渦巻く滄海 紅き空 【上】
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十二 落ちこぼれ
「なかなか面白い試合でしたね。ナルト様」
「奈良シカマル…。彼は伸びるな」
ポケットに手を突っ込み、ゆっくり観覧席へ戻っていく六回戦の勝者。それを吟味するかのような瞳でナルトと君麻呂は眺めていた。
「高い分析力に鋭い勘。相手の出方を窺い、その場に応じての判断能力。また自身の術を戦術で補い、且つ効果的に利用している。中忍に必要とされる指揮官としての資質もあるだろう…この中で中忍になる確率が最も高いのは彼だな」
奈良シカマルを絶賛するナルト。それを見て、君麻呂と多由也の眉間の皺が深くなる。特に彼らの会話に口を挟めずにいる多由也は、ナルトがシカマルを褒めるたびに不機嫌になっていく。
「木ノ葉には勿体無いと…?」
「そうじゃない。いい策士になるなと思っただけだよ」
君麻呂の言葉にナルトは苦笑しながら答える。手摺に頬杖をついていた多由也がふんっと鼻を鳴らした。
「あんな奴、大したことね―よ」
ぶすっとむくれながら、彼女は向かいの観覧席を睨みつけた。彼女の態度に思い当った君麻呂が、ナルトに聞こえないよう声を潜めて話し掛ける。
「…拗ねてるのか?」
「なッ!?ふざけんな、それはテメエのほうだろ!!」
「否定はしない」
多由也の言葉にあっさり了承を返した君麻呂もまた、木ノ葉の忍び達を苦々しげな表情で見遣った。
「…ナルト様からの絶大の賛美を博するなど、不愉快極まりない。だがナルト様の目に留まったと言う事はそれなりの才能の持ち主なのだろう」
「チッ」
君麻呂に舌打ちを返した多由也はプイッと顔を逸らした。
「多由也」
不意にナルトに話し掛けられ、彼女は肩を震わせる。動揺を隠し平常心を装いながら、多由也は口を開いた。
「……な、なんだよ」
「頑張ってね」
ナルトからの脈絡の無い言葉に彼女は訝しげな表情を浮かべる。
ナルトの視線の先を追って掲示板を見遣った多由也は、彼の言葉の意味を理解すると観覧席から飛び降りた。
「おい、チョウジ。試合終わってないの、俺らの班の中であとお前だけだぜ?強い奴に当たっちまったらどーするよ?」
君麻呂・多由也に睨まれているとも知らず、観覧席に戻ってきたシカマルは同班のチョウジをからかっていた。その揶揄するような物言いに、チョウジは手摺を握りながらズルズルとへたり込む。
「べ、別にいいもん…。そん時はすぐ棄権するし…」
「ってことは、焼肉食い放題ってのも無しだな」
チョウジの気の弱い発言を遮るように十班の担当上忍である猿飛アスマが口を挟んだ。どうやら食べ物で釣ろうという作戦らしい。
「なあに。ヤバくなったら俺が止めに入ってやるよ。ま、その場合お前は失格になっちまうけどな」
担当上忍が割り込めば、その上忍が庇った下忍が失格。同じく下忍が試合に割り込んだ場合、助けに来た下忍も助けられた下忍も連帯責任ということで失格になる。たとえ前試合での勝利者でも本戦に出場する権利を剥奪されるのである。
情けない声を上げるチョウジを説得するアスマ。前半は尤もらしい言葉を述べていたが、後半になるにつれ、彼はチョウジの好きな肉の名をつらつらと並べ始めた。
アスマの焼き肉食い放題発言に、シカマル・いのは呆れ果てる。反してチョウジは瞳に炎を燃やし、俄然やる気を出し始めた。
「うおおおおお~!!やっきっにっく~!!」
雄叫びを上げながら闘技場中央に向かって行くチョウジ。突然の彼の奇怪な動きに呆気にとられたシカマルといのが慌てて手摺から身を乗り出す。
そして掲示板を視界に入れた途端、彼らはサッと顔を青褪めた。
「勝って焼肉食うぞぉ!!」
闘技場中央にて鼻息荒く宣言したチョウジを、彼の対戦者である多由也は冷やかに見据えた。
興奮している彼の耳には同班の焦った声など届かない。明らかに声援ではなく試合を棄権しろという言葉が聞こえてきて、多由也は尤もな判断だ、と口角を上げた。
「チョウジ~!!その人、サスケくんと互角だった人よ!!」
「悪いこと言わねえ!止めとけ、チョウジ!!焼肉食う前にお前が食われんぞ!!」
「お、おい。お前ら…」
全力で棄権を促す教え子達にアスマが目を丸くする。だがいの・シカマルの必死の説得もむなしく、ハヤテが試合開始の合図を言い放った。
「え―…では第七回戦『秋道チョウジ』VS『多由也』、始めてください」
開始直後、ハッと鼻で笑いながら多由也はチョウジを挑発した。
「おい、デブ。さっさと掛かって来いよ」
嘲りの言葉内に含まれたひとつの単語。それに過剰反応を示したチョウジは、額に青筋を立て、グッと拳を握り締めた。
「うおぉお、馬鹿にしてぇ!!ポッチャリ系の力、見せてやる――――――!!」
雄叫びを上げたチョウジが印を結ぶ。
すると彼の身体がぼんっと膨れ上がった。肥大したその身に首・手足を引っ込めれば、チョウジの姿は巨大な大玉と化す。
「いっくぞぉ~!!【肉弾戦車】―――!!」
自身の身体を肥大させる【倍化の術】と併用し、そのまま首・手足を引っ込め回転する木ノ葉流体術。重量と回転を有効に扱いながら敵へと突進する秋道一族の秘伝術である。
巨大球が砂埃を撒き散らしながら多由也目掛けて転がってくる。少しでもその回転に巻き込まれれば骨が砕けるであろう。それほどの威力を秘める巨大な大玉は確実に多由也に向かって迫り来る。
「イケる…ッ!?」
先ほどまで棄権するよう叫んでいたいのが思わず観覧席から身を乗り出す。一方、シカマルは油断なく試合を見据えていた。
轟音が闘技場に響き渡る。朦々と砂塵が巻き上がり、観覧席の者達は目を瞬かせた。
「ど、どうなったんだってばよ…!?」
「おい、チョウジ!!」
困惑するナルの声に続いてシカマルが砂埃に向かって呼び掛ける。どれだけ目を凝らしても煙の中は全く見えない。それはチョウジの術の威力が凄まじかった事を意味しているが、彼が本当に無事なのかは確証が持てない。チョウジと同期である木ノ葉の忍び達は皆が皆、事の成り行きを見守るしか術は無かった。
反して立ち上る煙の中の人影を確実に視界に捉えていたナルトは、煙が徐々に晴れていくのと同時に静かに双眸を閉じた。
煙が晴れる。そこでは目を回しているチョウジが闘技場床でぶっ倒れていた。
「チョウジ!?」
いの・シカマルらが大声で呼び掛けるも、完全に気を失っているチョウジ。
それを確認したハヤテが多由也に視線を投げる。「勝者、多由也!!」という言葉に、さも当然と頷いた彼女は悠々と観覧席へ戻って行った。
今までの試合の中でも最短で決着をつけた多由也。彼女がどうやってチョウジを再起不能にしたのかそれすらも解らぬまま、観覧席の者達は呆然と第七回戦勝者を見送った。
「多由也。[超低周波音]を発したな」
多由也が戻って来た途端、未だ闘技場を俯瞰したままのナルトが口を開く。彼の一言に一瞬呆けた多由也がニッと笑みを浮かべた。
「…流石だな。バレたか」
「可聴周波数の範囲外である20Hz(ヘルツ)より低い超低周波音は音圧が高ければ高いほど圧迫感を引き起こす。また人には聞こえにくいという厄介なモノだ」
淡々と話すナルト。その言葉が全て的を射ているため、多由也は決まりが悪そうに視線を泳がせる。
第二試験時、ナルトに頼まれドス達を見張っていた多由也は、チョウジが[デブ]という言葉に異様に反応した事も勿論知っていた。だから彼女は試合開始直後、あえて[デブ]と言い放ったのだ。対戦相手を逆上させるために。
血が上り興奮した者は動作が安直的になる。現にチョウジは砂埃を撒き散らしながら一直線に向かって来た。タイミングを見計らい、隠し持っていた笛から超低周波を振動させる。この音波は直線上にしか当てられないのだが、チョウジは真正面から攻めてきた。だから多由也はいとも簡単に、超低周波をチョウジ目掛けて照射出来たのである。
音圧が高い低周波音は脳波のリズムを乱し、相手を麻痺させる。また高速で回転することによって通常より音が高く聞こえるチョウジは、空気中でも地中でも伝わる超低周波をまともに食らってしまう。つまり彼は自身の術で逆に自分の首を絞めてしまったのだ。
僅か1分足らずで勝利した多由也は傷一つついていない。対してチョウジは超低周波音の影響により耳鳴り・動悸・目眩そして胸の圧迫感が一気に押し寄せ、気絶した。
「だがやけに早急で勝負を決めたのはどういうことだ?」
何もかもお見通しであるナルトに感心しながら、君麻呂が尋ねる。ナルトに対する顔とは打って変わって仏頂面になった多由也がぼそっと呟いた。
「別に…単にあのデブが弱すぎただけだ」
(ナルトが褒めてたクソ野郎の同班の奴だったから…なんて言えるかよ)
心中で呟いた彼女の本音は、誰にも知られる事は無かった。
チョウジと多由也の試合があっという間に終わって拍子抜けする下忍達。だがこれで自分達の試合が近くなったと、未だ試合をしていない者達は神経を張り詰めた。
「――あと残るは、音忍一人に俺とナルとヒナタ…。ネジ・テンテン、それと砂の二人か…」
残った下忍達を指折り数えていたキバがちらりと向かいの観覧席を窺う。我愛羅と目が合って、彼は慌てて顔を背けた。
(音の君麻呂って奴が棄権したのは正直助かったけど、まだアイツが残ってる…)
目が合った瞬間に感じた恐怖が背筋をゾクゾクと駆け上る。まさかナルトと多由也の傍に控えている大人が君麻呂だとは思いもせず、頼むから我愛羅とだけは闘わせるなとキバは心中祈っていた。
電光掲示板に再び名前が無造作に表示される。ナルトの目が一際鋭く、選出された二名の名を捉えた。
―――『なみかぜナル』VS『いぬづかキバ』―――
やる気満々の両者が闘技場中央で対峙する。双方は互いに自信ありげな笑みを顔に浮かべていた。
ハヤテの試合合図が下される前に、キバはナルに宣戦布告の言葉を投げつける。
「悪いがナル!勝たせてもらうぜ!!」
「それはこっちの台詞だってばよ!!…っていうか、赤丸もやんの?」
キバの挑発に挑発で返したナルが、若干戸惑いながらキバの傍にいる赤丸を指差す。その言葉に対してハヤテがごほんっと咳払いした。
「動物や虫は忍具と同じ扱いです。何の問題もありません」
ハヤテの話を聞いて「そういやシノも奇壊蟲使ってたか…」と呟くも、彼女は納得のいかない顔で赤丸を見つめる。
「え~…でも、赤丸と闘うのはちょっとな~」
「俺はいいのかよ!?」
キバと会う度に赤丸とじゃれ合っているナルは、赤丸と闘うのは少々心苦しいようだ。同様に赤丸もナルによく懐いているため、くうんと鼻を鳴らしている。相棒である子犬からうるうるとした瞳で見上げられ、キバはグッと息を詰まらせた。
「わあったよ…。赤丸、お前は手を出すな。俺だけでやる」
赤丸を後方に下がらせたキバが一歩前に出る。観覧席からの女性群の声援が耳に入って彼は眉を顰めた。
「ナル――!!そんな奴に負けんじゃないわよ!!」
「キバなんかフルボッコにしちゃえ――――!!」
「ナルちゃん…あの、頑張って…」
サクラ・いのの気合いの入った声援に交え、キバと同班であるはずのヒナタからの控え目な応援。それらは全てナル一人に向けられる。
俺への声援は無しかよ、とキバはがっくり肩を落とした。
「……始めてください」
試合開始の合図が下されると同時に膝を立てたキバが印を結ぶ。
(ほんとはコイツとはあんま闘いたくねえ…綺麗に一発でのしてやる)
いの・シカマル・チョウジと同じくナルの幼馴染であるキバは、一刻も早く試合を終わらせようと身構えた。
「擬獣忍法―――【四脚の術】!!」
途端、彼の身体からチャクラが立ち上る。闘技場床に四肢を這わすその様は獰猛な野獣のようだ。
体勢を低く構える。
瞬間、弾丸のように突っ込むキバ。電光石火の早業で彼はナルの懐に入った。そのまま思い切り肘で彼女の腹を突く。
一瞬で背後の壁まで吹っ飛ぶナル。壁に激突し彼女は倒れ伏した。
ピクリとも動かない対戦相手を視界の端で捉え、キバはハヤテに声を掛ける。
「もう当分目を開ける事はねえぜ?試験官さんよぉ…」
幼馴染であり悪友でありそして想い人でもあるナルをあまり傷つけず済んだと内心安堵するキバ。だがその安堵感を隠し、彼は口元に弧を描いた。
試合を観戦している者のほとんどが、チョウジに続いてあっさり終わったなと思う。しかしながら、ヒナタ・シカマル・いのが不安げな表情でナルを見つめるのに対し、サクラとカカシ、そしてナルトは鷹揚とした態度で試合を俯瞰していた。
ナルから背を向けて立ち去ろうとするキバ。だが彼は突然右腕を掴まれ転倒し掛ける。
「なに!?」
「何処行くんだってば?試合は…始まったばっかだってばよ!!」
何時の間にかキバの右腕を掴んで自身の肩に乗せているナル。そのままナルに背負い投げをし掛けられたキバは勢いよく床へ叩きつけられそうになる。しかしながら彼は動揺しつつも空中で反転し、床に着地した。
急ぎ体勢を整えたキバの眼前では、既に彼から距離をとったナルが静かに佇んでいる。
(コイツは確かに気絶したはず…)と、先ほどまでナルが倒れていた箇所にキバは視線を投げる。そこには丸太が一つ落ちていた。
「【変わり身】か…!?」
アカデミーの時は変化の術さえまともに出来なかったのに、と驚愕するキバに向かって、ナルはにいっと口角を上げる。
「オレを舐めんなよ…っ!!」
彼女の啖呵を耳にして、ナルトは人知れず微笑んだ。
(ありえねぇ…っ!!コイツ、ほんとにあのナルか!?)
アカデミーで落ちこぼれと散々馬鹿にされてきたナル。【変化の術】や【分身の術】といった基本忍術でさえ上手く出来ない。頭の回転も悪く不器用でいつも皆から馬鹿にされてきた。一緒に悪戯する時も、コイツは俺がいね―とどうしようもねえな、とキバはいつも優越感に浸っていた。
それがどうだ。
最も苦手としていた【分身】…それも高等忍術である【影分身】を今の彼女は簡単にやってのけている。基本忍術の一つ一つがまともに出来なくてアカデミー教師から毎回怒られていたのに、今では上忍が主に用いる高等忍術を扱っているのだ。
【影分身】に【変化の術】を応用させるといった器用な小手先を活かし、更に術を使うタイミングが上手いナルに、キバは徐々に圧されていく。一人でやると言ったものの、背に腹はかえられない。焦り始めた彼はとうとう赤丸に丸薬を投げつけた。
少々渋ったものの、主人の危機を察して投げられた丸薬を口にする赤丸。
その丸薬は服用した兵が三日三晩休まず闘えるという『兵糧丸』。高蛋白で吸収も良く、ある種の興奮作用・鎮静作用の成分が練り込まれている。チャクラを全身に張り巡らせ、獣の如く四肢を強化する犬塚一族にはおあつらえ向きな秘薬である。
兵糧丸を服用した赤丸の体が毛先から赤く変色していく。その名の通り赤い犬になった赤丸がキバの背に飛び乗った。赤丸同様、自らも兵糧丸を口に含んだキバがそれをガリッと噛み砕く。
「擬獣忍法―――【獣人分身】!!」
擬人忍法でキバの姿に変化した赤丸と擬獣忍法で獣化したキバ。鋭い瞳を細めた二人のキバが、鋭利な刃物と化した爪で床を抉った。
「行くぜ……【四脚の術】!!」
両手両足で地を蹴った二人のキバがナルに襲い掛かる。そのスピードは寸前よりも遙かに速い。素早く彼女に近づいた彼らは、自らの鋭い爪を振り被った。それを紙一重で避けるナル。
距離をとろうと彼女は後方へ跳んだ。だがその間合いをキバは一瞬で詰める。再び振り翳す鋭利な爪。なんとか身体を捻りそれをかわそうとするナル。爪は彼女の頬をチッと掠めていく。切り傷から滴り落ちる一筋の血。血臭に眉を顰めたキバだが、彼は自身に(これは試合だ)と言い聞かせた。
そのまま壁伝いを走り抜け、ナルの背後に回り込む。
獣のように伸びた爪をナルに向かって伸ばすキバ。彼女の前方からはキバに変化した赤丸が迫る。同時に攻撃を繰り出そうとする二人に、ナルは完全に挟み打ちにされた。
「隙あり!――――獣人体術奥義【牙通牙】!!」
キバが身体を大きく捻り回転する。同様にキバに変化した赤丸も全身を高速回転させた。
そのまま二人はナル目掛けて勢いよく突っ込んでいく。
「うわああぁあッ!!」
双方からの体当たりをまともに受けるナル。ただでさえ軽い彼女の身は【牙通牙】の衝撃によって空高く舞い上がっていった。
凄まじい轟音と共に砂塵が巻き上がる。そしてその直後、宙を舞っていたナルが床に撃墜した。
「ガハッ!!」
キバの術に加え上空からの落下。床に叩きつけられたナルの口から血が吐き出される。
身体中が痛い。指一本動かすのも難儀だ。頬に感じるのは床の硬さと自身が吐いた生温い血。
それでも彼女は息も絶え絶えに口を開いた。
「オレは…火影に……こんな、ところで…」
「お前、本心じゃ火影になれるなんて思っても無いんだろ?強がってんじゃねえよ……火影ならな、この俺がなってやるよ!」
吐血した彼女を心苦しく見下ろしながらも、キバは言い放つ。彼は正直、早くナルに棄権してほしかった。だからわざと皮肉を告げたのだが、それは逆効果だった。
「オレと…火影の名を取り合ったら……」
【牙通牙】によって裂傷だらけの身をゆっくり起こす。
しっかりと地に足をつけたナルが口からぺっと血を吐き捨てた。
「お前、負け犬になんぞ」
そう笑った彼女の瞳は、爛々と輝いていた。
「あの女、なかなか言うじゃねえか」
「それに変化の術の使い方が上手いな」
観戦していた多由也と君麻呂が珍しく賛美する。眼下の試合ではナルが変化した事で、観戦者含む対戦相手の目を誤魔化していた。
彼女の試合が始まってからナルトは一度も声を発していない。彼はただ冷徹な眼差しでナルの動向を見守っていた。
隙を作りだすためにナルはキバに変化する。ナル同様キバに変化している赤丸がいるため、その場では三人のキバがお互いに睨み合っていた。だがチャクラを鼻に集中する事で嗅覚を通常の何万倍にも出来るキバにとって、自身に変化している偽物を割り出すのは造作も無い。
鋭い嗅覚で正確にキバに変化したナルを殴りつける。しかしながら、殴られた後彼女はすかさず赤丸に変化。故に赤丸に変化したナルを自身の相棒だとキバは勘違いする。動揺した彼は、キバに変化している赤丸自身をナルだと思い、殴り掛かってしまった。
キバに殴られ床に叩きつけられた赤丸は変化が解け、本来の姿に戻る。己の相棒を気絶させてしまった事に、ナルにまんまと騙されてしまった事に、キバは憤った。
再び【四脚の術】で四肢を強化し、高速移動で彼女に接近。一気に決めようと彼はナルの背後に回り込む。印を結ぼうと身構えたナルが慌てて後ろを振り返り…。
ドバチィ―――ン
「…ッ!?いって――――――ッ!!」
思いっきり金髪が目に突き刺さり、キバは思わず絶叫した。
金色に光る髪をツインテールに結っているナル。振り向き様に靡いた彼女の髪が、キバの顔面に直撃したのだ。髪も時として武器になる瞬間であった。
「あ、ごめん!!」
思わず謝るも、その隙を逃すナルではない。瞬時に影分身を四体創った彼女はキバを取り囲んだ。
大した衝撃ではないが完全な不意打ちだったため、キバは一瞬怯んでしまう。その一瞬が命取りであった。
逸早くナルの一人がキバを殴る。殴った彼女を踏み台にして、もう一人のナルが回転しながら天井高く跳躍。更に残った三人がキバの真下に滑り込んで、空へ突き上げるような蹴りを一斉に放った。
三人の脚力で宙に浮いたキバ目掛けて、上空からナルが踵落としを繰り出す。
「【波風ナル連弾】!!」
単に、リーの【表蓮華】を参考にしたサスケの【獅子連弾】の真似事である。
顔面から床に勢いよく叩きつけられたキバ。ナルの蹴りと高速落下、そして地面に激突した打撃により、彼は試合続行不可能と判断された。
「勝者―――波風ナル!!」
ハヤテの言葉を聞いて、はあはあと荒い呼吸を繰り返していたナルが目を瞬かせる。信じられないといった風情で周囲を見渡した彼女は、ぐっと拳を握り締めた。
(オレ……強く、なってる…?)
自身が勝った事に未だ実感が湧かないナル。歓声に包まれる闘技場中央で呆然と佇んでいた彼女に、医療班によって担架に乗せられたキバが声を掛けた。
「少しは……強く、なったじゃねぇ~の」
憎まれ口を叩きながらもナルを勝者と認めたキバ。
アカデミーの頃彼に何一つ敵わなかったナルは、その言葉を耳にして、ようやく自分が勝ったのだと自覚したのだった。
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