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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第21話 「それで……ぃい……」

 
前書き
大変お待たせしました。ほんとうに色々ありまして……それはあとがきにて。
今回、大分話の中核になります。ようやく中盤ですが……物語の本当の初まりは、まだまだこれからだったり。 

 




  ―― other side ??? ――




 まるで海の底のような薄暗い空間の中。
 一人の男が、脂汗をにじませながら両手を前に出し、何かを抑えるような表情で苦悶していた。

 男――そう、男。
 それは筋骨隆々で白い褌のような物しか身につけていない、裸の漢。
 ――本人は否定するだろうが、外見は漢にしか視えない人物、卑弥呼だった。

「ぐっ……い、いかん」

 普段は威厳がありながらも、どこか茶目っ気を演じるような口調。
 だが、今の卑弥呼には、そんな余裕は全くない。
 全身全霊で、なにかを抑えつけようと必死になっている。

「ちょ、貂蝉に顔向けできん…………このままでは!」

 よくよく見れば、手を掲げている空間には透明な『何か』があった。
 形容しがたい空気のような『何か』が、激しく蠢いている様に見える。
 それは風一つ入ってこないこの空間の中で、さらに蠢きを膨れ上がらせる。
 そしてそれは卑弥呼の腕を侵食し、腕の毛細血管が次々と膨れ上がり――

「ぐっ! 貂蝉、すま――」
「あなたともあろうものが、何を手こずっているんですか!」
「!?」

 もはや堪えきれない――
 そんな卑弥呼の横に、誰かの手が差し出された。
 思わずその手の人物を見る。

「お主――于吉!」

 驚愕、といった表情でその人物を見る卑弥呼。
 そこにいたのは、本来であれば敵とも言える人物だった。

「何故、お主が――」
「ふざけないでいただきたい。主張はどうであれ、私とて管理者です。龍脈の暴走なんていう大事に手をこまねいているわけにはいきません!」
「――そういうことだ」

 不意に反対側からも別の声がする。

「左慈、お主まで……」
「ふん。我々保守派は、北郷一刀の外史分裂を招いた負い目がある。その貸しの一つを返すとなれば、仕方がない」
「『上』の指示でもあるのですよ。今回のケース、貂蝉は事前に相談していたそうですからね。いざとなれば手を貸せ――そういう指示です」
「我々はこの件に関してのみ、力の封印を限定解除できる措置が取られている。それほどの事態だ。お前一人で収められるものか」
「お主ら……」

 卑弥呼にとって見れば、これ以上の援軍はない。
 なにしろこの二人は、本来ならば卑弥呼と貂蝉に匹敵する力を持っている。
 手助けとしては何よりも心強い人物だった。
 その証拠に目の前の『何か』の勢いは見るからに衰えていく。
 破裂寸前だった卑弥呼の腕は、侵食していた疼きと共に、まさしく『憑き物が落ちた』かの様に収まっていった。

「……しかし、それでは貂蝉は最初から儂の言を信じておらんかったということかのう?」
「知りませんよ、そんなこと。バケモノ同士、後で殴りあうなり、チチクリあうなり好きにして下さい」
「おい、馬鹿! 気持ちの悪い事を言うな! 想像して力が抜けるだろうが!」
「…………儂、立場ないのう」

 情けないことを言いつつも、どこか不敵な笑みを浮かべる卑弥呼。
 顔中汗だくになりつつも、口調には少し力が戻っていた。

「……それにしても、三人掛かりでも抑えるのが精一杯とはな。さすがは龍脈、といった処か」
「当たり前ですよ、左慈……この外史に於いて、龍脈とは外史を司るエネルギーそのもの。貴方とて知っているでしょうに」
「ふん……女になった武将の世界。本来であれば力は男に敵うべくもない。それを英雄たらしめるもの――か」

 左慈が忌々しく舌打ちする。
 于吉はその様子に、ただ苦笑するだけだった。

「それより貂蝉はどこに行ったのです? てっきりここに北郷一刀を守っていたと思ったのですが」
「………………」
「……心配しなくても、力は限定解除です。代わりに制約の呪いが付与されていますから、手を出したくても出せませんよ」
(ギアス)い、か……」
「忌々しい事だがな……バケモノとは言え、奴がいれば龍脈の制御もなんとかなると思うぞ。このままでは抑えるだけで手一杯だ」

 左慈の言葉に、卑弥呼は無言で躊躇する素振りを見せる。
 だが軽く息を吐くと、その口を開いた。

「まいだぁりんは先ほど目覚めた」
「「 !? 」」

 卑弥呼の言葉に、顔色が変わる二人。

「龍脈の力を使っての。だが、その反動でもう一人のまいだぁりんに影響が出ておる。それを解決するために転移していったわ」
「な……くっ! 北郷盾二に、何が起こったのですか!」
「……龍脈の力を取り込み、暴走しておる」
「……っ」
「…………」

 卑弥呼の言葉に、二人は押し黙る。
 于吉は顔面蒼白となり、左慈は無言で眼を閉じた。

「……お主ら、なにをした?」
「………………」
「………………」
「……言えぬか。まあよいわ。今回の暴走は、儂はともかく貂蝉は薄々気付いておったようじゃ。もう一人のまいだぁりんの中に眠る『資質』。霊媒体質……いや、龍脈限定の触媒体質、というの」
「っ!?」

 卑弥呼の言葉に、顔を上げる于吉。
 まさかそれがバレていたとは思わなかった。

「この世界はだぁりんが作り、関羽や張飛といった英傑の力を女性に与える元になったもの。それこそが、龍脈の力じゃ。彼女たちは自身の『氣』で強化するだけでなく、龍脈という『世界からの力』を与えられておるからこそ、『英傑』としての力を使える」
「………………」
「数ある分岐世界でも同様じゃ。じゃからこそ彼女らは『英傑』として力を振るい、外史として成立しておる。本来ならば管理された龍脈は安定したシステムであり、万が一にも暴走など起こらぬ様に、儂ら管理者が管理しておる。じゃが……」
「…………この外史は、特別ですから」
「……そうじゃな。スプリガンの世界――あれはまずい。こちらの世界との親和性が高過ぎる。その御蔭で様々なモノが流入しておる。今回の龍脈暴走もそのひとつじゃよ」
「………………」

 于吉は唇を噛み、震えるように何かに耐えていた。

「あちらの世界の産物である賢者の石など、その最たるものじゃろうて。その加工についても呪縛されとるじゃろう?」
「……ええ。北郷盾二には黙っていましたが、いざとなれば彼のスーツすら作れます。もっとも、私はその瞬間にこの外史からはじき出されるよう、『上』から制約を受けていますが」
「儂らも同様じゃよ……それは貂蝉が『プレート』を発見した時に、『上』から告げられたわ。あの時間軸を凍結されたオーパーツ……『警告のプレート』がこちらの世界にあったことでの」
「………………」
「儂はすでにいくつかの遺跡すら発見しておる。見つけ次第、封印しておるがの……『ノアの方舟』や『リバースバベル』など、世界そのものを破壊しかねないものじゃからの」
「! そんなものまで……」

 卑弥呼の言葉に、絶句する于吉。
 彼らは、まさかそこまで凶悪なものまで流入しているとは思っていなかった。
 それは左慈も同様で、無言のまま何かを考えこむように俯いている。

「あの世界は世界崩壊レベルの危険な産物が多すぎるのじゃ。今、『上』ではあの世界の情報を集めながら、流入してきた『情報』のあぶり出しで大騒ぎじゃよ。まかり間違ってこの世界の住人が起動させたら、保守も革新もないわい。歴史どころかこの世界が終わる」
「………………」
「あちらの世界には、まいだぁりん達のようなスプリガンという防御機構があるが、この世界にはそんなものはない。ならば管理者である儂らがその代わりをするしかないのじゃ……主らは力を制限されておるから、簡単な任しか降りてこぬのじゃろうて」
「……まあな」

 ようやく左慈が口を開く。
 だが、その声色は限りなく固かった。

「そして、本来あるべきではない……『北郷一刀』の存在確率の分裂。正直、外史が形成されたのは奇跡じゃよ。この世界は様々な要因が複雑に絡み合う事で、奇跡的に外史として存在が確立されておる」
「……そうですね。北郷盾二は……奇跡から生まれた存在ですから」
「おんなじじゃよ……儂らにとってはの。どちらも『北郷一刀』じゃ。世界の歪みによって生み出されたとしても、の」
「………………」
「……やはり恨みは捨てきれぬか?」
「それは――」
「当然だ!」

 于吉の言葉を遮るように、声を荒げる左慈。
 その威圧に、于吉は押し黙る。

「だからこそ俺達は――」
「左慈!」
「――っ、ちっ!」
「………………お主らが何かを企んでおるのは知っとるよ」

 卑弥呼は溜息と共に、そうこぼした。
 その言葉に、左慈も于吉も眼を細める。

「当たり前じゃろう? 目覚めぬだぁりん、一向に直らないアストラルリンク。そしてお主らの接触……疑うには証拠がありすぎじゃよ」
「………………」
「そう睨むでないわ。いつもなら大歓迎じゃがの……龍脈から目を離すと危険じゃぞ」
「………………」

 于吉と左慈は、卑弥呼をしばし睨み――視線を何もない空間へと戻した。
 何もない――否、龍脈の『核』とも言えるモノは、確かにそこにある。
 その『核』の中では、この星の生命エネルギーとも言える『モノ』が確かに蠢いているのだ。

「だが、正直儂らはそれどころではない。この外史は先程も言ったが、奇跡的なバランスで形成されておる。その管理と、流入してくる『情報』――世界崩壊級の遺跡の処理で手が回らぬ」
「……それはありがたいですね」

 于吉の軽口に苦笑する卑弥呼。
 本来、卑弥呼は于吉や左慈とは、ほとんど接点がない。
 表立って敵対しているのは貂蝉なのだ。
 卑弥呼自身は、親しい貂蝉からの情報でしか二人を知らない。

「……まあ、主らは力も半分封印されておるし、だぁりん達への直接的な手出しは呪縛されておる。その上で歴史的な暗躍は認められておるでの……『上』の要請があれば、特例で歴史介入した外史もあったしのう」
「……俺は裏方だったがな」
「主が嫌がったのじゃろうが、左慈よ。『北郷のいない外史で道化役など御免こうむる』などと……まあ、儂らもだぁりんがいないから、ちょっとしか顔を出さなかったのじゃが」
「おかげで私一人が悪役でしたよ……まあ、楽しかったですが」
「あいかわらずのマゾ体質じゃの……まあ、それはともかくじゃ。お主らは限りなくグレーじゃが、それもこの世界の不確定要素の一つとして現状は処理されておる。とはいえ、今後もそうであるかどうかはわからぬがの……」
「……脅しか?」

 ジロっと再び卑弥呼を睨む左慈。
 その視線を受け、ポッと顔を赤らめた卑弥呼。

「っ! 何で顔を赤らめているんだ、バケモノめ……」
「カッカッカ! 見つめられると、ついの。まあ、忠告じゃよ。仮に目的を果たせても、その先には何もない。ただ虚しいだけじゃぞ? そしてお主らはさらに厳しい懲罰が与えられる……最悪、魂魄を永久封印されるかもしれぬ。たった一度……他に全く影響のない目的達成のために、そこまで危険を犯す必要がどこにある」
「……お前らには、一生わからん」

 左慈はその言葉とともに、視線を逸らした。
 その様子に再び溜息をつく卑弥呼。
 そして反対側にいる于吉を見た。

「お主もかの、于吉よ」
「…………まあ、私達の存在理由ですから。お忘れでしょうが、一応敵対しているのですよ? 私達は、ね……」
「……主義主張が違うだけで、同じ管理者じゃよ。 貂蝉と違い、儂はそう思っておる」
「相変わらず……貴方は中立を貫きますか」
「主義主張はの。貂蝉は漢女道の弟子である故、親しくはあるがの。管理者という大きな枠では、儂らは全て同胞であり、仲間でもあるのじゃよ」
「……そうかも、しれませんねぇ……」

 于吉は寂しげに笑う。
 その表情に、もはや説得能うまいと首を振る卑弥呼。

「だいぶ話がそれたの。もう一人のだぁりんは、その触媒体質ゆえに龍脈の影響を受けて暴走しておる。それだけなら急がんでも龍脈を抑えればなんとかなるが……問題はそこに呂布がいたことじゃ」
「……虎牢関、ですか」
「うむ……龍脈の力を最も引き出されておる、天性の氣の天才。彼女が龍脈の暴走ともう一人のだぁりんの力の影響を受け、同様に暴走しておるのじゃよ」
「呂布までも……」
「通常でも本気を出せば、一人で二、三万の軍勢を倒せる力を持っておる。それが暴走……どうなるかは儂にもわからん。ただ、そのままでいれば確実に呂布は死ぬじゃろ」
「………………」
「そしてもう一人のだぁりんは、触媒体質のために無尽蔵に龍脈の力を使える。同じ様に暴走した呂布が相手では、龍脈の力を必要以上に引き出す事になるじゃろうて。じゃが、それをすれば龍脈は更に暴れだし……最後は大陸が割れるか、この星ごとか――」
「恐れていた事が起きてしまいましたか……」

 于吉にしてみれば、懸念していた最大要因でもあった。
 盾二の特異性――それは、仕込みをする時に見つけたものだった。
 一刀にすらない、歪み故に盾二のみに付与された力。
 向こうの世界では『イタコ』と呼ばれる死者や霊的エネルギーに直接触れ、それを引き出せる能力だ。

 盾二のそれは、龍脈限定という制約がつくが……それ故、いやだからこそ問題でもある。
 龍脈の影響の強いこの世界で、その力が発現すればどうなるか……
 その暴走だけが、于吉にとって一番の気がかりだった。

「今でこそ儂ら三人お力で抑え込めてはいるがの。お主らとて感じておるじゃろ? 龍脈の胎動が徐々に激しくなっておることに」
「……ええ」
「………………」
「今では『炎蛇』を出さないことで精一杯じゃ。向こうでは噴火に似たような状況になっておろう……貂蝉はそれを止めに行ったのじゃよ」
「……奴にできるのか?」

 左慈の言葉に、卑弥呼はにやっと笑った。

「あやつは『漢女(おとめ)』じゃぞ? できるできないではない、やるのじゃ」
「いや、それは全く理解できませんが……」
「……不安だ」
「カッカッカ……奴ならばやるわ。なにしろ……だぁりんが一緒にいるのじゃからの」
「北郷一刀が……そのために連れて行ったと?」
「いや。事情を話したら『盾二は俺が止める』と言っての。それに感動した貂蝉が勝手に連れて行きおった」
「……あのバケモノ。本気で考えなしだな……」

 左慈は忌々しげに舌打ちし、于吉は溜息を吐く。
 卑弥呼だけが、無責任に笑っているのだった。




  ―― 文醜 side ――




「うわっわわあっわ! と、斗詩ぃ!」
「ぶ、文ちゃぁん!」

 アタイと斗詩は、互いに抱き合いながら震えるように身を寄せ合う。
 あ、斗詩、いい匂い……

「ど、どどどどどどどどうなっているの! なにが起こっているの、文ちゃぁぁぁぁん!」

 ああ、慌てる斗詩もかわいいなぁ……
 思わずその胸に顔を埋めて、くんかくんかと……

「ぶ、文ちゃんってば! あんっ……ちょっと! こんな時になんで胸の鎧を外そうとするの!?」
「え? だって胸に顔埋めるのに邪魔だから……」
「こんな異常な状況なのに、なんで(さか)っているのよぉ!?」

 あた、あたた!
 顔を真っ赤にしながら、アタイの頭をポカポカと叩いくる斗詩。
 ちぇー……せっかく斗詩の胸に顔を埋められると思ったのになー……

「はぁ……はぁ……もう! そんな状況じゃないでしょ? 一体何なの、この状況は!」
「あー……うん。そうだな……てか、多分、原因はあれじゃないか?」
「…………え?」

 アタイが指差す先、そこはまるで地獄のような光景が映っていた。
 それは周囲を火柱が吹き出す場所。
 その中心の中で、二つの人影がひどい金属音を響かせている。

「………………なに、あれ?」

 斗詩が呆然としながら呟く。
 ほとんど放心状態。
 けど、アタイも同感だった。

 あれはどう見ても……

「……あ~りゃ、ダメだわ。人の戦いじゃない」

 アタイは溜息を吐きつつ、頭を掻く。
 人は、隣に驚き騒ぐ人がいると、自分は冷静になってしまう。
 本来ならアタイも騒ぐところなんだろうけど……斗詩の慌てっ振りが先にあったから、すっかり落ち着いてしまった。

 おかげでしっかり状況がわかるんだけど……だからなんだって話だ。
 目の前で起こっている状況は、すでに人智を超えている。

「……あれ、だれ?」
「んー? 多分……片方は劉備軍にいたあの兄ちゃんじゃね? なんかさっき『じゅんじー』とか叫んでいたの、聞こえたし。もう一人は……誰だろ」

 恐らくは敵。
 なら多分、呂布だとは思うんだけど……
 こんなめちゃくちゃな状況では、いまいちわからない。

 そもそも、あの人影が本当に人間なのかも。

「どっちにしてもこっちに来ないうちに下がったほうがいいかもなぁ……あんなのに巻き込まれたら、アタイら本気で死んじゃうよ。斗詩、ほら、斗詩! しっかりしなよ」
「え? あ、うん……」

 斗詩は心ここにあらず、といった様子で相槌を打つ。
 気持ちはわかるけど……

 そう思った時、後方から高い怪音が鳴り響いた。

「!?」

 思わずその方向を見ると、赤い筋のようなものが音を立てて空へと飛んで行く。
 あれは……鏑矢かな?
 音を出す、笛のような矢。
 それが、赤い布か何かをつけたまま空へ放たれている。

「なんだ、あれ……」

 後方ということは、麗羽様のいる本陣からだろうか?
 それにしては矢が放たれた距離が近いような――

「なあ、斗詩。あれって一体――」

 アタイが斗詩に振り向くも、斗詩はまだ呆然として前方の戦いを見ている。
 ああ……こりゃどうしようもないわ。
 アタイは嘆息して、周囲を見回した。

「しゃーない! 一旦、状況がわかるまで後退する! 混乱している兵を避け、麗羽様のところまで――」

 そうアタイが叫ぶその時。
 周囲の兵の一部が何を思ったか、前方の戦場へと移動しだした。

「ちょ! なにしているんだよ! アタイは後退しろって――」

 ……あれ?
 あんな兵、うちにいたっけか……?
 金色の鎧を身に纏いつつも、どこかうちの兵とは違う。
 逃げ惑い、混乱する兵を掻き分け、それぞれが前線へと走っていった。

「……なんだ、あれ」

 一瞬、嫌な予感がアタイの脳裏を掠める。
 けど――

「……今はそれどころじゃない、か」

 アタイは呆然とする斗詩を担ぎ上げ、周囲で混乱する兵を纏めるためにすぐにその兵達のことを放置した。
 あれも混乱した兵の行動だと、切り捨てた。

 けど、その事をアタイは……だいぶ後で後悔する事になるとは、この時思いもしなかったんだ。




  ―― 周喩 side ――




 ――危険だ。
 すぐにも『アレ』を殺さなければ。

 私はそう思って横にいた祭殿に振り向いた。

「祭殿! いますぐアレを――」
「落ち着け、公瑾。今はそれどころではな――」
「今のうちに殺さねば! 雪蓮が、呉が――」
「落ち着かんかぁ、バカモノッ!」
「――っ!」

 祭殿が叫ぶと共に、私の両頬をその両手で挟むように口を塞ぐ。

「軍師は誰よりも不測の事態を考え、誰よりも冷静でならねばならぬ! 儂はそう言ってきたはずじゃぞ!」
「ふ、ふぁいどにょ……」
「あんなもの、策殿の狂乱した時とどっこいどっこいじゃろうが! 何を恐れるか!」

 い、いや、雪蓮はあんなバケモノじゃ………………………………………………えーと。
 うん、まあ、その。

 と、ともあれ…………確かに少し、落ち着くことは出来た。

「ふぁ、ふぁいどにょ……ふぁかりましゅたから、でをおふぁにゃしに……」
「お? おお、すまん」

 祭殿が頬から手を離す。
 ……殴られるよりはよかったと、思っておくとしよう。

「んっ……失礼しました。確かに兵を纏めるほうが先、ですな」
「周囲の天変地異には確かに驚いたがの。だが、原因があの孺子(こぞう)ならば何が起こっても不思議ではなかろうが。雪蓮から聞いておるはずじゃぞ」
「……確かに聞いてはおりましたが」

 宛での黄巾との戦闘時、邑一つを一夜にして文字通り血の海にさせたという話。
 私が着いた時には全て終わっていたが……(むくろ)すらまともでなかったあの惨状も頷ける。
 これが……天の御遣いの本性だとしたら。

「……………………」

 雪蓮は、とんでもない相手を取り込もうとしている。
 人ではない『モノ』を。
 『やっぱ出遅れたわよねー』と言っていたが……それがよかったのではないかと、私にはそう思える。
 こんな常軌を逸したモノを『飼う』など……

 だが、これが呉の敵になったとしたら……
 誰よりも、誰よりも恐ろしい敵になる。
 それだけは……避けねばならないのかもしれない。

 目の前で起こっているのは、それ程にすさまじい戦闘。
 普段、雪蓮で見慣れている私にすら、残像のようにしか視えない二人の戦い。

 互いが身に纏う『赤い氣』が軌跡となってその場でぶつかりあっている。

「……なんという氣か。儂らなど、足元にも及ぶまいて……」

 祭殿の言葉に、その後ろにいた陸遜と甘寧がごくっと喉を鳴らした。
 穏はともかく、思春ですらか……
 アレと戦える可能性があるのは、恐らく雪蓮一人かもしれない。
 あの狂乱状態になった、雪蓮ならば……

(――っ! 私は何を考えている! 雪蓮は孫呉の王! そんな匹夫の勇などは私が諌めねばならないであろうに!)

 (かぶり)を振って自身を戒める。
 そもそも前提条件がおかしいのだ。

 あれはもはや鬼――いや、魔人、魔のモノだ。
 そんな危険な相手に雪蓮をぶつけようなどと……それ自体が間違っている。

(倒すことが出来ぬのならば、利用するまで――)

 まさしく雪蓮の言うとおりだ。
 アレを取り込む……味方につけて利用すれば、天下すら獲れる。
 雪蓮はそれを本能で……会った時に感じたのだろう。

(やはり、雪蓮こそが――そのために私がすることは――)

 目の前で起こる人外の戦いを余所に、私は思考の渦の中で様々な状況を浮かばせては組み立てる。
 そうしつつも口では兵を纏めるように指示を出す。
 その時――

 不意に、周囲の火柱が、消えた。




  ―― 盾二 side ――




 ………………!?
 気が付くと、俺は地面に倒れていた。

 視界に入るのはひび割れた渇いた大地。
 周囲に篭もる熱だけが、俺の顔を熱風となって凪いでいく。

「…………あ?」

 思わず身体に力を入れようとするが、うまく力が入らない。
 まるで四肢の力の入れ方を、俺自身が忘れたかのように……

(一体、なにが――)

 俺の中に眠っていた、もう一人の俺。
 戦闘機械だった『俺』は、まるで燃え尽きたかの様だった。
 意識は確かに俺のもの。
 正に入れ替わったかのような感覚。

 だが、身体は全く動かない。
 痛みも感じない。
 ただ、自分が自分として戻ってきたという現実感だけが、今の俺の全てだった。

「――――っ」

 誰かが周囲で動いた気配がする。
 俺が眼だけをそちらに向けようとすると、首の筋肉だけが俺に従って少しだけ動いてくれた。
 視界に入るのは、そこにも倒れている人物が一人。

(……呂布?)

 俺のすぐ傍に倒れている褐色の肌。
 赤い髪の毛が、俺の頬に当たる。
 見ると目を閉じ、まるで力尽きたように気を失っている呂布が、そこにいた。

(………………相、討ち?)

 おぼつかない頭で、状況を整理しようとする。
 ……つっ。
 頭部から流れてきた血が、片目に入る。
 どうやら……俺は今、血だらけのようだ。

 その周囲は粉塵と黒煙で遮られていて、状況はそれ以外に掴めない。

「………………ぅ」

 呂布が小さく呻く。
 どうやら死んではいないようだ……やはり相討ちなのだろうか?

 先程まであった自分でない感覚はもうどこにもない。
 ただ、言いようのない虚無感だけが、俺の心にあった。
 そレは多分――全てを思い出したから。

(……俺は、生き残るのか?)

 死んだ方が楽になれる。
 やるべきことも、やろうとしていることも。
 すべてを忘れて、死んだ方が――

(このまま眠ってしまえば……もうきっと”俺”はいなくなれる。その方が――いい、か)

 そう思って目を閉じようとした時。
 誰かの手が、俺の身体を抱き起こした。

(――誰が……)

 砂塵と噴煙の中、そこにいたのは一刀でも桃香でも朱里もない。
 今俺が、最も頼りにしていた人物――

「主!」

 ――馬正だった。




  ―― 馬正 side 虎牢関 ――




「主!」

 私はその腕で、主である北郷盾二殿を抱き上げた。

 周囲は未だ粉塵と黒煙に覆われている。
 誰もがその様子を伺い、皆が佇む中、私だけがその中へと入っていた。

「……ぁ、せぃ……」

 抱え上げた主が、おぼつかない声で口を開く。
 顔中血まみれになりその血で赤く染まりながらも、その顔は今にも命の灯火が消えそうなほどに青い。
 殴られた場所は鬱血しているようで、腫れ上がっていた。

(あの主が……無敵だと思っていた主を、よくもここまで――)

 私はその視線を、主の直ぐ側で倒れている呂布へと向ける。
 その姿は主とあれだけの死闘をしたにも拘わらず、その顔は崩れてはいない。
 ただ、右頬が少し腫れ上がっているだけだ。

 どちらが優勢だったのか、それだけで誰でも判る。

「主……よくぞ、よくぞ……」

 あれだけの相手に正面から立ち向かい、劣勢であるにも拘わらず最後まで一人で立ち向かいなされた。
 そして相討ちにまで、よくぞ持ち込まれた――

「私は、私は、主を誇りに思いますぞ……」
「……っせやぃ……か……ってねぇ……」

 『よせやい、勝ってねぇ』……こんな時まで謙遜なさるか。
 この人は……いや、この方は。
 どこまで英雄であらせられるのか。
 何も出来ないこの身を恥じると共に、『これが我が主ぞ!』と叫びたい衝動に駆られる。

「――っ」

 思わずこみ上げる涙に、唇を噛み、無理やり口元を引き上げた。

「……は、ははっ。主は相も変わらず、ですなっ……ほん、本当に、私は誇りに思いますぞ……」
「……っ……で、なく……?」
「んっ、あぁ……噴煙が目に染みるだけです」
「……へ……ぇ……」

 そう言って、膨らんだ顔のまま笑おうとする主。
 その顔に、思わず私も笑みがこぼれた。

「………………ぅ」
「……!」

 不意に、呂布が呻く。
 私は、はっとして主を抱き寄せ剣を抜いた。

「……………………」

 だが、呂布は起き上がる気配を見せない。
 いや、きっと起き上がることも出来ないのだろう。

 主は確かに、呂布を打ち倒したのだ。

(ならば今のうちにトドメを――)

 剣を握る私の手は、その頭蓋に叩きつけようと振り上げる。
 そして赤い髪の頭部めがけて振り下ろそうとして――

「……………………」

 その手を止める。
 私が振り下ろそうとした手を止めたのは――主ではない。

 粉塵と黒煙の中、呂布の傍に佇む、一人の少女だった。

「ひっく……ひっく……」

 その少女は……泣いていた。
 眼にいっぱいの涙を溜め、流れ出る涙を拭おうともせず、呂布の身体に跳びつき、背中で盾となっている。

「………………」

 私は無言でその手を振り上げたままで固まり、その振り下ろす場所に躊躇する。
 今、この時。
 呂布を殺す、千載一遇の好機であるはず――

「ヒック……ひっく……ひっく……」

 嗚咽をあげる少女が、呂布の頭部を抱えるように引き寄せ、こちらに背を向ける。
 私がこの剣を振り下ろせば、少女ともども呂布を切り捨てることは容易い。

 容易い……はずだ。

「………………」

 で、あるのに――私の腕は、振り下ろせない。
 なぜ――

「……ぃぃ。ばせぃ……」

 主の声が聞こえた。
 私は震えるように、主へと視線を動かす。

 主は……微笑んでいた。

「それで……ぃい……」

 そう言って……首をゆっくりと振る。
 その仕草に、ようやく私は……剣を、捨てた。
 
 

 
後書き
まずはお詫びを。
身内の危篤という状況で、さすがに仕事も休んで駆け回っていました。
ようやく安定した上、回復してまずは一安心です。
ともあれ、仕事にも大分穴を開けてしまいましたが……

今後急変する可能性がないわけでもないので、やはり定期更新は一旦止めさせていただきました。
できるだけ間を空けないようにはするつもりですが、ペースはかなり落ちるかと思います。
その分練りこみやすくはなったので、文章訂正も頻度が減ればいいなぁと思っています。

現状ですが、次の話がまた多少悲惨な話になります。
黄巾の章の時と同様に、残虐描写があります。
あの話も賛否が分かれましたが、今回もそうなるかと。
ただ、どうしても外せないシーンなので、ご理解いただきたく思います。
実はそのシーンの執筆に取り掛かった辺りで今回の騒動だったので、何かの呪いかと思ったぐらいでした。
前のシーンの前後でもいろいろあったので……お祓いしたほうがいいのかなぁ?

次の話もそんなにおまたせしないかと思いますが、更新が止まっているセンゴクの方も執筆しないとまずいかなとも思っています。
すでに半分は書いてあるんですがね……まあ、そちらもいずれ。

ともあれ、今後とも宜しくお願い致します。 
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