魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第13話 『バンソウコウとキィ』
機動六課に関わらず個人訓練というものは、ひとりひとりにかかる体力の消耗、精神力的な負担が多いため、それ相応の回復する場が必要なのは教導官の中で知らないものはいない。
その中で、的確な訓練を生徒たちに与えることが教導官の腕の見せ所のひとつでもある。
しかし休暇と等しくなってしまっては生徒たちは何もできなくなってしまう。
生徒といっても局員なのだ。身体を鍛えるだけが仕事ではない。
教導官なのはは自分の生徒たちに対し、午前中は事務処理をさせることによって、回復と仕事の両立を図っていた。
「――ん? どうしたの、はやてちゃん」
午後に入ってすぐ、彼女に通信が入る。
「……それ本当? うん、こっちから連絡しておくね」
その後、何回か相槌を打ち、「了解。じゃあまた後で」と返事した後、通信をきった。
(ジュエルシードにドクター・ジェイル・スカリエッティ……これから多分、事件の真相が分かってくる毎に、任務も難しくなってくる。しっかり、教え導かなくちゃ)
モニターから視線をあげて、新人たちを見る。
フェイト主催で行われたこの前の対策会議で、今回のレリックにジェイル・スカリエッティという人物が浮上してきた。
その男はレリックの事件に関わらず、ロストロギア関連事件を始めとして数え切れないくらいの罪状で超広域指名手配されている一級捜索指定の次元犯罪者というのだ。
そして、フェイトが以前から追っている人物でもある。
おそらく、あらゆる証拠を集めればこの男に落ち着くことは間違いないだろうが、情報はまだまだ足りない。
その真相究明、解決に向けて新人たちの実力を確実に向上させなければならないと、彼女は心に強く込め、ひとつ息をついた。
(でも、それには確実に前にある任務をこなしていくことが大事だよね)
そうして先程はやてから受けた新しい任務に、ふふっと微笑む。
(今回の任務で少しでも場数を踏んで、もっと六課の繋がりを強くできたらいいな)
なのははメールを1つ、とある2名に送信してから、新人たちに任務を伝えるために立ち上がった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「え、派遣任務、ですか?」
「しかも異世界に?」
「うん。決定事項。緊急出動が無ければ2時間後に出発だそうだから――」
なのはは2人に目配せする。
「今の作業を片付けたら、出動準備をしておいてね?」
スバルとティアナは返事をして、事務仕事のペースを上げた。
一方、それはキャロ、エリオにもフェイトから連絡を受けていた。
「レリックやガジェットの出現なんでしょうか?」
「まだ、分からないけど、ロストロギア関連ではあるみたいだね」
「はい」
転送先まではヘリで向かうらしく、連絡を聞いた2人はすこし緊張気味である。
「まぁ、前線メンバー全員出動だし、いつもの任務とあまり変わらないよ。エリオもキャロも平常心でね」
フェイトはその緊張を解くように努め、
『はい!』
それに成功したようだ。
「じゃ、準備して屋上ヘリポートへ集合ね?」
『はい! フェイトさん』
△▽△▽△▽△▽△▽
その出張先へ行くメンバーは本当に前線メンバーほとんどで、現在ヘリには、はやて、フェイト、そしてなのはたち隊長陣と副隊長陣のヴォルケンリッターと新人たちといった大所帯であった。
ヴォルケンリッターのザフィーラだけが六課に残って守護に徹するという。
そして、その行き先が前線メンバーのほとんどを向かわせる理由のひとつでもある。
ティアナが行き先を質問すると、
「第97管理外世界、現地惑星名称『地球』」
それって。と、新人たちは声を漏らす。
「その星のちいさな島国の小さな町、日本の海鳴市、ロストロギアはそこに出現したそうや」
「地球って、フェイトさんが昔住んでた……」
「うん」
「私と、はやて隊長はそこの生まれ」
はやても頷くと、
「私たちは6年ほど過ごしたな」
「うん。向こうに帰るの久しぶり」
シグナムとシャマルも懐かしそうに頷いた。
隊長たちがそこから談笑し始める中、新人たちはつい先日自分たちの出身について話していたことを思い出し、こちらも話しに花が咲いていた。
ひととおり話が落ち着いたところで、キャロが行き先に付いてモニタを開く。
「第97管理外世界、文化レベルB――」
「魔法文化なし。次元移動手段な、し」
あれ? と、ティアナは首を傾げ、
「魔法文化ないの?」
「ないよ。ウチのお父さんも魔力ゼロだし」
彼女の独り言にスバルが答える。
「スバルさん、お母さん似なんですよね?」
うん。と彼女が頷くと、それがティアナの疑問になる。
「じゃあ、なんでそんな世界から、なのはさんとか八神部隊長みたいなオーバーSランク魔導師が――」
「突然変異というか、たまたまな感じかな?」
ひょっこりとはやてが会話に参加してきてティアナは驚いて、急いで謝罪するが、
「ええよ、べつに」
特に気にもせず、ひらひらと手を振って返した。
「私も、はやて隊長も魔法と出会ったのは偶然だしね」
なのはの簡素な経緯に彼女も頷くと、
「あ、シャマルありがとです~!」
その話の向こう側では、リインとシャマルのやり取りが聞こえてきた。
「リインさん、その服って?」
キャロがシャマルの持っているものに目をやると、自分にも少し小さく見える服がそこにあった。
「はやてちゃんの小さい頃のおさがりです」
「あ、いえ、そうではなく……」
「なんか、普通の人のサイズだなと」
エリオとキャロがどうもその服が何であるのかの理由がわからない顔をしていると、リインは、あぁと気付く。
「フォワードの皆にはみせたこと無かったですね?」
人差し指を口に当てにっこり笑うと、
「システムスイッチ・アウトフレーム・フルサイズ!」
そう唱えると、彼女の全身が光り、全員の目の前に1人の少女が現れた。
『おォ!』
新人たちは大きく目を見開いて驚く。
「っと。一応これくらいのサイズにもなれるですよ?」
「……でかっ」
「いや、それでもちっちゃいけど」
「普通の女の子のサイズですね」
「向こうの世界にはリインサイズの人間も、ふわふわ飛んでる人間もいねェからな」
ミッドにもそのような人間はいないと思います。とティアナは苦笑いしながらヴィータにつっこみを入れ、スバルもそれに同意する。
「だいたい、エリオやキャロと同じくらいですかね?」
「ですね」
「リインさん可愛いです」
このような場に少年少女3人が談笑しているのはすこし異様だと思いながらも、ふとスバルはもう1つ思うところがあった。
「……リイン曹長。そのサイズでいたほうが便利じゃないんですか?」
「こっちの姿は燃費と魔力効率があんまり良くないんですよ。コンパクトサイズで飛んでるほうが楽チンなんです」
なるほど確かに。とリインの説明を聞いて頷いた。
「そうすると、コレはしばらくお別れですねぇ」
彼女は移動寝室から何かを取り出し、しょうがないという顔をしている。
「コレってなんですか?」
「これですよ~」
スバルはリインからそれを受け取り、ティアナはスバルの手のひらから摘み上げた。
ヴィータも気になってか彼女から1つ貰う。
「コタロウさんが作ってくれた食器です~」
『……へ?』
「……は?」
よくできてるでしょう? と、少女は胸を張る。
スバルの手にはナイフとフォーク、ティアナの手にはスプーン、ヴィータの手には箸があった。
始めはおもちゃかと思ったが、そんなことはない。しっかりと花と蔓の装飾が施されているのだ。
「しかもこれ見てください」
どこから出したかわからないルーペをスバルに渡して、彼女はそれを使ってしげりと見ると柄の裏側にアルファベットで、
『リインフォース・ツヴァイ』
と、彫られていた。
『…………』
気付けばエリオとキャロも覗き込んでいる。
「……なぁ、リイン」
「なんです?」
「この前、ナカジマ三佐から聞いてきたこと……」
「それは私が教えるよ~」
はやては以前ゲンヤから教えてもらったことをしまっていた頭の引き出しから既に取り出していた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「――というわけや。つまるところ、紹介情報のままなんよ」
『…………』
はやてが説明し終わった後、シグナムとシャマルでさえあいた口がふさがらないでいた。
「ヴィータにみせた『記憶力』。私や皆に見せた修理の『速さ』は別物みたいやけど、それ以外のキーの操作や、修理そのものの技術は機械士本来の能力みたいやね」
うんうんとリインも頷いている。
「まぁ、悪い人やないし、新人たちからみた私たちみたいな人ということやな」
自分を自慢するという意味やないんやけど。と息をつく。
「早い話、技術について隊長陣含め全員、分野が違うので驚いていただけというわけですぅ」
「素直に凄いと思って、気にしないことやね」
たしかに、ここにいる全員は魔導師や教育者として仕事をこなすことが多く、技術者としてその現場に勤めたことはない。
そう考えると、なんとなく、なんとなく納得することができたため心に余裕が作ることができた。
「……そういえば、今日コタロウさんを見ていませんね」
「そ、そうだね」
そしてキャロがゆっくりと、この話題の終わりに足を進めるとスバルもそれにのる。
「まぁ、あの人はいつも私たちといるけど、前線メンバーじゃないし」
「技術者、機械士ですもんね」
ティアナとエリオもついてくる。
「あー、コタロウさんは今日、お休みやよ。休暇届けは先日もろてる」
「たしか、外出届けも出ていましたですねぇ」
大きくなったリインがモニターを出す。
「『コタロウ・カギネ三等陸士。休暇願』」
別に読まなくてもいいんじゃ。とまわりは思うが、話の流れ上、特に重要でない会話のような感覚で聞くことにする。
「『外出先、第97管理外世界、現地惑星名称『地球』の日本』」
『…………』
リインもそこまで言った後、
『ハイ?』
そろえて声が上擦る。
そこで初めて休暇の外出先を知った。
はやてとリインは彼から受け取った時、彼の仕事そのものに問題ないことが既に周知の事実の領域に達していたため、中身を確認せずに了承したのだ。
次に任意記載項目である外出用件に記載が見られたため目を移す。
そこには、
「え、えと、えと『正義の味方を拝見してきます』」
『…………』
またも少しの無言。
『ハイィ!?』
凄いと思わなくても、全員気になって仕方が無かった。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第13話 『バンソウコウとキィ』
ここ海鳴市は海に面した街で、さらには山や丘もあるため、散歩やサイクリングには事欠かない場所である。
特に今の季節、お昼に差し掛かる2時間くらい前は気温もちょうど良く、ぽかぽかと陽気なので、さらに外出する誘惑に勝てない人間を増やしていた。
「ん~! 本当に今日は良い天気ねぇ」
「それは今日何回目だぁ、エイミィ?」
エイミィは自転車――前輪は1つで後輪は3輪、後ろに2席備え付けられている電動3人乗り――を漕いでいるため、思い切り腕を上げてることができず、ぐっと肩に力を入れて寝起きのネコのように背筋を伸ばす。
彼女は今、海の青さと山の深緑のどちらも楽しめる道を進んでいた。
「アルフは良い天気だと思わないのぉ?」
自分の前カゴに目を落とすと、
「……へ? 気持ちいい天気だけど?」
こちらはちらりと犬歯を覗かせて、思い切り身体全体使って伸ばしていた。カゴの中なので、すこし窮屈そうであるが、それはとるに足らないことのようだ。
「というか、そのフォームの時にしゃべらないの」
「なんだよぉ、しゃべりかけてきたのはエイミィじゃんかよぉ。なぁ、カレル、リエラ?」
『…………』
紅い犬は後ろの座席に座っている2人に聞こえるように声を出すが、反応はない。
不思議に思ってエイミィは後ろを向くと、
『すぅ、すぅ』
後ろの女の子が前の男の子に抱きつくかたちで寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。
「どうりで静かで背中が重いと思った」
男の子は頭を彼女の背中につけて寝息を立てている。
(この天気じゃあ、負けちゃうよねぇ)
「まぁ、この天気――」
「アルフ、前、前!」
エイミィは電動4輪の特性を大いに使って、いつでも安全に止まれる速さで走行していると向こうから歩行者が歩いてくるのが見え、後ろに顔を向けているアルフに声をかける。
この世界のほとんどの動物はしゃべらないのだ。
アルフは出す言葉を飲み込みこの世界の動物に成りきる。
ワン! とほえると向こうがこちらに気付き、始めにアルフと目を合わせた後、エイミィと目が合う。
(こんな晴れてるのに、『傘』?)
そんなことを思いながら彼女がぺこりと頭を下げ、その先のゆるいカーブを曲がるためにハンドルを操作しようとしたとき、彼の背後からいきなり自転車が飛び出してきた。
「――っ!!」
「このッ!!」
エイミィはすぐに目を瞑ってブレーキをかけ――後ろの2人はびくりと目を覚ます――アルフはカゴから出ようとし、相手もすぐにブレーキをかけるが、間に合いそうも無い。
その時、アルフは目を見開き、エイミィはごちんという音だけが聞こえた。
「そのような速さは危険だと思います」
ゆっくりとエイミィが目を開くと、まず『傘』が見え、少しずつ視線を上げると、次に相手自転車のハンドルを右手で支えている男性の背中が目に入った。
その後、エイミィは相手の自転車乗りは今日はじめてこの土地に来て、思わず魔が差しスピードを出しすぎてしまったことを1人の男性に話しているところを聞き、彼に一言、自分と2人の子どもたちに一言謝った後、ヘルメットを被りなおしてゆっくり自転車を走らせていった。
「あの、大丈夫ですか?」
「はい。あの方と自転車は特になんとも無さそうです」
「え~と、いえ、貴方が」
まだ、彼女は彼の背後しか見ていない。
「私が、ですか? はい。大丈夫です」
「…………」
そう言ってくるり男性は振り向くと、
「ぜ、全然大丈夫そうにみえないんですけど……」
無理矢理自転車を止めたため、相手の身が乗り出さないよう頭で相手の頭――ヘルメット付き――を抑えたからか額から血が出ていた。
血は鼻背で2筋に分かれ口まで達した後、その男性はぺろりとそれを舐める。
「あ、本当だ」
「えと、すぐに病院へ!」
「いえ、コレくらいなら大丈夫です」
その男性はつなぎを着ており、ジィと前を開けると中のポケットからちいさな傷薬とバンソウコウを取り出す。
さらに、彼はきょろきょろと辺りを見回して近くにベンチを見つけて腰掛けると、傷薬を額に吹き付け、特徴的である寝ぼけ目をさらに細め眉根を寄せて顔を歪ませた。
エイミィは慌てて近づき自転車を停め、自分のハンカチを取り出して相手の額を拭う。
「あ。ありがとうございます」
「いえ、これくらい」
しばらくそっと押さえている間、アルフは子ども2人の面倒を見なければならず、ぺろぺろと舐めたり、じゃれたりしてかまっている。
「それ、貸してくださいませんか?」
男性がじっとバンソウコウとにらめっこしているのを見て、声を掛けた。
「よろしいのですか?」
「……貼ったとしても、お礼には足りないくらいです。あの、本当に大丈夫ですか?」
これもまたそっと、そして相手が顔を歪ませないようにバンソウコウを貼って、いたわるように相手の顔を覗き込むと、
「大丈夫です」
自分でも確かめるように右手でおずおずと額を撫でて、問題ないことを確認した。
「え、と、後でちゃんと病院へ行って見てもらったほうがいいと思います」
彼女は自転車に乗り、なにかお礼するものは無いかと自分のポケットを探したりするが、散歩ということで特に何も持ち合わせておらず、申し訳ない気持ちも込めて心配そうにもう一度彼の額にそっと手を当て声を掛けると、相手はこくりと頷く。
「…………」
頷いた後、彼は何故か無言で前カゴにいるアルフをじっと見ていた。
(どうしたんだろう?)
「うちのアルフがどうかしました?」
そういうと、相手はまた眉根を寄せる。
「……そのアルフさん、ぶつかりそうになった時、しゃべってませんでした?」
エイミィは思わず彼の額に当てていたほうの手に力を入れてしまった。
△▽△▽△▽△▽△▽
コタロウはしばらく海鳴市の海辺や山などを中心に歩き、休暇を満喫した。
(ジャンとロビンの言ったとおり、本当に自然が楽しめる場所だなぁ。また、機会があったら来ようかな)
そんなことを思い、初めていく土地では迷うという自分の特性も楽しみの1つとし、人に道を聞きながら、地図を見ながら、時々額を擦りながら午前と午後――昼食はミッドチルダで購入した簡易食料――を過ごす。
そして、現在は本日の最優先事項をクリアするためにとある8階建てのデパートに来ていた。
(よし、時間も20分前。充分間に合う時間だ)
ゆっくりエスカレータで行こうと2階に差し掛かったとき、
「うわァん」
きょろきょろと辺りを見回した後、大きな声で泣く少年がいた。
(迷子、かな?)
彼は近づいて声を掛けると、
「あの、どうしましたか?」
「う? ぐす、ぐすん、うわァあん」
さらに大きな声で泣き出してしまった。
「ふむ」
しかし、彼は慌てる様子は無く、今度はしゃがんで少年と同じ視線になり、右腿のポケットから袋で包まれているマシュマロを1つ取り出す。
「マシュマロ、食べますか?」
そうすると、少年は声を上げることは無くなり、目の前のお菓子をみて、
「あ、う。し、知らない人から食べ物貰っちゃダメってお母さんに言われた」
誘いを断る。
「……なるほど」
(しっかりしてるなぁ)
彼は感心した後、マシュマロを持ったまま右手を自分の胸において、
「私の名前はカギネと申します」
「カギ、ネ?」
こくりと彼は頷き、ベルトに繋がれている鎖から宿舎自室の鍵を取り出し、少年の目の前に出す。
「えーと。鍵、キィのことですね」
「きー?」
もう一度、彼は頷く。
「きー、ちゃん?」
眉を寄せるが頷き、
「貴方のお名前は?」
「僕はケンタ、南ケンタ」
「南さんですね?」
今度は向こうが「うん」と頷く。
「それではもうお互い知り合いですね? マシュマロ、食べますか?」
もう一度、少年は頷き、マシュマロを受け取った。
「あの、君の――」
「アンタ、なにしてんの?」
相手がぱくりとマシュマロを口に含んだとき、自分に影が差したので見上げると、1人は金髪ショートカットで腕を組んで仁王立ちをし、1人は濡烏ロングで両手を胸元で握る女性がこちらを見下ろしていた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「これくらい買えば大丈夫でしょ」
「そうだね、アリサちゃん」
アリサはしげりと相手がトランクに入れた買い物袋の数々を見て、
「しっかし、すずかは相変わらず運動神経抜群というか……」
彼女1人が運んできた買い物袋の数にちいさく息をつく。
「えへへ」
まぁ、これくらいは。と、こちらも息をついた。
「でも、どうする? 一応、ドライアイスも付けてるから問題ないけど、時間が余ったわね」
「はやてちゃんは後1時間くらいかかりそうって言ってたし」
うーん。と口に指を当てて考え込む。
「……あ」
「ん、どうしたの?」
「コップとか、大丈夫?」
あぁ。と頷く。
「確かに人数多いし外でやるんだから、皿も足りないわねぇ」
アリサは夕食のバーベキューをやるために、材料は充分そろえたが、肝心の飲み物を注ぐコップや料理を盛る皿がないことに気がついた。
「行こっか」
すずかは「うん」と頷き、先を行くアリサの隣に並んで、自分の親友の教え子たちの第一印象からどのような人物かを話しながらもう一度デパートへ入っていった。
そして2階へ上がり、一度大きく店内を見回して時間を少し潰した後、必要なもののレジを済ませ、下りのエスカレータへ向かおうとした時、
「うわァん」
1人の子どもの泣き声が上りのエスカレータの方から聞こえた。幼いからか泣き声から男の子か女の子か分からない。
幸い、2人は上りのエスカレータの近くにいたため、お互い目を見合わせ、そちらのほうへ向かう。
「あの子だ」
「……迷子、だよね」
姿を見ると男の子なのは一目瞭然で両手で両目を押さえて泣いていた。
2人は近づこうとするが、
「あの、どうしましたか?」
男性が先に少年にしゃべりかけるのが目に入る。
一瞬その少年は彼の声に反応するがまた大きく泣き出した。
「えと、大丈夫かな?」
ぴたりと2人は足を止めて様子と見ていると、今度は彼はしゃがみこみお菓子を取り出し、少年にあげようとしている。
「でも、あいつ怪しくない?」
その男性は背後で顔は見えないが、生まれつきなのか寝癖なのか分からない髪形に緑白色の作業つなぎを着て、黒いブーツを履き、だらりとした左手にだけ軍手をつけ、皮製のベルトをしている左腰には鳶色の『傘』を差している大分異様な格好だ。
「確かに」
すずかは思い切り深く頷く。
「最近物騒って言うし」
「そう、だね」
ぎゅっと2人は拳を握って、再度目を見合わせた後、そのしゃがんでいる男性に近づこうとする。その間に彼は少年に対し自己紹介をしていたが、脇から聞こえた通行人の会話によって聞こえず、鍵を少年に見せ、
「――キィのことですね」
「きー?」
と、説明してるのが伺えた。
どうも彼は『キィ』という特殊な名前で少年の心を開かせることに成功したらしく、相手から南ケンタという名前を聞きだし、お菓子も受け取らせていた。
「あの、君の――」
「アンタ、なにしてんの?」
アリサは腕を組み、すずかは両手を握って身構え見下ろすと、髪型によらず綺麗な黒髪をもち、その髪の隙間からまるで起きたばかりのような寝ぼけ目の『キィ』と名乗る、額に『バンソウコウ』を付けた男性がこちらを見上げた。
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