俺達のロカビリーナイト
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第二章
第二章
俺はたまたまこの店に入った。金が少しあったので入っただけだった。そしてそこで適当に時間を潰すことにした。
その時はカウンターじゃなくて四人の席に座った。何かだべって楽したかったからだ。今みたいにこのコーヒーを飲んで煙草をふかしていると背中の方から話し声が聞こえてきた。
「それでドラムだけどな」
何か男の声だった。
「誰かいいのいねえかな」
「あいつはどうだ?」
別の奴の声がした。これも男だった。
「あいつはどうも駄目らしい」
「何でだよ」
「今何か二つのバンドが解散して新しいチーム組むってよ。それでそこに入るらしいんだ」
「何だよ、それ」
何か一方がやけに怒ってるのがわかった。
「こっちが先にあいつ誘ったんだぜ。それでこれかよ」
「まあ仕方ないさ。向こうはヴォーカルとギターが洒落にならない位凄いしな」
「あの二人かよ」
「おまけに何でもベースとサックスにすげえの入れたらしいぜ。それに加えてヴォーカルがまた二人」
「何かとんでもねえグループになりそうだな、あそこは」
「あそこと比べたら俺達はやっぱり素人だしな。こっちはこっちでやろうぜ」
「それしかないか」
「ああ、それでな」
何かバンドの話をしてるらしい。そういえば学校でもちょっと話題になってたのを思い出した。
「とりあえずドラムはもう誰でもいいぜ」
「誰でもいいのかよ」
「やる気があるならな。後はどうにでもなる」
「御前がそこまで言うのなら仕方ねえな。それでいくか」
「ああ」
それでこの日は終わりだった。だが次にここに来た時も全く同じだった。やっぱり後ろで色々と話をしていた。
「で、見つかったのかよ」
「駄目だ」
また音楽の話をしていた。
「誰でもいいんだけどな」
「それでもいねえのかよ」
「ああ。どっかに誰かいねえのかな」
俺はそれを聞いていてふと思った。どうせ暇な身だ。
「おい」
俺は後ろを振り向いて話をしている連中に声をかけた。見れば二人いた。どっちも俺と同じワルだった。リーゼントとパーマにして服はヨーランにボンタンだった。やけに高いカラーが目立っていた。
「ドラム探してるのかよ」
「ああ。御前誰だ?」
そのうちのパーマの奴が声をかけてきた。
「ここの高校のモンだけどよ。そっちこそ見ない顔だな」
「ここの奴だったのかよ」
パーマはそれを聞いて言った。
「俺は隣の街のモンだ。こいつもな」
「何だ、隣だったのか」
「ああ。ここの店のコーヒーが美味いって聞いてな。それで来てたんだ」
「そうだったのか」
「それでドラムのことだけどよ」
そいつは俺に声をかけてきた。
「探してるのは本当だ。誰でもいい」
「誰でもか」
「ああ。何ならやるかい?もう楽器はあるぜ」
「面白そうだな」
俺はそれに乗ることにした。
「じゃあ入れてくれよ。そのドラムでな」
「わかった。それじゃあ決まりだな」
「ああ。じゃあすぐに行くか」
「おい、もうかよ」
あいつはあの時俺のその言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。
「気が早えなあ、おい」
「何かすぐにやりたくてな」
「わかった、じゃあ行くか」
あいつは頷いた。これで全ては決まった。
それから俺達はこいつと一緒になった。学校は違ってもいる場所は同じになった。俺達はバンドを組みそこで同じ時間を過ごすようになった。
バンドに金をつぎ込むようにもなった。しがない不良で金もそんなになかったがそれでもよかった。バンドをやってりゃそれで満足だった。何時かチャンスを掴もうとさえ思っていた。
「あのバンドは凄かったな」
「ああ」
俺達は最近まで街で誰もが知っていたあのバンドについてもよく話した。
「あれ位にならねえとな」
「なれっかな、俺達に」
俺はドラムを軽く叩きながら呟いた。
「あんなドラム他にいねえぜ。お笑いもできっしよ」
「ヴォーカルもな。ありゃ凄げえぜ」
「けどなりてえな」
「ああ。そして何時かは」
「俺達も東京へか」
「そうだ。絶対に行くぜ」
「皆一緒にな」
「勿論だ。その為に俺達はバンドをやってるんだからな」
あいつは皆で東京に行くつもりだった。高校を卒業しても働きながらやっていた。働きながらだったが辛くなかった。それも全部あいつがいたからだ。俺達はきついのを笑い飛ばしながらやっていた。あの時までは。
「おい、それマジか」
俺はその話を親から聞いた。お袋が電話があったって伝えてくれた。丁度仕事から帰ってすぐだった。またすぐに作曲かドラムの練習でもしようかと考えていた矢先だった。
「本当のことらしいよ」
お袋の言葉の調子からそれを信じずにはいられなかった。けれど俺はそんなことは信じたくはなかった。その時は絶対に信じたくはなかった。
「嘘だ、嘘に決まってらあ」
「けれど本当のことなんだよ」
お袋のせめてもの心遣いだったんだろう。慰めるように言ってくれた。
「だから、ね」
「・・・・・・今何処にいるんだよ、あいつ」
俺は俯きながらお袋に尋ねた。
「えっ」
「電話で教えてくれたんだろう?」
「そうだけれど」
「教えてくれ。あいつは何処なんだ」
俺はお袋に尋ねた。
「何処にいるんだよ、教えてくれよ」
「いいんだね」
お袋は俺を見ながらこう言った。
「言っても。何見てもいいんだね」
「構わねえよ」
俺もここまで言ったら意地があった。こう返してやった。
「だから聞いてるんだろ」
「わかったよ」
お袋はこれで俺の覚悟を見たみたいだった。一呼吸置いてから言った。
「街の病院さ」
「この街のか」
「ああ、そこに担ぎ込まれたってさ」
「わかったよ。じゃあ行って来る」
「ああ、気を着けてね」
「気を着けてなんかいられっかよ」
その時俺の言葉にはもう涙が混じっていた。外に出るともう雨が降っていた。
「チッ」
俺はそれを身体に浴びて舌打ちした。上を見ると顔にかかってきた。
ヘルメットはもうびしょ濡れだった。逆さにしてたせいでもう被れたものじゃなくなっていた。
「こんなのいらねえよ」
俺はこう言ってヘルメットを放り出した。そしてバイクに飛び乗った。雨の中全速力で飛ばした。
手間隙かけて整えたリーゼントが雨でボロボロになった。その時の俺の心みてえに。だけどそれでも構わなかった。その時はそんなことを言っている暇じゃなかった。
あっという間だった。気が付いたら病院の前にいた。そして適当に空いている場所を見つけてバイクを置いた。そして病院の中に入った。
「・・・・・・来たか」
入口にもう仲間の一人がいた。俺の姿を認めて声をかけてきた。
「ひでえ姿だな」
雨に濡れ髪も乱れた俺の姿を見てこう声をかけてきた。
「この大雨の中を来たのかよ」
「そっちもな。あいつのことを聞いて来たんだろ?」
「ああ」
仲間は力のない声で返事を返してきた。
「御前も行くかい?」
「その為に来たんだよ、何処だ」
「三階の一番奥の部屋だ」
教えてくれた。
「すぐ行きな。他の奴はそこにいる」
「ああ、わかった」
俺は髪も何も整えることもなく階段を駆け上がった。そしてそのまま言われた部屋に向かった。この時俺は気付いていなかった。俺の顔も髪もただ雨だけで濡れてるんじゃないってことに。
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