時のK−City
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第一章
第一章
時のK−City
「行くか」
「ああ」
僕達はその時街の駅にいた。そして遠くに見えるネオンを見詰めていた。
今日から僕達は遠くへ行く。夢を掴みに。その夢を掴む為にこの街を後にするのだ。
「なあ」
不意にあいつが声を出した。僕達の中で一番背の高いあいつが。自分のグループが解散して僕達の中に入って来た奴だった。
「俺達東京へ行っても楽しくやっていこうぜ」
「そうだな」
僕達はそれに頷いた。そして一人四角い顔をしたホクロのある奴に顔を向けた。
「頼むぜ、リーダー」
「任せとけよ」
そいつはにこりと笑ってそう答えた。思えば僕とこいつが出会ってからこうなった。最初僕はこの街であるグループを作っていた。丁度キャロルというバンドがあってそれに影響されたからだ。
バンドはよかった。僕に向いていた。僕は忽ちこの街でちょっとは名の知られた奴になった。単なるツッパリだった僕が今では街の人気者になった。だがもう一つ人気のバンドがあった。僕はそのバンドの事を知った時何故か急に憎たらしく感じたのを覚えている。
「あいつ等にだけは負けてたまるか」
そう思って今まで以上にバンドに打ち込んだ。高校時代はもうバンドのことしか頭にない。それ以外のことは覚えていない。不良だったからヨーランを着ていつもメンチを切っていたがそれはあまり記憶にない。ただそのバンドに負けたくなかった。そうして高校時代を過ごしていた。
「兄ちゃん」
ある時弟が声をかけていた。僕はその時家でギターの手入れをしていた。
「何だ」
「あのバンドのことなんだけどな」
「ああ」
それを聞くと急に不愉快になった。特にギターの奴が気になって仕方なかった。あいつにだけは負けたくはなかった。僕はヴォーカルであいつはギターだった。それでも何故かライバル視していた。
「解散したらしいぜ」
「それ、本当か!?」
僕はギターを手入れする指を止めて弟に尋ねた。
「嘘じゃないだろうな」
「勿論だよ」
弟はそう答えた。そして僕に言った。
「兄ちゃんのバンドと同じ理由でね」
「そうなんか」
僕はそれを聞いて思わずそう呟いた。その時僕のいたバンドは先輩達が高校を卒業して解散することになった。人がいなくちゃどうしようもない。けれどあいつのバンドも同じ理由で解散するとは思わなかった。
「それで何か新しいグループを作ろうって話が出ているらしいよ」
「ふうん」
「で、メンバーを探しているんだって。兄ちゃんどうする?」
「どうするって俺に聞いてるのか?」
「そうだよ。兄ちゃん以外に誰がいるんだよ」
「あのな」
僕はギターを止めて弟に対して言った。
「俺はな、あのバンドに全部かけてたんだぞ」
「それは知ってるよ」
弟は素っ気無く答えた。こいつもツッパっている。うちの家は親父が喧嘩になったら勝つまで家に入れないっていう位こと喧嘩に関しちゃ厳しかったので結果として僕もこいつもぐれちまった。本当にとんでもない親父だと思っている。煙草も小学生の時からやっている。かれど喧嘩に負ける方が駄目らしい。つくづくわからない親父だ。けれどそのせいか今こうしてバンドをしている。そう思うと親父に感謝するべきか。
「で、何でよりによってあいつのグループと一緒にやらなきゃならないんだよ」
「けれどグループはもうないんだろ?」
「ああ」
僕は憮然として答えた。
「だったらいいじゃないか。丁度これからどうしようか考えていたところだしさ」
「そうは言ってもな」
それでもまだ納得してはいなかった。
「あいつと俺はライバルみたいなものだぞ。それでどうやってな」
「あっちから話が来たらどうする?」
「あっちから」
「うん。実はさ、俺あの人と話をしたんだ」
「あいつとか」
「ああ。それで兄ちゃんと話がしたいって言ってるんだけれど」
「俺とかよ」
「この街で一番凄いバンドを作りたいって言ってたよ。会ってみる?」
「断るに決まってるだろ」
僕はその時すぐにそう答えた。
「何でだよ」
「あいつとだけは組めるもんか。俺とあいつは敵同士だぞ」
「話してみると悪い人じゃなかったよ」
「猫かぶってるんだよ。その位わかれよ」
「けれど一回位会ってもいいんじゃないかな。向こうから会いたがっているし」
「会っても俺の気持ちは変わらないぞ」
「そう言わずにさ。向こうからのお願いだし。いいだろ」
「ううむ」
僕はその時腕を組んで真剣に悩んだ。あいつとは今まですっとライバルだと思ってやってきた。それが急に話がしたいと言って来た。悩まずにはいられなかった。
「そんなに会いたがってるのかよ」
「そうみたいだよ。絶対に兄ちゃんに会わせろって言ってたから」
「わかった。一回だけだぞ」
「会ってくれるんだね」
「けれど一回だけだ。いいか、会ってもあいつとだけは絶対にやらないからな」
「わかったよ。じゃああちらにはそう話しておくよ」
「勝手にしやがれ」
電話に向かう弟にそう言ってギターに戻った。だがどういうわけかギターを扱う指の動きが普段と違う。妙に震えているのだ。
「何だ、おかしいな」
それを見てさらに機嫌が悪くなった。どういうわけかイライラしてきた。
「ギターなんていつも使っているのによ。どういうことなんだよ」
たまりかねてギターを隅に置いた。そしてその日はそのまま寝てしまった。どういうわけか急に胸騒ぎまでしてきた。それを押さえるのに必死だった。
次の日早速そいつがやって来た。見ればあまり背も高くないごく普通の身なりの奴だった。僕と同じくツッパリみたいだがそんなのはバンドをやっていれば常識だった。
「よう」
「ああ」
僕達は玄関で挨拶をした。僕は多分その時憮然としていただろう。
「話はそっちの弟さんから聞いてるよな」
「まあな」
見れば本当にあまり背は高くない。僕より少し高い位だ。ステージではでかく見えたのは気のせいだったのか僕が自分の背を気にし過ぎだったのか。昔から背のことでは色々と言われている。悔しいが背のことでは弟にまで負けている。
「話長くなるからよ。あがっていいか」
「ああ」
言われるまま家にあげた。とりあえず居間で話すことにした。ちゃぶ台を囲んでガラの悪い者同士話すことになった。女もいない、むさくるしい話になると思った。喧嘩も覚悟していた。
「吸うか」
「ああ」
僕に煙草を一本進めてきた。それを受け取り火を点ける。それから話に入った。
「バンドのことだけどな」
「そっちも解散したらしいな」
「それも聞いてるのかよ」
「この街じゃもう皆知ってるぜ。俺の方も解散したしな」
「ああ、それは知ってる」
こいつはそれを聞いて納得したように頷いた。
「お互い今はフリーだな。それでここに来たんだ」
「新しいグループを結成する為にか?」
「ああ。俺がギターで御前がヴォーカルだ。どうだ」
「冗談だろ」
そう言ってやるつもりだった。そして言ってやった。
「御前と俺がかよ。どうやってそんなことが言えるんだよ」
「何か悪いか?」
「悪いも何も今まで俺と御前はライバルみたいなもんだったろうが」
「俺は別にそう思っちゃいないけどな」
「御前はそうでも俺は違うんだよ」
僕はまた言った。
「何つうかよ」
「言いたいことはわかってるさ」
だがこいつはあえてこう言った。
「俺のバンドと御前のバンドは今までいがみあってきたからな」
「ああ」
「今日話をしてそのまますんなりなんていかねえだろ。それは俺もわかってるさ」
「じゃあ何でここに来たんだよ」
どのみちあまり話をする気はなかった。こう言ってやった。
「それでも御前の力が必要だからだよ」
「俺の?」
「そうさ。俺のバンドだけじゃ久留米はとれなかった」
「ああ」
「御前のバンドだけでもな。だから二つに分かれていたんだ」
「何かそう言うと族みたいだな」
「喧嘩はしねえがまあ似たところはあるかもな」
煙を吐きながらそう言った。
「細かいところはよく言えないが」
「で、久留米を取るつもりか」
「久留米だけじゃない」
その時あいつの目が光ったのを今でも覚えている。その目を見た時で僕の運命は決まっていたのかもしれない。今ではそう思う。
「日本をだ。日本で一番のバンドになってみないか」
「俺と御前でか」
「そうさ。俺だけ、お前だけじゃ駄目だ」
「かもな」
実は一人だけでも日本で一番になれる自信はあった。歌も踊りもそこいらの奴等どころかテレビに出ている連中にも負ける気はしなかった。そうでなくてヴォーカルなんてやれる筈もない。実際に今までやっていたバンドは僕が中心になってやっていた。そうした自負があった。もっとも向こうのバンドではこいつがそうだったけれど。
「俺と御前が組んだらそれだけで久留米は手に入る」
「二人だけでか」
「勿論他にもメンバーは必要さ。けれどまずは二人だ」
「二人か」
「二人じゃバンドは無理だからな。ユニットならいいが」
「じゃあ俺がヴォーカルで御前がギターだな」
「ああ。それでいいか」
「おい、まだやるって言ったわけじゃねえぞ」
そう言いはしたが段々乗り気になってきた。
「それじゃまだ何もできないだろうが」
「それはわかってるよ。それでだ」
「何だ?」
「御前の弟いるよな」
「ああ、あいつか」
実は僕の弟も音楽をやっている。ギターも弾ける。作曲もそのうちできるようになるだろう。
「あいつも入れたいと思ってるんだけれどな」
「あいつをか」
「そうだ。どう思う?」
「それはあいつと話をしてくれ。俺は知らないぜ」
ここは突き放すことにした。まずはこいつが何処までやる気なのかも見たくなったからだ。若し本気なら弟も当然誘うだろうと思ったからだ。そう思いながら顔を見た。
「どうなんだ?」
「わかった。じゃあ話をしてみるよ」
「いいんだな」
「今はメンバーを集めなくちゃいけないからな。とりあえず音楽が出来る奴が欲しい」
「じゃあ言ってみな。うんと言うかどうかはわからねえがな」
「ああ」
「只今」
「おっ」
「噂をすれば」
話をしているとそこに帰って来た。丁度いいタイミングだと思った。
「ん、兄貴いるのか?」
「ああ」
居間に入って来た。そして挨拶をした。
「来てたんですね」
「おう、暫く」
煙草を手に持って弟に挨拶をした。知り合いかと思ったが僕が今こいつと話をしているのは弟の紹介からだった。忘れていた。
「で、どうなったんですか?結成ですか?」
弟は差し出された煙草を受け取りながら座り込んだ。その差し出された煙草を吸いながら話に入って来た。
「あんた音楽やるよな」
弟にも話を振ってきた。
「はい。ギター弾けますけど」
「ギターか」
それを聞いて考え込んでいた。
「俺もギターだしな」
「じゃあベースやりゃいいじゃねえか」
ここで僕がこう言った。
「あまり違いはないしよ。それでどうだ」
「ベースかあ」
弟はそれを聞いてキョトンとした。
「どうだ?弾けないわけじゃねえだろ」
「まあね」
「じゃあそれでいくか。いいか、それで」
「はい」
言われてそれに頷いていた。それを見て僕も大体決心していた。
「じゃあそれでいいな。俺がギターで御前さんがベース」
「はい」
「で、御前がヴォーカルだ。それでいいな」
「ああ」
僕はここではじめて頷いた。これで決まった。
「よし、三人だな。けれどまだ足りないな」
「ドラムもいないしな」
「いや、ドラムじゃなくてな」
また言いはじめた。
「ヴォーカルだよ。御前の他にもっと欲しいな」
「ヴォーカルを何人も置くのかよ」
それを聞いてかなり戸惑った。普通そんなバンドはあまりない。
「冗談だろ」
「いや、本気だぜ。一人だと厚みに限界があるからな」
「そんなもんか」
「まあ俺に任せてくれ。誰かいいのいたら入れればいい」
「ああ、それなら俺一人知ってるよ」
弟がここで言った。
「誰だよ、それ」
「ほら、あの人だよ」
弟は僕の問いにそう答えてきた。
「あの人?」
「兄ちゃんもいつも遊んでたじゃないか、幼稚園の頃から」
「ああ、あいつか」
そう言われてやっとわかった。あいつだ。高校生なのにもう口髭を生やしているが僕と同じ歳のやつで一人歌がそこそこいけるのがいる。あいつならいいと思った。
「あの人ならいいだろ」
「そうだな」
言われてやっと気付いた。確かにあいつなら大丈夫だと思った。
「じゃあそれで決まりだね。問題はあの人がうんて言うかだけれど」
「それなら心配ねえよ」
僕はそう答えた。
「あいつはあれで目立ちたがり屋だしな。それは大丈夫だよ」
「そうなのか」
「自己主張が強くてな。昔っからそうだった」
「ヴォーカル向きかもな」
「低い声は俺よりいいぜ。それでいいか」
「そうだな。バスもいればいい」
僕は声が高かった。それがあってそいつを推したという一面もあった。高い声と低い声があれば確かに厚みができるからだ。
「じゃあそれでいいな」
「ああ」
「俺が連絡とっておくよ」
「頼むぜ」
三人で話がはじまった。リーダーは僕じゃなく今目の前にいるこのギターがやることになった。言いだしっぺだけでなくリーダーシップもあると思ったからだ。そしてそれは当たった。
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