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I love you, SAYONARA

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第三章


第三章

「オリコントップテンにな、今までのシングルが全部入ったんだよ」
「何か凄えな」
「はじめてじゃないのか?」
 俺達はそれを聞いて口々に言った。
「三曲同時なんて」
「他の歌手なんて一曲が精々なのに」
「だからだよ」
 リーダーはまた俺達に言ってきた。上機嫌でビールを飲んでいる。
「凄いだろ?売れてきただろ?」
「ああ」
「それはわかるよ」
「これから忙しくなるぜ」
 そして俺達に笑いながら言うのだった。
「覚悟しとけよ。俺達メジャーになるんだからな」
「わかったよ」
「けれど思ったより早かったね」
 サックスが俺に言ってきた。
「もっと大変なことになるかなって思ったけれど」
「いや、こんなもんだろ」
 白がそれに応えてきた。
「俺達の実力だったらさ」
「そうかな」
「ああ、そうだよ」
 今度はサックスの兄貴のリードヴォーカルが言うのだった。言うまでもなくこいつがうちのバンドの中心だ。売れたのだって多分にこいつの歌とルックスのおかげだ。そうした意味でこいつとリーダーの存在はなくてはならないものだった。
「だからよ、胸張って行こうぜ」
「スタイルにも気をつけてな」
 髭が笑いながら言う。
「バリバリ行こうぜ」
「じゃあ今日は祝いだ」
 リーダーがジョッキを手に音頭を取ってきた。
「今日はとことん飲もうぜ」
「よし!!」
 それから俺達は桁外れに忙しくなった。朝も昼も夜もなくなって部屋も何時の間にか変わったけれどあいつに目を向けることは少なくなった。それでもあいつは文句を言わなかった。
 ツアーの帰りだった。久し振りに部屋に帰るとあいつが一人でテレビを見ていた。見ているのは歌番組だった。
「俺、出てるな」
「ええ」
 笑顔を俺に向けてきた。にこやかな顔だった。
「今日も頑張ったわね」
「まあな」
 渋い顔で応えた。何故かあまりいい気持ちはしなかった。
「一応はな。あとまた曲作ることになった」
「よかったじゃない」
「子供番組用にな」
 俺はそう返した。
「明るい曲を作るよ」
「ええ。楽しみにしてるわ」
「それでな。明日オフなんだ」
 俺はテーブルの側の椅子に腰掛けて言った。言いながら缶ビールの蓋を開ける。白い泡とそれが沸き立つ音が部屋の中に聞こえた。
「何処かに行かないか?」
「何処に?」
「ショッピングなんてどうだ?」
 俺はこう提案してきた。
「久し振りに二人でな」
「二人でなのね」
「最近いつも御前一人だよな」
「ええ」
 ビールを飲む俺に応えた。そっと出してくれたつまみはハムだった。今までは碌にビールさえなかったのに今はこうして何でも出て来る。えらい違いだったが何故か何も変わっちゃいないようにも思えた。何かとても辛くて虚しかった。
「だからな、たまには二人で」
「わかったわ。それじゃあ」
「場所は何処だ?」
「何処でもいいわ」
 素っ気無いが素朴な言葉だった。
「二人でなら」
「そうか」
 俺はその言葉をビールを飲みながら聞いていた。一本はすぐに空けてもう一本だった。どれだけ飲んでも飲める感じだった。それでも美味いとは感じなかった。
「わかったよ。じゃあ明日な」
「ええ、御願い」
 御願いという言葉も何故か辛かった。俺はこっちに出てから何かずっと苦くて痛い気持ちだった。それがまた心の中を支配したのだ。口の中がビールのものじゃない苦さに覆われる。それを飲み込んでまた嫌な気持ちを味わうのだった。
 次の日。銀座の方に出た。サングラスをして俺が誰かはわからないようにした。
「名前が売れると大変ね」
「まあな」
 そう言葉を返す。見ればこいつの服は相変わらずだった。いつもいい服買えるような金はできたのに。けれどこいつはずっとこのままだった。
「それで。何処行くの?」
「あれ買ってやるよ」
 何気なく俺が顔を向けたのはジュエルショップだった。
「何がいいんだ?」
「別に私」
 みらびやかな店の入り口を見て急に口ごもりだした。まるでそんなことは考えていなかったように。
「そこまではいいわよ」
「気にするな」
 俺はそう返した。
「金はあるからな」
「けれど別に」
「本当にいい」
 俺はムキになって言い返した。自分でも感情的だと思ったが。6
「わかったな」
「そこまで言うんだったら」
 納得してくれた。ようやくといった気持ちになった。
「御願い」
「ああ。じゃあ行くぞ」
「うん」
 こうして俺は指輪を一つ買ってやった。けれどまた忙しくなってそれっきりだった。そうして指輪のことも当分忘れていた。
 また曲を作ることになった。俺の曲はグループの中じゃそんなに多くはなかった。そういうのが遅い方なのでどうしてもそうなっていた。話が出たと思ったらそれはシングルだった。
「シングルかよ」
「ああ、どうだ?」
 リーダーが俺に尋ねてきた。横にはリードヴォーカルもいた。
「御前シングルまだだったよな。だから」
「俺でいいのか?」
 二人に尋ねた。一応念を入れてだ。
 
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