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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第47話 「できる事と、やりたい事と、やるべき事」

 
前書き
風邪を引いた。
頭痛い。熱もある。
もうやだー。
風邪の所為で、気力が湧いてこない。
仕方ないので家で寝てる。
仕事は休んでないけどね……。 

 
 第47話 「人生とは、不条理なもの」

「――ロボス」
「シトレか」

 統帥作戦本部の廊下で、背後から声を掛けられた。
 振り返るとシドニー・シトレが、深刻な面持ちで立っている。こいつも今回の出征には反対だったな。

「出るのか」

 低い声だった。いくぶん震えているようだ。
 無理矢理、感情を抑えようとすれば、この様な声になるのかもしれない。
 この男にしては、珍しい。

「うむ。私が出ねばなるまい。出征に賛成した者の責任だ」

 今回の出征は当初の予定とは、違ったものになってしまった。
 軍を集結させる事で、帝国……いや、あの皇太子から反応を引き出す。その上で向こうから打診させ、交渉させる事で優位に立つ。
 実際に軍を動かす必要などなかったのだ。
 動かすぞ。そう思わせるだけでよかった。
 ティアマトか、アスターテ。それともイゼルローンか、フェザーン、どこに向かうのか我々の方が選ぶ。それが可能だった。
 戦略的優位に立つ。
 主導権を得るとはそういう事だ。
 だが、あの皇太子は打診こそしたものの、強引に帝国軍を動かした。
 しかも激怒した振りをして……。
 あの皇太子がそう簡単に、怒り心頭する様な単細胞であるものか。
 そんな単細胞であれば、帝国の改革などできん。
 冷静だ。冷静であるからこそ、実際に軍を動かさないだろうと思った。そこに交渉の余地がある。

「……しかしあの皇太子、ごちゃごちゃ考えずに動かす方を選んだ」
「繊細かつ大胆不敵な男だ」

 皇太子の二面性。
 迂闊だった。あの皇太子の二面性を甘く見ていた。
 あんな男が部下にいれば、どれほど心強い事か……。

「英雄になりたがる者は多いのだがな。実際に英雄になれる者は少ない」
「英雄など、酒場に行けばいくらでもいる。しかし歯医者の治療台の上には一人もいない。確か、君が目を掛けている者の言葉だったか」
「ヤン・ウェンリーだ」
「そうか、彼は今回の出征には置いていこう。こんな無駄な戦いで失いたくないだろう?」
「すまんな」
「気にするな。後のことは任せたぞ」
「ああ、武運を祈る」
「分かった」

 ■国務尚書執務室 リヒテンラーデ候クラウス■

 皇太子殿下の怒りは、オーディン全土を揺るがした。
 貴族のみならず、平民達ですら怒りに燃えている。
 そう単純な話ではないのだが……。あのお方が中々見せようとはしなかった、扇動者としての側面だ。士官学校時代、あれほど人を動かすのがうまい、士官はいなかった。
 そう評価された所以だ。この能力があれば、平民達を思い通りに動かせただろうに。
 皇太子殿下はそれを嫌っておられる。
 両手の届く範囲が幸せであれば、それで良い、か……。
 銀河帝国皇太子にして、銀河帝国、帝国宰相の両手は銀河の端から端まで届く。
 ゆえに悩んでおられる。人間らしい感情の揺れだ。
 それがかえって人の心に訴える。この方のために動こうと。
 だからこそ平民達は恐れている。皇太子殿下が怒りに燃え、自ら戦場に立たれようとするかもしれないと。

「不思議よな。貴族どもは安全なところで偉そうにしているだけだと、平民達からは思われていように。戦場に出ないでくれと懇願される。そんな皇族というものが存在しようとは」
「そんなお方は、銀河でただお一人。皇太子殿下以外にはおられませぬ」

 財務尚書のゲルラッハがはっきり言う。
 わしもそう思うわ。
 辺境開発。
 農奴解放。
 教育問題。
 人口増大策。
 経済問題。
 規制緩和。
 権利拡大。
 法改正。
 税制改革。
 問題は山積みではあるが、そのどれもが動き出している。
 その上、まだ貴族のみだが、議会が開かれた。
 平民達の要望も訴える場ができたのだ。
 平民の代表者が、各貴族領で意見を纏めだしている。不満はかなり抑えられているのだ。

「意見を聞かないとは言っていない。まずは不満を言うよりも、意見を纏めろ。ですか?」
「皇太子殿下にそう言われては、まず不満は平民達の代表者に向かっている。意見を聞いてくれとな」
「平民の代表者達が、頭を抱えているようですが……」
「致し方あるまい。しかし文句の言いようもない」

 自らの念願が叶ったのじゃ。ただおもしろい事に、辺境の貴族達が税収の中から、優秀な若い者に対して、学費を出してオーディンの帝国大学に通わし、政治や経済を学ばせ出しておるようじゃ。
 選ばれた者たちが、必死になって学んでいるようだ。
 皇太子殿下の懸念を聞かされたらしいしのう。

「中央と辺境の教育格差ですか?」
「うむ。その通りじゃ。このままではいかんと、必死になっておるわ」
「次の世代。次の次の世代。それらが芽を出し始めているのは結構な事ですな」
「その上、負けてはなるまいとブラウンシュヴァイクやリッテンハイムなども、領内の者に対して金を出して通わせ出しているわ」

 貴族も必死。平民も必死で帝国の未来を考えておる。
 これまでなかったほど、貴族と平民の関係はうまく行きはじめている。

「人が集まりだしましたな」
「これからは貴族も、うかうかしていられぬ」
「それにしましても、これまでは平民が身を立てようとすると、どうしても士官学校を目指していたものですが、文官を目指す者が増えてきましたな」

 戦後じゃ。平民達ですら戦後を考え出してきた。
 戦争は終わる。しかも帝国が勝って終わる。いまだなんとなくではあるが、平民達の間でも、そのような共通認識が生まれだしている。
 百五十年近く続いた戦争が終わるのじゃ。
 これは一大転機となろう。
 だからこそ、皇太子殿下には帝都にあって、戦場になど出て欲しくない。

「いま、あのお方を失うわけには行きませんからな」
「無論じゃ」

 いま、皇太子殿下を狙う者がいたら、そやつは帝国を敵に回すであろう。
 それも貴族だけでなく、平民達すら敵に回す事になる。
 叛徒どもはそれを理解しておるのじゃろうか?

 ■同盟作戦本部 ラザール・ロボス■

 部屋に入ると幕僚達が席に座っていた。
 その中に一際顔色の悪い奴がいる。
 アンドリュー・フォーク。士官学校を首席で卒業した中佐だ。
 わたしが席に着くと、いきなり意見を述べだす。
 あいもかわらず、夢見るような意見だ。中身がない。これが士官学校の首席とは、同盟の人材も枯渇し始めているな。

「フォーク君。はっきりと言っておくが、今回はすでに負けている。後はいかに負けを少なくするかが、肝要だ」
「閣下。戦う前から負けたと口に為されるのは、如何なものかと」
「だが現実だ。厳しいが現実なのだ。それを分かった上で、作戦を考えなければならない」
「少官はそうは思いません」

 現実が見えていないのか?
 思わずため息が出そうになった。
 目頭を指で揉みつつ、もう一度繰り返す。

「今回は負けだ。戦略的に敗北した。それをまず理解して欲しい。それからフォーク君、君は自分を特別視したがるが、現実はそう甘くない。人間は誰しも、できる事とやりたい事とやるべき事は一致していないものだ」
「できる事とやりたい事とやるべき事ですか?」

 青筋を立てて勢い込んでいたフォーク君が、一瞬呆気に取られた表情をする。

「そうだ。例えば君は、前線指揮官としては向いていない。参謀としても並みだろう。しかし後方担当、軍官僚としては優れている。君が目指すべき対象はアレックス・キャゼルヌ君だな。覚悟を決めて後方担当として邁進すれば、彼に勝る逸材になるとわたしは確信している」
「しかし小官は……」
「参謀として帝国に、いや、あの皇太子に勝ちたいのだろう。しかし君の特性は軍官僚だ。だからこそ、できる事とやりたい事とやるべき事は一致していないのだ。それはあの皇太子も同じだろう。これを見たまえ」

 そう言って皇太子のファイルをフォーク君の下へ、差し出した。
 そこには皇太子の経歴が、かなり詳しく書かれている。
 それを読んだときの衝撃を、彼にも分かってもらいたいものだ。
 あの皇太子。平民であれば、優秀な参謀になっただろう。門閥貴族ならば、宇宙艦隊司令長官かもしれない。ザクのパイロットとしても優秀だ。しかし戦場には立てない。
 武勲を立てる場所を得る事はない。
 武官として、どれほど優秀だったとしても、武勲を立てる場所を得られないのだ。

「……これは……」
「帝国のトップ。好き勝手、やりたい放題しているように見える皇太子ですら、そうなのだ。ままならないものだよ」

 あの皇太子を比較の対象として、持ってくるのはどうかと思うが、理解しやすいだろう。
 それに例はそれだけではない。

「他にも似たような例はある。例えばヤン・ウェンリー君もそうだな。彼は歴史学者になりたかったそうだ。しかし歴史学者としては並みだろう。参謀として優れていてもね。本人からしてみれば、不本意なものだ」

 そして君は軍官僚だ。
 どれほど前線指揮官として、奇跡の様な勝利を望んでも、叶えられる事はない。
 しかし官僚としては、ヤン君は、君の足元にも及ばないだろう。

「六個艦隊を生き残す。できるだけ、負けを少なくする……。良いでしょう。補給を完全に行い。あの皇太子の思惑を粉砕してやりましょう」

 フォーク君が笑う。
 良い笑みだ。方向性が変わったな。
 そう、やり方こそ違うが、打倒皇太子だ。
 武断主義でない、本質的に文官である皇太子に勝てるのは、同じく文官として優秀な者だ。
 戦場以外で勝つ。
 そしてそれができるのは、軍内では、君おいて他にはいない。
 自覚していないだろうが、君の政治的な手腕だけだ。

 ■クロプシュトック領内 ヨハン・フォン・クロプシュトック■

 天は人の下に人を造らず、人の上に人を造らず。
 しかして人間社会を見渡してみれば、その有様、雲と泥のようだ。
 人の価値は学問の有無にある。

「だから学問に勤めて切磋琢磨せよっ!!」

 農奴の子らを集めて、声を張り上げている。
 いままでの帝国であれば、この様な物言いは政治犯として、捕らえられてしまうだろう。

「しかし今の帝国は違う。帝国は変わったのだ。そしてこれからも変わる帝国にあって、諸君は生きねばならぬ。その時必要になるのは、学問である。いいか、それを忘れるんじゃないぞ!!」

 強引に無理矢理、農奴の子らを学校に通わせる。
 その許可を宰相閣下から頂いた。

「皇太子殿下は、あのお方は! 諸君の将来を考えて下さっている。これは諸君が得た機会だ。無駄にするんじゃないぞ」

 いずれ帝国全土で行われるだろう。農奴の子らに対する教育。
 そのテストケースとして、まずはクロプシュトック領内で行う。予算は親父からぶんどった。
 泣きそうな目をした父から、奪ったのだ。
 未来への投資だ。がたがた抜かすな、と強引にもぎ取ってやった。

『……ヨハン。変わってしまったのか……そんな子ではなかったのに、口も悪くなってしまったのだな』
『ええい。うっとうしい』

 口調の悪さは、皇太子殿下譲りだ。なんか文句あるか?
 農奴の子らの中には、自分の名も書けない者もいるのだ。それではいかん。いけないのだ。
 改革のためなら、老親も泣かす~。それがどうした。文句があるか~。
 領内から集めた教師達も、平民達だ。
 どいつもこいつも希望に溢れている。

「為せばなる。為せねばならぬ。何事も!!」
「ヨハン様はお変わりになられた。あの上品だったお方が、もの凄く、ものすごーく、口調が悪くなってしまわれた」
「ええい、うるせえっ」

 声を張り上げている私の背後で、使用人たちがこそこそ囁いていた。
 ここは壇上じゃ。がたがた抜かすな。
 それより見ろ、農奴の子らを。これから学校に通えるのだ。希望とやる気に満ちているじゃないか。素晴らしい事だろう。
 クロプシュトックこそ、学問の最高府にしてみせる。

 ■ノイエ・サンスーシ フリードリヒ四世■

「後一本、持ってくるのだ」
「いけません。ワインは一日に二本までとの、皇太子殿下のお言いつけです」
「予は皇帝だぞ」
「皇太子殿下のお言いつけです」

 うぬぬ。宮廷の女官達が口をそろえて、予に酒を飲ませないようにしてくる。
 おのれー。ルードヴィヒめ。
 父の楽しみを奪うつもりかっ!!
 なんという、かわいげのない奴じゃ。
 しかし女官達のドヤ顔がむかつくわ。奴に文句を言ってやらねば。
 急いで連絡するのじゃ。

「というわけで、なんとかするのじゃ」
「やなこった。それより仕事しろ。老人でもできる仕事を用意してやる」
「予は皇帝じゃぞ!!」
「俺は皇太子だ。あんま楽ばっかしてると、すぐに惚けるぞ。よいよいになりたくないだろう?」
「うぬぬぬ。がぁ~っでむ」
「やかましい!! 泣くな騒ぐな。薔薇園燃やすぞ」
「予は銀河で一番、不幸な皇帝じゃ~」
「けっ、銀河に皇帝は一人だけだろう。やはり、惚けたな。リハビリがてらに仕事しろ」

 父親をこき使おうとは、なんというひどい息子だ。
 予は悲しいぞ。
 画面の前で泣き崩れても、奴はしらっとした顔をしておる。

「忙しいんで、切るぞ」
「ちょっと待つのじゃ」

 真っ黒になった画面を前に、呆然と立ち竦む予であった。

「ひどい。ひどすぎるぞ。ルードヴィヒめ~」

 皇帝に対する敬意など微塵もない。
 育て方を間違えたわ……。
 人生というのは、不条理なものよな。 
 

 
後書き
最近、三津田信三の本ばかり読んでるせいか、
寝てると魘される。
でもホラーものも書いてみたい。 
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