我が剣は愛する者の為に
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熊と勝負
俺と周瑜は一斉に孫策に向かって走り出す。
そんな二人を見た孫策はこれから俺達が何をしようと分かっていないのか、首を傾げている。
熊の方は立ち上がり、右手を振り上げている。
腕の太さは俺の倍以上ある。
あの腕が振りかぶった一撃を何の防御もなしに受ければ、致命傷になるだろう。
修行のおかげなのか、俺の方が周瑜より足が速い。
俺は木刀を抜刀して、熊の振りかぶっている右腕、人間で言うなら肩の関節辺りに向かって振りかぶる。
周瑜の方が足は遅い事は初めから分かっていたのか、周瑜は未だに状況を掴めないでいる孫策に向かって走り、そのまま横に突き飛ばす。
木刀の一撃が効いたのか、熊は少しだけ吼え、振り被る軌道が少しだけずれる。
周瑜が突き飛ばしたのもあり、孫策に当たる事はなかった。
しかし、本当の闘いはこれからだった。
「逃げるぞ!!」
すぐに熊から離れ、孫策と周瑜を立ち上がらせ走る。
「お前は馬鹿か!!
どうして熊なんかに近づいた!!」
走りながら、周瑜は孫策に怒鳴るように言う。
「だって、母様だって熊に出会って倒したって言ってたから。」
「それはもっと孫堅様が成長してからの話だろうが!!
あの時もそう言っていただろう!!」
「あれ、そうだっけ?」
俺達は森を出て、来た道を引き返していく。
その後に続くように、熊も走ってきた。
俺の一撃で完全に頭にきたのか、威嚇のような声をあげながら追いかけてくる。
「話は後だ!!
今は逃げる事に集中しろ!!」
俺の声とただならぬ気配を発しながら追いかけてくる熊を見て、ようやく孫策は状況に気がついた。
「もしかして、私のせい?」
「そう思っているなら黙って走れ!!」
走る事に集中しているのか周瑜の返事も適当なものになっている。
相当切羽詰まっている事に気がつき、孫策も表情を引き締めて走る。
それもそうだ。
熊に捕まればあの腕か牙に殺される事は間違いないだろう。
俺は走りながら軽く後ろを見る。
さっきよりかは確実に熊はこちらに近づいている。
相手は四足歩行だ。
さらに俺達とは筋肉のつき方が全然違うから脚力でも圧倒的に負けているだろう。
このままの調子ではいずれ捕まる。
俺は少しだけ考えて、木刀を左手で触りながら言う。
「二人とも、よく聞け。
これから俺が囮になって時間を稼ぐ。」
「「ッ!?」」
二人の息を呑む声が聞こえた。
おそらく、俺の発言に驚いているのだろう。
「何を言っている!
相手は動物とはいえあのでかいクマだぞ!」
「でも、このままだったらいずれ追いつかれる。
違うか?」
「・・・・・・」
俺の発言に周瑜は言葉を詰まらせる。
足を止めて、木刀を構えて追ってくる熊を正面に捉える。
「行け!!
時間を稼ぐから、師匠を呼んできてくれ!!」
周瑜達が応援を出してくれれば、早く合流する事が出来る筈だ。
「すぐに応援を呼んでくる!!」
そう言って離れていく足音が聞こえる。
しかし、その足音は一つだけだ。
俺は少しだけ後ろに視線を向けると、こちらを見ている孫策がいた。
「何をしている!!
早く行け!!」
「で、でも、これは私のせいで・・・・」
「そう思っているのなら一秒でも早く、師匠達を呼んで来てくれ!!」
「・・・・・・絶対に死なないでよね。」
その言葉を言い残して、足音が遠ざかる音が後ろから聞こえた。
俺は孫策の言葉を聞いて思った。
(死亡フラグ立てんじゃねぇええええええええええええええええ!!!!!!!)
うん。
これはアニメや漫画やライトノベルなら間違いなく死ぬ奴だ。
しかし、これはアニメや漫画ではなく、俺からすればすべてリアルだ。
もうすぐそこまで来ている熊を見据えて、手汗で濡れた柄を握り締める。
(いいぜ。
こんな露骨な死亡フラグ、俺が叩き折ってやる!!)
すでにこの発言も死亡フラグな気がしてきた俺だったが、熊は俺が待っている事に気がつくと勢いを止めるどころか、さらに勢いをつけてこっちに突進してくる。
思考をクリアにして、突進してくる熊の動きを観察する。
おそらく、突進で俺を倒すつもりなのだろう。
素早く地面の砂を拾い上げ、熊に向かって投げる。
目に砂が入った熊は狼狽えるような声をあげて、一気に減速して前足で顔を触っている。
これで勢いで突破される事は無くなった。
熊が視力を戻すまで、俺は待つ。
この隙に一気に攻めるべきだと思うが、実際は違う。
熊というのは視力を失うと見境が無くなり、乱暴に攻撃してくる。
現に今も、空いている手で辺りに振り回している。
これでは近づこうにも近づけない。
逃げようにも後ろにいる孫策達を追い駆けられたら、そもそも囮になった意味がない。
なので、俺は集中して熊が視力を治るのを待つ。
数十秒後、熊は視力を取り戻したのか、両前足を地面につけて俺を見てくる。
「さぁ、来い。」
正眼の構えをとって、俺はそう言った。
熊に言葉が通じるとは思わないが、自分に気合を入れるという意味もある。
すると、熊はいきなり立ち上がった。
全長3メートルはあるだろうか。
ゆっくりと俺に近づき、右手を俺の顔に向かって振りかぶってくる。
俺は後ろに下がって、その右手をかわす。
(師匠との打ち合いの成果だな。
速いがこれならかわせる。)
次に熊は四足歩行の状態になると、左手でアッパーするように振り上げてきた。
その時だった。
熊の爪が地面に引っ掛かり、そのまま砂を巻き上げた。
おそらく熊は意図的に狙った訳ではないだろう。
その砂は俺の顔面に当たり、眼をやられてしまう。
(しまった!?)
後ろに下がって眼の調子を確かめる。
左目は大丈夫だったが、右目に砂が入り開けられない。
何とか眼の砂を取り除こうとしたが、獲物が弱っているのを感じ取ったのか、熊は一気に接近してくる。
そして、左手を横一線に振り払う。
左目だけだと、距離感がうまく掴めず、何より狭くなった視界では回避が困難だった。
しかも狙ったかのように、右目の死角を突いてくる。
俺は受け身など考えず、後ろに跳ぶ。
地面に仰向けに倒れると、熊は俺に覆い被さろうとする。
横に転がる事で間一髪、避ける事ができた。
もし、マウントされれば俺の命はなかっただろう。
(やるしかない。
このままだといずれ捕まってしまう。
なら、殺られる前に殺れ!)
熊は雄叫びをあげながら、こっちに走ってくる。
対する俺も熊に向かって走り出す。
「おおおおおおおおお!!!!!!」
狙う箇所は一つしかない。
あれほどの筋肉で覆われた身体だ。
俺の筋力と木刀では致命的な一撃を与える事はできない。
だが、頭ならどうだろうか?
渾身の一撃で倒せる可能性が一番高いのは、おそらく頭だろう。
俺は出来る限り振り被り、さらに熊が突進してくる勢いも利用する。
飛び込み面の要領で、面を熊の頭部に向かって打つ。
こちらも出来る限り突進したが、やはり熊の方が強い。
バキン!、という音と持っている木刀が一気に軽くなった事でバランスが崩れ、俺は熊の脇を抜けるように倒れる。
結果、熊とぶつかるなくすれ違う。
「いっつぅ~~~~!!!」
熊と真正面から打ち合ったせいなのか、両手は痺れ、木刀は刀身の部分が折れていた。
震える両手を気にしつつ、後ろから鈍い音が聞こえた。
確認すると、熊が倒れていた。
それを確認すると、俺は一気に安堵の息を吐いて、地面に座り込んだ。
「し、死ぬかと思った。」
俺は安心して、この場から離れようとした時だった。
ガサリ、と近くの茂みからそんな音が聞こえた。
俺はその音のする方にゆっくりと視線を向ける。
(もしかして別の熊か!?
木刀もないし、やべぇぞ!!)
内心かなりビビりながら、茂みの方に視線を注ぐ。
そこから出てきたのは三匹の小熊だった。
「へ?」
思わず声を出してしまった。
小熊だと確認すると、腰が抜けたように俺は地面に倒れ込んだ。
(寿命が縮むから止めてくれ。)
大きなため息を吐いて、俺はそう思った。
俺は後ろに倒れている熊を見ると、そこには先程出てきた小熊が近づいていた。
どうやら、あの熊の子供らしい。
親の熊が倒れているのを見て、泣き声をあげる。
「・・・・・・」
何故、あの熊があんなに怒っているのかが分かった。
子供がいたからだ。
そんな事を知らずに孫策はあの熊の縄張りに入ってしまい、熊は子供を守る為にアレだけ興奮したのだろう。
三匹の小熊は依然と泣き声をあげて、熊に呼びかける。
何だか、罪悪感が俺を襲う。
(くっそ~~~。
南無三!!)
俺は痺れる両手を使って立ち上がり、倒れている熊に近づく。
小熊は近づく俺に警戒して、威嚇の声をあげる。
無視して熊の身体に近づき触る。
呼吸をしているような感じで身体が上下に動いていたので、何とか生きているだろう。
俺と周瑜が釣った魚の所まで走って、まだ焼いていない魚を全部抱えて、熊の所に向かう。
ついでに川で目を洗い、砂を取り除く。
俺が戻ってくる頃には親の熊は目が覚めて、起き上がっていた。
熊は俺の姿を見ると、小熊とは比べ物にならない威嚇の声をあげる。
不用意に近づかずに釣った魚を地面に置く。
「すまなかった。
お前達の縄張りを荒らして。」
傍から見れば自殺行為に見えただろう。
何せ、3メートルくらいの熊を目の前に逃げるどころか、頭を下げているのだ。
しかし、熊が目を覚ました時点で俺は逃げる事も立ち向かう事もできない。
よく考えるとこっちが縄張りに入った事が原因で、熊を刺激しなければこんな事にはならなかったはずだ。
でも、俺のやっている事は馬鹿のすること、いや馬鹿でもこんな事はしない。
(死んだな、俺。)
頭を下げつつ、俺はそう思った。
熊がこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
だが、熊は俺を襲う事なく横を通り過ぎていく。
ゆっくりと、顔をあげると置いていた魚は無くなっており、後ろを見ると自分の森に帰ろうとしている熊が見えた。
「助かった・・・・のか?」
信じられない光景を前に俺は生きている実感がしなかった。
「縁!!
大丈夫か!?」
後ろから師匠の声が聞こえ、俺は振り向く。
そこには戟を持った師匠と剣を抜いている孫堅。
そして、弓を構えた女性がこっちに走ってきている。
その後ろには孫策と周瑜がいる。
師匠達を見て、ようやく危機が去ったと認識して、本当の意味で腰が抜けた。
「怪我は!?」
「はは・・・奇跡的になしです。」
「お前、まさか一人で熊を撃退したのか?」
「ええ、まぁ。
でも、最後は熊に謝ってそのまま森に帰りましたけど。」
俺の言葉が信じられないのか、その場にいる全員が大きく目を見開いている。
まぁ、俺もそんな言葉を聞いたら驚く。
だが、折れている木刀、その後ろでは魚を銜えた小熊と親の熊が見える。
それらが俺の発言を本当なのだと証明している。
「全く、お前は大した奴だよ。」
その師匠の言葉に俺は苦笑いを浮かべるのだった。
後書き
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