魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第20話 『彷徨、鳳の如し』
軽快ではないものの、資料を横目で追いながらキーを打ち、また資料をみて、キーを打つ。
フェイト・テスタロッサ・ハラウオンは、明日皆に話すための資料をまとめ上げている。時々、この資料に埋もれることをちょっぴり苦になることもあるのだが、自分がかなりの年月をかけて追い求めていた人物であることと、ついこの前、自分の故郷である地球に仕事であるものの帰郷できたことで、精神的にかなり落ち着いて整理ができていた。
しかし、疲れる疲れないはまた別の話である。
「……ふぅ」
座りながら足と手を前に出し、うんと伸ばす。
「……ッン~。お茶でも飲もうかな」
新人たちの夜練を見に行こうとも思ったが、なのはに「そっちが優先!」と遠まわしに行くことを禁じられていたので、仕方なく部屋においてある電気ポットに手をかけようとする。皆に会うのも兼ねて食堂や給湯室に行ってよいが、そうすると仕事に手が付かなくなるおそれがあるため、自分で用意したグッズだ。
そのグッズでお茶を入れて座りなおしたときに部屋のブザーが鳴った。
「はい、どうぞ~」
ドアが開くとその姿がみえ、相手はぺこりとお辞儀をしてぴしりと敬礼を取る。
「失礼します」
目深にかぶった帽子の中からゆったりとした寝ぼけ目が見え、鳶色の傘を左腰に差した人物に2、3瞬きをする。
「コタロウさん?」
「はい。エアコンの点検に参りました」
よろしいでしょうか? と、コタロウは彼女の許可を得るまで敬礼も解かなければ、一歩も踏み出さない。
(そんなに、畏まらなくてもいいのに)
そう思いながら、フェイトは入室を促した。
敬礼を解いて踏み出す彼は左腕がなく、その袖がぶらんと歩みにあわせて揺れる。
フェイトはくるりと見回すコタロウを見て、今日までの彼に対する皆の反応を振り返る。
それはリインとスバルの反応に始まり、地球のコテージでのシャマルとはやての反応やお風呂から出たときのヴィータ、エリオ、キャロの反応だ。
リインとスバルは彼のことを『ネコさん』と呼ぶようになり、それに伴うようにエリオキャロも『ネ……』とは口には出すが、すぐに『コタロウさん』と言いなおしていた。その後決まって、2人は肩を落とすのだ。年上の人をあだ名で呼ぶのはどうも気が引けるらしい。
シャマルは彼が目に入れば、トントンと正面まで近づき「おはようございます」と挨拶をするようになった。身長はシャマルのほうが背が高いものの、コタロウは常に落ち着いているので、端からみたそれはさながら兄と妹のように見える。
当然はやてもその光景を見るのだが、シグナムのように首を傾げることもあれば、ヴィータのように口をヘの字に結ぶ時もあり、あえてそれを見ないようにリインを揶揄ったりしていた。
また、ヴィータはシャマルのように近づいて挨拶することはないが、すれ違うとき必ず「よォ」と声をかけ、彼の左袖を一瞥していた。最近は挨拶のみであるが。
(私も何か変わったのかな?)
そこまで振り返って、トコトコとエアコンに移動するコタロウをみる。
彼は天井にあるエアコンに手を翳して空気の出を確かめると、するりと傘を抜き垂直に立て、器用にそれにつま先1つで乗る。
(凄い安定感。というより……)
「――あ! だ、大丈夫ですか? すぐ、さ……」
支えます。という言葉が出なかった。
(えと、支えるってどうやって?)
理由は気づいた通りで、垂直に微動だにしない傘をどう支えていいのか分からないのだ。近づいてはみたものの触れようとしたところでぴたりと止まる。
「はい。大丈夫です。修理は滞りなく済みます。『すぐ、さ』とは?」
「……いえ、なんでもありません」
「そうですか」
コタロウはフェイトの金色の髪から天井へ視線を移し、右腰後ろにある小さな鞄から1つ工具とりだし、外装を取り除く。
「傘、ワイヤーフック」
「…………」
だた傘の露先からワイヤーと外装を掛けるフックが出てきただけでも、フェイトはその光景に静かに指先を顎にあてる。
(足の、しかも指先から、デバイスに魔力を伝達? 安定感を維持しながら……)
その魔力の放出量は最小限に一定のものを送り出しいるのにさらに目を凝らす。
(そして……)
彼の足元から上半身、頭の先、つまり点検、調整をしているての指先へ視線を移した。
(修理する指先にはブレがない)
手先での作業、重心の安定、魔力制御を同時に行なっていることに顎を引いて唸る。
(もしかして、この人、戦闘訓練させても凄いんじゃ……)
いやいや、まさか。と首を振って、思考を中断させた。今はそれより、自分の作業をこなさなければならないのだ。フェイトはぐいとその考えを頭の奥へ押しやり、彼に背を向けた。
その時、自分の後ろ髪にコツンと何かが当たったのに気づく。
「……ん?」
「うん?」
振り向くと、傘とコタロウがくの字に倒れかけていた。
(――う、うそ!)
自分の長髪が背を向けた時の遠心力で傘に当たったらしい、しかしコタロウはいつも通りの寝ぼけ眼である。
とっさに受け止めようとフェイトは両手を前に出すが、
「ふむ」
コタロウはネコのように身を翻し、すたんと思い切りしゃがんで着地した。
「…………」
「点検、調整終わりました」
フェイトにぶつからないようにだろうか、彼女より身1つ分、後ろに着地している。
倒れた傘を拾い上げ左腰に差し、作業用の帽子をかぶりなおす。
「……ふむ。その両手はもしかして、私を助けようと?」
「え、えと、あの……はい」
小首を傾げるコタロウにいつまでそのままでいるのだろうかと自問し、すぐにフェイトは両手をひっこめた。
「ありがとうございます。ですが、この場合、私を助けないでください」
「え、何でですか?」
まさかそのような受け答えが返ってくるとは思わず、首を傾げる。
「この作業着には工具がたくさん入っているため、大変重いのです」
ジジと胸元のファスナーを開けて裏地をみせると、大きさ様々な工具が入っていた。
それでは失礼しました。と来た時と同じようにお辞儀、敬礼を済ますと、彼女に背を向けて部屋を後にした。
ドアが閉じるところまで目で追ってから、ふと自分が謝らなかったことを思い出したのはとある小事の後であった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「……ぁぅ」
「フェイトちゃん、どうかしたの?」
「へ? う、ううん。なんでもない」
朝食時、料理をトレーに乗せて席に座るフェイトが眉根を寄せて少し呻いたのに気づいてなのはが不思議がる。
「ほ、本当に何でもないの」
「そう? それならいいけど……」
(言えない)
フェイトは昨晩、自分がやったことは決して話はすまいと言い聞かせていた。
(コタロウさんが退室したあと、近くにあった普通の傘で同じことをして、しりもちついたなんて、絶対いえない)
どうやらこの小事は大事にはなり得なさそうである。
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第20話 『彷徨、鳳の如し』
――「嗚呼、友がみなわれよりえらく見ゆる日よ」
ティアナ・ランスターは、銭湯の湯船に入った時のアリサ・バニングスと月村すずかたちとの会話を思い出していた。
――「それってどういう意味なんですか?」
――「そのままの意味でとって構わないわよ?」
――「日本のね、昔の詩人が言った言葉なんだよ? 本当は『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ、花を買い来て、妻としたしむ』っていうんだけどね」
――「しばらく会わないうちになのはたちも自分の道を歩み始めて、変わっていくなぁってね」
遠目になのは達を見たときのアリサたちはそれだけ言うと、2人もなのはたちの会話に加わっていった。
(『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ』)
現在、なのはたち隊長陣と新人たちは、オークション開催のホールをもつホテル・アグスタへ向かっている。
前のモニターではその隊長陣がガジェットドローンの製造者であるジェイル・スカリエッティの簡単な説明、今回の任務の詳細と任務に至った理由を話していた。
スバルは途中、ぴこぴこと動くザフィーラの耳に気が付き、頭をなでる。
「――ということで、私たちが警備に呼ばれたです」
「このテの大型オークションだと、密輸取引の隠れ蓑にもなったりするし、色々、油断は禁物だよ」
モニターはアグスタに待機している副隊長たちを映す。
「現場には昨夜から、シグナム副隊長とヴィータ副隊長他、数名の隊員たちが見張ってくれてる」
「私たちはアグスタの中の警備にまわるから、前線は副隊長たちの指示に従ってね」
『はい!』
全員で元気に返事した後で、キャロは正面に座っているシャマルの足元にある、3つのケースが先ほどから気にかかり手を挙げて質問する。
「あの、シャマル先生。さっきから気になってたんですけど、その箱って……」
「ん? あぁ、コレ? ふふっ、隊長たちのオシゴト着」
今の制服がまさにお仕事着ではないのだろうかと首を傾げて不思議がるが、どうもシャマルの言い方からクイズを出されているようで、それ以上はヒントを求めないことにした。
「ん~、コタロウさん、何やってるんで?」
操縦席のほうでもヴァイスが気にかかり、隣にいる本来このヘリに乗るべきではない人、コタロウに話しかける。
彼が何故ヘリに乗っているのかというと、出発前にヴァイスが彼からヘリの調整について各所の説明を受け、全員が集まった時点で彼は「それでは」と立ち去ろうとしたところ、シャマルに止められたのだ。
「コタロウさんも一緒についてきてください」
「シャマル? どないしたん?」
ごとりとケースを見せ――キャロはそこから気になりだした
「見てほしいんです!」
「ケースの中身ですか?」
「い、今じゃないですよ!?」
「はぁ」
『…………』
隊長たち3人は中身を知っていたため、あえて意識するように言われお互い見合わせて頬をかき、特にコタロウの仕事に余裕があるのを確認してから、彼を乗せることを許可し、現在に至る。
ヴァイスに訊ねられたコタロウは正面のモニターから隣の彼に顔を向け、
「覚えています」
「覚えています。って、それ、今日のオークション参加メンバーっすよねぇ?」
「はい。声や動きなどのクセもあると覚えやすいのですが、文字情報だけですと覚えにくいですね」
「……えと、まさか全員?」
こくりと彼は頷いてまたモニターのほうを向くと、ぶつぶつと魔法を唱えるように名前、経歴と顔を照らし合わせていく。
冗談かと思いきや、モニターを見て言葉に出すところをみると、どうやら本当のようである。それは先ほどはやてから全員に配られたオークションの参加名簿で、「覚えることが、未然に防ぐ可能性を引き上げる」とできれば目を通しておいてと渡したものだ。
「ヴァイスくん、多分それ本当に覚えてるから」
どういうことで? と訊ねるヴァイスに、なのはは自分が知っているコタロウの情報を話す前に、自動操縦に切り替えるように促した。
(あの人もまた、才にあふれる人。か)
△▽△▽△▽△▽△▽
アグスタに着いてからシャマルが一度ヘリからなのは、フェイト、はやてを除いて全員おろし、15分ほどたってから、ガタンと後ろのハッチが開いた。
「うわぁ、綺麗です。なのはさん、フェイトさん、八神部隊長!」
「そう、かなぁ」
「フェイトさん、すっごく綺麗です!」
「はい!」
「あ、ありがとう、キャロ、エリオ」
「どや? 馬子にも衣装やろ?」
「意味は分かりませんが、とっても似合ってますぜ、八神隊長」
「はいです~!」
「全員、めいっぱいおめかしさせました!」
シャマルもえへんと胸を張って3人に胸を張る。
隊長陣3人は建物、つまりホテル・アグスタに相応しい格好に着替えていた。それぞれショートラインのドレスで薄いストールを羽織っているが、色彩からそれぞれの特徴を捉えたいた。
なのはは桜色をベースにワンピースタイプのドレスで内側にはバラ色のチューブ、胸下の白いリボンが胸を強調するかのように巻かれ、腕を組まなくても魅力的である。その腕にはストールを絡ませている。
フェイトは黒紫色をベースに肩に紐のないドレスが彼女を魅せ、佳麗さを拍している。黒が女性を引き立たせるのか、それとも普段の彼女のバリアジャケットと統一がとれているためかは分からないが、女性からみても息をのむ雰囲気を放っていた。
はやては薄い水色のなのはと同じワンピースタイプのドレスに胸元には瑠璃色のコサージュを付け、そこでリボンとストールを結っている。綺麗というよりもむしろ、愛愛しいという表現がよく似合う。
「……えと、ん~」
シャマルはその人が着替える前にはいたのに、着替えた後にはいないことに気付いた。
「あれ? コタロウさんは?」
「え、あー」
これを見せたかったのかとばつが悪そうに頭をかくヴァイスは片手を顔の前に出す。
新人たちも苦笑いである。
「すんません、手伝わせに行かせてしまいました」
彼が言うに、彼女たちが着替え初めて5分ほど経過したときに、後ろのほうで会場設営の荷物を運ぶ搬入があり、そこの現場長がコタロウに目を付けたのだ。
コタロウはパイロット用のつなぎではなく、作業用つなぎである。
それだけでは連れて行かれることはないかと思うが、その現場長はかれの服のよれ具合から人物を判断して呼び寄せ、話し合った。
のちに、ヴァイスに念話が入り、すこし手伝いに行きますと報告――なにかあればすぐに戻るを前提に――してホテルの裏口から入って行ったという。
「え~~」
「すいません。特に現場を離れるわけでもありませんし、指令があるときはこちらを優先させるといってたもんで……」
「う~う~」
訴えるようにヴァイスに顔を近づけて足踏みするシャマルに彼は平謝りすることしかできず、ぺこぺこと謝っていた。
それを見て、なのはとフェイトは「はぁ」と息を吐き、はやては手のひらで顔を扇いで「ふぅ」と自分の体温を下げた。
△▽△▽△▽△▽△▽
なのはたち隊長陣はアグスタ内の警備を見る限り、オークション会場内は特に厳重に警備がなされ、通常起こり得る障害は起こり得そうにないことを確認する。
「んでな、自分で指示すればいいだけなんやけど」
「……うん」
「なんで、コタロウさん普通に手伝ってるん?」
今、なのはとはやてたち2人は一緒に居り、オークション会場の舞台上でコロコロといくつものイスを重ねてキャスターで運ぶコタロウが目に入った。
彼は舞台の下手と上手に2脚ずつイスを配置すると、舞台の中央へ向かい、べたりと伏せて、イスの角度が中央を向いているかを確かめている。
しかし、そんなことは最前線で過ごしてきた彼女たちにはわかるはずもなく、コタロウがイスの配置を直し、後ろに立って布巾に包んだナットを先ほどまでいた舞台の中央に放り投げ、耳を澄ませたところで、彼がイスに座った人間に一番よく聞こえる角度と位置を確かめているのがわかったくらいである。
[…………]
はやては念話をしようとして、思いとどまり、ジト目で手摺に腕をついて顎を乗っけた。
「コタロウさん、呼ぶ?」
「ううん。ええわ」
自分に対してなのか、相手に対してなのか分からない、馬鹿らしいという表情のはやてを見て、
(なんだろう? ふてくされてる?)
なのはもまた、フェイトと同様に故郷から戻ってからのみんなの表情の移り変わりに気付き、もう一度両親の言葉を思い出す。
(『感情と表情の結びつけ』『近道をしなければ知ることはできる』か。表情からでも感情は分かると思うけどなぁ)
彼女の考えるはやての心理状況はおおよそ正しい。彼女は教導官という立場からか、2人の親友より多くの人と接し、人を理解する力があると少なからず自負していた。
現在舞台の上にいる1人の男性を除いて。
「オークション開始まで、あとどれくらい?」
<3時間27分です>
フェイトは会場の外を見て回っていた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「――わかりました、それではすぐに戻ります」
「今、コタロウさんがどこにいるか分かりませんが、気をつけて戻ってきてください」
オークション開始のおよそ5分前くらいになった頃、ヴァイスから通信が入り、
「隊長たちが予測していた通り、アグスタを中心にガジェットが放射線状に攻めてきました」
と報告を受け、すぐに戻ってくるようにと言われたのだ。
「了解です」
通信を切った後で、すぐにコタロウは近くにいる会場設営の作業員に報告し――そこで初めて周りにいた作業員は彼が局員であることを知った――ここがどこなのかを聞く。
「どちらって、お前。『地下』だろうがよ」
「地下ということは分かります。申し訳ありません。連れてこられたという形なので道がよくわからないのです。どうすれば地上に出れるのでしょうか?」
コタロウはその人から道を聞くと、すこし早足でこの場を後にした。
「……あ」
教えた本人は彼が左に曲がったところで、自分が道を教え間違えたことに気付いた。
「ま、大丈夫だろ」
何かあれば戻ってくるだろうと軽い気持ちで、道具の片づけを再開した。
コタロウは彼の言葉が実は間違っていたのではないかと思ったのは、『急いでいます』と自分の前で先を遮る数人の警備員に局員証をみせて少し頑丈なシャッターを通してもらって、4、50メートル進んだときであった。
(うん。引き返そう)
次に会った人にもう一度道を聞こう決め、来た道を戻り始める。
そして、次の角を曲がろうとしたときに、ごそりと動く人影が自分の視界に入った。
(忙しそうだけど、僕も急いでいるし……)
迷惑を承知でトラックの後ろのドアを開けようとしている人に声をかけた。
「あの、お忙しいところ申し訳ありません」
「…………」
コタロウの声に反応して振り返る人は、
(大きい人だなぁ……全身黒尽くめで、あれ? 目が4つ?)
見上げる人はコタロウが見上げるほど大きく、首元に紫色のスカーフを巻き、2対の赤い目が鈍く光るモノであった。
(誰かの使い魔だろうか? いや、それより――)
「道を訊ねたいのですが――」
コタロウが、相手が実はドアを開けようとしているのではなく、こじ開けようとしているのに気づくのはそれからすぐのことである。
通風孔から流れるものだろうか、それとも地上から流れてきたものだろうか。それは彷徨い、戦いで靡く。
“彷徨、鳳の如し”
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