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師の為に

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第一章

                    師の為に
 鑑真は諦めていなかった。
 何度も失敗している、しかしまだ弟子達に言うのだった。
「何としてもだ」
「日本にですか」
「渡られるのですか」
「そうだ、そしてあの国に御仏の教えを伝える」
 そうするというのだ。
「それが私の為すべきことだからだ」
「しかし和上」
 弟子の一人がその鑑真に言う。
「日本に渡ることは」
「難しいな」
「何度も失敗しています」
 言うのはこのことだった。
「既に三度も」
「そうだな」
「はい、ですから」
 それでだというのだ。
「諦められては」
「いや、私はだ」
「どうしてもですか」
「言った筈だ、御仏の教えをあの国に伝えることがだ」
「御仏が和上に与えられた務めですか」
「そうだ、だからこそだ」
「日本にですか」
 鑑真に問う弟子は困惑する顔で師に言うのだった。
「行かれたいのですか」
「そうだ、私はどうなっても構わない」
「御仏の教えを」
「だから今度もだ」
 失敗した、それでもだというのだ。
「私は行くのだ」
「和上、日本には既に多くの経典が伝わっています」
 別の弟子が言ってきた。
「遣唐使の者達から」
「その様だな」
「それで充分では。僧侶も行っていますし」
「私が行く必要はないか」
「はい、そう思いますが」
「いや、それはだ」
 どうかとだ。鑑真はその弟子にも言うのだった。
「まだ足りない、私が行かないとだ」
「なりませぬか」
「行かせてくれ、何としてもな」
 鑑真も強く願っていた、それでだった。
 彼は今回も日本に渡ることを決意しその用意をさせた。だが彼を心から敬愛する弟子達はそれでもだった。
 師を気遣う顔でだ、こう話すのだった。
「遣唐使達も死ぬ気でこの唐に来ているのだ」
「行き来はまさに命懸けだ」
「実際に船が何隻も沈んでいるのだ」
「海の藻屑になった者も多い」
「和上もだ」
 その危険がある、しかもだ。
「一度嵐に遭い九死に一生を得ておられるのだ」
「それでもまだだからな」
「まだ行かれるとは」
「和上はあまりにもご意志が強過ぎる」
 それが彼等が鑑真を慕う理由の一つになっている、彼等にとって鑑真の僧侶としての高徳だけでなく人間としての高徳もなのだ。
 慕うに値するものなのだ、だが。
 その意志の強さがだ、今は。
「和尚に何かあれば」
「うむ、それだけはな」
「しかし和上はご自身のお命なぞ何とも思っておられぬ」
「ただ御仏に従われるだけだ」
「このままではな」
「あの方が」
 日本に死を賭けた旅に出かねない、だからだった。
 彼等は思い詰めていた、それでだった。
 弟子の中でとりわけ鑑真を慕う霊佑がだ、同門の者達に思い詰めた顔で言った。
「では私がだ」
「霊佑殿、それでは」
「何かお考えが」
「こうなっては仕方がない」
 彼は同門の者達に話していく。 
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