魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第2章 『ネコは三月を』
第28話 『ネコの傘』
ヴィータがドレスを着て食事へ行った夜以降、はやてが懸念した少し近付きがたい女性に彼女がなってしまうのではないか、という考えは杞憂に終わった。
次の日は、普段通りの制服や訓練服を着ていたし、髪型は三つ編みで、新人たちを待つ姿は威風堂々としていたのだ。
だた、それを見てついぽろりと、「いつものヴィータ副隊長だ」と、スバルが発言したときは、いつもの下から睨みをきかせ、少し迫力をのせた嫌味を言う事はなく、
「ば~か」
と、揶揄うような、自慢するような雰囲気と半目で返した。
そんな想定していたかのようなヴィータの余裕ある態度は、今までの彼女ではまず考えられないことだった。
そして、彼女は新人たちだけでなく、なのはを含む隊長陣にも目を向けるようにもなったのだ。
ヴィータが言うには『その人だったらどう考えるのか? って考えるのが楽しくなった』とのことで、なのはが教導プランを考えるのとは別に、自身で教導プランを立て、彼女に見せて、指示を仰いでいた。
「生徒が1人増えたみたい」
なのはの負担は増えはしたものの、ヴィータもしばらくスバルたちを見ていたのか、指摘は少なく、1週間もかからずになのはが任せられるくらいに成長し、結果を見れば彼女の負担を減らすことができた。
なのはたちから見ても、スバルたちから見ても、ヴィータが成長しているのは明らかであり、疑問に思うよりかは敬慕の念のほうが大きく上回った。
「成長、するものだな」
「……ん」
見回りに隊舎の通路を歩きながら、ぽつりと『剣の騎士』シグナムは呟くと、『盾の守護獣』ザフィーラは訝しんだ。
彼女は一度彼を目を合わせてから、また正面を向き、
「いや、私たちは多くの年月を重ねてきたからな。プログラムである私がいうのもなんだが……人間性はある程度定まっているだろう?」
「あぁ」
そういうことかと、彼は頷く。
ヴィータの内面的成長は、はやての守護騎士からみれば、なのはたち以上に関心の対象になる。同じ時間、同じ意志、同じ環境を歩んできたのだ。そのなかで、ヴィータの意思が外を向き、人に関心が及ぶということはかなり驚くものである。
「確かに驚くことではあるな」
彼に同調しシグナムは首肯する。
「カギネ三等陸士、か」
「シャマルとリインも、あれだけ……その、なんだ、男性に懐くのも珍しい」
戦いにおける洞察に長け、それ以外の分野では疎いシグナム、ザフィーラにでもわかるくらい、2人は彼に懐いていた。
親密度というのは、切欠を通して突然深まるものと時間をかけて築くものとの大きく2つに分けられる。なのはやフェイトたちとは前者、管理局に入局してから出会った人間とは後者であるパターンが多かった。なのはたちは言わずもがなとして、入局後は言ってしまえば『公』としての付き合いが多く、『私』としての付き合いが少ないためだ。この六課自体は普段から『私』に近い付き合いはしていても、もともと身内繋がりがあることもあり、前線以外の一般スタッフとはそれほど仲良くはない。
稀有な立場であるコタロウ・カギネ三等陸士もそれに近い存在である。
だが、彼は入局後――六課設立後――に初めて会い、これといった大きな事件に一緒に関わったわけでもなく、突然リインたちと仲良くなっている。
(いや、彼がどう思っているかは分からないか)
最近はヴィータも食事を切欠に彼と親密度を増し、彼を切欠に人間的に成長していた。その証拠に彼女もリインたちと同様に「ネコ」と彼を呼んでいる。
「そういえば、シャマルは何故彼と親しくなったのだ?」
「ん、それは出張任務で地球に訪れたときに……」
シグナムはその時いなかったザフィーラにその時の詳細を説明した。聞き終わった後、彼はコタロウの行動に驚きながらも納得する。シャマルの料理を全部食べたのだ。驚かないほうがおかしい。
しかし、シグナムやザフィーラは、彼女たちが仲良くなる切欠を知っていても、戦闘を交えずに突然意気投合することが数えるほどしかなかったために、どことなく違和感を感じていた。
「あ、シグナムにザフィーラ」
「フェイトとシャリオか、調べものか?」
交差する通路の右手から長髪の女性2人があらわれる。
「はい。スカリエッティについての情報が何かないかと」
結局めぼしい情報は何もなかったとフェイトは息をつく。
事件から彼を導き出すことはできても、彼から事件を導き出すことはできず、確証を得ることが困難であることを意味していた。
「でも、こんなことは当たり前だしね、根気が必要なんだ」
「殊勝なことだな」
彼女は頭を振って否定する。
執務官はそのようなことが大半なのだ。調べることに多くの比重をかける。確実性が欠ければ、もし行動を起こした時に関係の無い人にも被害が及ぶことが可能性がある。
「そうだ、お茶でも飲みませんか? 休憩がてらに」
「うん。どう、シグナム?」
外から帰ってきたばかりのシャリオとフェイトが休憩を促そうとする。
「残念だが、私は見回り中で――」
「行ってきて構わんぞ、私1人で十分だ」
「……そうか」
彼は隊舎の外に向かって、歩き出すのを目で追いながら、3人は食堂へ足を運んで行った。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第28話 『ネコの傘』
「付き合ってやりたいのはやまやまなんだが、統率者ともなると身体の自由がきかなくてな。悪いが、無理だな」
まだちらほらと人がいる食堂の隅のほうで1人だけモニターを開き、トラガホルン夫妻と話しているコタロウがいた。
彼女たちは彼らのやり取りはよく聞きとることはできなかったが、最後のほうで、
「なら、六課の彼らに頼むのはどうだ?」
という言葉が彼女たちの耳に入ったので少し気になった。
通信が終わると紅茶を口にして、「ふむ」と考える彼に隣接するテーブルにフェイトたちは座り、視線を彼に向ける。
別段、彼の行動におかしいところはない。だが、ヴィータとの食事を含む彼の今までの行動を考えると、どうも彼が六課内で起こす行動は、身内繋がりでないからか、それとも彼の性格故なのか、気になってしまい目についてしまう。それは一挙一動というものではなく、彼が主として動くとき、或いは彼の友達であるトラガホルン夫妻とともに行動をしているときに限定される。
先ほどの会話内容から察するに、彼が六課内の誰かの命令で動いていないことは明確であり、モニター先の人間が断ったことから、彼自ら行動を起こそうとしていると予想がつく。
「お願いするなら、シグナム二等空尉、か」
「……ん、私か?」
思わず彼の独り言に会話を成立させてしまった。
ぴくりと彼の体が反応する。彼女たちの座る隣接するテーブルは丁度彼の後ろに位置しており、彼の襟足がはねたようにも見えた。
『(あ、驚いてる)』
シャリオはデバイス調整で、フェイトは訓練で彼と行動することが多く、六課内では彼に近しい人間のうちに入っており、2人にとっては回り込んで見たい気もする。
おそらく、少し目を見開いたくらいだろうが。
「勝手なる貴官への発言、申し訳ありません」
「いや、構わない」
席を立ち、コタロウはシグナムに向かって敬礼を取る。
彼はどうやら考えが時々口に出てしまうらしいと思いながら、彼女は敬礼を解かせ、顔を彼に向けずに視線を落とす。
「それで、私にお願いとは?」
「はい。この『傘』の動作確認と試験運転のご協力をお願いしたく」
きらりとシャリオの眼鏡が光るなか、シグナムは彼の言葉に要領を得ることができず、詳細を伺うと、端的にいえば、
「……私がカギネ三士と実戦、いや高町教導官の言葉を借りるなら、模擬戦をするということか?」
「はい」
彼が言うには1年に数回、自分の最低限度の訓練も兼ねてデバイスの動作確認を行なうらしい。限定付武装局員資格――シャリオが以前調べたところによると、資格試験自体は数年前に廃止されたが、所持している分には有効な資格――を所持する彼は限定付きといえども武装局員であることは変わらず、緊急時に武装局員として出撃をしなければならない。
「つまり、いざというときは強制的に戦闘に駆り出されるということですか?」
「いいえ。自衛の範囲内です」
現在の武装局員資格は一定の魔力を保有し訓練校を卒業した者にのみ任命される資格である。これは、基準となる魔力を有していない人間は武装局員になれないという、ある種、個人の夢を打ち砕く決まりであるが、管理局の考えとしては魔力を有していない人間を戦闘に出し、命を落とす結果に至らせない為というものであり、人命を守るという意味を持っている。
これが管理局の人材不足を加速させているが、それは余談として、昔を省みると、まだ管理局システムが安定していない頃にできた資格であり、今の管理局の考えにそぐわない資格であることは言うまでもなかった。限定付武装局員資格は最低限度デバイスを動作できる魔力を保有していれば取得できる資格なのだ。
「自衛でもかなり危険かと。返上、しないんですか?」
「工機課内で魔力を保有しているのは私だけなのです。修理する人間として手を抜くことはできません」
総合的に武装局員が自衛もするため、返上を局は推奨している。しかし、そこは自身の立場を自覚しているのか返上することはないと彼は言い切った。
「……それで、何故私なのだ? 私に限らなくてもいい話だろう?」
「他の方々は新人たちの教育を重視していますので、シグナム二等空尉の書類作業を微力ながら私も手伝い、空いた時間を動作確認に割いていただこうかと」
ふむ。とシグナムは顎を引く。微力ながらというのが謙遜以外の何物でもないということは六課内の誰もが思う事である。彼は考えて作成する論文のようなものはさておき、思考を伴わない報告書の類は、隻腕にも関わらず六課内の誰よりも速い。
普段書類作成を苦手とする彼女にとってそれはまたとない機会ではあるが、裏を返せば楽をするというものにもなり、2つ返事をしようとして踏みとどまった。
それ以外にも懸念すべきものがあり、シグナムは直立しているコタロウを足先から頭上まで視線を動かす。
(魔力が低い)
彼に魔力で探りを入れてみると、彼の魔力は小さく、武装局員になれるほどの魔力を有していないことが分かる。『傘』であるデバイスで戦う限り、戦闘方法も特殊なものだろうと思うが、攻略し難いともいえず、かえって彼に怪我を負わせてしまう可能性があり、危険性の伴うものになってしまう。
戦闘が好きなシグナムはあるが、思い切り戦えない相手では精神的に負荷が多すぎてしまい、それが原因で溜まる疲労は避けたかった。
「その条件は魅力的だが、私には無理だ。手加減できそうにない」
「わかりました……検討して頂き、ありがとうございます」
それだけで十分とばかりに、コタロウは頭を下げた。
「ふむ。テスタロッサはどうなんだ? 六課で加減ができるのは教導しているものたちぐらいだろう」
「いえ、先ほども言いましたが――」
「私なら構いませんよ? その、動作確認にかかる時間はどれくらいなんですか?」
「20分です」
「それくらいなら、なのはたちも大丈夫だと思う」
フェイトがそう言うと彼は顎を引いて考える。ジャニカが誘導したこともあるだろう。真面目である半面、融通のきかない彼は内心納得したのか顔を上げた。
「それでは、お願いできますでしょうか?」
「はい。それで、いつになさいますか?」
「特に、そちらのご都合がよろしければいつでもかまいません」
それでは、と考えるフェイトの横から、はい! と手を挙げているシャリオがいた。
子どもが元気に手を挙げているようである。
「シャーリー?」
「フェイトさんの予定、確認しました! 明日のお昼前とかどうですか? 私もその時間は空いてます!」
既に彼女の予定を確認しており、自分の予定ともあう時間を割り出していた。
長く付き添ったフェイトにとって、彼女が何故こうも生き生きしているのか大体の予想がつく。
「コタロウさん!」
「はい」
シャリオは立ちあがって彼の正面まで来ると、手を合わせた。
「その『傘』見せていただけませんか? その、言うタイミングがなかなか無くて」
外見だけではなく、機能も色々と見てみたいと彼女は付け加えると、彼は特に考える様子もなく、
「それは構いません。それでは、傘を握ったらご自分の名前を仰ってください」
傘を抜き取り、傘に命令する。
「傘、権限付与・6等級。どうぞ」
「シャリオ・フィニーノ」
人物認証したのか柄が光る。
「……あの、今のは?」
「権限付与です。6等級は1日閲覧、使用が可能です」
「使用?」
「フィニーノ一等陸士は魔力を保有していませんので、魔力を使用しない機能に限られますが、使用が可能です。設計書がデータで添付されていますので、ご覧になればよろしいかと」
コタロウは閲覧方法を教え、シャリオは頷く。これだけ見ても、権限を付与されればだれでも使用できる汎用性が持たれていることに目を輝かせた。
「分解もされますか?」
「…………」
「フィニーノ一等陸士?」
「あ、はい! ありがとうございます! それでは、明日の朝にはご返却いたします」
一頻り傘を眺めた後、そそくさとカップを手にとり開発調整室へ行ってしまった。
「徹夜するな、あれは」
「コタロウさん、シャーリーは、あの、結構のめり込みやすいコなので……」
「……はぁ」
首を傾げている彼とは違い、フェイトとシグナムは半ば落ち着いて休息の続きを楽しむことにした。
△▽△▽△▽△▽△▽
次の日、朝練の時に彼の特徴とも言える傘が腰に差さっていないのを見て、疑問を持つのは新人たちだけではなく、
「コタロウさん、傘、どうしたんですか?」
「フィニーノ一等陸士が拝見したいと仰っていましたので、お貸しいたしました」
フェイトと模擬戦を昼前に行なう事を経緯も含めて話し、なのはたちを感心させる。
「ネコさんの模擬戦かぁ……どんな戦いをするんだろうね」
「正直、想像できないわね」
「あの傘で、ですよね」
一見、傘の形状から見ると、持ち方から剣のように見え、やはりそれを振って戦うのだろうという予想がつく。
そこでふと、キャロがコタロウのデバイスに単純な疑問をもった。
「そういえば、コタロウさん。あの、デバイスには名前って無いんですか?」
「あります。ただ、傘のほうが呼びやすいので、普段はそう呼んでいます」
『傘』は2文字で済みますから。と、付け加えるとスバルがいの一番で口を開く。
「あの、自分の相棒何ですから、名前を呼んであげたほうがいいと思います」
「いいえ、私にとっては自分の手足と同義なので、このままで問題ありません」
自分の右腕に名前はないでしょう? というように、コタロウは自分のデバイスを『傘』と言い切った。全員、彼の言い分は納得はしづらいが、理解はすることができたため、それ以上強要をすることはしなかったが、キャロはそれとは別にそのデバイスの名前が気になったので、彼に訊ねると、
「潦という名前です」
「にわたずみ、ですか?」
「はい。『水たまり』という意味が含まれています」
傘と言えば雨、雨と言えば水たまりという意味だろうか? と思うも、質問を投げすぎても失礼と感じキャロ達は心の中で完結させる。
「それに何か意味はあるのか?」
だが、ヴィータの考える真意は違うのか、躊躇することなく深く訊ねた。
「『水たまり』というのは、地上にたまりあらゆる方向に流れる水から『行方知らず』、ジャンとロビンは『神出鬼没』と皮肉りましたね」
全員、その意味の真意に関心を示すが、内心は、
『(確かに!)』
『神出鬼没』という彼の行動を表していることに深く深く頷いた。
別に気付かないような行動をとっているわけではないが、彼の場合、行動次第で予測のつかないものになり得る。
実はもう1つ、自分が『迷子になりやすい』という二重の意味も含んでいるのだが、それは口には出さなかった。
朝練が終わり支度を整えて、食堂で各々が席に着いたとき、よろよろと程良く髪に癖のついたシャリオが、足取り重く歩いてくるのが見え、誰も座っていないテーブルに座り、ぐにゃりと突っ伏すまでの一部始終を目で追う。
彼女は徹夜の1つや2つ軽くあしらってしまえる体力の持ち主であるのはずなのに、今日に限っては徹夜1つで悄然してしまっていた。
何事かと思い、フェイトが同席しようと席を移動すると、なのはたちも心配なのか彼女たちの周りに席に着く。
「シャーリー、大丈夫?」
「あ、はい。体力的にというより、精神的に、少し疲れただけです」
ヴィータが気を使って飲み物を出すと、1つお礼を言って彼女は喉を潤した。
ヴァイスとコタロウは彼女たちから少し離れたところに座っており、1人は傍観し、寝ぼけ眼のほうはパンを口に押し込んでいる。
これ以上心配させてはいけないとシャリオは周りに食事を促し、一応自分の声が聞こえる位置に移動してもらい――その間にはやてたちも食堂に来た――フェイトは口を開いた。
「それで、コタロウさんのデバイスは――」
「やっぱり、スゴイのか?」
お腹に温かいものを入れたのかシャリオは幾分落ち着いて、ヴィータのもはや決定事項であるような発言にこくりと頷く。彼女は手に持った傘をテーブルの上に置き、
「このデバイス、自作なんです」
「……それは見れば、わかるな」
当然のような発言に、はやては全員の言葉を代弁する。
しかし、言わんとしていることが違うのか、シャリオは首を振って否定した。
「このデバイス『潦』はミッドチルダ、古代、近代ベルカのデバイス規格のどれにも準じない、独自規格で作られています」
「ん~、もう少し分かりやすく言ってくれるか?」
「あ、はい。デバイスっていうのは規格が統一されているんです。例えば、レイジングハートさんとバルディッシュさんたちミッドチルダの規格、グラーフアイゼンさんとレヴァンティンさんたち古代ベルカの規格はそれぞれ統一されています」
魔法術式と勘違いしてしまうがそうではなく、作成時の時代で修理がしやすいよう、デバイス規格が統一されているという。より簡単にいえば、レイジングハートのパーツの幾つかはバルディッシュに流用でき、グラーフアイゼンのパーツも同様にレヴァンティンに流用できるというものだ。その人にあった使用者独自のデバイスではあるが、細かいところでは統一されている。
「車のエンジンはバイクに積めない……みたいなもんか?」
「はい。そのような感じです」
スバルとティアナは自分のデバイスを自作した時のことを思い出した。自分で設計し、パーツを買って、組み立てたのは今ではいい思い出である。
だからこそ、彼女たちは気付いた。
「もしかして――」
「接合部品やパーツそのものが、自作……」
こくりと頷く。
「これは部品を組み立てて作ったのではなく、部品そのものから、部品と部品を結合する締結部品――ネジのようなもの――まで、全て自作なんです」
極論を言ってしまえば、とシャリオは言葉を繋ぐ。
「ただの鉄から組み立てたようなものです。なので、私が知る規格のどれにも当てはまらず、なおかつ一カ所一カ所統一もされていないので、部分部分で違う工具を使わなければならないため、分解なんてできなかったんです」
『…………』
そう言って少し肩を下げる。フェイトは昨日コタロウが彼女に確認をとった理由が理解できた。あれは分解する工具を渡そうとしたのだろう。
「でも、逆に分解できたとしても元に戻せる自信なんてなかったんですが……」
「えと、でも設計書、だっけ? マニュアルみたいなものが一緒だったんだよね? 機能自体は分かったんじゃない?」
自虐的なシャリオを見るのがいたたまれなくなり、フェイトは外装ではなく機能のほうへ話題を移そうと言葉をかける。
「あれは設計書という名の研究論文です」
傘の柄を持ち「傘、共有文書出力」と唱えると、1冊の電子書類が出てきた。
「この傘の設計者は当時一等陸尉だったロビン・ロマノワさんと、二等陸尉だったジャニカ・トラガホルンさんです」
この時点で彼らを知る人間はざわりと背骨に嫌なものが通り過ぎた。
「あの2人が『協力』してる時点で普通じゃねェな」
ヴィータはこれは早めにご飯を食べてしまおうと急いで口に頬張り、準備を整える間、シャリオはまた首を横に振る。
「協力なんかじゃありません。『敵対』です」
その書の題名を彼女は読み上げた。
「『傘 (潦) 作成設計書 第23版』……つまりこれ、あの2人が1年11ヶ月かけて研究、検討してはお互いに粗を指摘し合い、研鑚に研鑚を重ね、練り直してさらに相手の不備を貪欲に追求し、書きあげられた設計書です」
実際の組み立ては1月、つまり作成に丸2年を要しています。とシャリオは告げる。初対面時に彼がこの傘に2年かけたと言っていたのは、彼の技術的な遅延ではなく、設計の綿密化に要した時間であったのだ。
「はっきりいって、理解することは私には無理です。デバイス作成以外の知識があまりにも多すぎます」
一度あの2人の対立を見たことがある人には容易に想像できた。研究面であの口論を行ない、互いに負けじと練り上げるのだ。想像できないのはどんな結果になったかである。
「理論的なところはほとんど分かりませんが、機能概要はなんとか分かりますので……」
コタロウが次のサラダに取り掛かろうとするなか、ヴァイスは食事の手を止めて完全にシャリオの言葉に耳を傾けていた。
「分かる範囲でお話しますね」
「ネコの傘にネコに傘だろうな」
「ジャンは6年前の自分をそこまで自賛できるものなのね?」
「おい、そのにやけた口元はどう説明するんだ、ロビン?」
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