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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第三十六話 好敵手

「ご苦労だったな、多少の騒ぎにはなったが大事にはならずに済んだ。この分ならトーナメントも継続できるだろう」

 試合が終わったあと、状況を確認するべく紫苑は千冬のもとへと訪れた。
 
 ラウラはあらかじめ問題が排除されたことを確認したあとに保健室へ運ばれ、怪我自体はなかったものの試合での負荷が大きかった一夏も念のため一緒に向かった。
 簪は今回が初めての稼働だった打鉄弐式のチェックとデータのフィードバックを次の試合に間に合わせるために奮闘中だ。
 つまり、この場には紫苑と千冬の二人だけである。

「いや、二人も頑張ってくれたから。僕だけじゃバレないようになんて無理だったよ」
「あぁ……とはいえ、まったくあの馬鹿は。いくら相手が私と同じ構えをしたからといって、その程度で我を忘れるとは」

 ラウラに対して激昂し突撃をしようとした一夏に対して千冬は辛辣な評価を下し、それを見た紫苑は思わず苦笑する。

「ふふ、そんなこと言って本当は嬉しいんでしょ?」
「そ、そんなことはないぞ。試合に関しても防戦一方で、結局最後にお前がお膳立てした一撃ぐらいしかいいところがない。鍛え直しが必要だな」
「素直になればいいのに」

 明らかに動揺している千冬だが、そこで止めておけばいいのに紫苑は余計な一言を呟いてしまう。

「……私はからかわれるのは嫌いだ」

 急に笑顔になり、紫苑の肩を掴む千冬。だがその表情とは裏腹にその手に込められた力は凄まじく、ミシミシと音が聞こえてくる気さえする。

「あ、あはは……」

 それ以上は何も言うこともできず、ただただ頷く紫苑。
 しばらく無言で見つめ合ったあと、ようやく千冬は彼を解放した。

「さて冗談はこれくらいにして、ラウラの件に関しては一夏と更識簪にも説明が必要だろう。公に出来ることではないから口止めはするがな。一夏には私からしておくから、更識は任せてもいいか?」
「うん、構わないよ。あとちょっと気になることもあったからこっちでも勝手に動くけどいい?」

 絶対にさっきのは本気だった……とは決して口には出さず、別に考えていたことを伝える紫苑。その内容に千冬は眉を顰める。

「……この件、束が関わっているのか?」
「いや、あの人はあんな不完全なものは作らないって千冬さんも知っているでしょ? むしろ、どこからか事件を察知して今頃開発元の研究所が消えていてもおかしくないよ」
「……本当にありそうで笑えんな。まぁ、いい。本来なら許可できんが、なにせ公になっていない事件だ。どう動こうがこちらは関知できん。ただ、いつも言うが無茶はするなよ」

 冗談ともとれる紫苑の束に対する評価に、千冬は納得してしまう。
 このあたり、二人が束のことをどう思っているかよく分かる。

「うん、ありがとう。大丈夫、無茶はしないよ」
「お前のその言葉は信用できないから言っているんだ」

 そう言って、千冬は笑いながら紫苑の頭を軽く小突く。出席簿はさすがに持っていなかったようで、チョップのような形だ。
 この一年で何度も行われたやり取りに紫苑は苦笑しながらその場を後にした。

 その後に向かった先は簪が作業をしている部屋。
 
「打鉄弐式はどうですか?」

 部屋に入った先でディスプレイに向かって作業をしている簪に声をかける。
 その声に、大きな反応を示すこともなく紫苑を一瞥したあとに再び作業に戻りながら簪は口を開く。

「はい、問題ないです。動作の理論値に対するブレも今回の試合で確認できましたので修正済みです」

 素っ気ないように見えるその態度も紫苑は特に気にしない。こうして会話になることが自体が喜ばしいからだ。
 かつての彼女と比べれば、その態度自体には大きな変化はないかもしれないが、所々で紫苑に対する信頼が少なからず見えるようになっていた。
 今まででは声をかけても一言二言の返答だったことを鑑みれば、その変化は明らかだ。

「そうですか、後付した情報共有機能も問題なかったですよ」

 今回のトーナメントがタッグ戦だと判明した際に急遽追加したこの機能ではあるが、それを提案したのは驚くべきことに簪だった。
 現在のISは、もちろん集団戦が皆無という訳では無い。とはいえ、第一回モンド・グロッソにおけるブリュンヒルデの印象が強すぎたためか一対一、個々の戦いに重きをおく風潮が強い。それは各国の開発している専用機からも見て取れる。

 その点、簪の開発した打鉄弐式はマルチロックシステムを採用したミサイルといった集団戦を想定した武装があり異色とも言える。が、簪はそもそも一人の力で姉である楯無を超えようとしていた。その彼女がパートナーありきの機能を提案したことは、彼女自身の変化を如実に表しているといえる。もちろん紫苑はそのことを歓迎し、全面的に協力して完成へとこぎ着けた。

「よかったです」

 そう答えた簪は、微笑んでいるように紫苑には見えた。

 その後、紫苑は簪にラウラ戦のことについて一部伏せつつ話す。
 VTシステムの名前は彼女を危険に晒す可能性もある。故に、危険な技術が使われていることと秘匿が必要であるという形で説明した。彼女自身、そういった技術や国家同士のいざこざには興味がないのか、ラウラの無事だけ確認できるとあっさり納得する。一夏も保健室に行ったことは知っているはずだが、そちらの心配は皆無なあたりまだ恨んでいるのだろうか……。

「次はいよいよ、楯無さん達との試合ですね。頑張りましょう」

 紫苑の言葉に簪は強く頷く。
 かつてのようにひたすら楯無を超える強さを求めることはなくなったが、それでもやはり姉との戦いは彼女にとって特別なのだろう。
 
 そんな二人に次の試合の開始時間についての連絡が届く。
 二人が話している間にも第二試合は進んでいたのだが、つい先ほどその決着がついた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 


「や、やったッス。ついに先輩を超えたッスよ!」

 試合会場の出入り口へと繋がる中央広場へと紫苑と簪が向かうと、そこからはしゃぎ声が聞こえてくる。
 その特徴的な語尾から紫苑はすぐに声の主が誰かを察し、その意外な試合結果に驚いた。フォルテの実力は確かに高いものがあったが、ダリルに勝つのは難しいと彼は考えていたからだ。

「ちっ、まぁ勝負は時の運だからな。今回は負けだよ」

 渋々といった様子で、負けを認めるダリル。
 だがこめかみには血管が浮かんでおり、どこか納得できていないのは明白である。
 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、フォルテは浮かれ続けている。

「ふっふ~ん。そんなこと言って、もっとウチのこと敬っていいんスよ。あ、これからはウチのこと師匠って呼ぶッスか?」
「……ほぉ? 俺にボコボコにされてたところをオルコットのサポートで助けられて、その隙にかろうじて勝ったお前を師匠と呼べと? なら師匠、今度は二人っきりで納得いくまで殺り合うか?」

 フォルテの相変わらず空気の読めない発言に、ダリルの堪忍袋の緒が切れる。
 背の低いフォルテの頭に手を置いてにっこり微笑んでいる姿は微笑ましく見えるのだが、実際はダリルの目は笑っていないし頭に置いた手は既にアイアンクロウと化している。

「ぎゃー、じょ、冗談ッスよ! 可愛い後輩のささやかなジョークじゃないッスか!? それになんか字が物騒な気がするのは気のせいッスよね!?」

 そんな言い訳が通じるはずもなく、そのままフォルテはダリルに説教を受けることになってしまった。

「はぁ……ま、今回は負けたわ。まさかアンタがパートナーのサポートに回るなんてね」

 ダリルとペアを組んでいた鈴は、自分と同じように二人のやり取りに呆然としていたセシリアに声をかける。

「これもお姉様の指導の賜物ですわ! まぁ、以前のわたくしでしたら、きっとムキになってあなたにばかり集中してしまっていたでしょうけど……」

 今回の試合、セシリアは鈴と相対しながらも勝負を急ぐことなく常にパートナーであるフォルテの位置と状況を気にしながら戦っていた。
 ダリルとフォルテの戦いがフォルテに不利であると察するや、セシリアはビットの位置や射線などを常にサポートに入れる配置に置き、鈴からの攻撃に対しては防御に徹していた。結果、ダリルがフォルテにトドメを刺す直前の一瞬の隙を突き、そこから形勢を逆転することができた。
 この短い期間ではまともな連携をとるのは難しい。現に、ダリルと鈴はそれぞれが一対一で戦っていたしフォルテもそのつもりだった。だがセシリアだけは違った。意識の外からの彼女の攻撃が、試合を決定づけたのだ。

「お姉様ねぇ、そこのとこどうなの? 紫音さん」

 突然話を振られた紫苑はドキリとするも、なんとか笑顔を保つことができた。
 フォルテが騒ぎ出すころから声が聞こえる位置にはいたのだが、場がヒートアップしすぎて声をかけるにかけられなかったのだ。だが、どうやら鈴は彼が来ていることに気づいていたようだ。

「お、お姉様!? あ、あの……わたくし勝てましたわ」

 突然現れた紫苑に、セシリアは慌てふためくもなんとか自分の勝利を報告する。
 紫苑はその姿を見て、先ほどの引きつった笑みではなく心からの笑顔で応えた。

「はい、先ほど聞きました。頑張ったみたいですね。強くなっているようですし、以前あなたと戦ったことのある私も誇らしいです」

 紫苑の言葉にセシリアは満面の笑みになる。
 そのまま違う世界へ旅立ってしまいそうなほどの喜びようだ。

「あ、ありがとうございます! あの、お姉様と決勝で戦えるのを楽しみにしています!」
「ウ、ウチのことも忘れないでほしいッス……」
「はい、私も次の試合頑張りますね。フォルテさん……いたんですか?」
「ひどいッスよ!? 学年変わったらウチのことなんてどうでもいいってことッスか!?」
「ふふ、冗談ですよ。フォルテさんと戦えるのも楽しみにしていますよ。ただ……次の試合はそう甘くないですからね」

 ダリルにこってり絞られたのか先ほどまでの元気が嘘のように沈み込んだフォルテが幽霊のように現れる。
 紫苑はそんなフォルテとの久しぶりのやり取りに気が緩みそうになるも、楯無のことを考えて気を引き締め直す。それは隣に無言でついてきている簪も同様だ。

「あぁ、楯無のやつかなり気合いが入ってたぜ? もう会場に出てるはずだが……ありゃ本気だな」

 それは、紫苑と簪もそれは変わらない。
 二人とも楯無との試合には並々ならぬ想いがある。

「はい、望むところです」

 そう答えたのは紫苑ではなく簪だった。
 大人しそうな彼女が、力強く答えたことに周りは驚く。が、ダリルはそれを見て満足したように笑った。

「お前が楯無の妹か。まぁ、そんなの関係ないな。せっかくだから楯無をぶちのめしてこい」

 そんなダリルに、今度は簪が驚いたようだったが再び力強く彼女は頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(一時、もう二度と叶わないかとすら思ったあなたとの再戦……ようやくその機会がきたのね)

 紫苑が行方知れずとなってすぐ、様々な葛藤を楯無が襲った。
 急に失われた存在、それはクラスメイトとしてルームメイトとしてライバルとして……そして友として。だからこそ妹である簪が嫉妬をするくらいに、紫苑のことを全力で探した。
 結局、彼女の力で見つけることはできなかったがそれでも紫苑は再びこうして彼女のもとに戻った。そして、今こうして再び戦うことができる。それが彼女にとってどれだけ幸福なことか。
 この年にしてロシア代表となってしまった彼女。学園に在籍している関係でモンド・グロッソには出場していないが、それ故に彼女にライバルといえる存在は紫苑をおいて他にはいない。
 実力的にはまだ自身が勝っていると確信しているが、彼はまだ発展途上であり、その成長速度は楯無を上回るほどで限界も未だに見えない。いま戦えば試合中に実力差を覆される可能性すらある。だからこそ、楯無は紫苑を求めていた。彼の存在は、自分をより高めてくれる……そう信じて。

「気合いが入っていますね」

 既にISを展開して会場で相手を待っているさなか、楯無のパートナーであるシャルがプライベート・チャネルで彼女に声をかける。

「そりゃね……なんたって紫音ちゃんと、それに簪ちゃんとの試合だからね。いろいろ思うところがあるのよ」
「なら、僕が足を引っ張る訳にはいきませんね。頑張ります」
「ふふ、あなたなら大丈夫よ。予想よりもずっと強かった、機体の世代差なんて関係ないくらい」

 シャルは思いがけない楯無からの賛辞に照れくさそうに頬を掻く。

「でも、油断はできないわね。相手は……強いわよ」

 紫苑の力量を直接見ていないシャルだったが、ペア決定後に行っている楯無との訓練で彼女の強さは痛いほど理解している。そんな彼女がそこまで言い切るのだからと間接的に紫苑の力量を推し量り、冷や汗のようなものが流れる。

 ある意味、シャル自身にとっても転機となった存在。二人目……いや、世界で初めての男性操縦者。本来であれば国やデュノア社からの要請である調査の対象としては格好の、どころか世界中を震撼させかねない存在である。だが、シャルは彼のことを公表するつもりもなければ調査報告するつもりもない。それは一夏に対しても同様だ。
 彼女を受け入れてくれた紫苑や楯無を裏切るつもりはなかったし、この学園こそが彼女の居場所だと少しずつ思えるようになった。男のフリをするのはまだ大変なようではあるが……。
 ともかく、彼女にとってもこの試合にかける思いは強かった。

  





『お待たせしました』

 僕らはこれから待ち構える戦いに少し緊張しながら会場へと足を踏み入れる。
 既に二人はISを身に纏い、準備は万端といった様子。
 僕らもすぐにISを展開して配置についた。

『ふふ、こうして戦うのも久しぶりね。タッグ戦になるとは予想外だったけれど』
『そうですね、でも負けるつもりはありませんよ。こちらには簪さんもついていますしね』
『そうね……簪ちゃん。いろいろ話したいことはあるけど……まずは全力で戦いましょ』

 簪さんは言葉を発することなく、ただ頷く。やはりその表情はまだ固いけれど無理もない。今まで目標としていた相手が今目の前にいるのだから。

『なんだか蚊帳の外みたいですけど、僕だって西園寺さん達と戦うのは楽しみだったんですよ』
『ふふ、それは光栄です。お互い悔いの残らない試合にしましょうね』

 ちょっといじけた様子のデュノアさん。でもそれは冗談だとわかっているので僕も笑顔で返す。

 そんなやり取りをしているうちに、試合開始の時間となる。
 カウントが進み、0になった瞬間に全員が動き出す。

『はぁっ』

 僕は先ほどの試合では使用しなかった天叢雲剣の形態変化を使い伸ばし、開始直後の離れた位置からデュノアさんと楯無さんを同時に横薙ぎに斬りつける。突きのようにただ伸ばして攻撃するより、質量が増えた剣を振るわなければいけないのでその分体に負担がかかるけど、彼女たち二人の距離が近いこの時点ならば奇襲に最適だ。
 僕の攻撃に呼応して、簪さんがロックオンを始める。

 当然、楯無さんは僕の剣を軽々と躱すがデュノアさんはその攻撃が予想外だったのか、体制を崩しつつギリギリで避ける。
 それを見て僕はすぐに剣を戻し、次の行動に移そうとしている楯無さんへ向かってブーストをかける。彼女は蛇腹剣ラスティー・ネイルを呼び出して迎え撃つ構えだ。加えて、体制を立て直したデュノアさんもアサルトカノンを展開してこちらに射撃を行う。

 でも、それは悪手だ。僕は体の各所に装着されているブースターを細かく使いながら最低限の動作で躱していく。

『なっ!』

 相手には弾丸が通り抜けたように感じただろう。この隙に僕は楯無さんのもとへとたどり着き、簪さんのロックオンも完了、発射される。
 僕の武装や戦い方についてはいくらか楯無さんから伝わっているはずだけど、実際に対峙するとやはり勝手が違うのだろうか、動揺が見て取れる。

 当然その射線は情報共有によって僕にも見えていて、ほとんどがデュノアさんに向かっているものの一部は楯無さんへと向かう。それが彼女へとたどり着く前に僕は肉薄し、動きを制限する。

『あなたの新しい武器と、簪ちゃんのマルチロックオン。確かにこれは厄介ね!』

 厄介といいつつ、僕の剣を受け止める楯無さん。接近戦は彼女の本領ではないはずなんだけど、それでも一歩も引かないあたり、彼女の底が知れない。
 僕が楯無さんを抑えている間に、簪さんはミサイルの射出を繰り返しデュノアさんを遠距離に押しとどめつつ攻撃を繰り返し、時折こちらへのサポートも行っている。
 一方のデュノアさんもミサイルの距離に応じて武器を切り替えて凌いでいた。近距離では爆発しないようにブレードで切り落とし、中距離では重機関銃やショットガン、遠距離ならアサルトカノンと瞬く間に武器を切り替えている。
 ラピッドスイッチと言われる技術だけれど、あれだけ自在に扱えるのは凄い。

 彼女の機体、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムII』はその名の通りラファール・リヴァイヴのカスタム機だけれど第二世代だ。打鉄弐式のようなマルチロックシステムやブルーティアーズのビット兵器のような第三世代兵器はない。その分、汎用性が高く操縦者の力量が問われる。そういった意味で、彼女はよく使いこなしているのだろう。

 でも……。

『ふっ』

 楯無さんに再び中距離から横薙ぎの一撃を浴びせるも、当然のようにガードされる……でもこれでいい。
 ガードされたままの状態で天叢雲剣をさらに伸ばし、それはそのまま延長戦上にいるデュノアさんへと襲いかかる。

『あうっ』

 ミサイル群をギリギリで避け続けていた彼女にとって、それは完全に不意打ちとなりそれは突き刺さる。そのまま彼女をアリーナのシールド壁へと叩きつけた。

『よそ見していていいのかしら!』

 僕の剣が伸びきった隙を、楯無さんが見逃すはずもなくそのまま剣を滑らせながら接近してくる。

『いえ、見えていますよ』

 瞬間、僕は体を仰け反らすと背後から強烈な荷電粒子砲が先ほどまで僕の頭があった位置を通り過ぎ、楯無さんへと直撃する。

『……!? 簪ちゃん!』

 当然、それはデュノアさんの攻撃ではなく、簪さんの誤射でもなく……狙ってのものだ。
 ほぼノータイムで簪さんからの攻撃意志を認識できるため、相手に動作を悟られることなく連携がとれる。当然ながら、避けきれなければ自分が被弾するのだけれど前回の試合で僕のことを信頼してくれたのか容赦のないタイミングで撃ってきてくれた……このあたり、やっぱり楯無さんの妹だなって感じるね、うん。

『はぁぁぁっ!』

 不意の攻撃にひるんだ楯無さんに、全力の一撃を振るう。
 楯無さんは自身の剣で防ぐものの、体勢を崩した状態では勢いを殺しきれずに剣閃をその身に受ける。以前のように、水の分身ではなくしっかりとした手応えがあった。

『くっ……やるわね。やっぱりあなたと戦うのは楽しいわ……でもね、この学園の会長はどんな状況でも負けちゃだめなのよ?』

 僕の一撃でシールドエネルギーをかなり減らした上に、既に追い打ちでミサイルが迫っている。さらにパートナーであるデュノアさんはまだ戦線復帰していない。こんな状況でこの余裕……まさか!?

『あなたに無傷で勝てるとは思っていないわ……だから、我慢比べよ!』

 瞬間、危険を感じてその場を離れようとするも遅かった。
 僕らを中心に、突如爆発が起きる……忘れる訳もない、以前も一度この身に受けたことがあるナノマシンによる水蒸気爆発、クリア・パッションだ。警戒していなかった訳ではないけれど、まさか自身も巻き込まれるような位置で使うとは思わなかった。その爆発で周囲のミサイルも全て誘爆し、僕自身も爆風でシールド壁へと吹き飛ばされた。

 ……かなりダメージを負ったけれど、それは楯無さんも同じはず。むしろ僕の一撃がある分、こちらが有利だ。簪さんは無傷だし、デュノアさんは……っ!? この位置は!

『ごめんなさい』
『しまっ』

 背後から聞こえる声に動く間もなく、凄まじい衝撃が襲い掛かる。
 そのまま再び僕は吹き飛ばされることになる。

 彼女から受けた一撃は、パイル・バンカーによるものだった。超至近距離からでなければその効果は十全に発揮できないものの、楯無さんの一撃に完全にデュノアさんの存在を見失っていた僕は接近を許してしまった……。もしかしたらこうなることを見越して爆発の位置なんかを調整していたのかもしれない。

 でも、まだ大丈夫。僕と楯無さんのダメージならこれで五分、それに簪さんがいる……まだ負けられない。

 そう思った瞬間、僕の中に湧き上がる負の感覚。
 つい先ほども感じた……破壊衝動。

『ぐ……』
『西園寺さん!』

 僕の呻きに異変を感じた簪さんが声をあげる。
 でも、返事をすることができない。

 これは……もしかしたらボーデヴィッヒさんのコアに触れたときに感じた共鳴のようなものが影響しているのか。負けたくないって強く思ったことが原因なのか……。
 束さんが言っていた、天照のコアのプロテクトは壊れているって。何かのきっかけでいつ暴走してもおかしくない、と。

 それが……今なのか。まずい、ここでもし暴走なんてしてしまったら誤魔化しようがないしどんな被害が出るか……制御できない以上、楯無さん達を襲ってしまう可能性もある!

 お願いだから……収まって!

 必死に衝動を抑えながら願うと、その想いが通じたかのように徐々にだがそれは弱まってきた。
 
 そして、それが完全に消えることを確認する前に僕の意識は途切れてしまった。


 
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