詫び状
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第一章
詫び状
武田信玄がまだ出家せずこの名を授かっていない頃の話だ、その頃は完全に晴信と呼ばれていた。
その晴信だが今彼は深い憂いの中にあった、その憂いの顔で飯富虎昌、彼の即金の中の側近である彼に言うのだった。
「しまったのう」
「あのことですか」
「そうじゃ、あのことじゃ」
困り果てた顔で飯富に言う、二人共武田の色である赤い色の服だ。今は略した服であるがそれでも赤だった。
その赤い中でだ、こう言うのだ。
「源助のな」
「ううむ、そのことですが」
飯富は考え、そして意を決した顔でこう主に言った、その言った言葉とは。
「結局のところはです」
「わしの身から出た錆か」
「お言葉ですが」
それになるというのだ、晴信の。
「そうなりますかと」
「わしが他の小姓を床に呼んだからじゃな」
「御館様、おなごもそうですな」
「うむ、おなごは実に嫉妬深い」
そのことについては実によく知っているという言葉だった。
「他の女を少し愛し過ぎるとな」
「他の女が妬みますな」
「おなごはそれが厄介じゃ」
こう飯富に話す。
「それは知っておるが」
「しかしです」
「それはおのこもか」
「左様かと」
こう晴信に言うのだ。
「人の心はおなごもおのこも同じかと」
「そうだったのか」
「ですから源助もです」
晴信が他の男と床を共にしたことがだというのだ。
「妬いているのかと」
「左様か」
「はい、そうです」
こう言うのだった。
「ですからこの度は」
「わしが悪いか」
「いえ、それは」
家臣としてそれは言えない飯富だった、だが諌めることは出来るのでこう言いはするのだった。
「しかし御館様でなければです」
「この度のことは収められぬな」
「そうかと」
こう晴信に言うのだった、今は。
「ですからここはです」
「ふむ、わしが源助に謝るか」
「しかそれはです」
「頭を下げてはじゃな」
「それもよくありませぬ」
主としてだ、家臣にそうそう頭を下げてはならないのだ。ましてや今の様な話はだ。「
「特にこうした誰と寝ただのいうことでは」
「そうなるのう」
「そうです、些細な様ですが」
「難しい話じゃな」
おなごの時と同じであった、しかも主と家臣の間柄でもある。それだけに余計に複雑なものがあった、それだけにだった。
晴信も飯富と話しながら悩む、暫し考えそれからだった。
眉を考えさせるものにさせたうえでだ、こう飯富に言った。
「そうじゃな、ここはな」
「どうされますか」
「ここは文を書こう」
源助にだ、そうするというのだ。
「そうしようか」
「文をですか」
「こうしたことは文からはじめるな」
色恋沙汰はだ、これはおのこ同士だけではなくおのことおなごの間柄でもだ。
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