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時のK−City

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第二章


第二章

 髭のあいつが入るとギターはまた動きはじめた。この時はいよいよドラムの獲得かと思ったが違った。
「もうドラムは一人いいのを目つけているんだよ」
「誰なんだよ」
「まあそれはおいおいな。それで新しいメンバーだけどな」
「ああ」
「二人めぼしいのを見つけてきた。まずはそこへ行くか」
「何処へ行くんだよ」
「ダンパさ」
 リーダーはそう言ってニヤリと笑った。ダンパとはこの時久留米で流行っていたダンス=パーティーの略だ。僕もこいつもここで有名になった。
「いいヴォーカルを二人見つけたんだよ」
「二人ねえ」
 それが誰なのかはわからなかった。けどここはこいつについて行くことにした。僕達は二人でダンパに出掛けた。
 僕とこいつのグループが解散してから何か人が減った気がする。それを見て少し自信を持った。
「やっぱり俺達の人気って凄かったんだな」
「だから誘ったんだよ」
 リーダーはそう答えた。
「これでわかっただろ」
「ああ」
「それでお目当てはな」
 ステージの上を親指で指し示した。
「あいつだ」
「あいつか」
「どうだ、中々いい線いってるだろ」
 そこには色の白い丸い目の奴がいた。背は僕より大きいと思うがあまり高い印象は受けない。何処かひょうきんな感じのする奴だった。声がかなり高かった。僕より高い位だ。僕はそいつを見ながらあることに気付いた。
「ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「あいつ俺の高校の奴だ」
「えっ、それ本当か!?」
 リーダーはそれを聞いて驚きの声をあげた。
「ああ。後輩でな。知ってる奴だ」
「そうだったのか」
「それなら話が早い。後はこっちに任せてくれ」
「何か考えがあるのか」
「ああ」
 僕はこう答えて頷いた。
「こいつは俺に任せてくれ。そのかわり御前はもう一人のヴォーカルを頼むわ」
「わかった。それじゃあな」
「よし」
 僕は考えた。どうしてこいつをメンバーに引き入れようかと。何も知らないで楽しそうにステージで唄っているこいつを。是非共欲しくなった。
 とりあえず先輩という立場を悪用することにした。弟を使って呼び出しをかけたのだ。
「えっ、先輩から?」
「はい。何かお話したいことがあるそうですけど」
 弟は謙虚にそう受け答えしていたらしい。らしいというのは僕はその場にいなかったから詳しいことは後で二人から聞いたことだったからだ。
「どうしますか?」
「どうしますって」
 それを聞いたあいつはその時凄く困った顔をしていたらしい。
「行くしかないだろ。先輩に呼び出されちゃ」
 九州は上下関係が厳しい。この久留米でもそれは同じだった。そうした風土があるから先輩と後輩の関係は絶対なものがあった。それだけはここにある陸自さんの学校にも負けてはいなかった。むしろ他所から来た自衛隊の人達にここの先輩後輩の関係について驚かれる程だった。
 あいつは渋々呼ばれた場所に来たらしい。ヤキを入れられると思っていたと後で言っていた。
「俺あの人には何もしてないよ」
 始終そう言っていたと弟から聞いた。
「何かあったらとりなしてくれよ」
「わかってますって」
 弟に案内されて呼ばれた場所に向かった。僕はその時そこでリーダーと髭と三人で煙草を吸いながら話をしていた。
「あいつ来ると思うか?」
 髭が僕に尋ねてきた。
「絶対来るって。うちの高校の先輩後輩の厳しさ知ってるよな」
「まあな」
「先輩の言うことは絶対なんだよ。だから何があっても来るって」
「だといいけれどな」
 そこはある店の裏だった。僕達は立ったり座り込んだりしながらだべるようにして話をしていた。空き缶が灰皿替わりだった。
「けど若し来なかったらどうするんだ?」
 今度はリーダーが僕に尋ねてきた。
「その時はマジでヤキ入れかな」
 僕は何も考えなしにそう言った。
「それしかないだろ」
「厳しいな、御前のところは」
「それが普通だろ」
 九州ではそれが普通だとかなり自分勝手に思っていた。
「そうじゃないのか」
「まあそうだけれどな」
 二人はそれに頷いた。
「断ることは許さないってわけかよ」
「それだけあいつの力が必要なんだよ」
 僕とリーダーは同時にそう言った。
「一番のバンドを作る為にな」
「そうか」
「そうさ。あ、そうだ」
 ここで僕はふと思い出した。
「おい、あいつはどうなった」
 リーダーにもう一人のことを尋ねた。
「もう一人のヴォーカル」
「ちょっと変更があった」
「変更?」
「ああ。話したんだけれどな。別のバンドにいるからって断られた」
「じゃあこの話はなしかよ」
「話は最後まで聞けよ。そのバンドもこの前解散したんだ」
「へえ」
「それはまた」
「それでな。また誘ったら入るって言ってくれたよ。けどな」
「けどな。何だ」
「もうヴォーカルをする気はないそうだ。楽器やりたいって言ってるよ」
「楽器か」
「今ドラムが空いてたな」
「ドラムじゃなくてな、ベースをしたいらしい」
「ベース」
「俺の弟がもういるぜ」
「だからだ。今考えてるんだ」
 リーダーは真摯な顔でそう言った。
「どうしたらいいかな」
「とりあえう弟とそいつのベースを聴いてからだな。それでいいだろ」
「そうするか。で、負けた方はどうするんだ?」
「替わりに何か楽器やらせるか。サックスか何かで」
「どうしてそこでサックスなんだよ」 
 リーダーは髭の言葉を聞いて思わず吹き出した。
「いや、何となるな。アメリカンチックに」
「うちはジャズじゃねえぞ」
「いや、案外いいんじゃねえの」
 だが僕はそれを面白いと思った。
「音楽に深みが出てな」
「そうかね」
「他のバンドがやってねえし。いいと思うぜ」
「まあそれもおいおい考えていくか」
「そうだな。おっ、来たぜ」
 そこでやっと二人が来た。弟に連れられてあいつがやって来た。
「おう、よく来たな」
「それで話って何なんですか?」
 三人いるのを見て不安になったようだ。僕達はそれぞれ煙草を持ってヨーランを着ている。それだけでかなり迫力があったのだろう。しかも髭まで生やしているのがいる。
「僕先輩に何もしていませんよ」
 少し怖がっていた。弟は何も言わない。僕はそれを見てタイミングを見計らいながら言った。
「実はな」
「はい」
「御前今からうちのバンドのメンバーだ」
「えっ!?」
 それを聞いた時の顔は今でも覚えている。鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはあのことを言うのだろう。
「うちのヴォーカルの一人だ。それでいいな」
「あ、あの」
「いいよな、それで」
「は、はあ」
「じゃあ今から練習だ。早速やろうぜ」
 こうして半ば強引に仲間に引き入れた。それからすぐにリーダーが誘った奴と僕で話し合いがあった。リーダーも一緒だった。来たのは顔の細長い背の高い奴だった。
「あんた達のことは知ってるよ」
 そいつは喫茶店の席に着くなりそう言った。
「この久留米じゃ有名だからな」
「知っていたか」
「まあな。けれどつるむようになったってのは今ここではじめて知ったよ」
「色々あってな。一緒になったんだ」
 リーダーがそう答えた。
「まあどうだい」
「あ、悪いな」
 こいつは差し出された煙草を受け取った。それからまた言った。
「で、俺をグループに誘ってるんだよな」
「ああ」
「丁度そっちもフリーになったしいいタイミングだとは思うけどな」
「そうだな。バンドがある時はそんな気はなかったけれどな」
 話を聞いていると意外と穏やかな感じだった。外見は俺達と変わらないし煙草もやるが性格は俺やリーダーみたいなのとは違うようだった。わりかし穏やかだ。
「じゃあ入ってくれるんだな」
「ああ」
 穏やかな顔のまま頷いてくれた。
「喜んで参加させてもらうぜ」
「そうか。それならいい」
 リーダーはそれを聞いて笑顔になった。
「じゃあ楽器をやってもらいたんだけどな。前話した通りに」
「ベースならいけるぜ」
「よし。じゃあ今度の休み来てくれ。ここにな」
 そう言ってリーダーが僕達がいつも練習している場所の地図を手渡してくれた。
「いいかな」
「おう。ベース持って来るからよ、楽しみにしておいてくれ」
「わかった。それじゃあ次の休みにな」
「ああ」
 そしてその日になった。そいつはベースを手に姿を現わした。既に他のメンバーはもう集まっていた。古い喫茶店だった。ただ同然で場所を借りてそこで練習させてもらっていた。マスターが音楽好きなのでそれに甘えているのだ。
「で、こいつが前言ってた新らしいメンバーだ」
 リーダーがまず僕達に紹介する。僕以外ははじめて見るからだ。
「御前はもう会っているけどな」
「まあな」
 リーダーが話を振ってくるとそれに頷いた。
「宜しくな。ベースならやれるぜ」
「早速弾いてくれるか」
「ああ、いいぜ」
 ベースを取り出して弾きはじめた。それは予想以上のものだった。これならいけると思った。
「どうだい?」
「いや、これは・・・・・・」
「駄目なのか?」
「まさか。その逆さ」
 僕は笑顔でそう答えた。
「凄いじゃねえか。こんなにうまいベースそうそういないぜ」
「昔からやってたからな」
 その細長い顔を照れ隠しで崩しながら応えた。
「大したことじゃねえよ」
「いや、それだけの腕があれば十分だぜ」
 リーダーも言った。
「そうか、ならいいけどな」
 何はともあれベースが決まった。だがここで一つ問題があった。
「おう」
 僕は弟に声をかけた。
「御前今日からサックスだ。いいな」
「サックスかあ」
 弟はそれを聞いて不安そうだった。
「俺やったことないけど」
「何、誰だって最初はそうじゃねえか」
 そう言って弟を慰めた。
「大丈夫だって。練習させすればな」
「だといいけど」
「まあ何処でも練習すればいいさ。頑張れよ」
 リーダーもそう言った。
「サックスがいるバンドなんてそうそうないからな。御前はうちのキーマンなんだぜ」
「キーマン」
「そうさ。女の子がキャーキャー言うサックスになってくれよ。そうしたら人気も上がるからな」
「頼むぜ、キーマン」
「うん」
 まだ不安そうだったが頷いた。
「じゃあやってみる」
「よし」
「それでこそ俺の弟だ」
 おだてて何とかやる気にさせた。けれどそれでも不安だった。こいつが飽きてまたベースをやりたいとか言い出すんじゃないかと思っていた。そうなったら厄介なことになると思っていた。ベースはどう考えてもこの背の高い奴の方がいい。勝てるレベルじゃない。それでも言うのなら殴ってでも止めるつもりだった。
 けれどそれは杞憂だった。弟は素直にサックスの練習に集中してくれた。暇があると吹いて、時にはトイレの中で練習していた。その介あってか最初はぎこちなかったサックスもあっという間に上手くなっていた。演奏のレベルが全体的にあがってきたのがわかった。けれどまだ足りないものがあった。
「ドラムだよな」
 リーダーがメンバーを集めて言った。
「これがいないとどうしようもない」
「誰かいるかな」
「そうだな」
 リーダーは僕達の言葉に顔を苦くさせた。
「こればっかりはな。どうにもな」
「これがなくちゃ話にもならねえしな。いい奴いねえのかね」
「そうだなあ」
 僕達はダンパで酒や煙草を手に席に座ってそんな話をしていた。周りは暗がりの中で赤や青の光がめまぐるしく動いている。客がその中で飛んだりはねたりしている。その中で話をしていた。
「久留米でいいバンドは大体見てきたけどな」
「フリーの奴でもいねえのかよ」
「いないな。これといったのがいない」
 リーダーはそう言って首を横に振った。
「だから悩んでるんだよ」
 募集はしているがやはり来ない。最後の最後で一番重要なのがいなかった。僕達六人はここにきて困り果てていた。
「御前ドラムやっか?」
「俺か?」
 髭に話を振ってみた。
「どうだ、これも目立てるぜ」
「悪いけど俺ドラムはできないんだよ」
 髭は困った顔をして左手を横に振った。
「あんなややこしいのはな。悪いができねえ」
「そうか」
「参ったな。どうしようか」
 リーダーはカクテルを口にした。モスコミュールだ。この時からこいつがかなりの酒好きだということがわかった。夜になるといつも飲んでいるようだ。僕も好きな方だがこいつ程じゃない。こいつはもう酒を飲むことが生きがいみたいな奴だった。こう書くととても高校生じゃないが。
 話をしている間に演奏しているバンドが変わった。はじめて見るバンドだ。
「今度はどんな連中だ?」
「どうせ大したことねえじゃねえのか」
 話を中断してそちらに目を向けた。すぐにドラムの音が聴こえてきた。
「おい」
 それを聴いて僕とリーダーは顔を見合わせた。そして同時に声をあげた。
「こいつは」
「ああ」
 感じていることは同じだった。僕達はまた頷き合った。
「いけるな」
「こいつしかいないだろう」
 他の連中はどうでもよかった。ドラムだけを見ていた。細い目をしたやけに愛嬌のある顔立ちの奴がそこにいた。僕達はこいつしかいないと確信した。

 
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