久遠の神話
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第六十四話 戦いを止める為にその十四
「私も多くは求めませんが」
「貴方ですか」
スペンサーは自分達の横に来た彼を見てそして言ったのである。
「この料理もですね」
「私が作りました」
領事の方が目上と聞いてそして言う。
「如何でしょうか」
「凄く美味しいよ」
「有り難うございます」
「また来させてもらっていいかな」
「どうぞ」
「君は見たところチャイニーズだね」
「はい、広東出身です」
王は両耳の問いに微笑んで答える。
「そこからこの町に来ました」
「そしてシェフをしているんだね」
「そうです」
領事に対してありのまま答える。
「そしてやがては」
「やがては?」
「よりお金を手に入れて」
それでだとだ、その願いも語る。
「幸せに過ごしたいですね」
「お金があればだね」
「困ることはありませんので」
だからだというのだ。
「私はそれを願っています」
「お金は確かに大事だね」
「生きていてあったなら、と思うことは多いですね」
「それはいつもだね」
領事はこれまでの人生経験から語った。
「私もそう思うよ」
「だからです」
それでだと、王は率直に述べた。
「私はお金が欲しいのです」
「そういうことだね」
「もっともそれだけではないこともわかっているつもりですが」
このことも言う。
「それでもです」
「お金だね」
「それが欲しいと思っています」
こう領事に話してそうしてだった。
王はその場を去ろうとする、だがここでスペンサーを見て彼に言った。
「ではまた」
「はい、それでは」
「会おうね」
「然るべき時に」
こう二人でやり取りをしたのだった、そうしてだった。
彼等は別れ王は店の奥、厨房に戻った。領事は二人のやり取りと彼の後ろ姿を見送ってからスペンサーに対して尋ねた。
「知り合いだったのだね」
「はい、実は」
「この店で知り合ったのかな」
「そう思って頂けると有り難いです」
真実は隠しそのうえで述べた言葉だった。
「私としましては」
「そう、じゃあそう思わせてもらうよ」
「それでお願いします」
「見たところ。確かに金銭欲は強いけれど」
これは王も自分から出している、それだけに領事も否定出来ないことだ。
「悪人ではないね」
「それは確かにですが」
「マフィアとは関係ないね」
「そうした関係とは無縁です」
少なくとも王は裏社会とは関係がない、黒い世界にはいないのだ。
「といいますか日本の中華街ではそうした話は」
「ないね」
「はい、そこがアメリカとは違います」
「夜のニューヨークのチャイナタウンは有名だからね」
「出歩くな、とですね」
「何があるかわからないからね」
街の隅を下手に覗けば見てはいけないものを見てしまう、ニューヨークのチャイナタウンは観光地でもあるがそれとは別の顔もあるのだ。
「アメリカのチャイナタウンは」
「マフィアの拠点でもありますから」
チャイニーズマフィア、彼等のだ。
「ですが日本ではそうではありません」
「完全に観光地となっているね」
「そうです、この神戸も横須賀も長崎もです」
日本のどの中華街もだというのだ。
「マフィアとは関わりがないので」
「それは彼もだね」
「そうです、ですが」
それでもだというのだ。
「願いと悩みの中にあります」
「その二つの間にいるんだね」
「それが彼です」
「成程ね、人間らしいね」
領事はスペンサーから聞いた王をこう評した。
「実にね」
「人間らしいですか」
「人間は悩むものだよ、願いを持っていてね」
「だからですか」
「そう、彼は人間らしいね」
「願いと悩みが」
その二つがだというのだ、そう話してだった。
スペンサーも頷いた、そして二人でデザートであるごま団子を食べた、そのうえで今はこの店を後にしたのであった。
第六十四話 完
2013・4・9
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