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誰が為に球は飛ぶ

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焦がれる夏
  弐拾漆 きっかけの一打

第二十七話


高校野球に憧れてたの。
青春を、野球だけに燃やし尽くして、そしてあの甲子園の舞台で散っていく。そんな、高校野球に。

兄が是礼に野球の特待生で進学した時は、本当に誇らしかった。春夏合わせて甲子園出場31回、全国制覇3回の名門の是礼、それは私の憧れの高校野球に最も近い場所だと思ってた。

私も是礼に進学して、あの野球部の一員になりたいって本気で思ったの。野球部のマネージャーになるには選手から転向するか、冬月監督の出す野球関係のテストに合格するしかないと兄から聞いたから、野球の勉強を沢山した。
記述式のテストだから、中学の野球部の顧問の所に添削を頼みに毎日通った。本も普通のルールブックから、監督の書いたエッセイまで、色々読み漁った。親には、是礼の特進コースに進学するからと言って説得した。だから普通の勉強も沢山したわ。

そんな私の努力に、兄は殆ど何も言わなかった。たまに何を言うかと言うと、
「本気で辞めた方がいい」。
是礼に女子マネージャーは今まで1人も居ないとか、そんな事を心配してるんだと思ってた。

でも、本当は違った。
兄は、思った以上に私の事をよく知っていたのね。

冬月監督に直談判してテストを受けさせてもらって、そこで認められて入部してみると、どれだけメディアが高校野球を美化しているか、どれだけ自分の考えがメルヘンチックだったかを思い知らされた。

清く美しくチーム一丸なんて大ウソ。
100人も部員が居れば、惰性で続けてるような選手が少なくない。いかにしてサボるかしか考えてないし、首脳陣もそんな選手の存在を知って、放っておいてる節があった。

上級生は下級生に対して、面子を保つ為にお仕置きばかりしてる。選手間の暴力は許されないから、連帯責任でジャンプスクワットをさせて、その脇でノックをして"たまたま"ボールが下級生に当たる。仕返しできないように、下級生には目を瞑らせている手の込みよう。野球のボールでさえ凶器に使うのには大いに幻滅した。

セクハラも日常茶飯事だった。何せ、グランドに居る女は私だけなんだもの。着替えを覗かれる事なんていつもの話。触られる事も何回かあった。

最初は毎日泣いてた。グランドで泣いて、冬月監督に怒鳴られた事もある。本当に後悔した。

でも、実際に高校野球に足を踏み入れて、分かった事がある。グランドでは常に颯爽とプレーしていた兄は、その裏で色々悩み、そして泥だらけになって努力していたという事。

2年生の1年間は攻守にスランプだったけど、先輩達から詰られるのを見るのは凄く辛くて、私の事でからかわれたストレスもあるのかな、と少し申し訳なかった。

兄の夢を後押ししたい。
少しでも、貢献したい。
私には新しい目的ができた。



ーーーーーーーーーーーーーー


「さて、高校野球選手権大会埼玉県大会も、残るはあと一試合、本日これから行われます決勝戦で、甲子園出場校が決まります。神田さん、ここまでの大会の印象いかがでしょう?」

「いや、本当に番狂わせが多く起こって、埼玉県全体のレベルが上がってきたのかな、と思います。そして決勝戦が、初出場のダークホース・ネルフ学園と、伝統ある強豪校の是礼学館。巡り合わせの妙を感じますね〜」

「ここまでの両校の勝ち上がりを見ますと、ネルフ学園はエースの碇が、先発4試合、30イニングで失点3と、目を見張る好投。鈴原も2試合の先発でいずれも完投するなど、投手力が持ち味です。」

「そうですね。碇君、今大会殆ど四死球がないですからねぇ。投げ損じが少ない、本当に今大会No.1投手です。」

「打線の方も5割を越す4番の剣崎を中心に、安定して得点しておりますネルフ学園です。一方、夏の大会3連覇を目指します是礼学館はやはり打力。冬月監督曰く、全国ベスト8に入った一昨年より、打力は上だということです。」

「昨日の試合も3本塁打で圧倒しましたからね〜。全体的に振りも鋭いし、体つきが他の学校とは違いますよ。本当にパワフルですね。」

「ここまで7本塁打を放っている、是礼学館の打線です。しかしながら、昨日も8失点したように、ディフェンス面には不安が残りそうですが…」

「そうですね、全体的に失点は多目になっていますが、しかし昨日エースの高雄君を温存できましたのでね、今日は高雄君にかかってるでしょう。」

「はい、是礼学館は決勝戦に強いというデータもありますので、そこにも注目して見ていきましょう。」



ネルフ
(遊)青葉 右投左打
(二)相田 右投右打
(左)日向 右投右打
(中)剣崎 右投左打
(右)鈴原 左投左打
(捕)渚 右投左打
(一)多摩 右投右打
(投)碇 右投右打
(三)浅利 右投右打

是礼
(遊)伊吹 右投左打
(左)浦風 右投右打
(中)東雲 右投右打
(一)分田 右投右打
(三)最上 右投右打
(投)高雄 右投右打
(右)筑摩 左投左打
(捕)長良 右投右打
(二)熊野 右投左打


ーーーーーーーーーーーーーー


バシィッ!

あまり上背は無いものの、ユニフォームがパンパンの体躯から、ミット目掛けてズドンと投げ込む。ブルペンに重い音が響いた。

是礼学館の先発・高雄幸治が投球練習を行っていた。その高雄に主将の伊吹琢磨が駆け寄った。

「調子どうだ?」
「…分からん」

そう返事して、次の球を投げ込む。
ボールは高く浮いた。

「…やっぱ悪いかもしれんわ」
「おい」

琢磨は高雄の頭をはたく。
高雄は「何しやがんだ」とやり返した。

(高雄の奴、こんなゴリラみたいな顔の癖に、案外気が小さいんだよなぁ)

琢磨はベンチの方を振り返る。
冬月がタオルで汗を拭いているのが見えた。

(昨日の温存で投球間隔が空いたのが、精神的にマイナスにならなきゃいいんだが)

ブルペン捕手のミットがまた、ズドンと音を立てる。

(ま、こいつ以上のピッチャーもウチには居ないんだけどな)

冬月から集合がかかり、琢磨はベンチの方へ駆けていった。

ーーーーーーーーーーーーーー



「いいか、よく聞くんだ。昨日聞いたんだけど、緊張しないには深呼吸じゃなくて、息を吐き出す。これが良いらしい。」
「ほうほう」
「皆でやってみるぞ。手を繋いで……」

試合前の円陣で、唐突に日向が提案した。
円陣でネルフナイン全員が手を繋ぎ、ハァハァと息を吐き出す。

「……」
「犬みたいやんけ」

しばらくやって、藤次がツッコみ、円陣に笑いが満ちる。

「ほんっとしょうもない指示ばっかだよな」
「昨日から、キレてるな」

多摩と剣崎は呆れ顔である。

「でも、気持ちほぐれたろ?」

日向はニヤっと笑う。

「今日も勝つ!」
「「おおおおおおおおお」」

日向の一言を合図に円陣がグッと狭まり、試合前のグランドにネルフナインの絶叫が響き渡った。



ーーーーーーーーーーーーーー



両チームが、球審のかけ声でホームベース付近に駆けていく。ホームベースを挟んで並び、睨み合う。

一塁側、純白にエンジのイチジクのエンブレム、ネルフ学園。
三塁側、灰色に青の刺繍で校名、是礼学館。

「礼!」
「「お願いします!」」

一礼の後、ネルフ学園は攻撃の準備にベンチへ戻り、是礼学館はグランドにナインが散っていく。
高校球児にとって、最も勝ちたい試合。
甲子園出場校を決める決勝戦が、今始まった。


ーーーーーーーーーーーーーー


「みなさーーん!今日は応援来てくれてありがとー!」

一回の表の攻撃前に、スクールカラーのエンジに染まった応援席の最前列で、真理が呼びかける。
大会を通じてずっと共に戦ってきたエンジのシャツを着た応援団に、それに参加しなかった生徒でさえも、今日は制服姿で球場に駆けつけていた。
ブラスバンドは、ネルフ学園吹奏楽部だけでなく第三新東京市の市吹奏楽団も駆けつけ、初戦の倍ほどの人数になっている。

「全員注目!!」
「「なんだーー!?」」
「我がネルフ学園はぁー、埼玉大会の中で一番新しい学校だー!」
「「そうだー!!」」
「初めての夏の大会にも関わらず、決勝まで勝ち上がってきたー!」
「「そうだー!!」」
「今日も勝って、甲子園に行って、新しい歴史刻むぞォー!」
「「そうだー!!」」

「全員注目」の煽りも、真理は随分と板に付いていた。もう既に、この真っ赤な応援席が一つになっているような気がする。

スパニッシュフィーバーのイントロが流れ始める。吹いているのは玲。
応援団の持つメガホンが揺れ始める。
応援席が、一つの"生き物"になっていった。


ーーーーーーーーーーーーーー


<1番ショート青葉君>

アナウンスと自軍応援席からのスパニッシュフィーバーに送られて青葉が打席へと向かう。
夏の大会の雰囲気にも慣れたものだった。
決勝戦でも変わらない。いつもの曲、いつもの左打席。

(行くしかない。初球から!)

青葉がオープンスタンスで構えると、是礼の先発ピッチャー高雄が振りかぶる。
サイレンがけたたましく鳴り始める。
高雄はテークバック小さく、狭いステップのフォームから初球を投げ込む。強い上半身の力を生かして腕を振る。
青葉の狙いとは違い、球種はスライダー。
真ん中の高めに入ってきた。
少し泳ぎながらも、青葉はバットを振り抜く。

カーン!

右手一本で払いのけるようなスイングから、ライナーがライト前に飛んでいった。


ーーーーーーーーーーーーーー


「…打たれたな」
「不用意な初球でしたね。変化球から入って早打ちの青葉のタイミングをズラそうとしたんでしょうけど」

先頭打者の出塁を許し、是礼ベンチでは冬月と真矢がいつも通りブツブツ言葉を交わし始める。

「青葉はここまで5盗塁か」
「はい。でも、大会が進むにつれて采配は慎重になっています。」
「送ってくるだろうな…」

是礼ベンチの予想通り、日向がネクストから出したサインは送りバント。2番の健介はそのサインに頷いた。

(先制点が欲しいからなぁ。簡単に盗塁できるようなバッテリーでもないし。)

是礼の内野守備の動きは良い。
健介は二塁封殺を恐れて、最初からバントの構えはしない事にした。
高雄が牽制球を一球挟んだ後、初球を投げる。
投球と同時にバントの構えをした健介の視界の端に、猛然とダッシュしてくるサードの最上の姿が映った。

(バントシフト!?)

焦る健介の気持ちを斟酌せずボールは投げ込まれる。内角高めに抜け気味の真っ直ぐが飛んできた。

(うわっ)

健介は飛びのいて避けようとするが、そのバットにボールが当たった。

(おぅっ!?)

しかし、たまたまバットに当たった球は小飛球になって、前進してきたサードの頭上を襲う。
長身の最上が急ブレーキをかけてグラブを伸ばすが、その先っぽに弾かれたボールは三塁側のファールゾーンを転々とした。
慌てて健介は一塁へ走る。
尻もちをついた最上がボールを拾った頃には、既に一塁を駆け抜けていた。
ネルフの応援席とベンチが大きく湧き上がる。

「いいバントー!」
「いいぞ相田ー!」
「健介ナイスー!」

その声を健介は一塁ベース上で苦笑いで聞いていた。明らかにバント失敗の打球だったが、結果オーライで、むしろチャンスが広がった。

「高雄、悪りぃ」
「いつもはやらねぇダッシュなんてするからだろ」

謝る最上に、高雄は微妙な笑顔を見せた。
不運だということを分かってはいるが、やはり捕って欲しかったようだ。



ネルフにとっては、いきなり迎えた無死一、二塁のチャンス。
応援団は例によって、「5,6,7,8」を演奏し始める。ネルフのチャンスに常に寄り添って、後押ししてきたこの曲に送られて、3番主将の日向が打席に入る。

(高雄の球は高めに浮いてるな。さっきのプレーも何かチグハグだったし、是礼は雰囲気が良くないぞ?)

日向は健介に続いてバントのサインを自らに出す。バットを横に倒して構える。

(ここも堅実に行くべきだよな。次が剣崎なんだし。)

ラッキーが出た流れに任せず、キッチリと送っていく事を日向は選択した。
しかし、その初球は思いも寄らない結果をもたらす。

「うわっ」
「デッドボール!」

またもやスッポ抜けたような真っ直ぐが日向の体に飛んできた。身を翻して避けた日向のユニフォームの袖をボールが掠め、審判がデッドボールを宣告する。高雄は、当たってないだろ、とばかりに目を見開いて不満げな顔を見せた。


たった3球。これまで埼玉の高校野球をリードしてきた大横綱相手に、驚くほどにあっさりと無死満塁のチャンスができた。
どこかまだ、決勝戦の雰囲気は落ち着いていない。
打席にはネルフの絶対的主砲・剣崎恭弥を迎えた。


ーーーーーーーーーーーーーー



「これはマズイな…」
「高雄さん、正直かなり浮ついてますね」
「こんなフワフワした雰囲気ではな…気がついた時にはもう遅い、という事も有り得る」

マウンドに伝令を送って間をとった冬月は、ベンチで渋い顔をしていた。
長い監督生活の中で、あれよあれよと試合の主導権を失ってしまった経験は数限りなくあるが、そんな時に監督にできる事は案外多くない。
どうにもできない流れというものも、中にはあった。


(監督を何年やっても、野球を完全に分かった訳ではない。毎度毎度、肝が冷える事ばかりだ。)

ベンチの最前列に出て腕組みし、仁王立ちする冬月。鋭い目つきで、ネルフ学園ベンチを睨んだ。


ーーーーーーーーーーーーーー


<4番センター剣崎君>

初回から掴んだ絶好のチャンス。
打者はネルフにとってこれ以上ない打者、4番の剣崎へと回る。

(昨日は相田が決勝打。俺はまだ勝利に導く一本を打てていない。5割打とうが、俺はただ勝ち馬に乗っかってきただけだ。)

打席に入る前に屈伸、背伸びを繰り返して剣崎は気合いを入れる。

(皆、スマンな。お前らと野球しても意味がないなんて思ってた。大した事ないと思ってた。それは違う。お前らは立派だ。本当に上手くなった。ただきっかけが足りなかっただけだ。そのきっかけを作ったのは…)

剣崎はベンチに視線を向け、その中の中性的な優しげな顔つきの少年を見る。
少年は剣崎の視線に気づき、しっかりとその目を見返してきた。

(碇真司。お前だよ。皆の期待を引き受けて、皆の"本気"を引き出したのはお前の存在だ。日向だって、お前が居なきゃあれほど本気になれたか。俺だって…)

真司は剣崎に微笑みかけた。
剣崎は頼もしく無言で頷いて、打席に入る。

(地元の公立を甲子園に連れていくのが夢だった。その夢が親の転勤で叶わなくなった時から、色々理由をつけて野球から逃げていた。俺の中学最後の夏を終わらせたお前が、また野球を始めたのを見なけりゃ、高校3年間ずっと逃げっぱなしで終わってた。俺も、どんなしょうもないものでも良いから、きっかけが欲しかったんだ。お前が、俺のきっかけになったんだ。)

右手でバットをくるくると回し、肩に担いでぐっと背中を反らすルーティーン。
腰をドッシリと据えた安定感と、少し揺らいでタイミングを測る柔らかさ。
剣崎の構えには隙がない。
剣崎もまた、一年足らずとはいえ、成長してきた。

(この試合が終わるまで礼は言えない。俺は口下手だから、気の利いた事も言えそうにない。)

剣崎はマウンド上の高雄を睨む。

(俺は今、4番打者だ。4番は結果でモノを語るだけだ。)

高雄は思いもよらないピンチに動揺を隠し切れないらしく、初球、二球目とボールが続く。
剣崎の気迫の前に、中々安易にストライクをとりにいけない。




(…くそ、押し出しなんて事になったら本末転倒だ。ここはストライクとっておかねぇと…)

汗を拭いながら、高雄は焦りを覚えていた。
慎重に投げなければならないプレッシャーと、四死球でテンポを悪くしたくないプレッシャー。
高雄の中で少し、後者が勝った。
相手ではなく、自分と戦ってしまった。


3球目はスライダー。
コンパクトな腕の振りから、少し甘めのコースへ放たれる。
剣崎には、その軌道がよく見えた。
バックスクリーンの緑色に、白球がくっきりと浮かび上がって見えた。

カァーーーーーン!!

手元まで引きつけて、速いスイングでボールを打ち抜く。センターの頭上へ、剣崎の打球はグーンと伸びていった。


ドンッ


呆然と見送ったセンター東雲の視線の先で、弾丸ライナーがバックスクリーンに弾んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


一瞬の静寂の後。
球場に大歓声が満ちる。
応援席が、グランドが興奮の坩堝と化す。


初出場のダークホース、ネルフ学園が。
初回から4番・剣崎の満塁本塁打で4点を先制した。剣崎は今大会3本目の本塁打。
最も出て欲しい時にこの一発が出た。


「ぉおおおおおおおお!!」

剣崎は右手を高々と突き上げながらダイヤモンドを回る。寡黙な男が会心の一発に吠えた。

「剣崎ィーー!!」
「剣崎くーーん!」
「オオカミせんぱーーーい!!」

真理を含む応援団が右も左もなく抱き合って喜ぶ。伝統も実績も真反対の是礼学館相手の、あまりにも劇的な先制点だ。驚きと喜びと感動がごっちゃになって混ざり合う。

「剣崎ーー!」
「恭弥ァー!」
「先輩信じてましたァー!」
「最高だァー!」

ホームインした剣崎を、ランナーに出ていた3人とベンチの皆が出迎える。上級生も下級生もなく、剣崎に群がって手荒く祝福した。
涙目になる光の隣では、加持が興奮に震えていた。

「碇!」

剣崎は自分から真司を呼び寄せた。
真司は、打席に入る前と同じような笑顔を見せる。

「やったぞ!」
「はい!」

2人はハイタッチを交わした。


ーーーーーーーーーーーーーー


マウンドでは、高雄が両膝に手をついて俯いていた。その顔は真っ青で、質の悪そうな汗が一面に浮かんでいる。
完全なダークホースのはずのネルフ相手に、ワンアウトもとれないまま、至極無様に4失点。
いきなりのこの4点が今後に大きくのしかかってくるだろう事は、考えなくてもわかる。
取り返しのつかないほどの失点に、凍りつくしかない。

ドガッ

俯いている高雄の尻を強く蹴り上げる者が居た。
ノロノロと高雄が振り返ると、琢磨がものすごい剣幕で迫ってきていた。

「何いつまでも下向いてやがるんだ、ボケェーーッ!!」

高雄の顔の目の前で琢磨が怒鳴った。

「ビビったようなピッチングでウジウジ投げやがって、ふざけてんのかテメェは!!一体今まで何を練習してきた!?テメェみたいなヘタクソはなぁ、何も考えずに強く腕振りゃ良いんだよ!それ以外取り柄ねぇだろうがこンのアホんだらが!!」

言いたいだけ言って、琢磨は踵を返してショートのポジションに帰っていく。
高雄はポカンとしてその後ろ姿を見ていたが、ふと何かに気づいたような顔になり、拳を固く握りしめた。

パァン!

自分のグラブを強く叩いて音を鳴らし、打者に向き直った。その顔には、先ほどまでとは違う雰囲気が漂っていた。


(4点くらい俺たちが何とかしてやる。だから開き直れ、高雄。)

ショートのポジションで、琢磨が他の守備陣に指示を飛ばす。その表情には、焦りは感じられない。




一回の表、4-0。
ネルフ学園、4点先制。 
 

 
後書き
この物語では、エースの真司と4番の剣崎、投打の両輪がしっかり働いてますが、
現実には中々こんな事はない。
柱がしっかりしてるだけでもネルフはとても強いチームだと言えますし、
柱が良ければ周りもそれに引っ張られますからね。 
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