ついでに引退

「フク、悪いかレフトに回ってくれ
「センターやないんですね」
「そや、これからはレフトや」
　そこにだというのだ。
「そうしてくれるか」
「守備が悪くなったんですか」
「御前の足と打球反応はええんや」
　センターをやれるというのだ、この二つでは。
　だが、だ。上田は福本にこう言った。
「肩がな」
「ああ、ここですか」
　福本は上田に言われ自分の左肩を見た、彼は左利きなのでそうなるのだ。
「確かに弱くなりましたわ」
「そやからや、センターはやっぱりな」
　外野の軸だ、ただ足や打球反応だけではないのだ。充分なバックホームが出来るだけの肩が必要なのだ。　
　実は福本は肩はそこそこ位だった、送球は正確だったが。しかし肩はパワーと同じく特に年齢が影響するものだから。
　だからこそだ、上田はチームの守備全体を見て言うのだ。
「これからはレフトや」
「わかりました」
「それでええな」
「こればっかりは仕方ないですさかい」
　福本は笑って上田に応える。
「そういうことで」
「やってくれるか」
　こうして福本は長年守ってきたセンターからレフトに移った、野球ファン達はそこにも福本の年齢を見ずにはいられなかった。
　それは特にオールスターで顕著だった、福本の打順が変わったことに。
「二番か」
「ずっと一番だったのにな」
「これはもうな」
「わかっていたけれどびっくりするな」
　ファン達は覚悟していたが、という感じだった。その打順に。
「一番は大石か」
「盗塁王になったしな」
　その近鉄の大石がトップバッターだった、まさに世代交代だった。
　しかし福本は笑ってだ、こうその大石に言うのだった。
「ほな後は任せてくれや」
「あっ、はい」
「セ・リーグの連中にその盗塁を見せたるんや」
「そうしていいんですね」
「派手にやったるんや」
　こう言うのだった、その大石に。
「そうするんや」
「わかりました、それじゃあ」
　大石は福本に背中を押されてバッターボックスに向かう、これまではまずバッターボックスに向かった彼が見送るのだった、そして。
　大石のバッティングに盗塁を見て温かい笑みになる、彼はそうだった。
　そしてそれは彼だけではなかった、長年阪急のエースだった山田久志もだ。　
　三百勝を目前にして勝てなくなっていた、それでこう親しい者達に漏らしていた。
「諦めるしかないか」
「三百勝をですか」
「それを」
「ああ、限界や」
　年齢、それでだというのだ。
「あかんやろな」
「ですがあと少しですよ」
「三百勝ですよ」
「鈴木さんもやったじゃないですか」
　近鉄のエースだった鈴木啓示だ、彼のことがここで言われたのだ。
「鈴木さんのライバルだった山田さんも」
「目指しましょう」
「スズさんみたいに確かになりたいわ」
　山田も言う、それは是非にだというのだ。