魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第21話 『涕涙、霖の如し』
相手はコタロウに背を向けると金属でできたドアに手を入れ、バキンという音とともにそれを毟り取った。
(僕が見たオークション参加のメンバーには機動六課を含めて、このような人物はいなかった。作業員メンバーの誰でもなく、そもそもドアをとる時点で、このトラックの所有者じゃない)
ごそり、ごそりとトラックの中の木箱をあさりだす。
(使い魔の主人自体の命令もこのような非効率性は求めない、外では襲撃……)
[八神二等陸佐、今、お時間宜しいでしょうか?]
[ごめんな。外の通信報告に集中したいねん。後でもええか?]
[了解しました。申し訳ありません]
事後報告という事を確認し、念話を中断する。相手に名前を知らせてはまずいと念話にしたのだ。
視線を相手に戻す。
「盗難と判断しました。もし、運転手の使い魔ではなく、言葉が理解できるのであれば、任意の上御同行願います。言葉が理解できないのであれば、私の構えを見て私が貴方を拘束しようとしていることを認識してください」
傘の柄に手を置いて「傘、ワイヤー」と唱えてワイヤーを出すと、分断してワイヤーのみにする。
コタロウの言葉を理解したのか、それとも言葉という音に反応したのか分からないが、相手は狙いの品を地面に置いて、振り向いた。
(えーと、軽く打ちすえるだけ。お腹に一撃で、いいのかな?)
少なくとも傘を貰ってから6年、コタロウは一度も実戦をしたことがない。
(軽く、軽く)
相手も合わせて構えをとる。
相手は、傘からワイヤーを出したところは見ていない。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第21話 『涕涙、霖の如し』
ホテル・アグスタにガジェットドローンが攻めてくる前、ティアナは自分の守備位置についているときに、スバルから念話が飛んできた。
[でも、今日は八神部隊長の守護騎士団、全員集合か]
[そうね。アンタは結構詳しいわよね、八神部隊長とか、副隊長とかのこと]
彼女は頷いて、ふとスバルがその人たちについて詳しいことを知り、聞いてみる。
[う~ん、父さんやギン姉から聞いたことくらいだけど……]
スバルの知る限りでも、自分と比較にもならないという事がわかる。
八神部隊長の使用しているデバイスが魔導書型の『夜天の書』というもので、副隊長たちとシャマル先生、ザフィーラは八神部隊長の『個人保有』の特別戦力。リイン曹長は別枠だが、同様と思って構わない戦力で、合わせれば他の部隊とは比較にならない戦力だという。
[稀少スキル持ちの人たちはみんなそうよね]
[ティア? なんか気になるの?]
[別に]
ティアナは素っ気なく答えると、スバルは念話を打ち切った。
彼女は今、1人という事もあり、待機命令中の間、考える余裕ができる。
(六課の戦力は無敵を通り越して、明らかに異常だ。八神部隊長がどんな裏ワザを使ったのか知らないけど、隊長格全員がオーバーS。副隊長でもニアSランク……)
考えると、それをサポートしている人たちもエリートばかりということを再確認し、目を閉じながら奥歯に力を入れる。
次に周りの人間に思考が移り、
(あの年でBランクを取っているエリオと、稀少で強力な竜召喚士のキャロは2人ともフェイトさんの秘蔵っ子)
なおかつ、自分のよく知るスバルは戦術に稚拙さが残るものの、潜在能力と可能性を秘めていることは日々の訓練を見ていても十分わかる。
(スバルは、優しい家族のバックアップもある)
息を吸い、口を狭く深く息を吐く。
(やっぱり、ウチの部隊で自分が、私だけが……)
凡人という、今まで何度も思えば打ち消してきた言葉をまた思い出す。
(『友がみな――』なんじゃない、私の周りにいる人たち全てが才気に溢れている!)
小さく顔を横に振り、そんなことは関係ない。大切なのは周りの才能ではない。と思考を雲散させる。
(それでも、私は立ち止まるわけにはいかないんだ)
そうして間もなく、ガジェットが攻めてきたと通信が入った。
管制指揮はシャマルが執ることになり、シグナムとヴィータたち副隊長とザフィーラは、新人たちの防衛する領域よりも前線に自分たちの防衛ラインを引き、ティアナとスバルは2人がガジェットを自分たちより的確に破壊しているところをモニターで確認する。
「副隊長たちとザフィーラ、すごーい!」
スバルはそれを見て、驚嘆する。モニターから確認できる黒煙が、耳に届く爆発音がそれを物語っている。
「これで、能力リミッター付き……」
逆にティアナは愕然とする。見るというよりも見せつけられていると思わせる映像にしか見えなかった。
今できることはそれに拳を握ることしかできない。
△▽△▽△▽△▽△▽
ゆらゆらと黒煙が立ち上るのを見ている男と少女に、通信が入り、モニターにとある人物が映し出される。
「ごきげんよう、騎士ゼスト、ルーテシア」
「ごきげんよう」
「……何の用だ」
その人物にゼストは挨拶することなく、用件を聞く。もともと用件がなければこちらからも、向こうからも連絡など来ないからだ。
そして、その考えは当たりであり、相手は自分たちの今の場所を把握していることを知った上で依頼を投げかけてきた。
向こうにあるホテル・アグスタで行われている――実際にはまだ行なわれていない――オークションのカタログには載せられていない品を手に入れてほしいというものだ。
ゼストはレリックがらみでない限り不可侵を守るという約束のもと断るが、
「いいよ」
ルーテシアは2つ返事で答えた。
「優しいなぁ、ありがとう。今度、是非お茶とお菓子でもおごらせてくれ」
相手はルーテシアのデバイスに情報を転送する。
「アスクレピオスに私がほしいデータを送ったよ」
間もなくして、吉報を待っているよと相手は言葉を残し、通信を切った。
「……いいのか」
「うん。ゼストやアギトはドクターを嫌うけど――」
ルーテシアは小さく頷いて、実のところ自分は彼のことをそれほど嫌いではないと言い残し、身を隠していたフード付きの大きなコートから袖を抜き、ゼストに預ける。
「そうか」
またこくりと頷いて彼から十分に距離をとり、両手を広げる。
「吾は乞う、小さき者、羽搏く者。言の葉に応え、我が命を果たせ……召喚」
紫紺色の正方形の魔方陣を展開し、ゆっくりと魔力で土台を作りだした後に、呪文を詠唱した。
(おそらく、相手にも気づかれたろうな、速やかに完了して、はやくここを離れるとしよう)
ゼストは彼女の放つ魔力が特徴的で、かつ躊躇いがないことを知っていたので、そんなことを思いながら少女を見守る。
「インゼクトツーク」
その言葉で幾もの小さい虫のようなものを身のまわりに放つ。
「指令、無機物操作」
気をつけてね。と放たれた者に言い聞かせ、向かうように命じた。
無機物に、自分が召喚させた虫をとりつかせ、相手が様子を見るために一時引き下がったのを見計らってから、
「ブンターヴィヒト。無機物11機、転送移動」
と、さらに魔力を練りこんだ。
△▽△▽△▽△▽△▽
「有人操作に、切り替わった?」
シグナムとヴィータの攻撃が突如として当たらなくなったことからシャマルが見定め、
「それが、さっきの召喚士の魔法?」
六課本部のオペレーションルームにいるシャリオは、先ほど感知した巨大な魔力を放った召喚士の魔法によるものだと憶測する。
シグナムは新人たちの援護へ向かえとヴィータを促し、シャマルはザフィーラにシグナムと合流をと管制を執る。
△▽△▽△▽△▽△▽
「遠隔召喚!」
まさかとばかりにキャロは顔を険しくする。
「来ます!」
その張り上げとほぼ同時に、自分たちの前方に見たことのない魔力光を放つ魔方陣が展開され、11機のガジェットが出現した。
(ここからだ)
ティアナは肩幅よりも少し広めに足を開き、僅かに膝を曲げて重心を低くする。
「あれって、召喚魔方陣?」
「召喚ってこんなこともできるの?」
キャロの錬鉄召喚とは違い距離をなくす転送魔法にスバルは息をのんだ。
「優れた召喚士は転送魔法の熟練者でもあるんです」
「何でもいいわ。迎撃、行くわよ!」
ティアナの言葉に、全員迎撃姿勢をとる。
(本当に何だっていい。今までと同じだ――)
落ち着かせるように、1つクロスミラージュにカートリッジを込める。
(証明すればいい。自分の能力と勇気を証明して――)
変わる方法は6年前に体験したはずだと、デバイスを構え前髪の先に見えるガジェットに狙いを定め、
(私はそれで、いつだってやってきた)
魔方陣を足元に展開して態勢をとり、戦略を張り巡らせた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「……見つけた」
ルーテシアは自分が召喚した虫のうち、数匹をホテルの捜索へ向かわせていた。
虫は小さく、普通の人には目視できても気にならない程度なので捜索は容易に事が運び、すぐに依頼の品を発見できたと報告を受ける。
「ガリュー、ちょっとお願いしていい?」
彼女の左腕に装着されているアスクレピオスが肯定を示すように、ぽつと光る。
「邪魔なコはインゼクトたちが引き付けてくれてる。荷物を確保して……うん、気をつけていってらっしゃい」
その左腕を掲げると、魔力弾とは異質な何か飛び出し、アグスタへと向かっていった。
△▽△▽△▽△▽△▽
(当たらない)
弾が当たらないことは訓練でも実戦でもいくらでもあったが、今日はいやにそれが目につき、ティアナに焦りを生ませる。
一度深呼吸をして、ガジェットが打ち出した質量兵器のような索敵弾に狙いを定め、打ち抜く。
彼女はそれに全弾命中させたことで、リズムを取り戻した。
「ティアさん!」
キャロの声色から自分の死角から狙われていると思い後ろを振り向くと、その通りに背後にガジェットが2機、自分に対して狙いを定めていた。
跳躍することで、ガジェットが打ち出した弾をかわし、今度は彼女がその2機に狙いを定めて魔力弾を放つ。
だが、
(打ち抜けない)
当たりはしても、AMFを展開しているガジェット本体までには届かず、無力化されてしまった。
ティアナは苦虫を噛んで顔を歪めた。
(――くっ)
心境としては、相手にではなく自分の実力に腹立たしくなる。
リズムは取り戻しても彼女にとっては一番いやなタイミングで、フォワード全員にシャマルから通信が入る。
「防衛ライン、もう少し持ちこたえててね」
「はい!」
「ヴィータ副隊長がすぐに戻ってくるから」
ティアナには自分たち、いや自分だけでは何もできないといわれているようで、
「守ってばかりじゃ行き詰まります。ちゃんと全機落とします!」
持ちこたえるという願いに近い命令に自分の意志を上乗せする。
「ティアナ、大丈夫?」
本部のオペレータから無茶はするなと警告するが、彼女は自分の積み上げてきたものを、自分独自で積み上げてきたものを信じて疑わず、
「毎日朝晩、練習してきてんですから」
それを自分に言い聞かせるように普段の言葉より口語調になる。
「エリオ、センターに下がって。アタシとスバルのツートップで行く!」
「あ、はい!」
「スバル、クロスシフトA。行くわよ!」
ティアナの指示にスバルが拳を握って応え、空中路で滑空していく。
(証明、するんだ)
両拳銃にそれぞれ2発の装填。
(特別な才能や、凄い魔力が無くたって)
魔方陣の光強さが足元を明るくさせ、周りを暗がりにする。
(一流の隊長たちの部隊でだって、どんな危険な戦いだって……)
練成した魔力を弾として自分に周りにいくつも解放する。
「アタシは、ランスターの弾丸はちゃんと敵を撃ち抜けるんだって」
(証明、するんだ!)
その間にスバルがガジェットを誘導し、自分に引き付けていた。
狙いを定めようと意識を強めるが、なかなか照準が定まらず、腕に魔力が逃げ出し、ぴりりと電撃のように魔力光が迸る
「ティアナ4発装填なんて無茶だよ。それじゃティアナもクロスミラージュも――」
「撃てます」
<問題無く>
ティアナは通信の再警告を遮り、クロスミラージュも主に倣う。
なんとか魔力を抑え込むことに成功し、照準を合わせ、
「クロスファイヤー――」
(大丈夫、いける!)
「シュート!」
周囲の魔力弾を、腕を交差させて一斉に出力した。
1つ、また1つとガジェット向かい、当たり、打ち抜き、爆ぜる。
威力は十分で、的確だ。
彼女はさらに、クロスミラージュの引き金を引き、魔力弾を放つ。
それもまた、的確だ。
――『あぁ、手傷を負わせるのにやっとだったランスターの妹か』
頭の中にノイズが入るまでは。
△▽△▽△▽△▽△▽
「ガリュー?」
ルーテシアが異変に気付いたのは、ガリューが人に見つかり一撃で眠らせると報告があって間もなくのことだ。
「どうした?」
「……ガリューから反応が返ってこないの」
意思の疎通をはかるが相手からの反応がない。
もう一度呼び掛けると、応答が返ってきた。
「ガリュー!?」
苦悶の意思が返ってくる。
ゼストから見ても明らかにルーテシアが驚き、瞳が揺れており、動揺しているのがわかる。
「ゼスト、ガリューが……」
「ひとまず、連れ戻すんだ」
揺れる瞳が彼に訴えかけ、連れ戻すことを提案する。
彼女は念じて引き戻し、
『…………』
2人は寝そべるガリューを見て目を大きく見開いた。
呻き声を洩らせている彼は魔力を帯びない通常のワイヤーで手足を縛られているが、それよりも大きく注視する部分が2人にはあった。
「シールドは張らなかったの?」
ガリューの腹部にはくっきりと足跡が残されていた。それは汚れで付いたものではなく、へこんでいるのだ。深さは軽く成人男性の親指第一関節ぐらいのものである。
「嘘、でしょう?」
「ガリューは何と?」
「多分、油断からだと思うけど、転ばされた後……」
彼女が代弁するに、転ばされた後、警戒を持ってシールドを展開したが、展開部分で一番魔力結合の弱い部分を見破られ、相手の足の振り上げとともに蹴り崩されて、振り上げられた足は気づけば自分の腹部を踏み抜いていたという。
振り下ろされた足の動きも見えなかったと付け加える。
「紡解点」
「それは?」
「生成し始めたときに一番最後に魔力結合される部分、或いは生成した後一番結合が薄い部分のこと。これは誰にでもある」
人間が作るものに完璧などないというように、言葉を吐き、ガリューを召還する。
「そこを突かれたと? しかし、可能なのか?」
「うん。注意して見れば誰にでも見える」
ほらといわんばかりに自分でもシールドを張り、連結の遅いところを見せる。
「一瞬じゃないか」
「うん。一瞬。それでココも紡解点」
そのままシールドの薄いところも見せる。それは先程の部分ではなく別の部分で、周りと比べて言われなければ気付かないほど僅かに光が弱い。
「でも、これは周りより結合が弱いだけ。シールドの場合、他より2、3割劣るくらい」
「これを見破ったと? しかし――」
「そう。ガリューが戦った人の怪力も異常だけど、これを一瞬で見抜くほうが、はっきりいって異常」
「ましてや、戦闘の中ではなおのこと困難」
こくりと彼女は頷く。
「管理局員なのか?」
ゼストの言葉にルーテシアはアスクレピオスにいるガリューに話を聞き、首を傾げた。
「わからない。って」
「わからない?」
「多分そうだと思うんだけど、管理局員の制服なんて着ていなかったし、魔力も弱くてそうかどうかも怪しいって」
(僅かに魔力を有する、一般人程度)
「デバイスは所持していたのか?」
ふるふると彼女は首を振った。
「ガリューが言うには……」
次の言葉に、ゼストもその人が管理局員かどうか首を傾げた。
「左腕がなくて、左腰に傘を差していたって」
△▽△▽△▽△▽△▽
「失敗したのかい?」
「うん」
相手は経緯を聞くと先ほどの2人と同じように首を傾げた。
△▽△▽△▽△▽△▽
がらりと何かが崩れたような気がした。
「ティアナ、この馬鹿!」
(いや、違――)
「無茶やった上に、味方撃ってどォすんだ!」
自分の撃った魔力弾のうち1つがスバルへ当たりそうになり、ヴィータがそれを寸でのところで打ち返してから、彼女の言葉なんてティアナの耳には届かなかった。
「あの、ヴィータ副隊長。今のも、その、コンビネーションのうちで」
「巫山戯ろタコ! 直撃コースだよ今のは!」
スバルの言葉も同様である。
(…………)
頭が真っ白になり、一瞬、周りの状況も忘れた。
「ち、違うんです。今のは私がいけないんです。避け――」
「うるせェ馬鹿ども!」
砕かれたガジェットから煙が立ち昇り、油の混じった焼け付くにおいに瞳が動く。
「……もういい」
ヴィータの抑揚無い声から意識してティアナの耳に入ると、次に吐かれる言葉が分かりすぎるほど分かっていたのにもかかわらず、
「後はアタシがやる。2人まとめてすっこンでろ!」
自分の身体から力が抜けていくのを止められなかった。
△▽△▽△▽△▽△▽
(ジャンに言われた通り、軽めにしたけど……)
「あの人、大丈夫かな」
地面には僅かにヒビが入っているのを見る。
(3トンぐらいってどうなんだろ?)
「このヒビを直してから……」
コタロウは僅かに身を竦ませ、
(この出向先は今週まで、かな)
盗難を未然に防いだものの、取り逃がしたというミスの重大さに息を吐く。
△▽△▽△▽△▽△▽
自分から進んででた裏手の警備が、ひとつの逃避であることはおそらく自分の背後にいるスバルも分かっているだろうと、ティアナは思う。
「あのね、ティア」
「いいから行って」
それでも、彼女は踏み込んでくる。
「ティア、全然悪くないよ。私が、もっと、ちゃんと――」
しかし、今のティアナにはそのパーソナルエリアに踏み込んでくるのが、心を悟られてしまいそうで、嫌だった。
「行けって、言ってるでしょ!」
(アタシ、スバルに甘えきってる。こんなこと言っちゃいけないのに、言ってもスバルは変わらないから……)
「ごめんね。また、後でね、ティア」
背後の彼女はそれだけ言うと、エリオ、キャロたちのいる場所まで駆けていった。
(次に会うとき、アイツはまたしゃべりかけてくれる……ごめん、スバル)
ティアナは今の自分の行動にも、口に出した言葉にも嫌気がさす。
(私は死んでしまった兄さんを……生きているスバルも、エリオも、キャロも)
「私は……私は……」
壁に手を着いて、誰にも見せないように、顎を引いて下を向き、それを流した。
△▽△▽△▽△▽△▽
なんとか地上に出ることができたコタロウは、ここが裏手であることを確認した。
(まずは正直に状況を話し、今後の身の置き方を伺い……ん?)
ヴァイスからの指示を受けた集合地点まで戻ろうとしたとき、押し殺すような女性の声が聞こえた。
(ランスター二等陸士、泣いている?)
ちょうど遠目からティアナを横から見ることになり、項垂れている彼女の顔から雫が見えた。
彼は相手の表情から何かを読み取ることを困難としているが、泣いているところを見れば、今は同じ課にいることから、その理由を問いかけるような考えは持ち合わせていた。
しかし、彼の場合、もう1つ親友から学びとっている。
――『いい? 女性が泣き顔を誰にも見せないように、項垂れたりして顔を隠している場合は、それがどんなに霖のようなものでも、慰めてはいけないわ』
それは、秋霖午後のとある喫茶店で夫の隣で紡いだ言葉である。
――『だってそのとき、女性は『泣いてはいない』のだから……』
“涕涙、霖の如し”
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