魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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天秤崩す者 ~Dea deletionis~
あの小さな女の子のお母さんとお父さんがもうすぐやって来る。それでもあたしは止まることが出来ない。あの女の子には悪いけど・・・撃たせてもらう。
そう思いながら玉座の間を出て迎撃へと向かうのはナンバーズのディエチ。扉横の壁に背を預けている客人の1人、許されざる怠惰たるベルフェゴールを乗っ取っているルシファーに見られていることに気付く。
(なんだろう・・・、何か嫌な視線だ・・・)
ディエチは言い知れぬ不安を胸に秘め、ルシファーをチラッとだけ一瞥をくれて扉を潜った。ディエチは、なのはとルシリオンを迎撃するために通路を歩く。ある程度進んだところで、さっきまで居た玉座の間から轟音、そして激しい振動。それを耳にしたディエチは「なに・・・!?」急いで来た道を戻り、そして玉座の間の扉を潜る。ルシファーの前、その壁にとてつもない大きな穴が開いており、そしてクアットロの姿が見えない。
「クアットロ・・・? ベルフェゴール・・・これは・・・?・・え?」
ディエチは自分の声が掠れてしまうほどに震えていることに気付く。それは本能が警告しているのだと解るまで数秒かかった。
「・・・罪眼・・・」
ルシファーの囁きが、ハッキリとディエチの耳に届く。そして“罪眼レーガートゥス”がディエチを包囲するかのように現れる。
「~~~~~~~~~っ!!」
現れた8つの“レーガートゥス”、その全ての目に見られ、ディエチは圧倒的な恐怖を感じた。声にならない叫びを上げたディエチの体へと“レーガートゥス”が殺到していく。そこでディエチの意識は途切れた。
†††Sideなのは†††
「ルシル君、本当に無茶してない・・・?」
「もちろん」
ヴィータちゃんと別れて玉座の間に向かう私とルシル君。こうして玉座の間に向かう間にも、ものすごい数のガジェットが襲い掛かってきた。それをルシル君が1機残らず潰していっている。というか向こうが勝手に自滅していってる。重力。どんな世界にでもあって、その世界に住む生命に必ず影響する力。ルシル君はそれを操作して・・・すごいなぁ。と、ガジェットの迎撃が僅かに止む。
「・・・ヴィヴィオ。もう少しで行くからね」
思うのはヴィヴィオのこと。300年前の聖王時代――古代ベルカ時代の人の遺伝子を基にして生み出された子。シスターシャッハにそう聞いた。それと、ヴィヴィオを私の本当に娘にしないのか、と訊かれた。けど私はいつも自分の事ばっかりで、優しい母親になれる自信もないと思っていたから、答えることが出来なかった。それに私は空の人間だ。だからあの子を幸せにしてあげられる自信もなかった。けど今ではそんなのはどうでもいい。ヴィヴィオが大切な存在なのに変わりないのだから。
「・・・なのは」
「え、なに、ルシル君?」
「ヴィヴィオを救えたら、君はすぐにヴィータのところへ向かえ」
再開された迎撃に現れたガジェットの爆発音が通路に轟く中、爆炎を切り払って飛んでいくルシル君がそう言った。
「どうして・・・?」
「私とペッカートゥムの戦いは、人には見せられるものじゃないからだ」
そう言ってルシル君は黙った。相手が人間じゃないなら、それは確かに激しい戦いになるのかもしれない。お互いが相手を全力で・・・殺すために。でも、ルシル君の言い方には少し引っかかりを憶える。まるで“ペッカートゥム”と同じように、ルシル君自身が人間じゃないっていうような。もちろんそんなことない。ただの思い過ごしだ。でも、白髪の人はルシル君に向けて、欠陥品、って言っていた。一体どうしてルシル君の事をそう指すんだろう。気にはなるけど今は後回し。
「・・・うん。ペッカートゥムはルシル君に任せるよ」
≪Target Point is near.(玉座の間まで、もうすぐです)≫
「ん」
“レイジングハート”がそう教えてくれた。ルシル君も私へと振り向いて頷いた。ルシル君を追い抜くように前に出る。ガジェットからの襲撃も完全に治まったことでもうルシル君は重力を使っていないから。そして角を曲がって、「あの子は・・・!」視界に入る何か黒いもの。私たちの先に居たのは、以前ヘリを狙った砲撃の戦闘機人。その子が黒く染まっている大砲を構えて、砲撃のチャージを終えようとしていた。
「チッ、レーガートゥスに飲み込まれているのか!」
砲撃の戦闘機人の体は、構えている大砲と同じように黒く染まっている。それに至る所に眼がある。それは“レーガートゥス”と呼ばれた眼そのもの。そしてその眼からも閃光が溢れている。砲撃の一斉掃射をするつもりだ。
「発射」
戦闘機人が一言。大砲から、そして複数の眼から放たれるオレンジ色の砲撃と白色の砲撃。数は9。私が行動を起こす前に、すでにルシル君が対処するための術を実行していた。右手に持って構えるのは黄金の銃。“オルトリンデ”か“グリムゲルテ”のどっちかだと思う。
「出来るだけ怪我しないようにはするが、すまないな」
「っく・・・!」
黄金の銃から放たれた集束砲クラスの、黄金に光り輝く直射型砲撃。9つの砲撃がその閃光に掻き消されて、その閃光はそのまま戦闘機人へと向かって爆ぜた。通路に吹き荒れる突風に身構えるけど、思っている以上に爆風がすごいから咄嗟にルシル君に掴まって、ルシル君も私の肩に腕を回して支えてくれた。ちょっと恥ずかしいけど、そうでもしないと吹き飛ばされそうだったから。
「・・・どうなったの・・・?」
ルシル君に掴まっていた手を離して、戦闘機人の居たところを見据える。煙が次第に晴れていって、視界に入ったのは倒れ付した戦闘機人とバラバラになった大砲。眼のあった黒い影も完全に消滅していた。
「・・・行くぞ、なのは。彼女はしばらく目を覚まさない」
そう言ってルシル君が戦闘機人にバインドを掛けた。その言葉には少し怒りが含まれているような気がした。
「・・・うん、判った。行こう」
ルシル君がそう言うんならそうなんだろう。ルシル君に続いて私も先へ進む。再び魔法で飛んで玉座の間に向かう中、私はワイドエリアサーチ、サーチャーで探索する魔法を放っておく。他にもまだ戦闘機人が居るかもしれない。ルシル君が“ペッカートゥム”なら、私は戦闘機人をどうにかしないと。そして玉座の間まであと1つの角を曲がればいいというところまで来た。
「っ!?」
私を襲うのは強烈な威圧感。今までに感じたことのない激しい存在感を、私たちがこれから曲がる角の先から感じる。本能が警鐘を鳴らし続ける。“これ以上は行くな。行けば死ぬぞ”って。“レイジングハート”を持つ両手が震えるのが判る。前を飛ぶルシル君が私の横に並んで、震える私の両手に手を重ねてきてくれた。
「ルシル君・・・?」
「大丈夫だ。ヴィヴィオは君を待ってる。迎えに行って、さっさと帰ろう、みんなのところへ」
その言葉でさっきまでの恐怖が晴れていく。そうだ。この先にはヴィヴィオが居るんだから、ここで立ち竦むわけにはいかないんだ。
「ありがとう、ルシル君。私はもう平気。行こう、ヴィヴィオが待ってる!」
角を曲がった先に扉が1つ。ルシル君が扉を破壊して、私たちはヴィヴィオの居る玉座の間へと入った。待たせてごめんね、ヴィヴィオ。なのはママとルシルパパが今、迎えに来たよ。
†††Sideなのは⇒ルシリオン†††
“グリムゲルテ”で玉座の間を仕切る扉を撃ち壊す。なのはと2人して中に入ると、そこには救うべきヴィヴィオと白髪の女の姿があった。戦闘機人の姿は・・・ない、か。それは好都合だ。一気に決めに掛かれる。
「ようこそいらっしゃい、欠陥品。首を長くして待っていた」
ヴィヴィオの囚われている玉座の隣に佇んでいた白髪の女がそう告げた。概念の強さが異様に高い。“ペッカートゥム”の分裂体の、おそらく3人分くらいはあるだろう。色欲のアスモデウスより高いのが判る。おそらくこの白髪の女が、“ペッカートゥム”の分裂体の中で最強にして最大の罪である暴食のベルゼブブに違いない。
「ヴィヴィオ! いま助けるからね!!」
「待て、なのは!」
そう言ってなのはがヴィヴィオに駆け寄ろうとしたから肩を掴んで止める。おいおい、ちょっと待ってくれ。
「ちょっ、何で止めるのルシル君! ヴィヴィオしか居ないなら今が助けるチャンスだよ!?」
「な・・・に・・・?(なのはにはあの白髪の女が見えていないというのか・・・?)まさか、見えていないのか?」
「見えてないって・・・なにが・・・?」
知覚阻害を使っているということか。神秘に対する抵抗力のないなのはは見事に影響を受けているらしい。
「ヴィヴィオの隣にペッカートゥムが1体いる。あの白髪の女だ。知覚阻害を利用している所為で、君には見えていないのだろうが・・・」
「っ! そんな・・・じゃあどうしたら・・・?」
まずいな。戦闘になれば、なのはとヴィヴィオを庇いながらになる。だからなのはを半ば庇うようにして前に出る。万が一の時は2人の盾として動かなければならないしな。
「ルシル君・・・・」
弱々しい声で私の名を呼ぶなのはに私は、任せろ、と視線で送った。なのはは「ごめん」と一言。謝るのは君の方じゃないんだ。謝らなければならないのは、この世界にイレギュラーとして存在している“界律の守護神テスタメント”である私やシャルで、“絶対殲滅対象アポリュオン”である“大罪ペッカートゥム”だ。完全に巻き込んでしまっているんだ。私たち上位の概念存在の戦闘に。
「貴様はベルフェゴールか? それともベルゼブブか?」
「名? そうだな・・・これからは許されざる支配――バエル、と名乗ろうか」
「なに・・・?」
確かバエルとは、支配、強さ、高慢、野心といった悪徳を司どる高位悪魔の名だ。許されざる支配、だと? “ペッカートゥム”の罪にはない名だ。一体何を考えている。
「名など、もうどうでもいいことだ。私に必要なのは名ではなく“力”なのだから・・・」
そう言ってヴィヴィオの頬に触れて撫でた。
「触るな!」
“オルトリンデ”を向け、ヴィヴィオに影響が及ばないように注意して撃つ。バエルへ向かった弾丸は“ルートゥス”がいくつも重なって盾となり弾いた。
「っ! 見えた。白髪の女の人・・・!」
なのはが後ろで呟いた。どうやら今の攻防で、バエルの知覚阻害が弱まったらしい。バエルは大して気にしていないと示すように微笑を浮かべているが。
「・・・惜しい。しかしこの程度では届かないな」
バエルが腕を大きく広げ、8本の“ルートゥス”を左右の壁へと展開した。そして今気付いたが、この玉座の間の壁に大きな穴が開いている。ここで何があった・・・?
「あぁ、それか。それはつい先程まで居た眼鏡をかけた戦闘機人、名前はなんだったかな? すまない、忘れてしまった。どうでもいい虫けらでしかない存在だからね。もう必要なかったからご退場願ったよ。それで開いてしまった穴なんだ。だから、その穴の先で寝ているんじゃないか? バラバラに壊れていなければ、だけどね」
尚もヴィヴィオの隣に立つバエルがそう口にした。戦闘機人は必要ないから攻撃した、と。なのはもそれを聞いて戸惑っているのが判る。この話が本当なら、この事件はもう“ペッカートゥム”の手の中だ。
「ルシル君。どうすれば・・・?」
「・・・まずはヴィヴィオだ。そのためには・・・」
バエルをヴィヴィオから引き離す必要がある。
「バエルは私に任せて、なのははヴィヴィオを救い出してくれ。そうしたらさっき言ったとおり、君はヴィヴィオを連れてここから離れてくれ」
そう答え、2人してヴィヴィオが囚われている玉座へと向かう。手にするのは、最高位の神造兵装第1位・“神槍グングニル”。いつでも戦闘に移れるように細心の注意を払う。
「・・・クク。さぁ、ここからがショータイムだ。欠陥品、お前の大切な存在によって傷つき弱まるといい」
「っ・・・うぁぁあぁ・・・ぅああああああっ!」
急に苦しみだしたヴィヴィオ。
「ヴィヴィオ!!」
「何をした!?」
私となのはは急いでヴィヴィオの下へと駆け寄る。しかし、その行く手を遮るようにヴィヴィオから強大な力が溢れ出てくる。その吹き荒れる魔力の光は虹色。私の大事な義妹――魔道王フノスを見ているようだ。
「戦闘機人からコピーした情報だと、それは古代ベルカ王族の固有スキル・“聖王の鎧”。レリックとの融合を経て、ヴィヴィオはその力を完全に取り戻すらしい。・・・ほう、なかなかに素晴らしい力じゃないか」
「いっ・・・いたいよぉ! うあ・・・ああああぅぅぅ!!」
ヴィヴィオの胸の辺りからレリックが浮かび上がる。ヴィヴィオの叫びに、なのはも「もうやめてぇぇぇぇッ!!」と叫ぶ。近付こうにも、この虹色の奔流が私の行動を制限している。
「レリックと融合、だと・・・ふざけるな、貴様!」
あんな危険な物をヴィヴィオに融合させたというのか、ヤツらは。
「怒鳴るな、欠陥品。それを行ったのは大罪ではなくスカリエッティだ。まぁ今となってはあの男は私の駒によって乗っ取られ、無様な操り人形となっているけどね」
ここまで“ペッカートゥム”に好き勝手させておいて“界律”は何故動かない。十分すぎるほどにこの世界の辿る本来の道筋を狂わしているというのに、何故だ。
「ヴィヴィオのことを戦闘機人どもは“王”と言っていたが、あれらの願いは終わっている。だから私はこう呼ぼう。お前の体と心を痛めつけ、その力を果てなく弱める者・・・」
大きく両腕を広げて高々に語るバエル。
「“天秤崩す者デア・デーレーティオー”と!」
天秤を崩す者、デア・デーレーティオー。破壊の女神、という意味か。この私、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメントの存在を弱めるために、そんなくだらないことのために、ヴィヴィオを苦しめているというのか・・・ヤツは。
「ママぁ! パパぁ!」
「「ヴィヴィオ!」」
「っ! ママぁぁぁ!! パパぁぁぁ!! やだぁぁ! たすけて、ママぁ! パパぁ!」
「さぁ、このゆりかごの力を、そして許されざる支配の力を受け、無限の力を奮え」
バエルの姿が光の粒子となって霞んでいく。そしてその粒子は少しずつレリックへと入り込んで、レリックもまたヴィヴィオの体へと戻っていく。
「「ヴィヴィオ!!」」
次第に強くなる虹色の光の奔流。吹き飛ばされそうになっているなのはを支え、ヴィヴィオへと近付く。早くバエルを止めなければヴィヴィオが乗っ取られてしまう。
「ヴィヴィオ! 今、助ける!!」
「パパぁ! マ・・・ぅああああああああああ!!」
ヴィヴィオの苦痛の叫びがこの玉座の間に轟く。そして一際強く荒れ狂う奔流が吹き、私となのはは耐え切れずに後ろへと吹き飛ばされる。
「掴まれ!」
「うん!」
私は“グングニル”を床に突き刺して体を固定、そして尚も吹き飛ばされていたなのはの手を取る。ようやくその荒れ狂った光の奔流が止んだ。視界がクリアになり、目に映ったのは虹色の光球の中に漂うヴィヴィオ。
『デア・デーレーティオー、目の前に居るその男をその力で沈めるんだ』
頭の中に直接届くバエルの声。念話の一種か?
「や・・・だ・・・いや・・・だぁぁ・・・!」
「やめろ! それ以上、ヴィヴィオを苦しめるな!」
走る。ヴィヴィオを救う為に。あと少しで1mほどで手が届くといったところで・・・
「パパぁ!」
「ルシル君!」
先ほど壁に展開されていたルシファーの剣、“ルートゥス”が襲い掛かってきた。ギリギリで回避して飛び退く。頬に痛みが走る。触れた手を見ると血が付着していた。だが阻害系の概念が掛けられている以上、治癒することは出来ない。
「やだ・・・・やだ・・・いやだぁぁぁぁ!」
必死にバエルの支配に抗うヴィヴィオ。だが、それも時間の問題だ。
『残念。もう時間切れだ』
完全にバエルを構成した粒子を取り込んだレリックが、ヴィヴィオの体内に戻った。くそっ、止めることが出来なかった。
「ぅあ・・・うあああああああああああ!!」
「「ヴィヴィオ!!」」
ヴィヴィオのその小さな体が変化していく。それは急激な成長といってもいい。5歳前後だったヴィヴィオの体が、10代の後半あたりにまで成長していった。防護服は黒を基調としていて、髪は普段のなのはと同じサイドポニー。背にするのは“ルートゥス”と大鎌が光となって構成された8枚の翼。右側が“ルートゥス”の翼で、左側が大鎌の翼だ。
その体の周辺をバエルの持っていた書物の紙片が渦巻いている。そんな今のヴィヴィオは完全武装といったところだ。変化を終えたことで用がなくなったのか、ヴィヴィオを包み込んでいた虹色の光球が砕け散る。
「これで完成だ、欠陥品。“天秤崩す者デア・デーレーティオー・バエル”。戦い辛いだろう?」
『いやだ! たすけてママ! パパ!』
「ヴィヴィオ!?」
「なに!?」
ヴィヴィオからの助けを求める念話が届いた。体は支配されてしまっていても精神が尚も抗い続けている。これはヴィヴィオの精神の、心の強さか、それともバエルの企みの一環か・・・。
「なのは! こうなれば2人でヴィヴィオをバエルの支配から救い出す!」
「え、うん! 指示して、ルシル君! 私はそれに従うよ!」
「防御は私が受け持つ。なのはは攻撃だけに専念。君の魔力ダメージでヴィヴィオに巣食っているレリックを破壊する。そのあとは私に任せてほしい。バエルを引き摺り出し、止めを刺す!」
「了解!」
私の攻撃ではヴィヴィオの体に必要以上のダメージを与える可能性がある。なら、なのはに攻撃を任せるしかないだろう。
「フッ、やはりそうきたか。それで私に勝てるか試してみるといい」
『や・・・だ・・・。ママ・・・パパ・・・・いや・・・』
涙声の念話。それも少し弱弱しくなっている気がする。これは急いだ方がいい。待っていろ、ヴィヴィオ。今すぐにバエルから救い出してやる。
「いくぞ!」
「うん! レイジングハートっ、ブラスターシステム、リミット1リリースっ!」
≪Blaster set≫
・―・―・―・―・
「ソイツらを殺してぇぇぇーーーーっ!」
涙を流すルーテシアが何度目かの悲鳴を上げる。それに応じ、白天王もガリューも武装を完全解放した。スカリエッティの施した条件付けを利用した洗脳技術であるコンシデレーション・コンソールを、クアットロの手によって起動されたことで、ルーテシアは暴走状態に陥っていた。。
影響下のいる者の自我を喪失させ、怒りや悲しみなどの感情を強化、そして肉体や精神の限界を無視した能力強化の果てに、全てを破壊衝動へと持っていく技術。四方にいる地雷王が雄叫びを上げる。それは主ルーテシアから伝わる苦しみゆえか、それとも悲しみゆえか・・・。
「白天王、ガリュー・・・殺して・・・ころ――」
「ルーテシア!!」
「っ!?」
突然響いたルーテシアを呼ぶ第三者の声。その場に居たエリオとキャロを含めた全員がその動きを止める。キャロとルーテシアの間の空間が波打ち、そこから許されざる嫉妬たるレヴィヤタンが姿を現す。レヴィヤタンの姿を見たエリオとキャロの心の内に絶望が満ちる。ルーテシアの救援に来たのは“ペッカートゥム”の1体というのが判ったためだ。2人はどうすればいいかも判らず、ただいつでも行動に移せるように身構えると・・・、
「・・・もういいよ・・・ルーテシア。・・・もう・・・やめよ? ガリューも・・・もう止まって・・・」
そう静かに、それでいて優しくルーテシアを止めようとするレヴィヤタンの声を聞く。両腕を広げて迎え入れようとしているレヴィヤタンを見て、エリオとキャロは何故か、もう大丈夫と思った。
「・・・あなた・・・誰・・・?」
「え・・・!? ルー・・・テシア・・・? わたしだよ? レヴィ・・・だよ?」
あまりの事にレヴィヤタンは驚愕した。大好きなルーテシアが自分の事が判らないと。表情らしい表情を見せることのなかったレヴィヤタンだったが、ルーテシアのその一言で彼女の表情が絶望一色に染まった。
「あの、レヴィヤタン・・・ちゃん?」
キャロが恐れながらもレヴィヤタンの名前を呼んだ。レヴィヤタンはキャロへと振り向く。
「キャロと・・・エリオ・・・。大丈夫・・・わたしは・・・ルーテシアを・・・止めに、来ただけ・・・。あなた達を傷つけないように・・・約束もしたから」
キャロとエリオは何のことかは解らなかったが、敵じゃないと解るとルーテシアが操られていることを説明した。もちろんその間も2体の竜が戦い、フリードリヒも地雷王との戦いを続けていた。だがガリューは腕から、目からも血を流しつつも動きを止めていた。それは主であるルーテシアを救えないことへの悔しさからだろうか。
「教えてくれて・・・ありがとう・・・。ここは・・・わたしに任せて・・・くれてもいい・・・?」
レヴィヤタンの強い意志に輝く目を見て、キャロとエリオは強く頷いた。ゆっくりとルーテシアへと歩み寄って行くレヴィヤタンは「・・・ルーテシア・・・」と優しい声色で、ルーテシアの名前を何度も口にする。
「来ないで・・・来るな・・・来るなぁぁぁぁッ!」
ルーテシアはレヴィヤタンに向けインゼクトを放つ。それを防御も回避もせずに受け続けるレヴィヤタンは、「・・怖がらないで・・・」と止まらない。いくら魔力が強くとも神秘がなければ無意味な力となるのが、彼女たちの存在する世界だ。キャロとエリオはただ見守る。ガリューもまたルーテシアとレヴィヤタンを見守る。レヴィヤタンが近付くたびにルーテシアは徐々に後ずさる。攻撃が一切通らないことに、恐れているようだ。
「大丈夫、だよ・・・ルーテシア・・・さ、もう帰ろう・・・」
「ガリュー! 白天王! こいつを殺してぇぇぇッ!」
ルーテシアに命令されたガリューは・・・それでも動かない。彼はルーテシアを守る戦士として、今はレヴィヤタンに託しているのだ。レヴィヤタンが、自分の仕える主であるルーテシアを救い出してくれることを。対する白天王は、ヴォルテールに邪魔をされて動けずにいた。しかし白天王もまた、ルーテシアの命令に従うべきか迷っている風だ。
「・・・ルーテシアは・・・もう独りじゃないんだよ・・・。わたしもいる・・・。ガリューも・・・アギトも・・・いる。ルーテシアのお母さん・・・第四の力に頼んで・・・起こしてもらおう?」
ルーテシアに触れられる距離にまで近付いたレヴィヤタン。獣のように歯をむき出しにしたルーテシアは「消えろ消えろ消えろ・・!」と繰り返し、自身の周囲に魔力の短剣トーデス・ドルヒを10基と展開した。
「・・・いいよ・・・ルーテシアの・・・気が済むなら・・・」
レヴィヤタンは腕を大きく広げ、トーデス・ドルヒによる攻撃を受ける姿勢を取る。そして、「うぁ、うわぁぁああああああ!」ルーテシアの悲鳴と共にトーデス・ドルヒは放たれ、その全弾がレヴィヤタンに直撃、爆発を起こしていく。エリオとキャロは絶句。大きく肩で息をするルーテシア。普通ならば無事では済まない攻撃の直撃だったが・・・
「・・・けほっ・・・わたし・・・大丈夫・・・えほっえほっ・・・」
神秘の塊であるレヴィヤタンには通用しなかった。煙に咽ながらもレヴィヤタンが微笑みを浮かべ、「ルーテシア・・・」と名前を呼ぶ。「うるさい、来るな・・・」とさら一歩退こうとしたルーテシアを、レヴィヤタンは優しく、それでいて力強く抱きしめた。ルーテシアの口から「あ」と小さく息が漏れる。レヴィヤタンは「それに・・・」背後に居るキャロとエリオを見た。
「新しい友達・・・だっているんだから・・・・帰ろう・・・ね? ルーテシア・・・」
さらにルーテシアを強く抱きしめると、レヴィヤタンの体が強く輝く。ルーテシアはその輝きに包みこまれ、その表情が次第に和らいでいく。周囲を照らし出していた美しく、どこか儚いすみれ色の輝きが治まっていく。
「・・・ルーちゃん? レヴィヤタンちゃん・・・?」
キャロがゆっくりとルーテシアを抱えるレヴィヤタンへ近付く。するとレヴィヤタンが顔を上げ、微笑を浮かべこう告げた。
「もう大丈夫・・・」
キャロとエリオは安堵の表情を浮かべ、お互いを見合い笑みを浮かべた。ガリューもまた武装を解除しており、その目にはもう血は流れていなかった。そして白天王と地雷王もまた動きを止めていた。全てが一件落着となろうとした時・・・
「あぁ、君はそっち側へと寝返ったんですね、許されざる嫉妬」
圧倒的な威圧感と存在感がこの場に満ちた。そのあまりにも強烈な存在に、キャロとエリオの歯が鳴る。本能が絶対の“死”を感じ取っているのだ。しかしガリューたち召喚された者たちは臨戦態勢に入る。何をしても自分たちの主を守るのだ、と。
「・・・お前・・・まさか・・・許されざる暴食・・・!」
ここに最強の罪“暴食”と、最弱の罪“嫉妬”が相見えた。
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