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海岸沿いのシャーデンフロイデ

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プロローグ
  神様なんていない

深夜一時。既にひとけのない高層ビル街で二人の男が対峙していた。
一人の男は髪を短く整え、ネクタイを緩めたスーツ姿。年齢は凡そ二十代だろうか。そして目の前に立っている男をその双眸で睨めつけていた。
対するもう一人の男は前者とは対照的にぼさぼさで肩までかかった髪の毛にカジュアルな服装。同じく二十代半ばのように見える。緊張した面持ちのスーツ姿の男とは異なり、口角を吊り上げた余裕綽々とした表情だった。
しかし両者には決定的な違いがあった――ぼさぼさ頭の男は、全身にこれでもかというほどの傷を負っていたのだ。
「何故だ?」
スーツの男が言う。
「ここまで追い詰められて……何故お前はそこまで余裕でいられるんだ?」
「さあねえ」
スーツの男はこれ以上話しても埒が明かないと思ったのか、閉口して口をつぐんだ。と、同時にズボンのポケットからサイコロを三つ取り出すと宙に放り投げた。
「それじゃあお別れだ。【イッツ ア ビューティフル デイ】……あんたの命も――このくだらねえ世界も」
サイコロが転がる。一のゾロ目。勝った。スーツ姿の男は小さく拳を握りしめた。

  ◆   ◆

スーツ姿の男は顔面蒼白で膝を地面についていた。数分前の――いや、数分未来か? ともかく、先ほどの勝利を確信した自分を殴ってやりたい気分だった。勝てるわけがない。彼の能力――【イッツ ア ビューティフル デイ】は総合的に見れば決して強くない。しかし、最大火力を発揮すれば恐らく全ての【スータブル】を凌駕する。そう、男は自負していた。だがその自負も今砕かれた。
俺の目の前に立つこの男こそが、この世で最も強いのだ。この男の世界で、最も強いのだ。それを嫌というほど男は思い知らされた。
「さて」
ぼさぼさ頭の男は、スーツ姿の男の頭をぐしゃりと踏みつけた。額から血が流れる。
「これでお互いの間に広がるぜつぼーう的な力量差も分かったことだし、これからの話をしようじゃないか。古代からあるように闘争や戦争といったものには必ず講和というものが存在するんだ――ただ闇雲に戦うだけじゃない。そこに利害の対立というものがあるから争いは存在し続けるんだ。勝者は敗者からその全てを略奪する権利を与えられるから戦争は存在するんだ」
そこで、だ。とぼさぼさ頭の男は続ける。
「君の命を助ける代わりに君の記憶を僕のいいように改竄させてはくれないか? 僕という名の恐怖を愚民どもの脳裏に刻みつけて欲しいんだ。君のように僕に立ち向かう馬鹿共を二度となくすためにね」
男は平伏する男の後ろ首に手をかけた。
「どうだい? いい条件だろう? 君が半ベソかいて僕に命乞いするだけで君の命は簡単に救われるんだ。ほら、無様に乞うてみろよ」
スーツ姿の男の頬を涙が伝った。少しした後に、男は震えた声で命乞いをした。生涯、誰にも見せたことのなかった惨めな姿であった。
 
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