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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第1章 『ネコの手も』
  第4話 『背骨より腕』

『申し訳ありませんでした』


 やや不服そうであるが当然のことであり、シグナムとヴィータは頭を下げる。


「いや、気にすんな。というか、それが目当てだ」


 ん? 彼女たちが見上げると先ほどの快活な笑顔に戻っていた


「メシィ食ってるときが一番、隊の雰囲気を掴(つか)めるからな。予想通りの反応をしてくれてこちらとしてはありがたい限りだ」
「申し遅れました。機動六課課長八神はやていいます。……なかなか素晴らしい方法論をお持ちで、トラガホルン二佐?」
「ジャニカで構わないよ、なんならあのネコと同じにジャンでもいい。この部下にふさわしい御仁で、八神、いや、はやて二佐?」


 互いが互いに性格を理解したのか、はやてもはやてで挑戦的な目を相手に向ける。


「……ふふっ。五課と六課は確かに番号的にはお隣ですが、近くはないですやろ? 朝早く、ご足労ありがとうございます、ジャニカ二佐」


 敬礼を解き、彼女は両手を前で合わせてお辞儀をするとひらひらと手を振った。


「ん? 課長になったのがあまりにもうれしくてなぁ、昨日は初日で夕飯時に四課に行って来た」


 あの顔はなかったなぁ。と、顎(あご)に手を当ててしたり顔をする。
 はやては四課課長が自分と同じようにあわてているのが目に浮かび、苦笑した。


「よし、挨拶はすんだな。んじゃあ、気兼ねなく、朝食の続きをしてくれ。俺もご一緒しても?」
「へ? え、ええ。構いません」


 ほら、座った座った。と、ジャニカは立っていた彼女たちの着席を促す。
 彼が近くのイスを引き寄せて、そのままはやてたちのテーブルに着くと――もうすでに座る場所はなく割り込む形になる――タイミング良く、料理の盛られた食器が彼の目の前に出てきた。


「貴方は待つということをいつ覚えるのかしら、ジャン?」


 はやてでも目を見張る銀髪の美人がそこにいた。


「ふん。遅かったな、ロビン」


 ロビンはボーイッシュな短い髪型であるが、スバルのような幼さはなく、ましてやフェイトのような立ち止まって振り向くような魅力ではなく、彼女の横を通り過ぎる時は呼吸をしているのかも定かではない時間遅延をもたらす支配力を持ち合わせていた。
 胸は一般女性と同じくらいであるが、それはさして問題ではなく、問題なのは彼女のすらりとした脚の長さであり、腰にあるベルトもそれ以上ホールがないのかゆるく、締めているというよりは一つの形式的そこにあるだけで、少し傾いているそれがなおのこと彼女を引き立たせていた。


「申し遅れました。ロビン・ロマノワです。階級は二等陸佐。この愚課長が何か粗相(そそう)を致しませんでしたでしょうか、八神はやて二等陸佐?」


 しばらく、食堂の空気がとまった。動いているのは、ジャニカとコタロウくらいである。


「はっ、い、いえいえいえいえ! そ、そんな滅相もありません」
「うん?」


 小首を傾げるロビンもまた、それである。


「俺が愚課長なら、おまえは使えない粗悪品だな」
「粗悪品も使いこなせない。愚のつく課長に相応しいわ。それに私は、貴方がほぼ乗り捨てたに近い護送車を収めていたのよ」


 いきなりお互い譲らない気迫で口喧嘩を始めた。それは鬼気迫るもので、憎しみ合っているに等しいほどだ。


「あ、ああの。ロマノワ二佐も食事どうですか?」


 たまらず、はやては勇気を振り絞り割って入ると、何事もなかったようにはやてのほうをむいた。


「ん。ありがとうございます。頂こうかしら」


 しかし、彼女の座るスペースはすでになかった。


[どうしてこうなったんやろ? シグナム、悪いんやけどテーブルを持ってきてもらえるか?]
[わかりました]


 シグナムは立ちあがって余っているデスクを探すとジャニカがそれを制す。


「ロビン、あっちにネコがいるぞ」


 彼が自分の背後を指さすと、そこには今までの空気の変化ややり取りなんかを気にせず、食事をとっているコタロウがいた。ヴァイスはぽかんのこちらのほうを見ていたが。


「テーブルを探す必要はありません。烈火の騎、いえ、剣の騎士シグナム。私はあちらでとることにします」
「わかり、ました」


 いささか、心ここにあらずでコタロウの方へ歩いて行った。


(私の名前を知っている?)


「ん。あんたがシグナムか。つーと、はやて二佐の周りにいるこの獣も合わせて、ヴォルケンリッターと呼ばれる守護騎士でいいのかな?」
「……挨拶いうわりに、調べてきているんですね」
「調べたのはロビンだ、俺じゃねぇ、移動中に耳にタコができるくらい聞かされたよ。六課の主要メンバーをね」


 俺は、変な先入観生まれっからいいとは言ったんだがなぁ。やれやれと顔を振って、おかれた食事に取り掛かった。
 そういうジャニカをよそにはやてはロビンに視線を動かすと、これまたおかしな状況がそこにあった。


「ロ、ロビン。く、ぐるしいよ」


 まるでそれは大きいぬいぐるみ抱きしめるかのようにコタロウは彼女の腕の中にうずくまっていた。


「ロビィン、そろそろ手ェはなしてやれ。ネコの背骨が折れるぞ」


 ジャニカは振り向きもせず、背後で行われていることが目に見えているようである。


「……ハッ! あまりにも嬉しくて意識が一瞬遠のいていたわ。お久しぶり、ネコ」


 彼女の意識は彼によって戻ってくると、あわてて離して、コタロウに笑顔を向ける。それは彼に向けられたわけではないのに、ヴァイスは顔を赤くして上気した。


(えーと。僕のほうは意識もってかれそうだったんだけど)


 一方コタロウは、彼女の笑顔は既に見慣れているらしく、それを余所(よそ)にごほごほとせき込む。しかし、彼女の笑顔は限られた人間の中でもさらにふるいに掛けられて、なかなか見られるものではないが、ここでは割愛させていただく。
 コタロウは息を整えて最後に大きく深呼吸をしてから、やっと彼女のほうを向いた。


「ひさしぶりだね、ロビン。それに相変わらず仲良しだねぇ、ミスター・アンド・ミセス・トラガホルン?」


 ジャニカ・トラガホルンは振り向き、局員登録はロマノワのままであるロビン・トラガホルンと目を合わせると、今度はジャニカも笑って声をそろえてこう言った。


『当然でしょう(だろう)? 夫婦なんだから』


 どうも朝から六課を驚かせることが多い。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第4話 『背骨より腕』







 声を上げる驚きではなかったが、驚きで喉を詰まらせる人は何人かいた。
 管理局に長く勤めていればいるほど、不可思議なことが自分の身の回りに発生することを局員たちは良く知っていた。
 トラガホルン夫妻が夫妻であるのも、局内での謎の一つである。


「ほう。じゃあ、君がレディ・ヴィータかい?」


 ジャニカは彼女が飲み物を飲んでいるのを見計らって、少し古い表現で相手の名前を確認する。


「ングッ!? ゴホッ。ア、アンタ、何を」


 ていうか、レディって。と落ち着くとみるみるうちに顔を赤くする。これは別にジャニカが美男であるがゆえに起こったものではなく、そのような扱いに慣れていないために、意識してしまったのだ。


「紅くなるようじゃあ、まだまだ子供だなぁ」
「べ、別に紅……こ、子供じゃねぇ、ょ!」


 彼女は子ども扱いされることが何よりも嫌いだが、尻すぼみに声が小さくなるところを見ると自分から『子供じゃない』と言い張らなくてもそう扱ってくれたことがちょっぴりだがうれしいらしい。


「なら、『レディはいささか古すぎませんか?』 くらいの受け流しはほしいところだな。そう思うだろう、レディ・シグナム?」


 シグナムを横目で見ると、彼女は視線をずらし、


「レ、レディはいささか古すぎませんか?」


 頬をほんのりだけ染めることだけしか彼は見れなかったが、それで十分だった。


「安心して大丈夫だぞ。騎士シグナムもどうやら子供らしい」


 ジャニカはにんまり笑った後、食事の続きに取り掛かる。


「私や、はやてちゃ、はやて隊長にはないんですか?」


 シャマルは次に自分を期待していたらしい。


「アンタは、見た目から子供だからな」


 まぁ、はやて二佐は誰かに鍛えられているようだが? とだけ応えるとサラダをフォークで突き刺し、口へ運ぶ。


「はやてちゃん、私、初めて子ども扱いされたかもしれません」
「……なんでそれで機嫌いいん?」


 しかし、シャマルが喜ぶ気持ちがなんとなくわかってしまう。
 はやてはジャニカが次に小さな曹長をからかいだすのを見て、ほほえましくもあったが、何よりもまず、すでにシグナム、ヴィータが抱(いだ)いていた警戒心を完全に取り除いてしまったことに正直驚いていた。
 ヴァイスも同じようは気質の持ち主であるが、このような回転のよい発言は出てこないだろう。うわさに違(たが)わぬ人だと今確信する。
 そう、はやて、なのは、フェイトは彼彼女を知っていた。
 会ったことはなかったが、彼ら夫婦を知る身近な人たちの間では有名な謎で、その謎が彼女たちの耳にも入ってきていたのである。


「貴方のその発言がどれだけ彼女達の自尊心を破壊しているか、生きている間は決してわかることはないでしょうね?」


 ジャニカのやり取りは、反対側にいる新人たちにも聞こえるため、同時にロビンにも聞こえていた。


「おいおい、ロビンの、いやいや、『貴女のその容姿がどれだけ彼女等の自尊心を破壊しているか、死んであの世へ行ったとしても決してわかることはないでしょうね?』」


 彼女の言動をすこし変えて放ち、パンをむしゃりとかぶりつく。


「彼女達が、いえ、彼女達を取り囲むこちらの方々が証人なのでまずあり得ませんが、彼女達が仮にもし、――いいですか、仮にもしですよ? ――私より容姿が劣っているのであれば、それは認めざるを得ないでしょうね」


 彼女は特に食堂を見渡し、意見を視線で確認しようとしていないのにもかかわらず、『いえいえ! 私はロマノワ二佐より美しいとは思っていません! それに自尊心なんておこがましいです』といわんばかりに、周りいる女性陣が首を横に振った。
 しかし、彼の方はそのそぶりには目をくれず、飲料でパンの残りを流し込む。


「確かに、粗悪品でも目だけはいいらしい。ロビンなんて足元にも及ばないくらい、彼女たちのほうが魅力的だな」


 ロビンはサラダの最後の部分を丁寧に口に運んで咀嚼(そしゃく)して喉を通す。


「このまま離婚調停に持ち込めば、貴方はなにも弁護できませんね、トラガホルン二佐?」
「あんたの経歴を傷つけ、二度と『俺を足元に置く』というあんたの野望を見るも無残に破壊する算段は既に考えてあることを努々(ゆめゆめ)忘れるなよ、ロマノワ二佐?」


 この夫婦は、眉目秀麗頭脳明晰、容姿端麗才気煥発であり、夫婦であることだけを知っている人から見れば、お似合いであることは疑う余地がないが、彼らは仕事以外の会話で普通の会話を聞いたことがなく、常に皮肉を言い合い、敵意を放出しあっているため、よく知った人ほど謎となる。
 はやて達が聞いた謎は『何故、この嫌悪し合っている男女は夫婦であるのか? 』である。


「貴方の考えた算段が、どれだけ使い物にならないかは普段を見ていれば、手に取るようにわかるわ」


 ジャニカとロビンはお互い依然として振り向くことはなく、彼はポケットからピカピカのコインを取り出した。


「ほう。手に取るように考えのわかる馬鹿な男の誘いがなければ、課長補佐にもなれなかった女がよく吠えるな。……どっちだ?」
「裏よ」


 そうすると、お互いは背を向けたままコイントスをし、彼が舌打ちするのをロビンは聞いた。
 ジャニカは立ち上がると、コーヒーを2杯注いで――片方は砂糖を1つ、もう片方にはミルクを入れる――戻ってくると、ロビンの前に丁寧においた。


「そうね。そこは自覚しているわ。まさか、私より2カ月も遅れて二佐になった男に誘われることになるなんてね」


 ロビンが口にしたのを確認してから、ジャニカは立ったままミルク入りのコーヒーに口を付ける。
 既に食堂のほとんどが、この男女2人が夫婦であることをわすれていた。むしろ、この2人がいつ取っ組み合いになるか心配でしようがない。


[う、噂通りの人達だね、フェイトちゃん]
[うん。仲が悪いっていっても、からかい程度のものだと思ってた]


 なのは、フェイトは怖さで肩を狭くし、リインははやてのかげに隠れ、耳をふさいでいる。


[夫婦喧嘩じゃねぇぞ、ありゃ。完全に敵意むき出しじゃねぇか]
[言葉同士で肝が冷えたのは初めてだ]
[冷静に受け流しては、無情(むじょう)に切り掛かってましたね]


 ヴィータたちは冷や汗を流していた。


「さて、行くか」


 ジャニカとロビンがほぼ同時に飲み終わる。


「じゃあ、六課のみなさん、俺達隊舎に戻るわ」
「朝の貴重な時間、私たちがお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 食堂を見渡し、二人はお辞儀をしてから敬礼をとる。彼らが敬礼をとるとこれもまた様になっていた。


「い、いえ! こちらのほうこそ何もおもてなしもできず、もうしわけありません」


 代表して挨拶をしたのは、はやてである。
 それをみて食堂にいる全員が立ち上がり、敬礼をとった。


「では、外で待っていてください。車をとってくるわ、ジャン。それと、機械ネコ(マシナリーキャット)、車の調子が少しおかしいの、見ていただける?」
「うん。いいよ」


 コタロウは帽子をかぶり、動き出す。


「それじゃあ、午前の練習は今から10分後に始めるよ、みんな!」
『はい!』
「ほな、ウチらも仕事場に戻らんと」


 なのは、新人達、はやて達も彼に合わせ動き出した。
 ジャニカは自然にみんなの先頭になり歩き出そうとするが、そこでジャニカは立ち止まってロビンのほうを向き、にやりと笑った。


「手にとるように考えのわかる馬鹿な男が思うに、あんたはこれから幾許(いくばく)しないうちに後悔の念に駆られるだろう。な、ネコ?」


 彼はコタロウの左肩にぽんと手を置くと、ぐ、ぎん、と何かが外れる金属音が鳴る。


「……あ」


 ずるりとジャニカの手を置いたほうの腕が抜け落ちて、ごとりと床に転がった。


「背骨より腕のほうが弱いということが、どうやらロビンにはわからないらしい」


 
 コタロウには左腕がなかった。




 
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