の薫が中腰の姿勢から一歩ステップを踏んで二塁へ送る。
バシッ!
しかしその薫の二塁送球を、マウンドの真司が捕球してしまった。真司が送球をカットしたのと殆ど同時に、脇坂は二塁ベースに滑り込んでいた。
(…完全にフォームを盗まれたね)
薫は唇を噛む。
球威を増す為に捻りを加えた真司のフォームはモーションが大きく、盗塁に対してはほぼ無警戒であった。
同点のランナーが二塁に進む。
<是礼学館高校選手の交代をお知らせいたします。9番・熊野君に代わりまして、北上君。バッターは、北上君。>
更に是礼はワンストライクから代打を送る。非力な9番打者の熊野に代えて、2年生の北上。クリーンアップ並みに大きな体をした強打の右打者だ。
一点ビハインドな以上、なりふり構ってはいられない。ベンチに居る選手全員の力で、マウンド上に君臨する真司に立ち向かう。
(俺の高校野球、繋いで繋いで人に任せる、これにかけてきたからな)
盗塁のアシストの空振りの為だけにこの打席に向かった熊野は、下級生に後を託してベンチに退く。
(打ってくれ北上!)
(筑摩さんが"打った球はカットボール気味だった"と言ってたな。ここにきて球種が増えたのか?ま、7回までは技巧派の投球だったんだから変化球を元々投げられない訳ではなかろうが…)
カウント0-1と、打者にとって最も有利な初球を捨てた状態で打席に向かった北上が真司を睨む。
1年生の加藤に負けてはいられない。北上も結果が欲しい。
真司の北上に対する初球は、相も変わらず全力投球で投げ込まれる真っ直ぐ。
北上は振っていった。
一塁線を打球は駆け抜ける。
(体捻る分、球の出所は見にくいが、しかし十分打てる球だ。俺は真っ直ぐに強いからな。)
真司は遊び球無しの勝負を挑む。
次の球も外真ん中の真っ直ぐ。
(真っ直ぐだ!)
北上は鋭く反応し、ボールを叩いた。
カン!
短い音が響き、右方向に速い打球が飛ぶ。
その打球の行く先には、セカンドの健介。
(やばっ!)
健介は両膝をつき、股の間にグラブを構えて顎を引いた。そうしてできた「壁」にワンバウンドで北上の打球が突き刺さった。
「!」
「前!前!」
健介の腹筋に白球が跳ね返される。
二塁ランナーの脇坂は三塁にスタートを切っている。
「ファースト!」
ファーストの多摩が叫び、健介は目の前に落ちている白球を右手で拾いそのまま投げた。
北上は大きな体で一塁ベースに飛び込んでいく。
「…アウトー!!」
少し間を置いて一塁審の右手が上がる。
ベースに寝そべった形でそのジャッジを見た北上は、その拳を黒土に叩きつけた。
(くそっ!待っていた真っ直ぐだったのに!)
少しだけ頭の中にカットボールがあった分、僅かに差し込まれてヒットゾーンに打球が飛ばなかった。
健介のガッツプレーで、ツーアウト。
ネルフ学園の勝利まで、あと僅かにワンアウト。
同点のランナーを三塁に置いた状況で、打順はこの男に回る。
<1番ショート伊吹君>
是礼の主将。
最も頼れる打者。
伊吹琢磨に。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「声援送るよーッ!1、2、3、ハイッ!」
「「がんばれがんばれ碇!がんばれがんばれ碇!」」」
甲子園まであと1人という所で立ちはだかる大きな壁。真理の音頭に応え、ネルフ学園サイドからも是礼応援席の「サウスポー」に負けないコールが送られる。全員が声を枯らし、枯れた声でなお叫ぶ。
玲は両手をぎゅっと握りしめて見守っている。
(勝つか…負けるか…)
玲には、是礼サイドの絶対に負けられないという執念も分かっていたし、その身を捧げるという真司の覚悟も痛いほど伝わっていた。
(どうして…結果は一つなのかしら…)
ーーーーーーーーーーーーーーー
この土壇場、ネルフの内野陣はマウンド上に集まって間をとった。
その間も、是礼の、ネルフの、それぞれの応援席からの、狂おしいほどの願いを込めた大応援は止む事がない。バックネット裏の一般観客も声援を送っている。どちらを応援しているのかは、もはやグランドからは分からないが。
「さて、どうするよ?」
最初に口を開いたのは健介だった。
先ほどまで体に受けた北上の打球の威力にむせ返っていたが、今はすっかり落ち着いている。
「伊吹は1番警戒したい打者だけど、歩かせたら逆転サヨナラのランナーも出る」
「塁に出たら伊吹は盗塁してくるだろうし、二死二、三塁の…」
「打てば是礼の逆転サヨナラ、抑えれば俺たちの勝ち、そういう状況になるだろうな」
敬太、健介と続いた会話の流れを多摩が拾い、そして多摩は視線を落とした。
「碇、お前はどうしたいんだ?」
マウンドにできた円陣の真ん中で、膝に手をついて俯いている真司はハッキリと言った。
「この打者で終わります。」
それを聞いて、他のメンバーに笑みがこぼれる。
「…ほんと、正気とは思えないよなぁ」
肩をすくめ、健介が呆れたように言う。
「でも何か納得。そう言うと思ってた。」
敬太がジャガイモのような顔を引き締める。
「打たれても同点、って状況で勝負かけないと、俺たちの方がプレッシャーに潰れちまうか。」
多摩はファーストミットをパン、と叩いた。
「伊吹と勝負だ!こいつで終わらせるぞ!」
「「「オウ!」」」
多摩の一言で円陣が解け、内野陣がそれぞれのポジションに散っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「伊吹ィーーッ!」
「お前に任せたーーーッ!」
是礼ベンチに居る全員が身を乗り出して、琢磨に思いを託す。
「打ってェーー!兄さーーん!!」
スコアラーの真矢も声を枯らしていた。
こぼれる涙でスコアブックの字が滲んでいる。
(何も指示はない。男と男の勝負をしてこい。)
冬月は腕組みしたまま、グランドを睨みつける。
是礼の期待を一身に集めて、琢磨が打席に入った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ハァ…ハァ…」
真司はセットポジションに入った。
肘がジンジンと熱を持って痛む。
腰がキリキリと軋むように痛む。
右の腿裏が痺れるのは、痙攣しているのだろうか。どうにも視界がぼやける。
脱水症状になっているのかもしれない。
(あと…1人!)
そう腹に決めて、真司は投球動作を始動した。
足をグッと上げ、体を捻ってしならせる。
右腕が大きな弧を描いて振られた。
ビシュッ!
カンッ!
鋭く外低めに叩き込まれる速球を初球から琢磨はフルスイング。真後ろに飛んだファウルチップが、バックネットに突き刺さった。
145km/h
スコアボードの球速表示に、バックネット裏から大きなどよめきが起こる。
「まだこんなスピードが…」
ここに来て戻った真司の球速に、是礼ベンチの最上が唖然とする。
「大丈夫じゃ。ちゃんと伊吹と勝負してくれとるけぇ。で、初球から伊吹はついていっとるけぇ。打つで、これは。」
東雲は打席の琢磨を睨む。
バシィッ!
「ボール!」
次の球も外低めの真っ直ぐ。初球と同じほどのスピードだが、これはボール一つ分程外に外れ、琢磨はそれをキッチリと見送った。
(さすが…是礼1の好打者だ……)
もはやボールを捕る左手の感覚がなくなってきた薫は、琢磨の落ち着いた様に感心する他ない。
カンッ!
3球目は三塁側へのファール。
これは琢磨が意図的にカットしたようである。
(……また145か!)
スピード表示を見て、琢磨は苦笑いした。
(でも、自然とついていけてる。球がよく見えてる。)
琢磨の顔には、いつの間にか笑顔。
少年のような、屈託のない笑顔。
(なんか、どんどん野球が上手くなってる気がする。これまでの努力、苦しい事、辛い事、それ全部が今、形になってるような気がする。)
琢磨は思い出した。
ずっと前に忘れてしまったようにも思える、懐かしい感覚を。
(……楽しい!こいつと勝負するの、めちゃくちゃ面白え!野球、超楽しい!)
ふぅと息を吐き出し、琢磨は顔を引き締めて真司を睨みつける。
(……だから、こんな所で終わらせねぇッ!!)
(1-2、追い込んだ……)
真司はマウンド上で空を見上げた。
カンカン照りの、夏の太陽が自分を見下ろしていた。
(父さん、母さん、こんなに、僕の事を応援してくれる人が居る。僕に期待してくれる人が居る。僕を大切に思ってくれる人が居る。僕は幸せだよ。)
心の中で呟き、視線を落としてホームベース方向を見る。薫が、マスク越しにも分かる穏やかな顔でミットを構えていた。
真司の表情から、フッと力が抜ける。
気迫に満ちた形相から、穏やかな、どこか笑みにも見える表情へと変わった。
(碇真司は、“幸せだった”)
真司はセットポジションに入り、足を上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「碇ィーー!頑張れー!」
日向が祈った。
自分に夢を見せてくれた少年の為に。
「ねじ伏せろ!碇!」
剣崎が祈った。
自分にきっかけを与えてくれた少年の為に。
「いてまえー!センセー!」
藤次が祈った。
自分を成長させてくれた少年の為に。
「打たせろ!碇!」
健介が祈った。
自分に自信を与えてくれた少年の為に。
(碇君……)
玲が祈った。
自分に不器用な好意をくれた少年の為に。
ーーーーーーーーーーーーーーー
真司の細身の体全体がしなり、右腕が強く振られる。足下からねじり上げられたその力が指先に解放される。白球は美しいバックスピンを伴って、薫のミットに飛び込んでいった。
琢磨のバットがインサイドアウトの軌道で、一切の波を打たず滑らかに振り出される。
白球はそのバットの上をすり抜けて、ミットの皮を強く叩いた。
パァーーーーーン!
甲高い捕球音が響いた。
薫は捕球した姿勢のまま、その衝撃に痺れる。
真司は薄れゆく意識の中で、両手を挙げて走ってくる皆の姿を見た。
玲は一体どんな顔をしているだろうか?
真司は想像した。
多分、無表情の中に少しだけ、何かの感情を滲ませてるんだろうな。
右から左から、強い衝撃を受ける。
体を強く抱きしめられる感触があった。
大きな声で皆が何かを言っているが、その中身は聞こえない。
「自分」を「誰か」に委ねた時。
少年は神話になった。
後書き
対照的なチームとして描いてきたつもりの、ネルフと是礼。
ネルフは「負けてもともと」「勝ちたい」「失うものは何もない」
是礼は「勝って当たり前」「負けられない」「失うものばかり」
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