IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Development
第三十四話 黒い雨
「えっ、織斑君が襲われた?」
それはトーナメントのペアが決まって三日後、生徒会に合流したシャルによって知らされることとなる。
最初は緊張していたようだが、クラスメイトでもある本音がいることで次第に打ち解けられたようだ。事情を知らないほかのメンバーも、男性操縦者ということで興味はあったようだがさすがに一般生徒のように騒ぎ立てるようなことはなかった。
「はい……襲われたというよりは訓練という名目でボーデヴィッヒさんにボロボロにされたというのが……」
「あぁ……」
事情を知るものにとっては容易に想像できる光景だった。
初日にラウラが一夏を張り倒したことは、本音を通して生徒会面々も聞き及んでいる。彼女が軍人であることや、協調性に欠けることも彼女自身が隠していないのですでに皆が知るところだ。そんなラウラが一夏とペアを組んでまともに試合になるのかという懸念はあったが、そもそも試合前に問題が起こったようだ。
「それで、織斑君はどうなったの?」
半ば呆れたように楯無が訪ねる。こうしてシャルから話を聞くまで生徒会が知らなかったということは、そこまで大事になっていないということだが、確認の意味を込めて聞いている。
「おりむーなら織斑先生に説教されてるよ~」
「は?」
本音から予想外の答えが返ってきて思わず惚ける。
なぜ被害者の一夏が説教を受けなければならないのか。
「あ、怪我はなかったみたいです。精神的に参っていましたが織斑先生が言うには『その程度で軟弱な』、らしいです」
シャルの補足で再び納得する。確かに千冬ならやりかねない、と。
もともとラウラは一夏や紫苑に対して何らかの行動を起こすつもりでいた。しかしながら、事前に問題を起こしてしまったが故に千冬に見咎められてしまい下手に動くことができなかった。
そんなタイミングで、トーナメントの大義名分を得たのである。特に一夏に対しては特訓の名の下に好き放題できる。一応は訓練であるため怪我を負わせるには至らなかったようだが、それでも彼女の溜飲はいくらか下がり迂闊な行動は抑えられたようだ。
一方、他人事ではない紫苑は一夏の無事を知った時点で別のことを考えていた。
(う~ん、もしトーナメントで僕らのペアと当たったらまともに試合にならないんじゃ……できれば試合当日までに関係改善されていてほしいんだけど)
しかし、そんな願い空しく一夏とラウラは険悪な雰囲気のまま時間だけが過ぎていく。といっても、一夏は殴られたりボロボロにされたりしつつもラウラにそこまで負の感情はもっておらず、ラウラからの一方的なものではあったが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、ついに個人別トーナメントの開催日となる。今回特別開催される専用機タッグトーナメントは三年生の試合以上に注目を浴びていることから最終日での実施となり、まずは専用機を持たない生徒によるトーナメントが行われた。
こちらも、総稼働時間の上位と下位でグループが分けられてからの抽選で決められており、組み合わせによって大きな不利ができないように配慮されている。とはいえ、やはり順当に専用機を持たない各国の代表候補生が上位に連なる結果となるのは予想できた。また、ペア決定後の一週間は授業が半日となり午後の時間を試合に向けての調整やペア同士のコミュニケーションに使用することが許された。
やはり大方の予想通り、どの学年も上位は代表候補生を擁するペアで埋まったが、特筆するべきはなんと箒が準優勝したことだろうか。彼女は運良く3組の代表候補生とペアになり、決勝までは順調に勝ち進むことができた。決勝でも善戦したが、同じく代表候補生を擁するペアが相手であり、もう一方の一般生徒と箒との地力の差が最後まで響き、敗れた。
なお、本人の知らぬところで勝手に優勝特典になり騒動を巻き起こした『織斑一夏と付き合える権利』は、優勝ペアのうち一人がシャルル派、もう一人が紫音派だったために有耶無耶になっていた。そういう派閥ができていることは本人達のあずかり知らぬことではあるのだが……。
この結果は、箒のこれまでの総稼働時間を考えれば上等の結果である。一対一の戦いではこうはいかなかっただろうが、接近戦に限って言えば彼女の動きは素人レベルではなかった。うまくパートナーが彼女の接近の機会を作ることでISでの戦いから自分の土俵に持ち込むことができたのだ。
ただ、決勝だけは代表候補生同士の実力が拮抗していたこともありサポートに回れず、結果今までの箒の戦い方を見てきた対戦相手に遠距離からの攻撃で封殺されてしまい、敗北へと至った。
とはいえ、この準優勝という本来満足するに値する結果も、当人にとっては優勝特典を逃しただけなので納得できていないようだ。現に一夏が彼女を賞賛するまで浮かない顔だった。もっとも、優勝したからといってその特典が有効かというとそんな訳がないので、彼女にとってはこの準優勝という結果が最良だったのかもしれない。
そして、専用機タッグトーナメントの当日となる。
ここに至るまであるペアを除いて順調にコミュニケーションが取れており、ほとんどのペアが複雑なものでなければある程度の連携も取れるようになっていた。あるペアとは言うまでもなく一夏・ラウラペアである。
当日になり抽選が行われ、試合の組み合わせも以下のように決まる。
第一試合 織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ vs 更識簪&西園寺紫音
第二試合 凰鈴音&ダリル・ケイシー vs セシリア・オルコット&フォルテ・サファイア
第三試合 第一試合の勝者 vs シャルル・デュノア&更識楯無
決勝戦 第二試合の勝者 vs 第三試合の勝者
ペア数の関係上、第一試合の分だけは逆シードのような扱いで一試合多くなっている。
紫苑が懸念していたことがいきなり実現する。一夏・ラウラペアとの試合である。この組み合わせを見た紫苑は半ばうんざりしたような気分に陥りかけたものの、面倒事を最初に終えることができると前向きに考えることにした。
「簪さん、初戦に勝てば楯無さんと戦えますよ」
「はい、それに……織斑君も初戦です、ふふ……潰す」
「か、簪さん……?」
もう一つの因縁を思い出した紫苑は、この組み合わせはやっぱりやめてほしかった、と心底思うのだった。
「準備はいいですか、簪さん」
試合の準備が整い、入場を指示される。
専用機を使用しての初の公式戦ということで、紫苑は緊張しているであろう簪に声をかけた。
「はい、大丈夫です」
だが、紫苑の予想に反して簪は落ち着いていた。
というのも、専用機の開発から携わってきた紫苑はペアが決まってからも問題なく簪との調整に専念することができた。そういう意味ではこの組み合わせは二人にとって幸運だったのだろう。
ほかのペアがお互いの武装や戦い方の確認をしているなかで、紫苑に関しては簪の武装や戦法、専用機の細かいスペックまで把握しているのだ。さすがに簪側はそうではないが、紫苑がカバーできるというだけでそれは大きなアドバンテージとなる。それが大きな安心感となり、今までの簪の中に燻っていた劣等感のようなものは薄まり、初の公式戦でも落ち着いていられた。
「では、いきましょう。あなたの専用機の初お披露目です」
「はい!」
心強い返事と共に、簪がその身にISを身に纏う。
更識簪専用機『打鉄弐式』。
もとは倉持技研が開発を行っていたものだが、急遽一夏の専用機である『白式』の開発・メンテナンスを優先することになり開発が滞っていた。それを簪が引き取り、紫苑が途中で加わり開発にこぎ着けた。
その名が示す通り、学園の訓練機に採用されている量産機『打鉄』の発展型であり、同じく量産機『ラファール・リヴァイヴ』の汎用性を取り入れることで全距離対応に組み上がっている。
また、ベースである打鉄は防御型なのだが打鉄弐式は機動重視型となっており、その機体速度はセシリアの専用機である『ブルー・ティアーズ』に匹敵する。
その機動性故か、無骨な打鉄とは似て非なるスマートな機体となった。
同じく純白のISを紫苑も身に纏い、二人は戦いの場へと飛び出した。
二人が会場に出ると既にそこには一夏とラウラが展開している。
四人が出そろった中で唯一の黒い機体、それがラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』だ。『黒い雨』の名を冠するこの機体だが、右肩に大型のレールカノンが装着されている他はワイヤーブレードやプラズマ手刀といった武装を有しており、遠近どちらでも戦える。だが、この機体の真価はある特殊兵器にあった。
(やっかいな機体だ……)
紫苑は試合会場に出て、ラウラの機体を見ながら独りごちる。
以前は束に渡されたシミュレータでいくらでも仮想戦闘ができたのだが、今はまったく連絡が取れないために旧バージョンのままだ。そのため、最新の機体が反映されておらず自身で知り得たデータのみでのシミュレーションしか行えていない。
もちろん、公開されているデータなどは一部でしかない。以前はその公開されていないデータも何故か反映されていたのだが……そこに関しては推して知るべし。もっとも、紫苑もその気になればそれを引き出すことができるのだが、さすがにそこまでは彼もしていない。
『ふん、ようやく来たか』
ラウラはオープン・チャネルで挑発するかのように声をかけてくる。それを聞いていた一夏は気まずそうな顔になるものの、この一週間でラウラが言っても聞かないのは身に染みているため特に何も言わずにいた。
『えぇ、お待たせしましたか』
紫苑としては舌戦をするつもりはないので、軽く流す。
申し訳なさそうな顔でこちらを見ている一夏に笑顔を返すことは忘れない。当然、一夏は顔を赤くして目を逸らす。もしこれが狙ってやっていることであるなら試合前の先制攻撃としては成功しているといえる。もっとも、言うまでもなく紫苑は無自覚であるが。
『あぁ、待ちわびた。貴様らに報いを与えるのをな! 貴様と当たるまで窮屈な思いをするかとうんざりしていたが、まさか初戦で当たるとはな』
『……えぇ、俺も!? っていうかなんでそんなに殺気立っているのさ!』
その言葉が、自身にも向けられていることに遅ればせながら気づいた一夏。まさかパートナーである自分まで攻撃対象になるとは夢にも……いや、もしかしたら少し思っていたのかもしれない。
一夏はラウラの転校初日、千冬に説教を受けた後にラウラの事情を聞いていた。
それは、彼にとっても思い出すことが躊躇われる過去。かつて自身が誘拐された際に姉が助けにきてくれたという事実は幼いころは英雄譚として認識していた。しかしそれが理由でモンド・グロッソ連覇を逃したということを知ったときは罪悪感に苛まれた。もちろん、誘拐犯が悪いのは間違いないがそれでも割り切れるものではなかった。
千冬を心酔するラウラが自分を恨むのは仕方ない、とある程度認めてしまっていたのだ。
だが、彼にとって解せないのはそれと同等かそれ以上の憎悪を対戦相手……西園寺紫音が向けられていることだった。一夏が知る紫音という存在は、慕われこそすれ恨まれるような人間ではない。であるなら、自分と同じように不本意ながら恨みを買ってしまったのかもしれない、とこの場では納得することにした。
いきなり辛辣な言葉をぶつけられて、紫音に申し訳ないと視線を送るもその度に眩しい笑顔が返されるので目をまともに合わせられない彼は、自然とその隣の少女へと目を移した。
そして、何故かその少女がラウラも真っ青なレベルで射殺さんばかりの視線を送ってくるのに気づいた。
『……許さない』
『あ、あの……お嬢さん?』
『潰す』
『え、えぇ!?』
簪の件こそ、完全なとばっちりではあるのだが一夏は知る由もない。
(う~ん、因縁が絡まりすぎてよくわからない状況に……こうなると下手に連携をとるよりも……)
「簪さん、あの様子だとボーデヴィッヒさんは織斑君ごと攻撃しそうですし、そうなるとまともな試合になりそうもありません。楽に勝てるかもしれませんがそれはあなたとしても本意ではないでしょう? なので、私がボーデヴィッヒさんを抑えますので簪さんは織斑君の相手をお願いします」
紫苑はプライベート・チャネルで簪だけに聞こえるように話しかける。これがトーナメントである以上、相手の連携の不備を突くのが当然ではあるものの、これは簪の専用機の初戦である上にこれに勝ち上がれば楯無との試合が控えているのだ。まともな実戦のデータは少しでも欲しい。
加えて簪は一夏と、紫苑はラウラと因縁ができてしまっている。下手な決着で後々に痼りを残すぐらいなら、納得がいく形で終わらせたほうがいいと紫苑は考えた。
「わかりました」
「とはいえ、あくまで分断は相手の同士討ちを防ぐためなので……」
「こちらの連携を控える必要はない、ということですね?」
そのやり取りに、簪がちゃんと落ち着いていることを確認して紫苑は安堵する。
分断はあくまでも試合を成立させるための手段であって、一騎打ちをしたい訳ではないのだ。
『内緒話は済んだか?』
こちらの様子を冷めた目で見ていたラウラが声をかけてくる。
試合開始まで一分を切っているためすでに臨戦態勢だ。
『えぇ、おかげさまで準備は万端です』
紫苑と簪も構える。
カウントは進み十秒を切る。
『そうか、ならば……』
ラウラが言葉を言い切る前に、試合開始の合図が鳴る。
『墜ちろ!』
『ぉぉぉおおお!』
同時に、ラウラはレールカノンを放ち一夏はブーストを使い一気に距離を詰める。
しかし紫苑らにとっては想定内の行動であり、落ち着いて対処をする。レールカノンによる砲撃を躱しながら、紫苑は一夏を迎え撃つ。その間に、簪は専用武装である8連ミサイルポッド『山嵐』によるロックオンを完了させる。
『おわっ! ラウラ、俺まで巻き添えに……するつもりだったな、うん』
紫苑が一夏と打ち合っている間も、ラウラの砲撃はお構いなしに襲ってくる。紫苑は余裕があるものの、一夏は背後からくる砲撃をおっかなびっくり躱している状況だ。
『……照準ok、いって!』
ラウラの攻撃は紫苑と一夏に集中していたため、簪はロックオンに集中することができた。
すぐに、彼女は山嵐を発動させる。一夏に8発、ラウラに4発のミサイルがそれぞれ独自の軌道で襲いかかった。6基のポッドから発射される8連ミサイル、最大48発がこの武装の最大威力だが、この場では敢えてその四分の一のみ放つ。
そしてそれに呼応するように、紫苑は一夏に正面から渾身の一撃を浴びせる。当然、一夏はそれを防ぐもののその威力にはじき飛ばされて距離を取らされ、そこにミサイルの斉射が追い打ちをかける。
一方のラウラだが、避ける様子もなくただ手を正面に向ける。
『ふん、小賢しい』
すると、彼女に向かっていたミサイルがすべてその場で停止する。
これが彼女の専用機シュヴァルツェア・レーゲンが有する特殊兵器、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーだ。通称、慣性停止能力と言われるこの能力はもともとISに搭載されている、浮いたり加減速したりといった慣性を制御するパッシブ・イナーシャル・キャンセラーを発展させたものだ。AICは任意に対象の動きを制御することを目的としたものだが、その構成の困難さから理論上の兵器とされていた。それを近年ドイツが実用化に成功し、初めてシュヴァルツェア・レーゲンへと実装されたのだ。
『さすがに厄介な能力ですね、ですがこれも想定内です』
『なっ!?』
一夏と対峙していたはずの紫苑が、突如としてラウラの背後に現れる。そのまま天叢雲剣を斬りつけるも、ラウラもかろうじて反応してプラズマ手刀でそれを防ぐ。しかしその瞬間に停止させていたミサイルが再稼働して再びラウラに襲いかかる。
そのころ一夏は、というと簪の放ったミサイルの対処に追われていた。
加えて、簪は照準を完全に一夏に定めて背中に搭載されている2門の速射荷電粒子砲『春雷』で追撃している。以前にセシリアとの戦いでミサイルの対処を覚えた一夏だったが、その時とは数が違う。なんとか躱しながら一つ一つミサイルを落としていくも、少しずつ被弾していく。
試合開始からここまでの流れは、完全に紫苑と簪が思い描いた通りになっている。最初の一夏の突撃を紫苑がいなし、その間にミサイルを斉射。紫苑は一夏と距離をとりミサイルの相手をさせ、そのままおそらくPICでミサイルを止めるであろうラウラの背後に回り込んだ。
『小癪な!』
もし、ラウラが反応できなければそのまま紫苑の一撃を浴びた上でミサイルの斉射を受けて致命傷になっていただろう。それを防いだのはさすがと言える。
が、彼女にとって状況は好転していない。ある意味初手で詰んだとも言える状況だ。
AICは強力な兵器であり一対一では反則に近い威力があるが、その運用には多量の集中力が必要である。また、それ故に自身が注力した対象にしか効果が及ばないため多数相手には不向きである。
つまり、簪が山嵐を全段発射しなかったのは初手でラウラのAICを誘うためのものであり、紫苑が接近した今それを出し惜しみする必要もなくなった。
『追加、いって!』
再び放たれるミサイルの斉射。先ほどの3倍の量が襲いかかる。今回はラウラに加減する必要はないため、それぞれ半数の18発ずつだ。どちらにしろ先ほどの比ではない。
一夏はさらに圧力を増すミサイルに接近の糸口を見いだせず、ラウラはミサイルと紫苑による同時攻撃にAICを完全に封じられていた。苦し紛れに紫苑に向けて発動されるAICも、彼はラウラの視線や手の動きから察知して躱し続けた。
紫苑自身もミサイルの雨に晒されながら接近戦が行えるのは、簪の打鉄弐式に追加した機能によるものだった。楯無が賞賛する彼女の演算能力を活かすために解析能力の強化と、その解析結果を特定の相手にコア・ネットワークを通してほぼノータイムで共有する機能を付与した。
その効果により、簪の放ったミサイルの軌道は紫苑のハイパーセンサーに予測ルート付きで認識されている。故に、被弾することなく思い切りミサイルの群れに突っ込むことができるのだ。
(くっ、いくら奴があの魔女だったとして、ミサイルの援護があるとはいえこうも一方的に追い込まれるとは……)
ラウラは少なからず自分の力に自信があった。たとえ、相手がかつて自分の部隊を半壊させた相手だったとしても、あれから自分が続けた訓練と与えられた最新鋭機の力を合わせれば何も問題ないと思っていた。
国内にはほとんど敵はいなかったし、このシュヴァルツェア・レーゲンがあれば国家代表にすら勝てると信じていた。
(これではあの頃と同じではないか……違う! 私は生まれ変わったのだ。私は、私はもう……)
『出来損ないなどではない!』
今までのラウラからは想像もつかない、助けを求めるような悲痛な叫びが木霊する。
彼女はワイヤーブレードを展開させ、複数のミサイルを同時に落としつつ紫苑を牽制するが逆にいくつかのワイヤーブレードを切り落される。そしてそのまま自身が天叢雲剣に斬られ、その勢いで地面に叩きつけられた。
『ぐっ、あああぁぁ!』
その一撃で大幅にシールドエネルギーを削られる……が、これで終わりではない。今までかろうじて躱し続けていたミサイルがこの隙に一気に襲いかかる。強烈な一撃を受けて体制を崩しているラウラにこれは不可避だった……が。
『ぉぉぉぉおおおお!』
簪の猛攻に晒されて、既に満身創痍になっていた一夏がそのミサイルを後ろから追い抜く形でラウラの前に躍り出たのだ。その過程で、ラウラを狙っていたものと一夏を狙っていたものがいくつか交差し、誘爆する。だが残った少なくない数のミサイルがそのまま二人へと着弾した。
(まさか、織斑君が彼女を庇うなんて……ね)
さすがに、あれだけ憎悪を向けてくる相手を助けるような行動を一夏が取るとは紫苑も想像していなかった。だが実際に目の当たりにして、鈴から聞いた彼に関する話などを思い出し、なるほどよく考えれば彼らしい、と思い直す。
(馬鹿な……負けるだけならいざ知らず、庇われただと……こんな男に……!)
着弾したミサイルが巻き起こした砂煙の中で、ラウラは一夏に庇われるというかつてない屈辱に、ただでさえ失いかけていたプライドが完全に崩れ落ちていった。
『馬鹿な、なぜ助けた!』
たまらず、一夏に向けて怒鳴りつけるラウラ。
『馬鹿はお前だ! 俺たちはペアなんだから助けるのは当然だろう!』
しかし、返ってきたのはラウラにとっては全く予想外の言葉だった。
訓練……という名の虐待のときも試合開始前もオドオドしていて全く話にならなかった男が、このときばかりは力強く宣言する。先ほどまでは歯牙にもかけなかった男の背中を急に大きく感じた。
『ふざけるな……私は貴様を……教官に汚点を残した貴様を許すつもりはないのだぞ!』
『そんなの今は関係ない、パートナーが危険だったら守るだけだ!』
--私の弟を見ていると、強さとは何か、その先に何があるのか見えるときがある。
(そんなもの……認めない! 落ちこぼれだった私を救ってくれたのは教官だ!)
--そうだな、いつか日本に行くことがあれば会ってみるといい。
(教官、なんでそんな表情で奴のことを語るのですか……! そんなの、あの凜々しい教官ではない)
--気をつけろ、あいつに会うときは油断するな。そうしないと……。
(私は奴を、教官を変えてしまう奴を否定しなければいけない……! でも奴は私を守って……何故だ? 私が弱いから? ふざけるな! 私に力があれば……力……が)
『ぁぁぁああああっ!』
認めたくない現状に混乱する中、その思考を遮るように突如としてシュヴァルツェア・レーゲンから電撃が放たれ、ラウラの意識は闇へと沈む。
彼女が意識を手放す前に聞いたのは、聞き覚えのないシステム音声だった。
Valkyrie Trace System …… Boot.
Form …… Zeroth Form.
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